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第5章★黄金の林檎(改)★

第5話☆コウキ陥落☆※

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 菫の白皙の肌がみるみる露わになり、俺は場の異様さに戸惑っていた。


 父は離れた席で誰かと顔を突き合わせて真剣な話をしている。


 俺は仮面を被り直すと、一糸まとわぬ姿になった菫を目を細めて見た。


「菫様!」


「菫様、こちらに投げて下さい!」


 男たちの歓声が聞こえ、場の熱気が最高潮に上がる。


 俺はその熱で倒れそうなほど頭がぼうっとしていた。


 一瞬菫と目が合った。菫はその瞬間、俺に向かって下着を投げた。



 基本的にはステージの上で参加者に見てもらうようだ。


 しかし参加費用を倍出すと、個室での逢瀬が許されるらしい。


 俺は拒否したが、当選したことを父が知ると、費用を出すからと金を上積みし、個室へと案内された。


 火輪が死んでからの父は俺に媚びているのか、終始気持ち悪かった。


 ラウンジにいた男たちは、先程の熱気を失ってはいたが、何やら商談に夢中になっているようだった。


 個室とはいえ、部屋の外に監視が付くらしい。俺と同じくらいの年の、目付きの鋭い男が監視のようで、俺を睨みつけていた。


「下着、拾って下さってありがとう」


 俺はそのときの菫の顔を今でも忘れない。


 笑顔を見せてはいたが、視線はどこか空虚だった。好き好んでこんなことしているわけではないのだろう。


 俺と同じ……親からの虐待だ。俺は仮面の下から菫をどこか同志として見ていた。


「脱がせますか?」


「え……いや、俺は……体に傷があるからいいです」


「そうですか」


 菫はにこっと笑うと、俺の隣に座った。



 菫の体温が俺に伝わってきたが、いつもは誰かに触れられると吐き気を催すそれが、全くなかった。



 俺は驚いて菫を見る。試しに菫の手を握ると、心地よいと感じた。


「あなたは他の男たちと違うのね」


「……え?」


「大体自分本位で欲望を吐き出す人が多いから、新鮮だわ」


 いや、違うんだよ菫。あのときは、体温が、温もりが苦手だったんだ。


 とてもじゃないけど生身の魔人に触れるなんて、無理な時期だった。


 だから君の体温が平気だったことに俺は自分で驚いたんだよ。


 俺は菫と手を繋ぎ、ぽつぽつと世間話をしてその日を終えた。


 それが俺と菫の出会いだった。


 今から5年前の出来事だった。


 その日からたまに、何度か父に連れられて倭国吸血王の部屋から行けるラウンジに参加した。


 相変わらず菫は笑顔で着物を脱いでいた。


 下着を拾った男は、ステージの上で裸の菫をひざまずかせ、自分のものを咥えさせ、欲望を満たしていた。


 反吐が出る。


 あの笑顔を本当に笑っていると思っているのか。


 父親から命令されて、男のものを咥えているなんて、ひどすぎる虐待だろう。怒りを覚える。


「こんばんは。いつも王女を食い入るように見ている子ですね。たまに来ているから、気にしていました」


 声をかけてきたのは、倭国の服を着た男だった。


「お父様といらしていますね。あなたのお父様と経営やあなたのことを色々話しました。しかしあなたはまだ若そうだ」


「……」


 俺は会釈をすると男から離れるように逃げた。しかし、彼はしつこく着いてくる。


「ああ、待って。私は倭国城の陰陽師長をしている、八雲と申します」


 八雲と名乗る狐のお面をかぶった男は、俺に馴れ馴れしく話し始めた。


 酒を浴びるように飲んだのか、かなり酔っ払っているようだった。


 八雲は吸血王と同級生だったこと。王立学校に通っているときに、権力者たちが密談出来る場所を提供することを考えたこと。


 それから吸血王に提案したラウンジの件は受け入れられ、そこから親友になったこと。


 結婚して出来た吸血王の娘、菫王女が世にも美しかったこと。


 でも何も出来ない出来損ないだったため、せめて権力者の慰み物になるように育て上げることを提案したこと。


 八雲は酔っているのか、ペラペラと機嫌良く俺に話した。


「ここにいる何人かの紳士たちは、菫様を嫁に迎え入れても良いと言っています。出来損ないの王女をもらってくれるなんて、心が広い紳士ですよね」



 そうか。この男が元凶か。



 菫が性虐待されるきっかけを作ったのは、この倭国陰陽師長、八雲か。


 お前の声は忘れないぞ。


 俺はこの男から離れて廊下に出ようとしたところで、ぽたりと足元に下着が落ちてきたことに気付いた。


 下着を拾い顔を上げると、ステージ上で菫が俺を見てゾクリとするような笑顔でウインクをした。



「あなたが来ているときは、あなたがいる方に投げているの。やっと拾ってくれましたね」


 父がまた参加費を上乗せして、俺は再び菫と個室で一緒にしゃべった。


「今日は咥えます?」


「俺の前ではそんなことしなくていいですよ。俺も……父に同じようなことされてましたから」


「え……」


「能力がないからって、自虐的にならず男どもの言いなりにならなくてもいいのに。まあでも、少しわかる。生きるための処世術なんだよな……」


「……」


「抱きしめてもいい? 君の温もりを確かめたいんだ」


「あ、はい、どうぞ……」


 菫は裸のまま抱きついてきた。初めは体の温かさに動悸がして脂汗をかいたが、やがて菫を抱きしめると落ち着きを取り戻すように動悸が引いていった。


 この前ヒサメに触れられたときは駄目だったのに、菫の温もりは大丈夫そうだった。


 強く抱きしめると菫も抱きしめ返してくる。


 本当は、参加者は菫のことを触っちゃいけないらしい。


 でも、菫は俺に何も言わなかった。




 それから数回参加して、俺はたまに菫の下着を拾った。


 興味がないわけじゃない。


 人肌に触れられない分、こういうことに人一倍興味はあったと思う。


 でも、体温を感じると震えてしまうし、結局俺はそういうのに無縁だと思っていた。


 そんなときに菫のことは触れられるとわかった。さらにこのシチュエーション。


 これを逃したら一生誰も愛せないし、抱けないと一瞬でも思ってしまった。


 菫にそんなことはさせたくないくせに、自分の欲望に忠実な俺がイヤになる。


 この日、俺は初めて菫を俺の目前にひざまずかせた。


「は……菫様……」


「口に……出していいですよ」


 さすがに慣れているのか、菫は俺のものを咥えて舌を使いながら器用に動かした。一瞬で絶頂に達してしまう。


 初めての感覚に、俺は一種の興奮状態だった。


「……俺、一生こんなこと出来ないと思っていたから、いい思い出になりました。ありがとう、菫様」


 数回菫の口に出したあと、俺は服のまま裸の菫を抱きしめる。


「もう来ないみたいな言い方ですね」


「うん、もう来ないよ。君が傷つくことをしてしまった。幸せになって欲しいのに、俺が率先して壊してしまったから」
 

「わたし、あなたと話せて楽しかったです。わたしを尊重してくれてありがとう」


 握手をして個室から出た俺は、もう2度とラウンジには行かなかった。




 それから2年後、俺が20歳のときに天倭戦争が始まった。


 天界国騎士団長になった俺は、倭国城を攻めるときに、すぐ菫を探した。


 逃げられただろうかとずっと心配だった。


 そしてさらに3年後。


 空白の3年間、菫が何をしていたか知らないけれど、ルクアの森からオロチ討伐をして帰ってきた天界城の庭で、女中に扮する菫を見つけたんだ。


 目を疑った。


 戦争で死んだと噂が立っていたから。菫が生きているなら、死体の上がっていない兄弟も恐らく生きているのだろう。


 もうこれは運命じゃないかとすら思った。


 でも、すぐに潜入しているのだとわかった。


 母親の竜神女王を助けてこいと、兄弟の誰かに言われたんだろ?


 それとも、大臣に言われたか。


 菫は倭国では役立たずと低く見られていることをラウンジに通って良く知っている。


 しかも変態どもが、菫を嫁にしたいと言っていた。


 戦争後、変態が生き残っている可能性もある。


 そんな国にいても、菫が不幸になるだけだ。


 倭国が菫を不幸にするなら、天界国で幸せに暮らせばいい。


 俺の専属愛人にして、君を倭国の変態や無能な幹部から守るよ。


 虐待されていた俺を、自信をなくしていた俺を、人肌が怖くて震える俺を、優しい体温で君は救ってくれた。


 俺は同じような経験をした君を心の支えにして昇華してきた。


 今度は俺が助ける番だ。


 君が悲しみに暮れていたら、俺は全力で救いにいく。


 あのときの正体は明かせないけれど。


 君と共にした個室のことは話せないけれど。


 過去に囚われた君の心を、今度こそ俺が救い出してみせるよ。


☆続く☆
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