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恐怖の女王?

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俺の誘拐でこんなに怒ってくれるなんて、母の愛ってすごい。
…なんて言ってる場合ではない。
この際、ホンモノの王子かもしれないけど、不敬罪とか言ってられない。

「ちょっとあんたら、謝って!」

謝ってくれたら、少しは母の怒りがおさまるかもしれない。
親切心からそう言ってあげたのに、金髪王子がかぶっていた猫を脱ぎ捨てて噛み付いてきた。

「ふざけるな!何故ヴォルガリアの王子たる私が、あんな年増に頭を下げねばならんのだ!」

ビシッと母に指を突きつけたところで、部屋の体感温度が数度下がった気がした。
その「異議あり!」ポーズの指を叩き落としてやりたい。

「ちょっ、ばかなの?空気読んで!」

ちらりと母を伺うと、セミロングの髪がゆらゆらと立ち昇りつつある。

うわあ。これが怒髪天を衝く(比喩ではない)かあ。
どれが母さんの地雷を踏んだんだろう。
やっぱり年増か?

「ヴォルガリア…」

あ、違ったみたい。
ヴォルなんとかっていう国の名前に、思う所があったらしい。
という事は、母さんはここに来た事がある…?

「全く。貴方達、人を呼びつけておいてその態度はどういう事?」

「呼びつけたって…私たちが召喚したのは聖女だ。お前のような年増ではない!」

ピキリと母のこめかみに、血管マークが見えた気がした。
年増の方も地雷だったらしい。

「そもそも、異世界召喚は禁忌とされたのではなかったかしら?」

ざわりと黒ローブ集団からざわめきが起きる。
王子たちも言葉に詰まる。

「異世界人トリーネの言葉は守られなかった、という事でいいのよね」

「聖女トリーネ!?」

「500年も前の聖女様のお名前を何故知っている!?」

「国でも限られた者しか知らないのに…」

トリーネという名前に、部屋の中の混乱が最高潮に達する。
遥か昔の聖女。
母はその人の事を、この場にいる誰よりもよく知っているらしい。

「トリーネは自分の世界に戻る時、新たな異世界召喚は許さないと言ったはず」

聞いたことのない、冷たい母の声。
いつのまにか隣にいた真波が、不安そうに俺を見上げている。
自分の不安を誤魔化すように、思わず妹を抱きしめた。

「禁忌を破った罰は、きちんと受けなくてはね」

冷たい声とは裏腹に優しげに微笑むと、母はふわりと指先を振った。
その途端、魔法陣にいる俺たち以外の人達から、風船の空気が抜けていくように風が踊り、部屋の中は叫び声に満たされた。

「うわぁああ!!」

「魔力が、魔力が抜けていく!」

とっさに真波の視界を塞ぎつつ、耳も覆う。
母の様子を伺うと、俺の視線を感じたのかこちらを向いてにっこり笑った。

「心配しなくても、痛くはないはずよ。みんな大げさなんだからー」

痛みがないという割に、皆さん大パニックなんですけど。
俺の疑問に応えるように、言葉は続く。

「そりゃあこの先一生魔法は使えないだろうけど、死ぬよりはマシだよね」

多分魔法が使えないって、この世界の人には死活問題なのではなかろうか。

そう思ったけど、口に出さない俺は空気の読める子だと思う。


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