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第1章★閑話★

4★太一独白★

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 菫様やワタル様が最前線で天界国に潜入し、倭国のために戦っているのを見ていて、歯がゆかった。


 ぶっ潰せば良いのに。


 天界国の奴らなら、ワタル様の竜を数匹召喚すればすぐに殺せるはずなのに。


 ボクはずっとそう思いながら日々過ごしていた。


 天倭戦争で倭国が敗北した後、散り散りになった倭国民を隠れ里に連れゆく役割を任命したから、自由には動けなかった。


 でも、ボクも役に立てることがあるはずと、任務が一段落した後天界国の黒騎士団に合格し、潜入することに成功した。

 
 式神のバクとビョウを紫苑の塔に潜り込ませ、客を取らせているうちに情報が集まってきた。


 青薔薇の刻印を刻んだ騎士団長は、自由に竜神女王様のいる茨の塔に出入りできるというものだった。


 そこでボクは騎士団長を調べた。


 なかなか姿を現さない銀騎士団長と、橙騎士団長を調べるのに骨が折れた。


 驚いたのは、カルラが橙騎士団長になっていたという事実。


 ボクの腹違いの兄だ。


 父、八雲の3番目の愛人の子。


 小さい頃から全然陰陽師としての素質がなく、力も弱い。

 
 いつもオドオドしていて、前面にでてこない、妹の影に隠れてうつむいているような、変なヤツ。


 魔術に興味があるようで、いつも専門的な本を読みながら「ヒヒヒ」と気持ち悪く笑っているような、オタクで根暗な兄。


 不義の子だから日の目を見るなと本家に言われているからか、いつも暗いところで目立たないようにしていたカルラと、妹のカオス。


 カオスは気が強かった。


 ボクを良く睨みつけて、兄の前に立って守っていた。


 妹に守られているような情けない根暗が、橙騎士団長?


 陰陽師の力もないくせに。

 
 随分偉い身分になったもんだ。
 ボクはお前より力もあって、八雲に連れられて仕事に行っていたんだ。


 倭国城の仕事を一緒に任されて、王族と……裕様、菫様、ワタル様を小さい頃から護ってきたのはボクだ。


 父も良く大臣たちにボクを会わせて顔……は出せないけれど、狐仮面の子だと認識し、挨拶してくれた。


 あんなヤツ、何も出来ないはずなのに、橙騎士団長?


 目を疑うことがいくつかあった。


 あの根暗、騎士団の仕事をしているときに、ワタル様を後ろからじっと睨みつけている。


 そこでボクはピンときた。


 あいつ、敵国の騎士団長なんかになって、倭国を完全に滅ぼす気なんじゃないか、と。


 あいつは八雲を憎んでいた。


 だから、きっと稲田一族も完全にぶっ潰したいのではないかと、そのときは思った。

 
 あれは根暗でオタクだけれど、地頭だけは良かった。


 幸いボクが黒騎士団に忍び込んでいることをカルラは知らない。


 少し動向を見てみることにした。


 橙騎士団は研究職だから、天界城から遠く離れた『死の監獄』という場所で色々な研究をしているようだった。


 あいつ、何もできないくせに学者肌なところがあったから研究職は向いていたのかもしれない。


 ある日、菫様の直属の部下、隠密部隊の1人がボクの元にきた。


「太一殿、橙騎士団長カルラが菫様の正体を暴き、その旨を書いた手紙を、天満納言に出したそうです」


「え……」


「その手紙を、天満納言に渡る前に、太一殿に処分して欲しいと、菫様から連絡を受けました」


 ボクは一瞬時が止まった。


 あの男、菫様に会ったこともないくせに、何故正体がわかったんだ。


 カオスか。あの女、菫様の専属侍女だった。


 きっとあの女が菫様のことをカルラに話していたに違いない。


 顔を見たことはなくても、菫という名前がわかっていれば、すぐに正体に気付くだろう。


 ボクは配達された手紙を紙人形を飛ばして奪ってきた。


 カルラの書いた手紙を開けてみる。


 そこには、綺麗で丁寧な文字でこう書かれていた。


『天満納言様。


 死の監獄に保管されている倭国民の遺体ですが、倭国側に引き渡すか、供養してもよろしいでしょうか。


 敵国の重鎮遺体とはいえ、ひとつひとつ大切な命です。


 彼らが亡くなって悲しむ人は沢山いるはず。


 どうか人道的なご判断をお願い致します。橙騎士団長 カルラ』



 あの男、変人のくせして生意気な手紙を書いている。


 菫様のことは一切書いていなかった。


 何がしたい? 何が目的だ……


 菫様とカルラが接触しているのがわかり、ボクはどこか胸騒ぎがしていた。


 あんな根暗が、菫様に接触したら何をするかわからない。阻止しないと。


 そう思っているうちに本家から招集命令があった。


 そろそろ次期当主を決めるそうだ。八雲の子供全員が集まるらしい。


 丁度良い。誰が1番当主に相応しいか、見せつけてやる。


 菫様を危険な目に遭わせたらただじゃおかない。





 ふと目を覚ました。
どうやら寝てしまったようだ。



 稲田一族別邸の離れに、愛人の子供たちの部屋が用意されていた。


 本邸は分家の子供たちが生活をするようだ。


「……ボクが全部ぶっ潰してやる。見ていろ……稲田一族……」


『太一様、コツでございます』


「入れ」


 式神のコツが襖を静かに開けて入ってきた。


『菫様がセンジュに無理やりキスをされました』


「なに? 早く助けに……」


『その後カルラが菫様を救い、今2人で抱き合っています』


「……え?」


 抱き合う? コツは何を言っているんだ?


『カルラは自分が当主になると言っています』


「は? 何を世迷言を……」


『あんなカルラは見たことがありません。本気みたいですよ』


「……」


 ボクは右手親指の腹を見る。


 菫様の名が浮き出ていた。


 悪魔の印を押した。これで菫様はボクしか応援できなくなった。


 ボクから菫様までも取るのか、あの男は。


 ボクはあの男の気味悪い笑顔を思い出して、思わず顔をしかめていた。

☆終わり☆
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