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イヴァン・グコフの場合
14. 覗きの代償
しおりを挟む昨晩を思い出すだけで途方もない嫌悪感が湧く。
夜明け近くまでイヴァンは散々ロゼの身体を貪り、穢した。
自分から誘った面もあるが、それでも元を辿ればイヴァンの脅迫により始まった関係だ。
なんとか今まで抑えて来た、気づかないように誤魔化して来たロゼの肉体に宿る呪縛をイヴァンは残酷な手段で暴き解放した。
早朝早く、誰もいない共同浴場でロゼは冷たいシャワーを浴びながら唇を噛みしめる。
何度も声が漏れないように血が出るまで唇を噛んで、イヴァンが欲望のままに膣内に吐き出した精液を指で掻き出す。
皮肉なことに、ロゼを蝕む呪いはこういうときにだけ頼りになる。
もしもロゼがただの娘であればイヴァンによって確実に妊娠していただろうから。
あんな獣に孕まされることを想像しただけで吐きそうになる。
人が来ないように辺りの気配を探りながら、指を挿入して必死に白濁を掻き出す自分の惨めさに死にたい気分なのだ。
一層、本気でこのまま舌を噛んで死にたいと思いながらも、あんな人の皮を被った獣のせいでせっかく手に入れた自由を失いたくないという思いの方がまだ強かった。
なんとかしなければならない。
このまま、好き勝手イヴァンに抱かれてしまえば、ロゼはもう本当に過去の自分に戻ってしまう。
ぐちゅぐぢゅっっ
今ですら、少し気を抜くだけで淫らに身体が火照てしまい、熱い肉棒を欲しがってしまうのだ。
「んっ……っ」
ドロドロにまた射精して欲しくて堪らないと訴えるかのように、勝手に膣が指をきゅうきゅうに締め付ける。
理性とは別の正直すぎる肉体に、ロゼは泣きそうになる。
タイルに爪を立てながら、ロゼはひたすら羞恥と屈辱に耐えていた。
冷たいシャワーをどんなに浴びても、ロゼの身体は今だ熱く、冷めない。
そんな熱く欲情した肉体や暴れる感情の中で、ロゼの頭の一部は妙に冷めていた。
ロゼは甘い吐息に耐えながら、ひたすら考えていた。
早く、どうにかしないと。
何度も何度も。
*
イヴァンは近年稀に見る上機嫌さで鼻歌を歌いながら部下達の訓練を視ていた。
以前口煩い同僚に機嫌が良いことを指摘された時は否定したが、さすがに今回は否定できない。
否定する必要もないほどイヴァンは機嫌が良かったのだ。
機嫌が良い分、イヴァンは部下達の訓練をいつも以上にまめに見て、それなりの助言をして指導をした。
側で見ていた同僚が目を丸くするぐらい、珍しくイヴァンは真面目に仕事をしていたのだ。
イヴァンの飄々とした普段とは違う、誰から見ても機嫌の良さそうな雰囲気に部下達は素直に喜び、この機会を逃さないように一人一人が積極的に指導を願った。
そんなむさ苦しい野郎共に囲まれたイヴァンは、一人遠くからこちらを伺う部下の視線に気づいていた。
いつもならば率先してイヴァンに突撃する若い男が、今は居心地悪そうに立っている。
実に分かりやすい男だと、イヴァンは薄っすら笑った。
訓練前に後で話があると男に伝えてある。
さて、どんなことを男に話してやろうかと、イヴァンの機嫌は更に上がった。
* *
部下の男の名はマルコという。
貧乏な田舎貴族の出であり、権威など当に無くなった名ばかりの貴族籍を持つ男だ。
既に没落しているような家名を名乗ることを恥ずかしがり、あえてただのマルコと名乗っている。
貴族の家名はそれなりに長ったらしいのでイヴァンは初めから覚える気もなく、他の部下と同じようにマルコと呼んでいる。
剣の腕は悪くなく、才能はある方だろう。
見た目も粗野な他の部下達に比べれば少し爽やかだが、イヴァンにとってはただの部下の一人でしかなかった。
今まで大した興味も持たなかった部下だが、今は違う。
「昨夜は残念だったな? マルコ」
マルコは、食欲がないまま、なんとか今日の訓練のために朝食堂でパンと肉とサラダをスープで無理やり流し込んで来た。
今は、酷くそれを後悔している。
「お前も、あそこで女とヤるつもりだったんだろう? なぁ、マルコ?」
「ッ……」
腹に一発蹴りを入れられた時点でマルコは朝食のほとんどをその場に吐き出した。
崩れ落ち、一度は立ち上がりかけた部下をイヴァンは今度は軽くその膝裏を蹴りつける。
無防備な膝裏を蹴られたマルコは体勢を立て直すこともできず、無様にその場で跪いた。
ズボンにマルコが吐き出した吐瀉物がついたが、それを気にする余裕はなかった。
吐き出した物の独特の酸っぱい匂いが辺りに漂う。
休憩時間にマルコはイヴァンに人気のない倉庫に連れられて来た。
理由はきっと昨夜のことだとマルコは初めから理解していたが、イヴァンがどんな反応をするかまでは想像できなかった。
上司の濡れ場を覗いていた事実とそれを見て興奮し自慰をした事実。
どんな罰でも受けようと覚悟を決めたはずなのに、肝心のイヴァンの声に怒りはなく、むしろどこか楽しそうである。
楽しそうに、マルコを痛めつけている。
「悪かったなぁ、マルコ。夜の楽しみの邪魔をしちまって」
「ぐぇッ……!?」
にやにやと笑いながら謝罪するイヴァンの姿は異様であった。
そして、その言葉とは裏腹にマルコの背中を蹴りつけ、そのまま頭を硬い軍靴で踏みつけるイヴァンの行動の意味が分からなかった。
自身の吐瀉物に顔を埋める形となったマルコはその酸っぱく臭い匂いと感触に更に吐きそうになりながら耐えた。
先ほどからずっと、心臓の鼓動が止まらず、身体中から冷や汗が出ていた。
「でも、お前も楽しんだよな?」
イヴァンはにやにやと厭らしい笑みを浮かべながらマルコの髪を引っ張る。
どこにでもある平凡な茶色の短髪は少々掴み辛かったが、なんとかその頭を持ち上げることはできた。
痛みと、顔中が汚れて悪臭を放つマルコの姿に、イヴァンは今度は冷たい視線を送る。
初めから、上機嫌の割にイヴァンはずっとマルコに氷のような冷めた視線を向けていた。
イヴァン本人が気づかないぐらい、それは秘められた殺意だった。
「なぁ…… あの後、何回抜いた?」
何回、こいつはロゼの痴態で抜いたのか。
イヴァンは昨夜のロゼの惨めなまでに自分に縋り付いて来る様に興奮し、思い出しただけで機嫌が良かった。
震えた身体で、ズタボロにされながらも気丈にイヴァンの手を拒んだロゼ。
最後に耳元で最高に気持ちが良かったことを褒めてやれば、今までにない殺意と憎悪に満ちた目で睨みつけて来る。
少し前までイヴァンの背中にしがみ付き、喘ぎまくって中出しを望んでいた淫乱とのギャップにイヴァンは危うくその場で声を上げて笑いそうになった。
もちろん、嘲りの意味での笑いだ。
イヴァンが出した精液が溜まり、ロゼが歩くたびに足元からぽたぽたと濁った粘液が垂れる様に、イヴァンがどれだけ喜んだことか。
もっとイヴァンの手でロゼの本性を暴き、糞真面目な侍女見習いなど出来ないぐらいにぐちゃぐちゃに壊してやりたい。
死んだ方がマシなぐらいの辛い目に遭わせてやりたいとイヴァンは本気で思っていた。
楽しくて仕方がなかった。
残酷な妄想に浸っていたイヴァンはとにかく愉快な気持ちだった。
そんな上機嫌のままで訓練場を訪れたイヴァンは、部下達の中からマルコの姿を見つけて、また更に奇妙な愉悦を感じたのだ。
愉悦と、何故かどうしようもなくマルコを痛めつけてやりたいという欲求も芽生えた。
マルコがロゼとイヴァンの絡みを見て興奮したことは非常に愉快だ。
しかし、マルコがロゼをおかずにしたことを考えると非常に不愉快である。
自分のおもちゃ、奴隷で許可なく抜いたことが許せなかった。
「答えろよ。おいっ 何回抜いた? 一回だけなわけないだろ? あの後、何回あれを想像して抜いたんだ?」
「ぁ…… お、覚えて、いっ、いない、です」
イヴァンの唇が軽薄に歪む。
その笑みすらイヴァンの色男っぷりを損なうどころか、一種の危うい色気として加味されていた。
マルコは身体を震わせながら、なんとか答えた。
マルコは本当に覚えていなかった。
あの後、マルコは厠で一人でずっと自慰をし、イヴァンの予想通り、何度も何度も、顔も知らない女の声と忘れられない甘い匂いを思い出して狂ったようにペニスを扱いたのだ。
厠に他の者が入って来るまで、本当に無我夢中で何回出したのかなど覚えていなかった。
「へぇ…… 覚えていないぐらい、何度もマスかいたって事か」
「っ、すみ、ませんっ……」
ギリギリとイヴァンは自覚無しにマルコの髪の毛を引っ張っていた。
マルコはもう恐怖のあまり、その場で失禁したい気分だったが、逆らうこともできず、ただイヴァンの異常なまでの怒りと無自覚の独占欲と嫉妬の八つ当たりを受け止めるしかなかった。
「顔なんて、見えなかったよなぁ? 声だけでそんな興奮したのか? 覗きの上、とんでもない変態だな、てめぇは」
「……」
マルコは今までにないイヴァンの冷めた表情に怯え、そして自身を恥じた。
イヴァンの言う通り、マルコは裸どころか顔も見ていない女に興奮して、それをおかずにしてずっと自慰をしていたのだ。
マルコ自身も、どうしようもなく自分の行動が常軌を逸していることを自覚している。
変態だと罵られても仕方がなかった。
もしもこの場にロゼがいれば、変態はどっちだとイヴァンの方を睨んでいただろう。
そんなことをマルコも、そしてイヴァンも知るはずもないが。
「……まぁ、いい。見られちまったもんはどうしようもない」
そのままマルコを殺しそうな雰囲気が急に和らいだ。
イヴァンとしてはこの場で適当な理由をつけてマルコを処分しても良かった。
少し手間暇かかるが、イヴァンにとっては大したことでもない。
しかし、そう考えた瞬間にまた別の考えがふと浮かんだ。
マルコを殺して一番メリットがあるのはロゼなのではないかと。
イヴァンには一瞬の満足のあと、死体の処理や諸々の言い訳などを準備する労力が残る。
だが、一方でロゼは何も知らないまま、あの濡れ場を覗いていた男が勝手に消えるのだ。
プライド高く、過去や秘密を暴かれることをもっとも恐れるロゼにとっては万々歳ではないかと。
自分が今マルコを処分するとロゼが喜ぶ。
それは少し面白くない。
むしろ、マルコを残した方がもっとロゼを辱めれるのではないかと、イヴァンは下種なことを考えたのだ。
「特別に、今回は見逃してやるよ」
「あっ、ありがとう、ござますっ」
ぱっと興味が失せたとばかりに手を放されたマルコはそのまま頭を打ちそうになるのをなんとか耐えた。
イヴァンの気まぐれな性格を知っていたが、それが今は良い方に働いたと彼は思った。
まさか、イヴァンが自分の存在を使って哀れな女を更に追い詰めてやろうと画策していることなど知る由もない。
誰にでも分け隔てもなく優しく陽気な英雄の本性に嘆く暇も絶望する暇もなく、マルコはとりあえず暴力と命の危機が去ったことに安堵した。
「いいか? あそこで見たことは他言無用だ。お前と一緒にいた女にも伝えとけ」
イヴァンのその台詞に、マルコは一気に青褪めた。
信じられないことに、マルコは本気で自分が夜中連れ出して告白しようとしていた女、惚れていた女のことを忘れていたのだ。
あの場から逃げ出した彼女はその後どうしたのか。
まさか、誰彼構わずあの夜の話をしているのではないかと一気に不安になる。
そんなマルコの焦りを知っているかのように、イヴァンは平坦な声で囁く。
「もしも、あの女が噂を流せば、それはお前の責任だ」
ぞっとするほど目が冷たいのに、それに反してイヴァンの口角は上がっている。
悪魔のようだとマルコは思った。
「意味、分かるよな? 変態マス野郎」
毒々しい台詞に隠れた面白がるような含みに、マルコは恥も外聞もなく、必死に頷いた。
まだ、部隊に入って間もないマルコはイヴァンの本性を知らない。
知るはずもない。
国の英雄と祭り上げられているイヴァンが戦場では味方ですら嫌悪感を抱くほど残酷で無慈悲で、歪み切った人格の持ち主であることを。
悪魔のようではなく、悪魔そのものだということを。
* * *
具合が悪く、寝込んでいるという侍女見習いに代わってロゼは一心不乱に掃除をしていた。
ロゼ自身が担当していた部屋の掃除はもう終わり、他に仕事はないかと探したからだ。
本当ならばロゼの身体はもうボロボロで、精神的にも辛い状態だった。
休めるのなら自分も休みたいと、弱音を吐きそうになる自身を叱咤する。
動くたびにあらぬ部位が擦れて痛い。
真っ直ぐ歩けないぐらいに足はがくがくで、腰も重い。
喉の調子もいつも以上に悪く、朝の挨拶をした同じ部屋の同僚に心配された。
慌てて医務室に行った方が良いと純粋に風邪が原因だと思い込む同僚の姿にロゼがどれだけ安堵したことか。
夜にいなくなったことにまったく気づいていない様子に、安堵のあまりその場で腰が抜けそうになったほどだ。
その後も根性でなんとか朝食を食べ終え、本日の指導係の王宮仕えの侍女に体調を気遣われながらロゼはいつも以上に集中して仕事をした。
現実逃避でもあり、少しでも自分が有能であることを周囲にアピールしたかったのだ。
何者でもない、王宮のただの侍女見習いであるロゼを必要としてほしかった。
そうでないと、自暴自棄になって自分でも何をするか分からないほど追い詰められていた。
イヴァンが鬼畜な割に、一応はロゼとの約束を守る男であることは分かった。
しかし、もはや今はそれどころではないのだ。
イヴァンに出された精液の残りがまだ奥にあるのか、ずっとロゼの下半身が疼いている。
男の肉棒が欲しくて堪らないと、どうしようもない過去の自分が露になり、制御がどんどん効かなくなっているのだ。
あれから何度か休憩時間に厠に行って、奥を掻き出した。
少しでも残った精液を出すために、何度も。
ショーツもバレないように何回か替えた。
なんとかこのまま落ち着けば今日一日乗り越えられそうだとほっとしながら、では今後は乗り越えられるのかと自問する。
これからもきっとイヴァンは何度も何度もロゼを犯し、中に射精する。
イヴァンによって肉体の快楽を思い出してしまったロゼが、今後その快楽に抗い、精液による疼きに耐えられるのか。
思い出したくもない、過去の自分。
また、あの頃のように男の肉棒を銜えることしか考えられない惨めな自分に戻るのか。
いくらイヴァンがロゼの秘密、過去を暴露しなかったとしても。
ロゼ自身が過去の自分に戻ってしまったら意味がない。
どうすればいい。
どうすれば解放される。
焦りと絶望だけがどんどん降り積もっていく。
* * * *
一人で二人分の掃除を終えたロゼは次の仕事を見つけるために廊下を歩く。
頭の中で延々と同じことを考えながら。
考えに夢中のロゼは気づかない。
廊下をすれ違い、無意識にロゼが頭を下げた男達が自分に注目していることに。
イヴァンに抱かれ続けられたロゼの見た目や雰囲気が徐々に変化し、誘うような甘い匂いを僅かに漂わせ始めていることに。
まだ、気づいていなかった。
応援ありがとうございます!
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