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第3章★あなたのこども★

第10話☆コウキの過去2☆

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 コウキは決意したように拳を握ると、ジッと菫を見つめた。


「えっと……まず君は、倭国王女だよな」


「…………えっ」


 菫は思わずコウキを見上げた。やはり知っていたのだ。ワタルが正体をバラしたときだろうか?


「ワタルが正体を明かしたとき、君はワタルと双子なんだと察した。ワタルも菫も18歳。同い年だったからな」


「……」


 どこまで同意したら良いものか測りかねて、菫は曖昧に頷いた。


「俺、一目惚れだと言ったのを覚えてる? 初めて会ったとき、君は地面にうずくまってた」


「……天界城の庭掃除をしていて……ルクアの森のオロチ討伐から凱旋したときですよね……」


 コウキは笑いながら首を振った。


「違うよ。俺が君と初めて会ったのは、5年前なんだ……」


 菫はそれを聞いて自分の心臓の音がどんどん大きくなっていくのを感じた。


「5年も……前に……」


 まさか、まさか。
 菫はバクバクと鳴る心臓を押えた。
5年前、13歳……権力者相手に裸を見せはじめた時期だ。コウキは天界国貴族……菫はドキドキしながらコウキを見上げる。
 

「火輪が死んでから気持ち悪いくらい俺に媚びはじめた父に……新しく金持ちのサロンが出来たから、社会勉強の一環で参加しようと誘われて……」


「…………あのラウンジに……参加していたの……?」


「…………うん」


 菫は目を見開いて真っ赤になりながらコウキを見た。


「あっ、勘違いしないで! 俺はサロンが何だかわからなかった。父の商談に付いて勉強しに行ったつもりだったんだ! そうしたら……まあ……」


 コウキも顔を赤らめて菫から視線を外す。


「倭国王女がその……裸になって……おもてなしをする場で……」


「きゃー!」


 菫は慌てて立ち上がるとコウキの口を手で塞いだ。ビクッとのけぞったコウキは、菫を見下ろして動揺している。


「み、見たの?」


「……そりゃ見たさ。君、色白いよな。脚も長い」


「……どうせ胸小さいですよ」


「そんなこと言ってないよ! 何で悪く取るんだよ。君の体は……女の子を知らない俺には刺激的だった。綺麗だったよ、未だに囚われるくらいにはな」


「……消えたい……」


「何で」


「そうですよね、ジュダ様の息子ですもんね……火輪様が亡くなってマリア様を避妊させていたら、コウキ様を目にかけるわね、ジュダ様は……」


「……そうかもな」


「なんかね、あなたの匂い、どこかで覚えがあったんですよ。たくさん嗅げば思い出すかなと思って……」


「だから観覧車で密着してきたのか? おい……恥ずかしいよ……俺の匂い嗅いでたのか……」


 顔を両手で覆い、うつむいたコウキに、菫は立ち上がってコウキの側に行き、首筋に顔を近付けた。
 気付いたコウキがビクッと体を避ける。


 菫の甘ったるい匂いがコウキの鼻孔をくすぐった。
 首元で感じる菫の吐息にカッと体が熱くなる。


「はっ……は……菫……待って……あんまり、近付かないで……思い出すから……」


「コウキ様、ごめんね、すこしだけ……」


 首すじに鼻を近付けて確かめるように匂いを嗅いでくる。コウキはきつく目をつぶった。


「……あの、ときにお伺いしますが、もしかしてラウンジでわたしと2人きりになったことありますか」


 菫がしゃべる度、息をする度、首すじに熱い息遣いを感じてコウキの息が荒くなる。
 体温が苦手なはずなのに、それ以上の快楽がコウキを襲う。はじめての感覚だった。


「は……っ……あるよ……父が追加で1億出して……何度も君と個室に入った」


「……」


「菫は……俺を気に入ってくれて……俺が行ったときは……俺に向かって下着を……投げてくれていたろ……」


「あの……あの方ですか? 個室でも……わたしに咥えさせないで、一緒におしゃべりだけをしてくださっていた……わたしの癒やしの彼……?」


「……癒やしの彼かはわからないけれど……あのとき……おしゃべりしていたのは俺だな」


「やだ」


 菫はパッと俺から離れると、顔を赤らめて潤んだ目でコウキを見つめた。


「菫、どうしたの……? やだ?」


「……個室で沢山お話して……あのとき、親に同じようなことをされているって……コウキ様だったのね……」


 いまだかつてないくらい動揺しながら頬を染める菫に、コウキは目を細めて手を伸ばす。


「ま、待って、ごめんなさい。わたしあなたに……嫌われたと思って……」


「どうした、落ち着いて。ゆっくりでいいよ、大丈夫だから……」


 菫は深呼吸をして落ち着いてから対面の椅子に座った。


「あなたを咥えてから、2度とラウンジに来なかったでしょ? あなたは一切わたしに手を出そうとしなくて、楽しいおしゃべりばかりだったのに、わたしが咥えたから……来なくなっちゃったんだな、幻滅させちゃったんだな、嫌われちゃったなって……」


「幻滅? するわけないじゃん、そんなの。むしろ俺が自己嫌悪したんだ。吸血王や八雲に性虐待されていた菫に、咥えさせたことで俺も虐待に加担しちゃったからさ。もう2度と君を傷つけないために、父に誘われてもラウンジに行くのを一切やめた」


「……えっ?」


「ん?」


「……吸血王や……『八雲』? 父だけじゃなくて……?」


 コウキはハッと口をつぐんだ。菫は八雲がラウンジの発案者だとは知らなかったのだ。コウキが八雲本人に聞いただけだからだ。


「ふー……その分だと聞かされていないようだな」


「え?」


 コウキは紅茶を飲んで気持ちを落ち着かせる。


「ある日、ラウンジで八雲が話しかけてきたんだ。俺がジュダの子供だと知っていたようだ。そのとき……倭国王女にこのラウンジで裸にさせる案を出したのは……八雲本人だって……」


「う、嘘……」


「……本当だよ」


 その場がシンと静まり返る。菫はショックを受けたのか、飲んでいたティーカップを静かに置いて下を向いた。


「そう……八雲様が発案したの」


 小さい頃から丁寧に優しく接してくれていた八雲を思い出し、菫は沈黙した。


「……俺は3年前、天倭戦争で倭国城に攻め入るとき、真っ先に八雲を探しに行った。八雲にしか照準を合わせていなかった。あいつだけは俺の手で殺すと剣に誓った」


「え……」


「八雲は、菫を裸にして男の前で踊らせると発案した変態だ。その発案がなければもしかしたら菫はあんな性虐待をされることもなかったかもしれない」


「コウキ様……」


「倭国王女として、健全に健やかに成長していたかもしれない。それを手折った八雲を俺は許さない。必ず俺が首を獲ると決めた」


「……」


「ラウンジでおしゃべりして話した時間は、俺にはかけがえのないものだ。菫に出会えた。だからこそ、君を不幸にした八雲は許せなかった。敵対国の王女だけど、俺は君を虐待から救いたかった」


 菫はコウキの強い想いを聞いて目に涙を溜めていた。


「……コウキ様……わたしを守って下さって、わたしを尊重してくれて……ありがとう……」


「守れてないだろ……倭国は壊滅してしまったし、国民に多大な被害を与えた。ただ、外の魔人から見た倭国は狂っていた。魔物退治やあやかし祓いのすごい奴らを崇め、地味だけど倭国民のために働く菫をないがしろにする。倭国はおかしい」


 コウキに対する今までの警戒心が一瞬でなくなったような気がした。


 5年も前から、コウキは菫の尊厳を守ってくれようと動いてくれていたのだ。


「……コウキ様、驚かないで下さいね。わたしの正体を知っている人が、天界国に数名いるんです」


 コウキは頷くと、クスッと笑ってこともなげに言った。


「リョウマだろ」


「ご存知でしたか……?」


「うん、ずいぶん前からそうじゃないかな、とは思ってた。急に菫に対して丁寧になったし。いつだったかな……わりと前の方だな」


「そっか……リョウマ様、対応が全然違いましたもんね。初めは夜伽をしろーって、わたしのことを叩いたりしていたのに、丁重に扱うようになりましたもんね」


「あれはちょっとあからさまだな」


 2人は顔を見合わせて笑い合う。さらに菫は一息つくと、コウキを見上げた。


「それから、カルラ様も知っています。あの人はわたしと初めて会った死の監獄で、すぐに正体を見抜きました」


「えっ? まさか、ローゼンバッハが逃げ出して、俺とリョウマが探しに行っているとき?」


「そうです、そのときです」


 カルラは変人だが、頭が良いことを思い出したコウキは、腕を組んで見直したように頷いた。


「すごいなカルラって。なんなの、あいつ」


 八雲の息子だと知られたらどうなるだろうか。菫は考えた。ここまでなら言えたが、カルラが倭国民ということや、八雲の息子だと言ってしまえば、コウキは天満納言に気に入られているし、コウキが天満納言に言い方が悪いが告げ口をしてしまう可能性もある。


 いや、それはないか。と菫は一瞬で否定をした。こんなに一生懸命菫を守ろうとしてくれて、今まで正体を知っていても沈黙してくれていたコウキが、不誠実なことをするわけがない。


 ただ、コウキがその気はなくとも、火輪に交代したときに、天満納言に言う可能性がある。
 どうしようか考えて、カルラに相談することに決めた。


☆終わり☆
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