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第6章★赤騎士団長・炎のリョウマ★

第1章☆忠誠☆

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「そろそろ吐いたらどうですか」


 無機質な声が響き渡り、地下牢の空気が震えた。


 小さな息遣いが聞こえ、四肢を張り付けにされたリョウマが顔を上げる。


「俺が口を割ると思ったら甘く見られたものだ」


「……私は、暴力に訴えたくはないのですよ、天界国赤騎士団長、リョウマ様」


「良く言う。邪神国にこのような拷問部屋があるとは驚いた。それにあの化け物たち……」


 リョウマは前方で牢に閉じ込められている目の沢山付いた化け物を見て言う。


「人道的に問題はないのか? あるからこんな地下牢にあの化け物を隠しているのだろう?」


「いちいちうるさい人ですね。何故記憶操作の薬を飲まなかったのですか? 自分の妻に勧められたお酒も飲めないのですか。もう1人の騎士は飲みましたよ」


 無機質な声の主はリョウマの髪を鷲掴みにした。


 顔を歪めたリョウマだが、男を見ると挑発的に笑う。


「裕を見ていたからな。記憶操作された裕は、何かの薬を飲まされたに違いない。だから俺は女王の誕生日パーティーのときは、一切飲食していない」


「ふむ。意外と頭がキレますね。ただの筋肉バカではなかったか」


 そう言うと、男はリョウマの剣を持つ。


「良い剣だ。私が頂きたいくらいの美しいフォルム」


「返せ……俺の魂だ……」


 後ろで1つに結んだリョウマの長い髪を掴むと、男はリョウマの髪をザクッと切る。


 パラパラと長い髪が落ちて、前髪や頬に短くなった髪がかかる。


「おや、短髪の方が色男に見えますよ。これならアコヤもあなたに惚れたでしょうに」


 リョウマはそれを聞くと目を見開いて男に向き合う。


「貴様、ぬけぬけと。まさかアコヤをも操っていたのか、御剣!」


 アコヤが結婚の際に連れてきた庭師、御剣が歪んだ笑顔を見せた。


「気付いたところで。あなたも私に忠誠を誓ってください。アコヤやサギリのようにね」


 御剣はリョウマの剣で、リョウマの左頬をそっと充て滑らせた。


 ツウ……と赤い線ができ、リョウマの頬から血が流れ出る。


「俺が忠誠を誓ったのはただ1人の女神のみ。お前や月読など、お呼びでないんだよ」


 挑発的に笑うリョウマのお腹に、御剣は蹴りを入れた。


「ぐっ……」


「ふん、あなたは女をとっかえひっかえしている。女を使えば薬よりも効きそうですね」


 そう言うと御剣は合図を出す。前方から牢に入ってきたのは、妻のアコヤだった。


「アコヤ……」


「リョウマ……」


 2人は一瞬見つめ合う。お互い目を見開いて驚いたような表情だった。


「色を存分に使っていい。拷問をして天界国の狙いを吐かせろ」


「はい……御剣様のおっしゃる通りに」


 悲しそうな妻の顔が見えた。リョウマは邪神国が何を企んでいるのか、必死に考えていた。


「少し遅い新婚初夜だ。見ていてやるから、リョウマを満足させ記憶操作しろ」


 どういうことなのか、リョウマは頭の中で力関係を推理する。


 アコヤはあくまで御剣の命令を聞いていただけなのか。


 サギリ女王も御剣に命令されて教祖に君臨している?


 リョウマは頬の痛みで考えが散漫していた。


「御剣……私」


「御剣様、だ。もう私の正体を隠す必要はなくなったからな」


「正体?」


 怪訝そうな顔でリョウマが尋ねる。そうすることで情報を引き出そうとした。


「月読教の枢機卿ですよ、御主人様」


「なるほど。サギリ女王に教祖の座に就かせ、邪神国王と結婚させることで布教活動をしたと」


「剣と女しか脳がないと思っていましたが、なかなか頭も回るようですな、リョウマ様」


「フン。お前のようなやつが地位をただ捨てるとは考えにくい。枢機卿とは、教祖より偉い立場なのだろう?」


「偉いかはわかりませんが……教祖であるサギリ女王にさえ口を出せる立場です、御主人様」


「お前に主人と呼ばれたくない。お前は庭師クビだ。それからアコヤ。お前とも離婚だ」


「私があなたを愛することは、今後一切ないでしょう。でも、離婚はできないの。言ってる意味がわかるかしら……」


「……は?」


「御剣様が……命令するから……できないの……リョウマ、助けて……私とお姉ちゃんを開放して……」


 アコヤは泣きながらその場にうずくまった。


「リョウマ様が今更お前を助けると思うか? 裏切りを繰り返したアコヤなど、助けるはずないだろう」

 御剣が歪んだ笑顔でアコヤを見下ろした。


 リョウマは混乱した頭でアコヤを見た。

「アコヤは御剣が好きなんだろう?」

「違うわ! ただ、脅されて……」




「では、なぜ結婚しても俺に触れることを嫌がった?」


「私の命令でリョウマ様に触れることを禁止していました」

 御剣がリョウマを見ながら言う。


「だって、そうしないとお姉ちゃんを殺すって!」


 アコヤは涙を流してリョウマに訴えた。リョウマは胸の鼓動が激しくなるのを感じていた。


 アコヤが泣いている。ようやく自分を頼ってくれた、とどこかリョウマはホッとしていた。


「私はサギリを愛しているからな。妹のお前は慰めてやっているだけだ」


「愛しているなら、なぜお前がサギリと結婚しなかったのだ?」


 それを聞いた御剣は、心底軽蔑したような目をリョウマに向けた。


「愛する人と引き裂かれる辛さを知らないでしょう。こちらは身を切られる思いなのです。あなたは良いですね、愛を知らなくて」


 愛する人と引き裂かれる辛さ?


 御剣の愛する人、というのはきっとアコヤではない。サギリのことだろう。


 今の言い方だとサギリも御剣のことが好きだった、という意味だろうか。


 考えてもわからなかった。


 菫に知らせなければ、とリョウマはふと思った。


 彼女なら何とかしてくれる。


 この場に1番ふさわしいことを考えてくれる。


 しかしそんなものは建前だとリョウマは心でわかっていた。


 ただ菫に会いたい。笑顔を見たい。落ち着いた優しい声を聞きたい。それだけだった。



「さあ、こちらの腹は明かした。さあ、良かったですね、リョウマ様。ようやく妻と触れ合えますよ。やれ、アコヤ」


「はい……御剣様」



 アコヤは返事をすると、張り付けにされたリョウマの右頬を撫でた。


「……アコヤ。俺は右ではなく、怪我をしている左頬に真っ先に触るような女が好きだ。お前は俺がつらいとき、いつも御剣と抱き合っていた。心に寄り添ってはくれなかったな」


「リョウマ……ごめんね。それは命令で……」


「それでも心配くらいはしてくれないだろうか? 仕事が上手く行かず、塞ぎ込んだ夜も、お前は共に寝てはくれなかった」


「リョウマ、ごめんね……リョウマを守るために、あの態度をしていたの」 


 アコヤはそう言うと、リョウマに口付けをした。


「リョウマ、やっと夫婦として触れられる」


「アコヤ……」


 アコヤはリョウマのこめかみ、瞼、耳、とキスを落としていく。


「ふっ、ごゆっくり」

 御剣は下品に笑うと、牢を出て鍵をかけた。


 それから牢の外からじっとアコヤが責め立てる様子を見ている。


 四肢を張り付けにされたリョウマはアコヤの言いなりになるしかなかったが、せめてもの抵抗できつく目を閉じた。



☆続く☆
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