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神隠し

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 話は優生が目を覚ます約一年前、あの本牧山頂公園での戦いから二日後へと戻る。

 いつもの溜まり場であるビルの四階、このフロアーは主に寝泊まりする者達の為に改造されて居た。
 あの日、血まみれの慧と気を失った優生が運び込まれたのは、夜も明けきらぬ午前三時半過ぎ。
 チームの仲間達は出て行ったきり帰らぬ慧と和人が心配で、寝ずの番をしていたという。
 辞めたはずの逹也が突然チームに帰って来たり、優生とイリスもいつの間にか合流していたばかりか、終いには大怪我をしている慧を見て皆騒然とした様だった。
 
 今現在は慧と優生がベッドで眠りに就き、三階のフロアーでは逹也を筆頭にこれからの話し合いをしていた。
「これからどうするかは皆の意志に任せる。慧と優生、そしてイリス、和人、悠海、龍史、マスティア、ベリアル、ベルゼブブと俺もだが、使徒だと言う事は説明した通りで事実なんだ。怖いと思う者厄介事はごめんだと言う者は遠慮しなくて良い、早めにこの場から去ってくれて構わない。何が起きるか何て本当に解らないからな」
 逹也達は二日間考えた後、仲間には全てを話すと決めていた。覚悟が無ければきっと、これから起きるかも知れない戦いに巻き込まれた時、後悔するだろうからだ。
 逹也は自分のチームで唯一生き残った八人には、夜が明けて直ぐ状況を説明し横浜にはもう近づくなと言ってチームを脱退させた。
 この部屋に今いるメンバーは慧に付いて来た者達なので、二日考えてからあらためて詳しい説明をしていたのだ。
「そんな事急に言われても・・・」
 皆一様にお互いの顔を見ながら、返答に困っている。
「俺のチームの仲間は・・・あの八人を除いて生き残ったのは龍史と悠海の二人だけだ。この二人だって偶々慧ちゃんが来てくれたから、命が助かっただけで死んでいても可笑しくない大怪我を負った。正直この先は命の保証が出来ない」
 更に重い空気が部屋を支配して行く。
「慧ちゃんに悪いと思う必要は無い。慧ちゃんだってお前らが危険な目に合うことを望んでは居ない、それは絶対だ。こんな言い方はお前らに失礼かも知れないが言わせて貰うと、もしお前らが怪我をしたら慧ちゃんは見過ごす事は出来ないだろう?その度に慧ちゃんの命を脅かす事にもなるんだよ。だから辞めて行って貰えると正直助かる」
 逹也は憎まれ役を買ってでも、今後の慧への負担を減らしたかった。だから少しキツメに嫌な言い回しをして見せた。
「・・・わかりました」
 渋々と部屋を後にする仲間達を逹也は見向きもしなかった。
 ビルの階段を降りると和人がそこには立って居た。
「お前ら済まないな。でもこれだけは解ってくれ逹也さんが本当にお前らの事を心配するからこそ、あんなキツイ言い方したって事を」
「解ってますよ。只・・・何の役にも立てない自分が情けないだけですから」
「そうか・・・お前らもホント良い奴だな」
 そう言って背中を叩いて去っていく仲間を見送る和人。
 三階のフロアーには慧と優生を除く八人だけが残って居た。
「さて、これからどうなって行くんですかね~?」
 誰に問いかけるでもなく和人がアクビをしながらそう言うと。
「私お姉様の所に行って来ます」
 そう言ってイリスは部屋を出て行く。
「私も慧様の様子を見て来ますね」
 悠海もイリスに付いて行った。
 正直これからどうなるかなんて、誰にも解らない。
 直ぐなのか何年後なのか?只緊張感だけは持ち続けなければいけないと言うのが、正直辛い事だなと皆感じている様だった。
 その時三階のフロアーに上がってくる人の気配を、龍史は鋭く察知し部屋の入口にある扉の脇に身を隠した。
 龍史の突然の行動を見た面々は直ぐに理解して、ソファーや壁の梁等に体を隠す。
 コツコツと階段を登る音が近づき、おもむろに扉が開かれた。
「動くな!」
 入って来た人影の背後を取り、龍史は凄みを聞かせてそう言った。
「えっ?えっ?」
 人影も驚いてその場で硬直する。
「誰だおまえは?」
 龍史が問いかけたその人物は、年配の男性だった。
「叔父様!」
 四階から丁度降りてきたイリスにその男性はそう呼ばれた。それは優生に紹介された叔父その人であった。
「イリス様丁度良かった、助かりました」
「どうしたんですか?こんな所まで」
「優生様と慧様がお怪我をされたと聞きまして、もう居ても立っても居られなくなりまして来てしまいました」
「そうだったんですか、お姉様と慧様はこちらですよ」
 イリスと叔父の会話に龍史はホッと胸をひと撫でして、逹也達の方に戻ろうとしたが逹也の一言で自体は急変。
「誰に聞いたんですか?お・じ・さ・ん!」
 龍史は「えっ?」と動きを止め、同時に叔父もピタッとその場で動きを止めた。
「誰って・・・」
「誰かと聞いてる!」
 叔父は少し黙りこんだ後口を開いた。
「慧様のお仲間ですよ。昨日連絡をくれましてね、それで心配になったものですから」
「携帯も無いのにどうやって連絡を?」
「いつも優生様が連絡を下さる公衆電話だと思いますけど、それが何処に在るのかは判り兼ねますが」
「そうか、なら良い。疑って悪かった」
 逹也がそう言うとその場の緊張が一気に解けた。
「いえいえ、じゃあ私は優生様と慧様の所に・・・」
 叔父はやれやれと言った様子で、逹也に背を向けた刹那。逹也の右腕が背後から胸を突き破り、その手には心臓が握られて居た。
「キャーーーー」
 イリスは突然の事に悲鳴を上げてしまう。その声を聞き付けた悠海も急いで階段を降りて来た。
 部屋の中に飛び散る血液も気にせず、逹也は手にした心臓を握り潰す!
 イリスも悠海も悲鳴を上げる中、他の面々は声には出さなかったが突然の出来事に顔が引きつる。
「た、逹也さん?何を・・・」
 龍史は声を振り絞る。
「良く見てみろ!」
 逹也は叔父の胸に突き刺した腕を引き抜いてから、とても冷静に龍史に言った。
「こいつは使徒だ」
 その瞬間叔父の体は人間ではあり得ない、使徒特有である光を放ち弾ける様に消えたのだ。
 まさしく使徒が消滅する際に見せる現象だったので、皆一様に驚きを隠せないでいる。
「何で解ったんですか逹也さん?」
「そんな叔父様が・・・」
「誰ですか今の?」
 動揺していたのか?同時に話し掛けてくるイリス、悠海、龍史に手をかざし黙らせる逹也。
「落ち着け皆。もっと注意深く冷静になれ!良いか?例え知り合いだろうと、嘘を付いてまで近寄って来る者には容赦はするな。昨日慧ちゃんの仲間でこのビルから出た者は一人も居ない。公衆電話は新横浜まで行かなければ、この近辺には無いんだぞ!なのに慧ちゃんと優生が怪我をしたなんて知ってる時点で可怪しいと思え!恐らくあの本牧山頂公園での戦い自体を、見られていた可能性が高い。本当に心配ならその場で出て来るもんだろ?それを二日置いて今更心配も何もあったもんじゃ無い。」
 成程と皆頷く中でイリスだけ一言。
「でも敵だったのでしょうか?叔父様は私に優生様と慧様を助けてくれとおっしゃいました。何か理由が在ったのでは無いでしょうか?それを殺してしまうなんて・・・」
 イリスの意見ももっともである、だが逹也は引かなかった。
「あの叔父が優生に使徒で在ると告白していれば、まだ考える余地は在っただろう。そんな事君は聞いていたのかい?君に頼む前に自身で助けに来るのが普通なのでは?忘れてはいけない俺達は一昨日殺されかけたばかりなんだ、慧ちゃんを守る為に手段は選ばない、選んでいる余裕なんて無いんだ」
 イリスは黙ってしまった。それもそうだ逹也の見解には、何一つ文句を付けられないからだ。
 間違いなんて無い、解ってる!でも何か違う。
 なんて言えば良いのか解らないが、イリスの胸にはモヤモヤしたものが埋めいた。

「対象アルファ、ビルに入りました」
「他に居ないか監視を怠るな」
「ビルより複数の人影が出てきました。神の仲間と思われます」
「そちらも半径十キロ以内に居る間は監視を続けろ」
「ビルに接近しつつある飛行物体確認。使徒の可能性大、目標をベータと呼称」
「まだ来る可能性は在るな。現着した部隊は在るか?」
「オケアノス様が後一分で到着します」
「ベータはどうだ?」
「ほぼ同時になると思われます」
「オケアノスに現着し次第、監視に入る様伝えろ。迂闊に手を出すなと」
 鎌倉にある国防総省対使徒対策本部、通称ヴァルハラの作戦本部では慌ただしい状態がここ二日間続いていた。何故なら八年間探し求めていた「神」が、二日前に本牧山頂公園で確認する事が出来たからだ。
 
 司令室の相馬は、長かったこの八年をふと思い出していた。
 
 あの飛行機事故の後、目覚めたばかりの使徒同士で密約が交わされた事を。
 それは「神」と優生を世界から隠す事に他ならない。
 それは今はまだ幼い「神」を利用しようと接触して来るであろう、政治家や宗教団体から護る為であるが、何より事故から三日で目を覚ました優生が、慧が目覚めるまでの間静かに暮らしたいと願ったかである。
 彼等は優生によって命を助けられ、そして使徒として目覚める事が出来た者達が殆どなのだ。そして使徒として目覚めた後も彼等は、心から優生への忠誠を誓い優生の願いは彼等の願いにもなったのだ。
 その際に「神」と優生の身元引受けを任されたのは、使徒として目覚めた井上四郎だった。
 四郎は同飛行機事故で妻子を亡くし、心の隙間を埋める為なのか?二人の身元引受けを快く快諾していた。そして慧と優生に叔父と呼ばれ、二人を守り育てて来たのが四郎その人だ。
 この時点で相馬は勿論の事その他の使徒達も、四郎に「神」と優生を任せた事を後で後悔するなど予想していなかった。いや出来なかった。
 「神」を隠すまさに神隠しとも言えるこの行いは、言う程簡単な物では無い。搭乗者記録からパスポート、戸籍、本名ありとあらゆる「神」に繋がる物を削除しなければ、日本国のみならず世界中から足取りを辿られてしまう事になるだろう。
 だが記録の抹消さえ可能ならば、現実的に不可能では無い。何故ならその場には、神から力を授かった使徒が数名居るのだから。
 幸運な事にもその場には、空港関係者で目覚めた者達が三名居た。その者達の協力によって直ぐさま慧と優生の搭乗者記録から戸籍等が調べられた後に、三一八便の搭乗者リスト全てを削除、戸籍から国に登録されている情報等も協力者によって完全に抹消されたのだ。
 これにより神隠しのお膳立ては整えられ、その場に居る使徒達だけで慧と優生を見守る予定だった。
 だがしかしこの日を最後に四郎と慧、優生、その他数名が、行方不明になってしまう。
 それこそ正に、本当の神隠しに在ったかのように。

 相馬率いる使徒達は四郎の足取りを追った、だがしかし尽くあと一歩の所で行方が解らなくなってしまう。搭乗者リストも無い状態では、四郎と共に行方を眩ました者達の素性も掴めない。
 相馬はこの時初めて神隠しのお膳立てを行った者達全員が、居なくなっていた事に気づくのだった。
 今回の神隠しは四郎達の発案でも在り、また協力が無ければ実現不可能な行為でもあった。それ故に相馬達は信じきっていた、何より共に天啓を受けて目覚めた者達を疑う余地など微塵も無かったと言えよう。
「何故だ、何故こんな事に・・・」
「相馬さん。居なくなった者達の共通点がありました」
「共通点?」
「はい、行方を眩ませた者達は皆、今回の飛行機事故で親族を亡くして居るようです」
「それだけか?」
 相馬の反応は少々冷たい印象を受けたが、使徒として目覚めた者が神を裏切るに値する理由としては稚拙に感じたからだ。
「それぐらいしか共通点が見当たりません」
「・・・そうか、引き続き行方と共に調べを進めてくれ」
 この時から八年に及ぶ年月を掛けたが、四郎達は捜索の網に掛かる事は無かった。
 だが二日前にやっと足取りが掴めたのだ、本牧山頂公園に掛かる神の御柱が目撃された事を気に、ヴァルハラの監視衛星は慧と優生を補足する事となった。
 そして慧達の存在がヴァルハラに気付かれたと同時に、四郎達の動きに異変が起きた。八年間潜伏し続けていたのにも関わらず、その時から隠れる素振りも見せずに行動を始めたからだ。
 まるでそれはこれから始まる戦いを暗示するかの様に、もう隠れる必要が無いのだと言っている様だった。
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