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第4章★リョウマVS裕★

第8話☆記憶喪失2☆

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 リョウマは菫に近づいて頭を下げる。


 菫はそんなリョウマを見て、少し困ったように笑った後、手を上げてやっぱり頭を撫でた。


「……俺はいつ犬から魔人に戻れるのでしょうか」


「わたしの可愛いワンちゃん、奥様に失礼ですよ。待て」


「……ワン」


 2人は顔を見合わせるとクスクスと笑い合う。


 そこに、派手な音が聞こえてバルコニーの窓が開き、色々な人々が入ってきた。


 女王の挨拶が終わったのだろう。


「御剣、早く!」


 大きな声が聞こえて驚いてそちらを見ると、真っ赤なマーメイドラインの美しいドレスを纏い、髪を頭上で結った20代後半くらいの女性が、紺のスーツを着た男性に飛びつくように抱きついた。


「……あの男、私を怪しんでたわ。失敗したかもしれない。怖い……」


「奥様、大丈夫ですよ。上手く薬を入れたのでしょう?」


「ええ。あの男の目、怖かった……得体のしれない目……」


「でも、これであの不良はお姉さんの言いなりです」


「御剣……私の居場所はあなたの側しかないの……」


「奥様……!」


 震えた声を出す女性に男性は口づけをする。その口づけはどんどん深くなり、女性はうっとりとした表情になっていった。


 わっ、気まずいな……と思った菫は顔を背けるようにリョウマを見ると、リョウマの顔がまるで顔色をなくした人形のように無表情になっていた。


「行くぞ、菫」


 リョウマは低く小さな声で呟くと、菫の手を掴んで速歩きで下を向きながらバルコニーを後にした。


 パーティー会場からも、ダンス会場からも出て、ぐんぐん廊下を進んでいく。


 菫を握る手は強く、少し痛いくらいだった。
 先程からリョウマは無言を貫き、下を向いている。


 いつもは姿勢が良く、自信に満ち溢れているのに。


「……もしかしてさっきの、アコヤ様ですか」


 菫が歩きながら尋ねる。


 リョウマは立ち止まると、菫を振り返った。


「……アコヤと庭師の御剣です」


「リョウマ様のお屋敷でも人目を憚らないの?」


「はい……天界国と邪神国の同盟に使われた人質ですから、自由にしたいということで、俺の前でもあんな感じです」


「リョウマ様……」


「もう慣れました。しかし……俺の立場はどうなるか考えていない。他の騎士団長や……部下たちの俺を見る憐憫の目が悔しい」


 廊下は2人以外おらず、しんと静まり返った場にリョウマの声が響いた。


 もしかしたら紫苑の塔に通っていたのは、アコヤに当て付けの意味や、部下たちに自尊心を見せつける意味もあるのかな、と菫は思った。


「リョウマ様はアコヤ様の心を取り戻したいですか?」


 菫の言葉に、リョウマはおかしそうに笑う。


「俺のものだったときなど1度もない。夫婦生活はおろか、アコヤに触れたことは結婚式以来ないのでな」


「……リョウマ様はどうしたいの? アコヤ様と穏やかに過ごしたいの? それとも別れたい?」


 遠慮がちに言う菫に、リョウマは彼女を見下ろしてジッと目を見た。


「別れられると思いますか。人質を邪神国に送り返すことは、天界国にも邪神国にも屈辱的な感情を与える。たちまち俺は両国から追われる立場になる。俺は天界国の犬だ。命令でしか別れられないし、倭国王女と結婚しろと言われたら、それに従うまでだ」


 菫はリョウマの目を見返して静かに声を出す。


「あなたの気持ちを言って下さい。立場を取っ払って、あなたがアコヤ様のことどう思っているか」


 リョウマは沈黙して真剣に考えているようだったが、やがて静かに口を開く。


「結婚前からの間男だ。嫁入り道具とばかりに連れてきた。まあ、家の中は綺麗だし、料理も美味いから穏やかな生活はできているんだ」


 リョウマは少し迷ったように言葉を切り、菫を見た。


「……ただ、普通の、夫婦らしい生活をしてみたかった。ふとしたときに見せる笑顔が可愛いと思った。だが、思い通りにならないとき、良く俺を怒鳴ったり、俺に見せつけるように御剣と愛を語り合っているのは苦痛だった」


 リョウマは一度言葉を切り、視線を伏せた。


「もう……疲れてしまった……アコヤのことも、御剣のことも大嫌いだ……今では顔を見るたびに拒否反応が出る」


 菫は弱々しいリョウマの様子を見て、力を込めてリョウマの手を握る。


「今まで良く我慢しましたね」


 菫はリョウマの手を離すと、リョウマの頭をゆっくり撫でた。


 リョウマは目を見開くと、下を向いた。


 佇まいがいかにも強く、体格も良く、いつも偉そうなリョウマの弱々しい姿が菫の庇護欲を掻き立てる。


「あなたを抱きしめたいです」


「……アコヤ様と御剣様の関係と同じ立場になってしまいますよ」


「1度だけでいいです。3秒だけ……」


 リョウマの遠慮がちな声に、菫はリョウマの手をグイと引くと、リョウマの大きな背中に手を回した。


 リョウマがヒュっと息を呑むのを感じた。


 強く抱きしめると、リョウマもそれに呼応するように菫を掻き抱く。 


  体感は3秒どころかスローモーションのようにゆっくりだった。


 リョウマはそっと菫の肩をつかむと、体を離した。


 リョウマの頬が赤く染まっているのを見た。


「……ありがとう。これで俺は歩いていける。あなたが見ていてくれると思うと、力が出る」


「リョウマ様の味方はたくさんいます。わたしも、カルラ様も。ルージュ様だって、ご両親だって、リョウマ様のことを応援していますよ」


「はい」


 リョウマは寂しそうに笑うと、口を開いた。


「少し……1人にしてもらえますか。菫様はカルラと一緒に待っていて下さい」 


「わかりました。リョウマ様、大丈夫だからね」


 頭を撫でると、リョウマは照れたように笑った。


「はい、ありがとうございます」





 パーティー会場に戻ってみたが、カルラがどこにも見当たらない。


 食べ物のところにも、部屋の隅にもいなかった。


 もしかしたら裕のもとに行ったのかと思い、裕を探した。


 すると、裕の隣に女王がおり、楽しそうに女王が裕に耳打ちをしている場面を目撃した。裕は屈んで女王に耳を傾けている。


 玉座の王様を見ると、座りながらゆっくりワインを飲んでいた。


 そして、裕の奥にカルラを見つけた。


「カルラ様!」


 カルラは菫の声に気付くと、ゆっくりと振り返った。


「探しましたよ、カルラ様」


 笑顔を見せる菫に、カルラは怪訝な顔をして菫をおかしな人を見るような表情で見た。


「アンタ、誰?」


「……え? 菫ですよ。仮面しているから、わからなかったですか?」


 カルラは尚も眼鏡の奥の冷たい目で菫を見る。


「何かおかしな人がいるから、向こうに行きましょう、実月姫」


「ええ、カルラ」


 え? と思うと、カルラの後ろに先程女王を睨みつけていた若い女性がいた。実月姫と思われるその女性は、親しげにカルラの腕に手を回す。


「カルラ、実月のこと好き?」


 カルラは躊躇いなく頷いた。


「はい」


「嬉しい、カルラ」


 実月姫はカルラに抱きつくと、可愛らしくチークキスをして、言いづらそうに頬を赤らめた。


「……実月はあなたを好きになりました。今夜、実月を慰めに寝室にきなさい」


「ええ、わかりました、実月姫」


 菫はカルラを見上げる。カルラは一瞬菫を見たが、まるで初めに会ったときのような底知れない恐ろしい目を向けてきた。


「何見てる? アンタが声をかけて良いような女性ではないぞ、この方は」


「……カルラ様」


 静かに呟いた菫は、急いでリョウマを探しにパーティー会場を出て廊下を走り出した。


☆続く☆
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