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10話 アラタとアキハ

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 「ぁ………あ…………――――」



 言葉が出てこない。激しい後悔と罪悪感が、俺の心を渦巻いている。あの時、無理矢理引き止めておけば良かった。………違うな、俺のしょうもない嘘でアキハが………。



 ガクンッ、と両膝をつきその場に座り込む。視線は、一点を凝視していてリストの一番下に書かれている名前を見つめている。



 ほんとにやっちまった……。もう手遅れかもしれない。手遅れでなかったとして、今の俺に何ができる。

会わす顔がないじゃないか……。



 どうするべきなんだ……? 教えてくれよ、なあ…相棒……。



『はい。助けに行くべきかと存じます』



『だよな……。行くしかないよな……』



 行かなければいけないと分かっていても、体が動かない。頭は真っ白でまだ何も考えられない。そうして、硬直している俺の体がビクンッ、と一際大きく震えた。



 俺の、体を震わすくらいの大きな声が響く。



「よし!! 準備ができ次第行くぞ!」

一人の男の冒険者が、大剣を背負い同じく冒険者であろう者をまとめている。



 行く……どこへ……? 決まっている。森に入った奴らを救助しに行くのだ。その姿を見て、俺は安心感を覚え冷静になることができた。



 深呼吸をして、息を整え、足にグッと力を入れ立ち上がる。両頬をパァン、と叩き気合いを注入する。もう、大丈夫だ。行ける、アキハを助けに行く。



 直情型の俺は、こういう時真っ先にギルドをを飛び出し何の対策もなしに、森に突っ込んでいただろう。



 だが、今は違う。闇雲に探したところで時間の無駄だ。最短距離でアキハの元に辿り着くために、やるべきこと――――



 探索系統の《探知結界》を習得すること。これが有れば、速やかに居場所を把握し無駄に体力を消費せずに行ける。



 スキル《AI》の機能である、無属性魔法コピーが使えるので余裕だろう。俺は、声を張り上げ《探知結界》を使える人がいないかどうかを聞く。



 すると、一人の女性冒険者が名乗りをあげてくれた。俺が今ここで発動してくれ、と頼むと最初は疑いの目を向けていたが、俺の真剣な眼差しに押されたのだろう、快く《探知結界》を発動してくれた。



『相棒、準備はできてるな?』



『はい。いつでも大丈夫です』



 この、コピー機能だが相棒は仕組みを理解すれば、と言っていた。この仕組みの理解をするのは俺ではなく、《AI》だ。俺が目で見る=《AI》も見るということ。《AI》が見る、というのは少し語弊がある。正確には、俺が見た視覚情報を基に《AI》の高速演算が解析し、コピーするというもの。



 《AI》に負担はかかるが、俺は“見る”だけでいいのでお手軽なのだ。卑怯だぞ、と思われるかもしれないがそんなこと知らん。俺に勝手に定着したスキルなのだから。



 いらん話はこれくらいにして、コピー開始だ。

女性冒険者が《探知結界》を発動。俺がそれを見る。

数秒しかたっていないのだが………



『マスター、コピー完了しました。これにより、無属性魔法《探知結界》が使用可能となります』



 お、おお……えらく速いな……。多少のことでは驚かなくなったので、ツッコんだりはしないのだが。



 そんなことより、これで準備万端だ。武器はカークスのみだが、あの威力なら何の問題もないだろう。

はっきり言って無敵だ。



 俺は女性冒険者にお礼を言い、電光石火の如く速さで暴虐の森を目指す。あっという間に、城塞都市ロックの城門に到着した。



 現在、ロックでは規制線が敷かれており安易に、森に入ることはできない、がそんなことは無視だ。

門番の制止を振り切り、森の入り口を目指し、駆ける。



▼▼▼



 ギルド本部をを飛び出して、わずか15分ほどで森の入り口に着いた。全力疾走にしてもかなり速い気がする。身体強化魔法をかけているわけではない。



『…………』



 相棒が何か言いたそうな感じだが、どうでもいい。恐らく、そういうことなんだろう。呆れて声も出ない。マスターである、俺の許可も無しに何を勝手にやってるんだ……。俺は実験体じゃないんだぞ……。



 森に入る前に、先程コピーした《探知結界》を発動する。結界といっても俺の魔力で、展開されるためあまり大きく展開できない。



 カークスは、俺の魔力を流すことで弾丸の発射に必要な爆発を起こしているので、魔力が足りません、なんてことになれば洒落にならん。



 別段、一発の発射にそれほど大きな魔力を使うわけではないので、カークス単体でなら問題無し。



 しかし、《探知結界》も同時に発動しながらとなると、コントロールが難しい。余分に魔力を消費してしまわないように細心の注意が必要なのだ。



 探知の結界が俺の頭の中に出現する。範囲は、俺を中心として半径1キロが限界だ。探知できるのは魔力を持つ生物のみで、人か魔物かどちらかの判別はできない。 



 《探知結界》の上位互換となる、《空間把握》が使えれば、姿すらも認知できるようになるという。なにせ、空間ごと把握してしまうのだから。



 常に発動しながら、全速力で森の中を駆ける。気のせいかもしれないが、魔物の数が少ない気がする。

これもナイト・グリフォンの仕業なのだろうか?



 移動中、襲ってくる魔物もいたがカークスを以って一撃で仕留める。俺の睨んでいたとおり、この森の魔物ではカークスに耐えられることができない。



 雑魚のように、次々と屍を増やしていく。探知結界に反応があれば、急行するがどいつもこいつも魔物だ。人間が見当たらない。



 俺は、焦り奥歯を噛み締めながら捜索を続ける。

カークスの残りの弾丸は、マガジン(弾倉)二つ分。

つまり、二十発。アキハが見つかれば、この森に用はない。最悪の展開は、アキハがナイト・グリフォンと戦っている場合だ。



 俺は、ただアキハが無事でいることを祈るしか出来なかった。



 捜索を開始して、何分たってだろうか。しばらく、森を駆け巡っているが魔物しかいない。不気味だ……、ひたすら不気味だ。



 息を整えるため、走るのをやめ木によりかかる。

どこなんだ……? アキハ………。



 クルロオオオオオオオオオォォォオオ――!!!

木々を揺らし、大地を震わす叫び声が森に響き渡る。思わず、耳を押さえてしまうほどだ。



 そして、《探知結界》に大きな反応があった。時間が経つにつれ、どんどん大きくなっていく。



 これだ! 本能が告げていた。冒険者達がビビるほどの魔物なんだ。これほどでないと納得できない。ここに、アキハがいる!!



 ドンッ、と地面を踏みしめ一気に加速し、対象に迫っていく。距離にして、あと800メートル。



 さらに、グングンと加速して数秒で対象を捉えた。

木々が無惨にも切り倒され、開けた所だ。その中央では、ナイト・グリフォンと思われる魔物がアキハにとどめを刺そうとしている瞬間だった。



 瞬間的に、カークスを構え発砲する。パァン、パァンと二発連続して発射。音速を超える速度でフルメタルジャケット弾がグリフォンの爪を抉る。



 苦痛のうめき声をあげながら、ゆっくりと後退していく。その隙に、アキハを回収し木々が生い茂っている所まで逃げる。



 アキハは、すでに気を失っており返事はない。全身のあちこちに、擦り傷や切り傷があるが目立った外傷は見当たらないので、そっと胸を撫で下ろす。



 アキハをその場に寝かせ、俺はナイト・グリフォンと対面する。ナイト・グリフォンは、グリフォンだ。全身、黒色で首にかかる禍々しい赤色の玉が妖しい光を発している。多分、これが記憶の宝珠と呼ばれるものだろう。



 対面して分かった。こいつは強い。ランクで言えば軽くAランクを超えてくる。それだけ圧倒的な存在感なのだ。眼力が鋭く、全ての獲物を逃さんとしている。どうやら、俺もその獲物とやらになってしまったみたいだ。



 俺は静かに怒り、カークスを後ろ腰から引き抜き、スライドを引く。グリフォンのみを見据え、抑え込んでいた殺気を解放する。 



 殺気と殺気がぶつかり合う。決着は意外にもすぐについた。



 先制攻撃はグリフォン。俺相手に長期戦は不利だと悟ったのか、最大威力の黒い息吹ブラック・ブレスを口から放つ。



 こいつと同程度のランクの冒険者でなければ、避けることすらできない攻撃。セオリー通りなら避けるのだが、俺は別の選択をした。



 右足を後ろ回し蹴りの要領で、勢いよく回転させ風を起こす。その風が、黒い息吹を相殺した。



 すぐに、俺はカークスを構えグリフォンの翼の付け根辺りを狙って発射する。神の弾丸に貫かれたグリフォンは、翼が使い物にならなくなり空を飛べなくなった。空を飛べないグリフォンなど雑魚でしかない。 



 一瞬にして、間合いを詰めてグリフォンの眼前まで移動する。カークスの銃口をグリフォンの脳天に突きつけ、トリガーを引く。



「死ね」



 パアアアアァン、と空に乾いた銃声が響き渡る。

頭から、大量の血を流しながら倒れるグリフォン。

俺はそれを冷めた目で一瞥すると、その場を去った。



 その時のアラタの目は、死んだ魚のようで光を失い、死神のようであった――――。



 ▼▼▼



 アラタの姿は、宿屋の一室にあった。ベッドでは、アキハが眠っており、アラタは傍で丸椅子に座っていた。



 窓からは、夕焼けの光が差し込んでいてなんとも幻想的だ。地球とはまた違った景色が見えた。



 それから、1時間後――――



 アキハが目覚めた。「んっっ」とちょっとエロい声を出して、まぶたを半分くらい開ける。



「……アラ……タ……なの?」



「ああ、俺だよ。ごめん………」



 すると、アキハはベッドから起き上がりその細い腕を俺の首に巻き付け、抱きしめてきた。



「いいの……アラタが来てくれたから――」

彼女は、耳元で優しく俺に語りかけてくれる。



「違う――ッ! 俺のせいで……。なあ、俺嘘をついていたんだ」



「なに………?」

彼女が発する一言一句が俺の心を優しく、溶かしていく。



「記憶喪失は、嘘なんだ……。ほんとのことについては話せない」



「そう……、いいよ許してあげるわ。ねえ、私も黙っていたことがあるの……。今回こんなことになって、改めて分かったわ」



「わたし………アラタが好き、大好き……」



 嬉しかった。一人の男としてこんなに嬉しいことはない。俺は、告白というものがどれだけ勇気のいることかを知っている。だから、ちゃんと応えなければならない。



「あぁ、俺も好きだよ……。もう絶対に離したくない、今はそう思ってる」



「ほ………ほんと…?」



 横目で彼女の顔をのぞくと、涙が溜まっていた。今にも泣き出しそうだ。俺は、愛しくてたまらなくなった。この子のために死のうと。何があっても守り抜くと。



「ああ、これから先……死ぬまでアキハを守らせてくれ」



「ぅ……う、うん。一生守られてあげる……」



 俺は彼女を離し、有無を言わさず唇を奪う。むさぼるように、激しく……舌を絡ませ、呼吸ができなくなるほど長い時間…唇を合わせた。



「………んっ……」

アキハが上目遣いで俺を涙ながらに見つめる。



「ごめん………」



「ううん、いいの……嬉しかった…」



「愛してる……」

俺は、耳元でそう囁いた。



 それから、俺とアキハは体を重ね合わせた。

互いの愛を誓い合うように―――。

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