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佐々木さんと工藤くんは困っている
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しおりを挟むなんだか妙なことになった。
「……」
「……」
工藤は未だどうして自分が佐々木さんとこんな風に一緒に帰ることになったのか、よくわからないでいた。
そもそもが二人でこそこそとコンビニで待ち合わせして、またこそこそと違う車両に乗り、こそこそと改札口で合流し、隣り合って歩いている、今の状況が本当に謎である。
(コンビニで待ち合わせしなくてもよかったな……)
自分で提案しときながら先程から後悔ばかりだ。
(普通に、ここの駅で待ち合わせ…… いや、そもそも待ち合わせの意味?)
自分で自分にツッコミながら、工藤は微妙な距離感を保ちながら隣りを歩く佐々木さんをちらっと見る。
つい先程まで切符代を払うとかなんとかで少し揉めたせいか、今はより沈黙が重く感じられた。
(別に佐々木さんの家にわざわざ行かなくてもよかったんだよ…… そもそも俺のじゃねぇし)
自分の行動が意味不明過ぎてイライラする。
糞姉貴の理不尽な責めなど軽くスルーすればいい。
佐々木さんが持って来るのを待てばいいだけの話だ。
(……何したいんだ? 俺)
自分に問いかけても応えなど返ってくるはずもない。
ただ、あのときの自分はある種の衝動に支配されていたと、冷静になった今なら分かる。
今日、職場で佐々木さんの顔を見た瞬間、いや、佐々木さんの存在を認知した瞬間から。
工藤は意味もなく、よく分からないまま、後先考えずに佐々木さんを困らせたいと思った。
今朝から、もしかしたら昨夜からずっと胸の中で重く沈んでいた何かが佐々木さんの存在で静かに激しく動き出したような。
佐々木さんに無性にイライラして、酷く困らせてやりたくなる。
(最低だ……)
自分の言動に焦り、困り、顔を曇らせる佐々木さんに工藤はなんだか妙にスッキリしてしまった。
鍵のことを持ち出したときの佐々木さんの顔はちょっと思い出すだけでもなんだか笑いそうになる。
(……きめぇ)
工藤はそんな自分がとても気持ち悪かった。
鳥肌が立つぐらい気持ち悪く、また自己嫌悪に頭を抱えそうになるほどだ。
佐々木さんに対する意味不明な八つ当たりじみた自分の迷惑行動に、自然と口から謝罪の言葉が溢れる。
「……すみません」
「…………え?」
気づいたら何故か自分の少し後ろを歩いていた佐々木さんの口から惚けたような声が漏れる。
なんだかぼうっとしていたら突然話しかけられたような反応だ。
……イラッ
(……あ、またイラッとした)
冷静になろうと自分を戒めているせいか、工藤は今度は冷静に自分の感情を受け止めることができた。
(……なんだろう、俺の後ろ歩いてるのもそうだし、さっきから黙ってるのもムカつく…… つか、俺の存在忘れてたよな?)
そしてあまりにも理不尽な自分に工藤は更にイライラし、そして佐々木さんにとても申し訳ないとも思った。
「ごめんなさい……」
佐々木さんの頼りない声に、工藤は一瞬泣かせてしまったのではないかとドキッとした。
慌てて後ろを振り向いてみると、佐々木さんは曖昧に困ったように笑っているだけで特に変わりはなかった。
「今の、ちょっと聞こえなくて、もう一回言ってもらえる、かな……?」
ほっとすると同時に工藤は改めて自分のガキ臭い行動に強い後悔と恥ずかしさを覚えたのだ。
「……謝るべきなのは俺の方です」
訳のわからない自分の不気味な混乱、感情を抑え、工藤は一呼吸置いてから今日顔を合わせたときからずっと言いたかったことを今度はきちんと伝えようと思った。
「……我儘ばっか言って、迷惑かけてすみません」
それは工藤の紛れれもない本音である。
佐々木さんが何か言う前に、工藤は勢いに任せて罪悪感に塗れた心の内の一部を吐き出した。
「あの鍵も、本当はそんなすぐに必要じゃなかったし、元々俺が落としたのが原因なのに…… こんな時間に押しかけて……それに、今日の俺……」
今、自分はどんな表情をしているのだろうか。
夜の道を照らす明かりはどこか心細い。
そのことに少しほっとする自分がいた。
今の自分の表情を佐々木さんに見られたくないと思ったからだ。
「……今日の俺、態度悪かったから」
瞬間的に自分の顔が赤くなるのが分かった。
マフラーに顔を埋めてしまいたい衝動に駆られるが、そこは理性で我慢する。
(……小学生か、俺は)
今の自分の行動、いや今日一日の言動全てが子供っぽく、非常に情けない。
訳のわからない意地悪な衝動に駆り立てられていた工藤は今漸く普段の自分に戻れた気がした。
途端により強い罪悪感と後悔、居た堪れない気持ちに沈みそうになる。
自分で自分のテンションの上がり下がり、複雑怪奇な感情に振り回されているのがとにかく情けない。
「……俺のせいで、嫌な思いしたでしょう?」
本当に小学生以来だ。
こんな風に情けない気持ちになるのは。
「なんかよくわかんないんですけど…… 今日の俺、機嫌が最悪で、つい佐々木さんにきついこと言って、こうして困らせて、ぶっちゃけ八つ当たりしてました」
もうちょっと軽く、さらっと謝りたかったような、逆に真正面から堂々と頭を下げたかったような。
「俺の方こそ…… ゴメンナサイ」
だが現実の工藤は唐突に耐えられなくなった罪悪感にこれまた突き動かされるように情けなくもごもご言っている。
佐々木さんにちゃんと聞こえる音量で話せているのかも分からない。
口を開くごとにどくどくと自分の脈が耳元で煩く蠢くような感覚に包まれ、手足は寒いのに、顔を中心に熱が集まり、舌が縺れそうになる。
唯一良かったのは佐々木さんが工藤の後ろを歩いているため今の真っ赤になった顔を見られずにすんだことだろう。
暗いので耳たぶの赤さも誤魔化せている、はずだ。
「……え、と、気にしなくて、いいよ……?」
だから工藤は後ろの佐々木さんの表情が分からず、どこか呆けたような、困ったような呟きに単純にほっとしてしまった。
「そ、そもそも、全然、ちっとも私困ってないよ? むしろ、逆に今日は工藤くんにいっぱい助けてもらったし……」
まさか自分が物凄い葛藤に苛まれながら吐き出した一連の謝罪の言葉に対し、佐々木さんが寝耳に水が如く「え、八つ当たりってなんかされたっけ?」と必死に記憶を呼び起こそうとしているなど露知らずである。
二人にとってはまさに知らぬが仏だ。
「ありがとうございます… 優しいんですね、佐々木さんって」
「……たぶん、工藤くんの方がずっと優しいと思うんだけど」
工藤は佐々木さんの困り果てたような返しになんだかより一層自分が子供っぽいと思ってしまった。
つい、皮肉っぽくなる自分に対し機嫌を悪くする様子もない。
今更ながら佐々木さんが自分よりも年上であることを実感した。
そんな妙に噛み合っていない二人は気づいたら見知ったアパート前についていた。
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