王宮仕えのロゼ

埴輪

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イヴァン・グコフの場合

2. 王宮のお喋り雀達

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 なんてことない、平凡な昼下がりのでき事だった。

 ちょうど、王宮の侍女達が交替で束の間の休息を楽しんでいたときだ。
 遅めの昼食を摂り終えたうら若き四人の侍女見習い達が生き生きと噂話に花を咲かせていたのは。
 女というのはとにかく集まると小鳥のように囀らないと息することもできないとよく言われるが、その若い侍女見習い達は少しだけ声のトーンが大きすぎた。
 その甲高い囀りに何人かが険しい目を向け始めたことに気づかないほど彼女達はお喋りに夢中だ。
 その目はキラキラと輝き、頬は林檎のように健康的に色づいていた。
 声を抑えているつもりなのだろうが、彼女達の席の近くに座った者にはその会話はまる聞こえである。
 話すにつれ興奮がどうしても抑えられず、結果甲高く呑気な歓声がときどき忙しない食堂に場違いに響く。
 ここを王都の喫茶店か、酒場と勘違いしているのではないかと皮肉に笑う他の使用人達の存在にも気づいていない。
 若々しいオーラに満ちた彼女達の眩しさに対する嫉妬が少なからずそこには含まれていた。
 侍女見習い達は実に楽し気に、苺の甘酸っぱさを堪能するかのようにどんどんその表情を色づかせていく。
 初めは他愛のない同僚の誰々に恋人が出来たなどという身近な話だった。
 それから自身が仕える王宮に住まう王族や貴族の噂へと続き、王宮でなければ聞くこともできなかった秘密やスキャンダラスな噂話の数々にまだ身も心も未成熟な彼女達が夢中になるのは必然だった。
 
 彼女達は永遠に話が尽きないのではないかと思うほどよく口がまわる。
 田舎の村娘も城下の町娘も街角の娼婦も王宮に仕える侍女達も―――女という生き物はとにかくしゃべる。
 そしてそのしゃべる内容の大半は毒にも薬にもならないというのが相場だ。
 王宮に仕えて間もない彼女達の話す高貴な人々の噂というのは信憑性が薄く、城下に広まるほどのインパクトもない、また広がっても特に支障のない他愛のないものばかりである。
 それでも歌劇の役者として見ていた豪華絢爛な世界に住む人々の近くに仕え、新鮮なスキャンダルを手に入れることができる現状に彼女達は熱狂していた。
 彼女達が食堂で話すものは全て侍女長や更にその上司である女官達に知られれば雷が落ちそうな荒唐無稽なものばかりだが、まだ見習いとして日の浅い彼女達にそれを判別する術はない。
 分別のある者はなるべくそういった噂話に耳を傾けないのだが、運が良いのか悪いのかまだ一度も折檻されていない彼女達の「噂話」は止まらない。
 その内、まったく害のないものから告げ口されれば不敬罪として折檻を受けるであろう噂話もちらほら上がる。

 爆竹を手に焚火をしている状況に彼女達はまだ気づいていないのだ。

 「ねぇ、聞いた? アルニム殿下がまた夜に王宮を抜け出したそうよ」
 「えっ!? どこぞの町娘と密会をしているんじゃないかって噂の?」
 「やだ、本当なのその話? 本当なら羨ましい話ねぇ。王子様に見初められるなんて……」
 「御伽噺みたいよね」
 「もしくは玉の輿ね」

 使用人専用の食堂はにぎやかなため、一応彼女達の不敬罪に値する噂話を咎める者はいなかった。
 話はまた一転、二転、三転ところころ変わったのも不幸中の幸いなのかもしれない。
 自国の王族の噂話を王宮でするなどあまりにも軽率だ。
 笑っているが、果たして彼女達はその意味を理解しているのだろうか。

 話は更にころころと変わり、続いて行く。
 公爵夫人の不妊などの際どい話から今度は自分達の恋話、そして憧れの人の噂話に変わった。
 そうなるとお年頃であり、王宮へは花嫁修業と結婚相手を見つけるために来たと豪語する者もいるためか、四人の話は更に燃え上がる。
 懲罰すれすれの綱渡りをしていることに気づかない、実に能天気な様子だ。
 スキャンダラスな内容でなくなっただけでマシなのかもしれない。

 王宮の騎士で誰が一番ハンサムか、色々な名前が上がる。
 妖艶でミステリアスなゴッドフリート伯爵、知的で次期宰相閣下という噂が高いパトリック公爵などの貴族騎士の名がまず上がった。
 本来なら話の種にすることすら許されない身分の高い貴人達なのだが、分別がない、頭の軽い小鳥のような彼女達にその自覚はまだない。
 そして未婚の青年貴族の名がそれなりに出揃い、最後に当然のように半年ぶりの遠征から帰還して来た今一番の話題性を持つ男の名が上がった。

 「そうだ、聞いて! この間初めて間近であの『イヴァン様』を見たの! とってもハンサムで凛々しかったわ~」

 更に四人の内の一人が言いたくて堪らないと我慢していたエピソードを披露するものだから、その盛り上がりはピークに達したといえる。

 「イヴァン様を!? 本当に!? 」
 「羨ましい……」
 「もうっ、アリーは声が大きいのよ…… ねぇ、一体どこで、どうやってお会いしたの? 」

 『イヴァン』という名に今まで無関心を貫いていた周りの女の使用人達が一瞬彼女達に意識を向けた。
 何食わぬ顔でその会話を盗み聞きしようとし始める周囲の様子に彼女達はやはり気づくことなく会話を続ける。
 先に話題を出した侍女見習いは誰かに言いたくてうずうずしていたらしく、意気揚々と話出す。
 うっとりと、そしてどこか自慢げに笑いながら。

 「たまたまよ、たまたま。洗濯して乾かしていたハンカチが風で飛ばされたのよ。兵舎の方までね」

 食い気味に話を聞き出そうと覗き込んで来る三人に、もったいぶるようにあえてなんてことのないように話続ける。

 「お気に入りのハンカチだったから懸命に追いかけて、探したの。それで見つけたと思ったら、私じゃ届かない高い木の枝に引っ掛かっていて……」
 「わかった! 困っていたエリンを見て……」
 「下々の者にも分け隔てなく親切なイヴァン様が……」
 「そのハンカチを取ってくれた! 」
 「せいかーい」

 きゃあっと若い娘特有の黄色い歓声が上がった。
 憧れの人に対する抑えきれない彼女達の興奮に感染したように聞き耳を立てていた他の使用人達も心なしかうっとりと頬を染めている。

 「やっぱり素敵ねぇ、イヴァン様」
 「本当に素敵だったのよ! 遠くから見たらちょっと怖そうな印象だったけど、少し話してみると陽気で気さくで…… お顔も中身も素晴らしかったの!」
 「あのディオルド様が傭兵団から直々に引き抜いたのよ? 中身も素敵なのは当たり前でしょう」
 「ふふふっ 本当、ニアは根からのディオルド様派よね~」

 見目が麗しく、更には優秀で地位の高い王宮の美男子は年頃の娘にとってはまさに憧れの存在。
 武人や文官、王族や貴族、魔術師に学者と彼女達の口から零れるのは夢物語に出てきそうな素晴らしい才覚を持ち、気高く高潔な意志を持つ正に理想の英雄達の根も葉もないようで多少はある噂話だ。
 その大半が賞賛であり、心なしか食堂にいた男の使用人達の肩身が狭そうである。
 興奮が増して来たのか、いつもなら四人の内の誰かが周囲の視線に気づいて声を抑えようとするのだが、どうやら遠い世界に住む若い英雄と夢物語の一幕のような触れ合いをした同僚の話に興奮しすぎてしまったようだ。
 食堂に響くような歓声が止まない。
 無表情に定評のある恰幅の良い侍女長が目尻を怒らせ、四人の背後に忍び寄ってきていることに、浅はかな侍女見習い達はまだ気づかない。

 そして自分達の座る席から少しだけ離れた場所でスープを飲んでいた同僚の一人―――勝気なエリンが言うには「大人しそうで話下手で、真面目だけが取り柄の田舎から出てきた侍女見習い」がその会話に対して実に不愉快だとばかりに眉を顰め、そっと席を立ったことに彼女達が気づくことはなかった。

 田舎臭い地味な侍女見習い。
 なんの変哲もない、真面目だけが取り柄のようなロゼがそっと舌打ちしたことに、誰も気づかなかった。

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