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第5章★黄金の林檎(改)★
第6話☆元恋人☆
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「は? お前は不参加だろう。なぜカラムの町にいる」
カラムの町に着き、休憩がてらカフェのテラス席で紅茶を飲んでいる菫とコウキは、突然声をかけられて上を見る。
「リョウマ、久しぶり! ルージュの婚約、おめでとう!」
仁王立ちしたリョウマが、コウキを見て睨みつけていた。
「元気だったか? なんか痩せた? ちゃんと食べてるか?」
コウキが立ち上がって嬉しそうに、しかし心配そうにリョウマを見る。
リョウマは顔をしかめてコウキを見た。
「うるさい。公衆の面前で叫ぶな」
「うんうん、ごめんごめん。でも、なんか日焼けもしてるしさ。何してるんだ、1年の謹慎期間? 家の勘当は解いてもらったのか?」
「ルージュの婚約パーティー中はとりあえず勘当不問だ。騎士団長謹慎期間の1年間は、違う仕事をしている」
「そっか。大変だな……何か手伝えることがあれば言えよ」
コウキのテンションとは裏腹に、ローテンションなリョウマが菫を気にしていた。
菫はそれに気づくと、リョウマに向かって笑顔を見せた。
「菫、何故コウキと一緒にいるのだ」
「リョウマ様、お久し振りです。騎士団長がお休みなので、コウキ様がわたしをカラムの町まで送って下さったんです」
「……ほう?」
ピクリと眉尻を上げてリョウマが言う。あ、すごく怒っているな、と菫は察する。
「実家に帰るついでに送ったんだ。それに、婚約パーティー参加できないとはいえ、俺だってルージュをお祝いしたいよ」
コウキは大きな荷物に包まれたプレゼントを指さした。
「これ、ルージュにあげたいんだ。頼むよリョウマ。少し会わせてくれよ」
「……それはいいが、まさか今日菫をお前の家に泊める気ではないだろうな?」
「え? 菫は俺の専属愛人になるんだし、そのつもりだったけど。別にいいだろ。な、菫?」
馴れ馴れしくコウキが菫に笑いかけたからか、リョウマの眉がピクリと動き、椅子を引いて同じ席に座った。
「ん? なんだよリョウマ? 菫はお前のものじゃないぞ。夜伽をさせようとしても、もう無理だよ。俺の菫だからな」
フッと笑うと、コウキはリョウマを横目で見る。
「そもそも天満納言が許可するとは思えんがな。専属愛人は、基本相手の部屋で寝泊まりする。騎士団長など、機密事項がいっぱいだ。いち女中が国家機密を知ったら、誰に漏らされるか知れない」
「でも、面談はしてくれるそうだぞ、菫と。ルージュの婚約が終わったら」
「……なんだと?」
「天満納言様も、俺が選んだ愛人に興味があるんだろ」
「……」
柔らかく笑うコウキを、忌々しそうに一瞥したリョウマが菫に視線を送り、心配そうに口を開いて何かを言おうとしたが、迷った末口を閉じた。
「あ、コウキ! ごきげんよう」
ふと菫の後方からふわりとした声が聞こえた。菫が振り返る前にコウキが嬉しそうに立ち上がる。
「ミラー! なんだ、リョウマとデートだったんですか」
ミラーと聞いて、菫はハッと後ろを振り返る。
ストレートの美しい黒髪を腰まで垂らした小柄な女性がにこにことコウキを見ていた。
菫はミラーと視線を合わせると、彼女は驚いたように菫を見た。
「まあ、綺麗な子……コウキの彼女?」
「あはは、まあそんなとこ」
「おい、違うだろう」
嬉しそうに笑ったコウキをすかさず止めたリョウマに、ミラーは首を傾げる。
「紹介して、コウキ」
「ああ、そうですよね。菫、彼女はミラー。リョウマの前に赤騎士団長だった人。ミラー、彼女は菫。天界国女中で、俺の専属愛人予定の子」
「えーっ。コウキの愛人候補ってこと? こんな綺麗な子、良く見つけたね」
「あはは、俺、審美眼には定評があるんですよ。綺麗な子がいたから、すぐに俺の専属にしたいと声をかけました」
コウキの笑い声に、菫は肩を竦めた。さっき火輪が同じ声で正反対のことを言っていたのを覚えていたからだ。
「初めまして、私はミラーです。リョウマが騎士団長謹慎している間、赤騎士団長を勤めています」
「初めまして、菫と申します。天界城で女中をしております」
菫は握手を求めるようにわざと右手を差し出した。後遺症の具合を確かめたかったという邪な理由で申し訳ないと思いながらも、じっとミラーの右手を観察する。
ミラーはふと右手をあげようとしたが、ぎこちなく途中で止まり、不自然に震えてしまったため、左手に切り替える。
「ごめんね、菫さん。私は右手を負傷して、上手く動かせないの。左手で握手してもいい?」
「……はい」
カルラの泣き虫が移ってしまったのだろうか、と菫は思った。
ミラーの右手を見つめていたら、涙が出てきてしまったので、慌てて下を向いて涙を拭く。
魔物退治をしに行って返り討ちにされ、騎士団長引退を余儀なくされた彼女の右手に、たくさんの気持ちが詰まっていると思った。
風竜に右手をやられなければ、今も騎士団にいて、リョウマと恋人だったかもしれない。
いや、もしかしたらリョウマと幸せな家庭を築き、子供もいたかもしれない。
そうしたら、リョウマがアコヤと結婚していたとき、御剣とアコヤの不倫現場を見て、つらい気持ちにならなくても済んだのだ。
リョウマとミラーを引き裂いた原因は、風竜と裕だ。
菫はミラーの笑顔を見てまた泣きそうになった。
「ん、どうした、菫?」
コウキが菫をのぞきこんできたので、菫は慌てて笑顔を作ってミラーと左手で握手をした。
リョウマは腕を組みながら一連の菫の様子を眺めて、複雑そうに眉を潜める。
「ミラー、リョウマと話せたんですか?」
「あ……うん。相談して……きゃあ! 紅茶をこぼしちゃった! ごめんねコウキ! 熱いでしょう、上着、早く脱いで!」
ミラーが右手を引っ掛けてしまい、コウキが飲んでいた紅茶が上半身にかかってしまった。
ミラーが慌ててコウキの上着に左手をかけると、コウキは顔を真っ青にして立ち上がった。
「コウキ?」
「あ……大丈夫です……すみません」
熱さで麻痺しているのか、立ったまま硬直しているので、菫は急いでコウキの手を掴むと「失礼します」とミラーに軽く会釈をしてその場を後にした。
「えっ、コウキ? 菫さん?」
「菫、あとで俺の家にこい!」
リョウマの腹から出した、よく通る声が響いたが、菫はコウキを連れることに精一杯で、反応できなかった。
菫は店の裏に行き、誰も見ていない場所でそっとコウキの上着を上げた。
服のお腹のあたりに紅茶をこぼした形跡があったが、傷だらけのお腹は古傷と火傷の跡はあっても、新しい火傷の跡はなさそうだった。
菫はホッとしてハンカチを出してコウキのお腹を拭く。
「大丈夫ですか? 今ハンカチを濡らしてきますから、ここで待っていて下さい」
「……おい変態。そんなことしなくてもいい。熱くない。ただ体の傷を見られたくないのと、あの女がコウキに触ろうとしたから、びっくりして俺に代わったんだろう」
火輪になったのか、声のトーンが低くなった。
「……火輪様、なんでわたしがコウキ様に触るのは平気なのか、理由わかりますか?」
膝をついてお腹を拭きながら、菫が上を向いて火輪に聞く。
「……知るわけがないだろう! あともうやめろ、膝をついて俺の腹を拭くな!」
「なによ、火傷してないか心配で紅茶を拭いているだけじゃない。別にコウキ様の体の傷や火傷を舐めるように見ていないわよ」
頬を膨らませ、紅茶を拭いながら言う菫の様子を、火輪は目を細めて見ていた。
「な、舐めるって……もういい。膝を立てるな」
真っ赤になりながら強引に火輪は菫の肩を押す。
「わっ……」
ドサッと音を立ててバランスを崩した菫が地面に倒れ込んでしまう。
「あ……ご、ごめん! 悪かった、大丈夫か?」
慌てて火輪が菫の腕を掴み立たせたが、膝のあたりから少し血が出ていた。
「血が……悪い……手当てする。俺の家に行こう」
「あら、これくらい放っておいても大丈夫ですよ。結構心配性なのね、火輪様」
「だって……コウキみたいに跡が残ったら大変だ……お前は女の子なのに」
「あら、大丈夫よ。この膝ね、少し前にころんで怪我をしていた場所なんです。だからまた血が出ただけなので、そんな顔しないで」
菫はクスッと笑う。
今の火輪の言葉を聞く限り、コウキの虐待には加担していないようだ。
「でも、俺の家に行こう。少し休めよ」
「あの、わたし少し散歩してきても良いですか? カラムの町を歩きたいの」
「いいけど、俺も行こうか? この辺りは治安が悪いところもあるし、お前みたいな綺麗……どんくさい女、変なヤツに絡まれる可能性もあるからな」
「大丈夫。少しひとりになりたいの。あとでコウキ様の家に行きますね」
最後まで心配そうに見ていた火輪に笑顔で手を振ると、菫は迷わず貧民街へと向かって行った。
☆続く☆
カラムの町に着き、休憩がてらカフェのテラス席で紅茶を飲んでいる菫とコウキは、突然声をかけられて上を見る。
「リョウマ、久しぶり! ルージュの婚約、おめでとう!」
仁王立ちしたリョウマが、コウキを見て睨みつけていた。
「元気だったか? なんか痩せた? ちゃんと食べてるか?」
コウキが立ち上がって嬉しそうに、しかし心配そうにリョウマを見る。
リョウマは顔をしかめてコウキを見た。
「うるさい。公衆の面前で叫ぶな」
「うんうん、ごめんごめん。でも、なんか日焼けもしてるしさ。何してるんだ、1年の謹慎期間? 家の勘当は解いてもらったのか?」
「ルージュの婚約パーティー中はとりあえず勘当不問だ。騎士団長謹慎期間の1年間は、違う仕事をしている」
「そっか。大変だな……何か手伝えることがあれば言えよ」
コウキのテンションとは裏腹に、ローテンションなリョウマが菫を気にしていた。
菫はそれに気づくと、リョウマに向かって笑顔を見せた。
「菫、何故コウキと一緒にいるのだ」
「リョウマ様、お久し振りです。騎士団長がお休みなので、コウキ様がわたしをカラムの町まで送って下さったんです」
「……ほう?」
ピクリと眉尻を上げてリョウマが言う。あ、すごく怒っているな、と菫は察する。
「実家に帰るついでに送ったんだ。それに、婚約パーティー参加できないとはいえ、俺だってルージュをお祝いしたいよ」
コウキは大きな荷物に包まれたプレゼントを指さした。
「これ、ルージュにあげたいんだ。頼むよリョウマ。少し会わせてくれよ」
「……それはいいが、まさか今日菫をお前の家に泊める気ではないだろうな?」
「え? 菫は俺の専属愛人になるんだし、そのつもりだったけど。別にいいだろ。な、菫?」
馴れ馴れしくコウキが菫に笑いかけたからか、リョウマの眉がピクリと動き、椅子を引いて同じ席に座った。
「ん? なんだよリョウマ? 菫はお前のものじゃないぞ。夜伽をさせようとしても、もう無理だよ。俺の菫だからな」
フッと笑うと、コウキはリョウマを横目で見る。
「そもそも天満納言が許可するとは思えんがな。専属愛人は、基本相手の部屋で寝泊まりする。騎士団長など、機密事項がいっぱいだ。いち女中が国家機密を知ったら、誰に漏らされるか知れない」
「でも、面談はしてくれるそうだぞ、菫と。ルージュの婚約が終わったら」
「……なんだと?」
「天満納言様も、俺が選んだ愛人に興味があるんだろ」
「……」
柔らかく笑うコウキを、忌々しそうに一瞥したリョウマが菫に視線を送り、心配そうに口を開いて何かを言おうとしたが、迷った末口を閉じた。
「あ、コウキ! ごきげんよう」
ふと菫の後方からふわりとした声が聞こえた。菫が振り返る前にコウキが嬉しそうに立ち上がる。
「ミラー! なんだ、リョウマとデートだったんですか」
ミラーと聞いて、菫はハッと後ろを振り返る。
ストレートの美しい黒髪を腰まで垂らした小柄な女性がにこにことコウキを見ていた。
菫はミラーと視線を合わせると、彼女は驚いたように菫を見た。
「まあ、綺麗な子……コウキの彼女?」
「あはは、まあそんなとこ」
「おい、違うだろう」
嬉しそうに笑ったコウキをすかさず止めたリョウマに、ミラーは首を傾げる。
「紹介して、コウキ」
「ああ、そうですよね。菫、彼女はミラー。リョウマの前に赤騎士団長だった人。ミラー、彼女は菫。天界国女中で、俺の専属愛人予定の子」
「えーっ。コウキの愛人候補ってこと? こんな綺麗な子、良く見つけたね」
「あはは、俺、審美眼には定評があるんですよ。綺麗な子がいたから、すぐに俺の専属にしたいと声をかけました」
コウキの笑い声に、菫は肩を竦めた。さっき火輪が同じ声で正反対のことを言っていたのを覚えていたからだ。
「初めまして、私はミラーです。リョウマが騎士団長謹慎している間、赤騎士団長を勤めています」
「初めまして、菫と申します。天界城で女中をしております」
菫は握手を求めるようにわざと右手を差し出した。後遺症の具合を確かめたかったという邪な理由で申し訳ないと思いながらも、じっとミラーの右手を観察する。
ミラーはふと右手をあげようとしたが、ぎこちなく途中で止まり、不自然に震えてしまったため、左手に切り替える。
「ごめんね、菫さん。私は右手を負傷して、上手く動かせないの。左手で握手してもいい?」
「……はい」
カルラの泣き虫が移ってしまったのだろうか、と菫は思った。
ミラーの右手を見つめていたら、涙が出てきてしまったので、慌てて下を向いて涙を拭く。
魔物退治をしに行って返り討ちにされ、騎士団長引退を余儀なくされた彼女の右手に、たくさんの気持ちが詰まっていると思った。
風竜に右手をやられなければ、今も騎士団にいて、リョウマと恋人だったかもしれない。
いや、もしかしたらリョウマと幸せな家庭を築き、子供もいたかもしれない。
そうしたら、リョウマがアコヤと結婚していたとき、御剣とアコヤの不倫現場を見て、つらい気持ちにならなくても済んだのだ。
リョウマとミラーを引き裂いた原因は、風竜と裕だ。
菫はミラーの笑顔を見てまた泣きそうになった。
「ん、どうした、菫?」
コウキが菫をのぞきこんできたので、菫は慌てて笑顔を作ってミラーと左手で握手をした。
リョウマは腕を組みながら一連の菫の様子を眺めて、複雑そうに眉を潜める。
「ミラー、リョウマと話せたんですか?」
「あ……うん。相談して……きゃあ! 紅茶をこぼしちゃった! ごめんねコウキ! 熱いでしょう、上着、早く脱いで!」
ミラーが右手を引っ掛けてしまい、コウキが飲んでいた紅茶が上半身にかかってしまった。
ミラーが慌ててコウキの上着に左手をかけると、コウキは顔を真っ青にして立ち上がった。
「コウキ?」
「あ……大丈夫です……すみません」
熱さで麻痺しているのか、立ったまま硬直しているので、菫は急いでコウキの手を掴むと「失礼します」とミラーに軽く会釈をしてその場を後にした。
「えっ、コウキ? 菫さん?」
「菫、あとで俺の家にこい!」
リョウマの腹から出した、よく通る声が響いたが、菫はコウキを連れることに精一杯で、反応できなかった。
菫は店の裏に行き、誰も見ていない場所でそっとコウキの上着を上げた。
服のお腹のあたりに紅茶をこぼした形跡があったが、傷だらけのお腹は古傷と火傷の跡はあっても、新しい火傷の跡はなさそうだった。
菫はホッとしてハンカチを出してコウキのお腹を拭く。
「大丈夫ですか? 今ハンカチを濡らしてきますから、ここで待っていて下さい」
「……おい変態。そんなことしなくてもいい。熱くない。ただ体の傷を見られたくないのと、あの女がコウキに触ろうとしたから、びっくりして俺に代わったんだろう」
火輪になったのか、声のトーンが低くなった。
「……火輪様、なんでわたしがコウキ様に触るのは平気なのか、理由わかりますか?」
膝をついてお腹を拭きながら、菫が上を向いて火輪に聞く。
「……知るわけがないだろう! あともうやめろ、膝をついて俺の腹を拭くな!」
「なによ、火傷してないか心配で紅茶を拭いているだけじゃない。別にコウキ様の体の傷や火傷を舐めるように見ていないわよ」
頬を膨らませ、紅茶を拭いながら言う菫の様子を、火輪は目を細めて見ていた。
「な、舐めるって……もういい。膝を立てるな」
真っ赤になりながら強引に火輪は菫の肩を押す。
「わっ……」
ドサッと音を立ててバランスを崩した菫が地面に倒れ込んでしまう。
「あ……ご、ごめん! 悪かった、大丈夫か?」
慌てて火輪が菫の腕を掴み立たせたが、膝のあたりから少し血が出ていた。
「血が……悪い……手当てする。俺の家に行こう」
「あら、これくらい放っておいても大丈夫ですよ。結構心配性なのね、火輪様」
「だって……コウキみたいに跡が残ったら大変だ……お前は女の子なのに」
「あら、大丈夫よ。この膝ね、少し前にころんで怪我をしていた場所なんです。だからまた血が出ただけなので、そんな顔しないで」
菫はクスッと笑う。
今の火輪の言葉を聞く限り、コウキの虐待には加担していないようだ。
「でも、俺の家に行こう。少し休めよ」
「あの、わたし少し散歩してきても良いですか? カラムの町を歩きたいの」
「いいけど、俺も行こうか? この辺りは治安が悪いところもあるし、お前みたいな綺麗……どんくさい女、変なヤツに絡まれる可能性もあるからな」
「大丈夫。少しひとりになりたいの。あとでコウキ様の家に行きますね」
最後まで心配そうに見ていた火輪に笑顔で手を振ると、菫は迷わず貧民街へと向かって行った。
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