最弱で駆ける道

じゃあの

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第一章 『始まりの洞窟』

第零冊 『プロローグ』

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────真っ白な、空間にいる。
先ほどまでいた場所とは違う景色に、ただただ驚愕を浮かべる。

────どこだ……? 俺はさっきまで信号を渡っていて、トラックに

 記憶の最後がフラッシュバックする。そう、最後に見たのはトラックだ。だが、まだまだ頭がぼやけて、記憶が曖昧だ。
 はっきりしない記憶にイライラしながら頭を掻く少年、空城そらしろ ようはため息をついた。

 自分の名前以外何も思い出せない。自分は何をしていたのか、いったいどんな人間でどんな容姿なのか。一般常識なのはあるが、自分の情報だけがぽっかりと抜け落ちている。
 いや、容姿だけは、地面に反射され、分かった。日本人らしい黒髪、アーモンド形の目、そして何の変哲もない服。

「目が覚めたか」

 状況を整理するように、陽は視線を巡らせる。やはり白い。白い。縦、横、どこもかしこも白く、距離感すらつかめない。暑さも寒さも感じず、かなり異常な感覚だ。
 ふと、視線に一人の幼女が見えた。金髪で薄い布を羽織っており、まさに天使という言葉が似合うような格好である。

 白い空間に、トラックに跳ねられた直後、そして当然のようにいる不思議な人物。
 その情報を紡ぎ合わせ、陽はある一つの結論を導き出す。すなわち、

「……異世界召喚?」
「正解。君がオタクということは知っていたが、こうもあっさり把握してくれるとは。こちらも楽でいいよ」

 ウンウンと頷き、何やら勝手に納得する幼女。
 まだまだ混乱だらけだが、陽が予想した通り、これは異世界召喚らしい。陽はその手の話に目がない。異世界召喚しかり、能力者しかり。

 陽の予測通りなら、目の前の幼女は転生担当の天使、もしくは神のはずだ。
 大概異世界転生する場合は、若くして死んだ者を異世界に送ったり、神様のミスで送られたり、はたまた世界を救ってほしいとかいうパターンである。

「あなたは神様?」
「そうだねー。神様だ」

 陽の言葉を肯定し、幼女改め神は満足そうに息を漏らした。
 やはり異世界召喚らしい。その事実が分かり、陽は少し胸を躍らせた。まさか本当に異世界なんて言葉を聞くとは思わなかったが、状況からみるとそれしか考えられない。トラックに跳ねられ、神とあって異世界召喚でないというなら逆に何だというのか。

「じゃあ、分かっているとは思うが一応説明しよう。空城 陽。あなたはトラックに跳ねられて死亡した。そして異世界転生をしてもらうことになる」
「ふむ……予想通り。こっちも聞くけど、俺は何者? それと、トラックは神様が間違って殺しちゃったり?」

 頭にハテナを浮かべ、陽は言葉を神に投げる。
 なぜならば、前世自分が何をしていたのか気になったのと、なぜ自分は死んだのかが気になったからである。異世界転生の場合、トラックに跳ねられることが多いのはご存知。さらには、神様が間違って殺した、なんて場合もあるのだ。

 命の炎に水を零した、人の幸運がなくなった、人を管理する書物かなんかを破いた、無くした。
 そんなふうに、神がやらかした場合もあるのだ。所謂ドジである。神様は随分職務怠慢のようで、やたらと寝ぼけている場合も多いのだ。

 もっとも、若くして死んだから転生させてあげよう、なんてこともあるが、雰囲気からそんな感じではないと察することが出来る。何かの抽選に当たったような感じでもないし、恐らくその類だろう。

「ん? 別に私がやらかしたわけでもないよ? 間違ってもないし、極々普通だ」
「……じゃあ、なんで俺は異世界転生することになったんだ? 世界が危険なのか?」
「いやいや、魔物はいるが平和だよ。それに、世界を救ってくれなんて普通の人間に頼むわけないじゃないか」

 バカなの? と、挑発するかのように陽を煽る神。言っていることは正しいが、行動はイライラするものばかりである。

「なぜ死んだのか、それは私が君を嫌いだからだ。陽君」
「……はっ?」

 唐突に告げられた事実に、思わず陽は情けない声を漏らす。
 その言葉を理解し、数秒。思わず叫んだ。

「はっ!? っ、つまりは何だ。お前は俺が嫌いだからトラックで殺して、異世界転生させようってことか!?」
「ああそうさ。私は君が嫌いだからね」
「え、いや、なんで嫌いなの!?」
「だって君、のうのうと生きすぎだよ。目的もなく自己評価も低い。家族かも疎まれている。私はそんな人間が嫌いだ。君はその中でも群を抜いて卑屈だったよ。だから殺したんだ、ハハッ」

 にヘラっと笑われ、白い空間に金髪が揺れる。
 突然こんなことを言われれば、思わず拍子抜けしてしまう。世界の危機だから! とか、君にしてできない! なんて展開を想像したが、それほど甘くなかったようだ。

 陽は一瞬、目の前の神を殴りたいと思ってしまう。
 しかし、それは叶わないだろう。神というぐらいなのだから、人間を排除するぐらい簡単だろうし、殴れたら殴れたで異世界転生を中止にされそうな気もする。

 自分が生前どんな人間だったのかは記憶がぼやけてわからないが、相当卑屈な人間だったらしい。
 しかし、過去は過去。今は今。そこで陽は話題を変えることにした。

「……まあ、いい。それで、異世界転生をするにあたって、何がもらえるんだ?」

 次に来るのは当然、その欲求である。
 異世界転生は総じてチートを、つまりは強大な力を神からもらって俺TUEEEするのが有名である。魔剣だったり、魔法の才能だったり。

 これは異世界転生をするうえで必要なものと言える。たまに何ももらえず放り出される場合もあるが……大丈夫だろう。
 しかし、そんな陽の心境とは裏腹に、神は何言ってんだこいつ? という表情をした。

「ある訳ないじゃん」
「へっ?」
「だって、私君嫌いだよ? だからと言って更生してほしいわけでも無いし、幸せになってほしいわけでもないんだよ。だから、チートは上げない」

 あまりの事実に、陽は一瞬言葉を失う。
 異世界に勝手に転生させると言っておいて、何も用意しないというのだ。そもそも転生自体望んでいる人から見たら天国なのだが、陽はどうしてもチートが欲しかった。

「い、いや、さすがに何かくれないのか? 金とかでもいいから……」
「何にも上げない。最低限の服、最低限の装備で行きたまえ」

 投げやりに言葉を渡され、さすがに陽は怒りを感じ始めた。
 このままでは死ぬことは明白だ。異世界魔獣や魔王軍なんやら危険なものがつきものだ。自分が特別な才能を持っているとは考えにくいし、だとしてもすぐ死ぬそうである。それこそ、チートでもあれば。

「……それ、どういうことだよ」
「ん?」
「死ねって言うのか?」
「……そうだよ。私は君に死ねと言っている。異世界で苦しみながら、ね」

 事実をぴしゃりと告げられ、陽の怒りは頂点に達する。
 さきほど、自分から敵わないなんて考えていたにもかかわらず、神に向かって拳を振るう。

 だが、それは届かない。
 神が瞬時に対応し指を地面に向ける。次の瞬間、陽はガクンッと、体の力が抜けた。というよりかは、足に力が入らない。

 下を見れば陽がいる地点の地面が、ぽっかりと丸を作って空いていた。

 ──────あ、やばい

 陽がそう思った瞬間。落下が始まった。

「えあ、うわぁぁぁあ!」

 ひどい落下感が、陽を襲う。風が背中を吹き抜ける不快感は、今まで体験したことが無い程のものだった。

「──────『言語理解』は最高のを用意しておいたよぉぉぉ……」

 落ちる陽が最後に聞いたのは、そんな声だった。

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「行ったか……往生際が悪いなぁ……そういえば、言語理解の最上級ってどんな効果だったっけ? ん? 『あらゆる文字、言葉を理解』? ……まっ、大丈夫でしょ」
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