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第二章 『ギルセル王国第三都市セルビス』
第二十七冊 『夢』
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その日の夜。
風呂で猫耳か犬耳か喧嘩したり、食堂で再度ティアがいじられたり、アルフレッドがヨウ達を再度『今夜はお楽しみですか?』と揶揄い、奥さん《コトナ出身で名前をキリエ・シャリアンスロープ》に鉄拳制裁されてたり、ノクサスが飲酒して酔い《酒癖は悪かった》、キリエをナンパしたりなんてことがあった。
ちなみにヨウの予想した通り、食堂のメニューは和食、と言うよりなじみ深いメニューであった。焼き魚をはじめとし、肉じゃが、唐揚げ、金平ゴボウ。筍ご飯、混ぜご飯、煮物、茶わん蒸し、等々。寿司は無かったが、活きの良い魚が入った時は振舞われるらしい。
「あの時のノクサスは凄かったな」
と、ティアに話すのは椅子に座りながら机に頬杖をついているヨウだ。現在話しているのは『ノクサスがこの宿の女将であるキリエをナンパし、見事爆散した時』の話だ。しかし、ナンパした本人によれば酔いの勢いだし、ナンパされた方もそれは理解しているらしいので、完全なる笑い話である。もっとも、キレていた半獣族が一人いたが……それは置いておこう。ちなみに会話の内容は、
『すいませぇ~ん! チュウモン良いですかぁ~?』
『はい、いいですよ。何にしましょう?』
『─────奥さん、あなたを一つ』
『お客様っ、グーパン入りましたー!』
『はいよろこんで!』
何とも言えない会話である。キリエの対応からするに初めてではないのかもしれない。ティアレベルの美人ではないが、それなりに整っており、尚且つ包み込むような包容力があった。
現在は、食事を終えて二人でヨウの部屋で話しているところだ。時刻は八時過ぎ。地球ならばまだ全然人が起きている時間だが、この世界では九時を過ぎるとめっきり人数が減る。現に今外を見てみても、魔石を起動させている家は数える程でしかない状態、まるで日本の片田舎だ。
「しっかし、この魔法具便利だよな」
「一応前まで『神しか再現できない』と言われてた道具だからね。生半可な技術ではないよ」
天井を指さし、現に二人を照らし続ける魔石と魔法具へ話題を移す。
調べ物をしてきたティアの話によれば、この魔法具、マジックロープは弱い魔法に限り長時間持続させる効果があるのだという。どういうことかというと、魔法というのは意図的に手を加えない限り、やがて込められた魔力は空中へ蒸散する。これはその魔力が蒸散するまでの時間を遅延させるのだ。
初級魔法程度の魔力量なら余裕だが、中級以上の魔法を込めると留まらせる魔力量が多すぎて壊れてしまう。つまり、完全に日常生活専用の魔法具という事だ。
いま使われているのと同じ様に、基本的には魔石を持続させるために利用される。マジックロープ単体では効果を発動できず、物体にくっつけるなどし、接続することで初めて真価を発揮するのだ。
「神様のわりに、ネーミングセンスなさすぎだろ。もうちょいマシな名前にすればよかったのに」
「マシな名前って……まぁ確かに正気? って疑うことはあるけど、いうほどじゃないよ」
それに、神様のつけた名前にケチつけるなんて天罰下りそう、と、彼女は続けた。
正直ヨウにとっては信じられない名前の数々だ。この世界にとって当たり前だから、名前の異常性に気づかないのだろうか。日本でもそういう類のネーミングはありそうだ。
例えばイタリア語。発音や言語の違いがあるだろうが、日本人にしてみれば違和感のある単語が多い。逆に外国の人だって、日本語に違和感を持つことは多いだろう。けど、大概はそういうものだと納得するのだ。
だとするのならば、ヨウも神のネーミングセンスに慣れる必要がありそうだ。
「それにね、ヨウくん。余り街中とかでそういうこと言っちゃダメなんだよ。神人教の人たちに何されるかわからないんだから」
「神人教?」
何やら不穏な単語が聞こえて、思わず反射的に聞き返してしまう。ヨウがこの世界に疎いことを思い出したのか、ティアは一瞬声を漏らすと、
「えっとね、この世界には神様を信仰してて、宗教っていうのがあるんだけど」
「あ、宗教ならあったぞ」
「じゃあ説明は不要かな。その宗教なんだけど、普通は特定の神を信仰しているでしょう? けど、種全体を信仰しているところもあるの」
「種全体?」
「そう。神人族っていう人間族より優れている存在全体を信仰しているの。しかも、世界中で人数がすごく多いから、街中ですれ違った人の中にも数十人はいたんじゃないかな?」
つまり、神人族を信仰している神人教がいて、教徒の前で神を侮辱する様な事を言うと大変なことになるよ、という事だ。よくよく考えれば思いつく事である。髪を信仰している宗教など、異世界物では定石。
生物全体が昔は神という種族だった。それを考えれば宗教の大きさは計り知れないほどのはずだ。死記神を初め、他の神、下手したらヴァリアントレリオンの宗教さえも存在しているかもしれない……龍神教、と言うのはあるのだろうか。
「じゃあ、これからは街中でそういうことを言わない様にしよう。バレたらティアを助けられなくなるからな」
宗教の力というのは時に国を超える。神人族の中でも最高神の位置づけにある死記神への信仰の規模は最大級だ。
犯罪を犯す前に『私は今から犯罪を犯します!』と公表する犯人はいない。それと同じ様なもので、神を信仰している者の前で神を殺すと言う龍神はいないのである。
ヨウは飲み物を出していなかったことに気づき、部屋の端にあらかじめ置いてあった氷の魔石がそこに埋め込んである水筒を取る。ちなみに、この様に魔石が使われている道具に特別な名称は無い。ただ『水筒』などと呼ばれているだけだ。
「お茶いるよな?」
「あ、うん。お願い」
部屋に置いてあった湯飲みにお茶を注いでいく。夜なので温かい方がいいかと思ったが、この国は基本的に気温が高く湿気が無い。夜冷たい物を飲むには相応しい気候なのだ。
ヨウがティアの方へ湯呑を置けば、彼女は本を机の上に上げていた。持ってきていたのは知っていたが、
みえないところにおいてあった様だ。
「ヨウ君、今日はもう寝ちゃうかな?」
「いや、まだ寝ないとおもう。調べてきたことか?」
「うん。報告、っていったら大袈裟だけど、伝えさせてもらおうかと思って。この三年間、私たちがずっと洞窟に居て、外の世界の何が変わったのかを」
ヨウはティアの湯飲みを確認し、空に成っていることを確認すれば再度注ぐ。これから話をするのだから、喉も乾くだろう、と言う気づかいだ。
それを悟って少し照れ臭くなったのか、ティアは『ありがとう』と笑った。そして机の上の本のうち、一つを取り出せば、厚いページをパラパラと捲る。
「最初は魔法具から。魔法具とは、人代暦1640年に魔学者センシヴァルが───って、こんな仰々しい説明はいらなかったね」
「ん、そうだな。あんま難しくても理解できる気がしないから、ちょいちょい省いて頼む」
分からなくは無いが、夜で、しかも疲れている時に難しい話しは遠慮したい。龍神や死記神に関連する情報ならいざ知らず、飽くまでこれは人間の常識。知っていて損は無いが、歴史の授業じゃあるまいし、知らなくてもそこまで損は無いだろう。覚えるのが面倒、という本音はあるが。
「じゃあ、『魔法具とは今から三年前に発見された、神にしか作れない神製道具の中、劣化種でも製造可能な道具。今までの神製道具は、特殊な神の魔力だとか、技術が必要だったんだけど、魔法具はその道の専門家がいれば作れるんだ」
「神の技術を再現できたってことか?」
「少し違うかな。神製道具はまさに神の御業。けど、魔法具はそれと同じ現象を起こせる道具。言い方はなんだけど、真似事に過ぎないかな」
神製道具という神しか道具を、人間達が再現したのが魔法具ということだ。それは神の技術へ追いついたというよりは、魔力の研究が進み、その性質が分かったことによる発展だという。
「なんにせよ、便利ってことだな。魔法具の作り方とかは分からないのか?」
「んーと、ちょっと待ってね……基本的に明かされてないみたい。最近発見されたばかりでまだ希少性が高いのと、神人教が公表に待ったをかけたみたいだね」
「おいおい、一体何があったっていうんだ?」
何故技術の公表に宗教が待ったをかけるというのだろうか。勢力が強く、待ったを掛けれるのはその強さ故だろうが、止める理由は無いはずだ。禁句にでも触れたのだろうか。
「さあ……? 世に広まったら神人教にとっては不都合だったんじゃない? 本には神が人を支配する上で気づいてはいけない秘密が~、なんて書かれてるけど、本当かどうかは分からないね」
ティアはそう言って本を閉じた。
魔法具に関してはまだまだ謎が多い感じだ。ヨウと言う存在が本当かどうかも証明できないこの世界、なにが分からなくても不思議ではない。この世界は仕組まれていて、魔法具は神へと繋がる鍵、何て事があるのかもしれないのだから。
《それにしても……》
眠い。
正直今日はとても疲れた。
洞窟から出て、緑獣族との戦闘から始まり、町へ入り、人類同盟へ登録し、築波と銀の森へ赴き、石化鳥から逃げ、アリサがそれを瞬殺し、妖精の止まり木へ行き、風呂でどんちゃん騒ぎし、そして今ここに居る。
とんでもないスケジュールである。龍神の肉体は物理的耐久度は上げても精神まで鋼にするわけではない。だが、そんな濃い一日も、洞窟で絶望した時に比べれば全然マシである。
《……忘れるなよ》
ヨウがこうして、定期的に洞窟のことを思い出しているのは、当然だが、それを戒めとしているからだ────絶対に忘れてはいけない、記憶として。カルムの死があったから、フィリアの死があったから、今のヨウがいる。
二度と、あんなことを繰り返さないために、ヨウはそれを忘れてはいけない。悲劇を忘れることはカルム達が完全に死ぬことを意味し、フィリアとの思い出を完全に否定することを意味し、ティアとの関係を完全に否定することを意味する。
だからこそ、忘れない。
忘れたくない
「そうだ、ヨウ君。神様の話が出たし、明日試験が終わったら教会に行ってみない?」
「あれ、ティアってどっか宗教入ってるのか?」
本を仕舞い、一息ついたところで、ティアがそう提案した。今まで誰がどこどこの~、なんて話は聞いてこなかった。だが、先ほども言った通り神が多く、実在していた世界。宗教観が違う以上、ティアやカルム達がどこかの宗教に入っていた可能性は否定できない。
「もしかして……神から加護を貰える可能性とか……!?」
「あ、そういうのはないね」
「夢を折られた気分だ」
ステータスなんて物がない以上、もとより期待はしていなかったが。それでも少し期待してしまう異世界へのアコガレ。
「別に私たちが教徒とか、そういうんじゃないよ。ヨウ君の世界では神様にお願いする文化とかなかったの?」
「あぁ、願掛けってやつか」
「そうそう。結構そういうの多いからさ。ほら、ヨウ君結構ダメなところ多いでしょ?」
『はい、きました』と、内心突っ込んでしまった。ティアは忘れた頃の毒舌がある。普段優しく、そして可愛いせいで、突然の天然悪口が心に突き刺さるのだ。一々刺さった『矢』を胸から抜くのにも手間が掛かる。
と言うか最近可視化されてきた。
「よい、っしょ《矢を抜く》。そうだな、運も悪いし」
「あ、でも、ヨウ君神から嫌われてるから駄目かも……」
ザクッ
「おっ、今日は大量だなぁ《すぽっ」
「ヨウ君、言葉のキャッチボールはしっかりしないと」
「剛速球と消える魔球しか投げられないやつが何言ってんだ」
さらっと悪口を言うのがティアクオリティ。ヨウはいったん落ち着くためにお茶を一口飲み、姿勢を変える。ティアはそれを待ってから、
「違う違う、そうじゃなくて、ヨウ君はお飾りだけど龍神でしょ?」
ブシュ
「……《すぽっ》……うん」
「元々神人族は龍神族を滅ぼすために戦っていた。つまり、必然的に嫌っているわけ。ヨウ君が死記神以外を嫌ってなくても、逆もまた然りであるわけではないんじゃない? という事」
筋は通っている。ヨウは死記神が嫌いだし、殺そうと思って居る。だが、別にそれ以外の神を嫌っているわけではないのだ。例えばヴァリアントレリオン。あの先代龍神は、最終試練の手伝いだとかでティアの腹を裂いた。
もしかしたら、怒りを抱かないのは異常なのかもしれないが、正直そこまで怒りは無い。いや、正確には、無いのかもしれない、だ。
というのも、それほどまでに死記神へ向けている感情は大きい。
たとえ話をするとすれば、恋人の腹をナイフで刺した犯人と、恋人の心臓を刺して殺した殺人鬼、どっちが憎いかといえば後者だ。死記神は呪いをかけただけでまだ殺していないかもしれないが、思い込みという物がある。
人の厄介な面だ。
思い込み、一度そうだと己の中で決めてしまったの物は、決定的に否定されない限りはそのまま続く。知恵を持ちすぎた生物だからこそ起こる人間進化の一部。同じ神人族に否定でもされない限りは、ヨウの認識が覆ることは無い。
「……そうだな、明日行ってみるか」
一先ず今は─────おやすみなさい。
~~~~~~~~~~~~~~
────意識は深い闇の中に有った。
深く、深く、深く。どこまでも沈んでいく感覚が確かにあった。起きる時、深海から這い出て来る様だと思う事はあったが、正にそれを逆行している気分だ。
《なんだっけこれ……白昼夢? 現状夢?》
何かを考えるが、それは霧のように消えていく。
だというのに、もっと深いところに沈んでいく。理解できる。このまま行くと、どこか別の所にたどり着くと。
そして、それを感じているのが怖い。何を考えているのかも、今どうなっているのかもわからないのに、まるで自分の体がそこにあって、意識だけがどこか違うところから体を観察している、そんな感じがする。
何もかもあやふやな中にただ一つだけわかっていることがある、そういう状態だ。
恐ろしい。
体の使い方を忘れてしまった。
希望さえ、将来さえ、誰かを救うという願いさえ、離れていく。
離れているのか?
もしかしたら元からないんじゃないか?
そもそも願とはなんだ? 俺は今どんなことを発している? 俺とはなんだ? なんだとはなんだ? なんだ? なんd? なnda? あjぁょ? ねb4ぱjx8? E1ンnⅮ1?
E1J3Ⅾ1?
『助”け”てッ!』
声が聞こえた。一瞬意識が戻ってきた。
『いやだ……まだ、やり残したことが……』
体が沈んでいく深海の中に、泡が現れた。其処から音が聞こえてきて、中には様々な光景が映っている。どれもこれも、いい景色ではない。むしろ、それは全て死を連想させる場面だ。
人が串刺しに成って死ぬ光景、翼の生えた人型の生物が砲弾に撃たれる光景、巨躯の獣が崩れた建物に潰される光景、隠れていた親子が回転する弓矢に脳天を撃ち抜かれる光景、一対一で戦っていた剣士の片方が心臓を一突きされ、もう片方がその心臓を喰う光景、逃げ惑う人々に岩石が直撃し、肉が地面に飛び散る光景。
その間にも、体が沈んでいく。周りが濃くなってきた。どうやら終着点らしい。
泡が体を包み込む。全身が死の光景で埋め尽くされ、やがて総てが終わろうとした時、
『お願い……ユースティティア……貴方だけでも!!!』
その光景に、手を伸ばした。
~~~~~~~~~~~~~~~
「ッ!」
気が付けば、知らないところに居て、涙を流していた。
濁流の様に流れる水は、深海とは違い、酷く温かい。けど、脳裏を支配するのは『死』と言う単語だけ。自分ではない自分が同居している。ヨウには、それが酷く悲しく思えた。
「……どこだ?」
涙を拭い、辺りを見渡す。わずかでも鮮明になった頭で考えれば、最後はベッドで寝たはずだ。けど、今いるのは外。建物の気配はなく、感じられるのは辺りに散らばる木片と金属、そして崩壊寸前の古びた教会のみ。
「……セル、ビス?」
────覚えはあった、その光景に。
だが、記憶にある街並みとは大きくかけ離れている。セルビスはもっと、活気にあふれて人が潤った町だったはずだ。こんな風に終わった町ではない。
大きく変わっても、一度脳裏に焼き付いた光景は嫌でも覚えている。なにせ異世界初の町だ。忘れたくても忘れられない。たとえ変わっていても、もう少し自信をもって『セルビスかもしれない』と思えただろう。
この町は終わり過ぎている。
何もかも終わっている。
人は潰され、建物は全壊し、地平線の彷徨まで見ている。アニメで終わった未来の世界を見たことはあるが、それに勝るとも劣らない。
しかし、そんな世界の中で空だけは美しかった。赤、青、紫、そして雲。そらを形容する上でこれ以上に綺麗だと言えるものをヨウは知らない。そしてこれからも無いと断言できる。
終わっている世界と神秘的な空。言葉にするのだとしたら、その光景は文字通り『世界の終わり』だ。町だけではなく、世界と言う概念そのものが今まさに終わろうとしている。
「───H3A3,『I2rH2A3L2J3』───アァ、そういえば『これ』だけは言語理解をすり抜けるんだったな」
不意に響き、終わるはずだった世界がこの一瞬だけ繋ぎ止められる。
圧倒的、ヨウが最初に抱いた言葉だ。転生の神、そしてオーク。それらを前にした時の感覚に酷く似ている。無意識に胸を締め付け、気を抜けば諦めてしまいそうな─────存在が、直ぐ近くに居るのを確かに感じた。
「おっす龍神。ご機嫌はどうだ? どうしてそんな不意を突かれた様な顔をしている。お前がここに居る意味はねえし、俺がここに居る意味なんてねえ。俺達は劣化種に拒絶された存在だ。だけど、お前はそれを拒んだよな。はぁ、やれやれ……」
様々な色が混同していて、今にも見失いそうな儚さを持った少年だった。
耳にかかる程の長さの髪は絵の具を塗りたくった様で、黒と赤金色が一房ごとに変化している。全身を包み込む様な紫の装束は頭を覆い隠していて、まるで死神の様な不気味さを感じる。それでいて、肌は日本人っぽく、親近感を覚える。時々覗かせる瞳は酷く気だるげで、黒瞳は諦めた様に死んでいた。それに、目が悪いのだろうか。眼鏡を付けているが、それすらも彼を知的に見せる文字通りアクセサリだ。
左手に持っている道具は何だろうか。槍の様で、その反対の端には三つ爪の────フックショット? が付いている。更に、連結されているのだろう。端と端を繋ぐ様に漂っているのは紐だ。何にせよ、これだって理解不能である。
複数色の混同体。
それでいて、全てを凌駕する存在感。
ハッキリ言って、
「化け物……」
そう呟いたヨウに対し、目の前の人物は一瞬戸惑うような素振りを見せたが、直ぐに合点が言った様にため息を付いた。普通、ため息なんかで相手が理解したのだな、とは思わないだろう。だが、目の前の人物その行動が、理解した時の合図だと無意識に理解できた。
自分ではない自分が知っていた。
「めんどくさい。いちいち化け物と罵られる身にもなってみろよ。こっちは『死休返上』で出向いてやってるのによ」
と、手に持つ槍の様な武器の先端をヨウに突き付ける。
今もなお戦慄を続けるヨウに対し、彼は武器で肩をトントン、と叩き、さらに溜息を付きながら言い放った。
「─────素性も知らないんだからこれも当然か。龍神ならこれぐらい動じないでほしいけどな……俺の名前は継輝神。神人族の次点神、『生命と自由の神』にして」
一度切り、
「最高神死記神の弟だ」
風呂で猫耳か犬耳か喧嘩したり、食堂で再度ティアがいじられたり、アルフレッドがヨウ達を再度『今夜はお楽しみですか?』と揶揄い、奥さん《コトナ出身で名前をキリエ・シャリアンスロープ》に鉄拳制裁されてたり、ノクサスが飲酒して酔い《酒癖は悪かった》、キリエをナンパしたりなんてことがあった。
ちなみにヨウの予想した通り、食堂のメニューは和食、と言うよりなじみ深いメニューであった。焼き魚をはじめとし、肉じゃが、唐揚げ、金平ゴボウ。筍ご飯、混ぜご飯、煮物、茶わん蒸し、等々。寿司は無かったが、活きの良い魚が入った時は振舞われるらしい。
「あの時のノクサスは凄かったな」
と、ティアに話すのは椅子に座りながら机に頬杖をついているヨウだ。現在話しているのは『ノクサスがこの宿の女将であるキリエをナンパし、見事爆散した時』の話だ。しかし、ナンパした本人によれば酔いの勢いだし、ナンパされた方もそれは理解しているらしいので、完全なる笑い話である。もっとも、キレていた半獣族が一人いたが……それは置いておこう。ちなみに会話の内容は、
『すいませぇ~ん! チュウモン良いですかぁ~?』
『はい、いいですよ。何にしましょう?』
『─────奥さん、あなたを一つ』
『お客様っ、グーパン入りましたー!』
『はいよろこんで!』
何とも言えない会話である。キリエの対応からするに初めてではないのかもしれない。ティアレベルの美人ではないが、それなりに整っており、尚且つ包み込むような包容力があった。
現在は、食事を終えて二人でヨウの部屋で話しているところだ。時刻は八時過ぎ。地球ならばまだ全然人が起きている時間だが、この世界では九時を過ぎるとめっきり人数が減る。現に今外を見てみても、魔石を起動させている家は数える程でしかない状態、まるで日本の片田舎だ。
「しっかし、この魔法具便利だよな」
「一応前まで『神しか再現できない』と言われてた道具だからね。生半可な技術ではないよ」
天井を指さし、現に二人を照らし続ける魔石と魔法具へ話題を移す。
調べ物をしてきたティアの話によれば、この魔法具、マジックロープは弱い魔法に限り長時間持続させる効果があるのだという。どういうことかというと、魔法というのは意図的に手を加えない限り、やがて込められた魔力は空中へ蒸散する。これはその魔力が蒸散するまでの時間を遅延させるのだ。
初級魔法程度の魔力量なら余裕だが、中級以上の魔法を込めると留まらせる魔力量が多すぎて壊れてしまう。つまり、完全に日常生活専用の魔法具という事だ。
いま使われているのと同じ様に、基本的には魔石を持続させるために利用される。マジックロープ単体では効果を発動できず、物体にくっつけるなどし、接続することで初めて真価を発揮するのだ。
「神様のわりに、ネーミングセンスなさすぎだろ。もうちょいマシな名前にすればよかったのに」
「マシな名前って……まぁ確かに正気? って疑うことはあるけど、いうほどじゃないよ」
それに、神様のつけた名前にケチつけるなんて天罰下りそう、と、彼女は続けた。
正直ヨウにとっては信じられない名前の数々だ。この世界にとって当たり前だから、名前の異常性に気づかないのだろうか。日本でもそういう類のネーミングはありそうだ。
例えばイタリア語。発音や言語の違いがあるだろうが、日本人にしてみれば違和感のある単語が多い。逆に外国の人だって、日本語に違和感を持つことは多いだろう。けど、大概はそういうものだと納得するのだ。
だとするのならば、ヨウも神のネーミングセンスに慣れる必要がありそうだ。
「それにね、ヨウくん。余り街中とかでそういうこと言っちゃダメなんだよ。神人教の人たちに何されるかわからないんだから」
「神人教?」
何やら不穏な単語が聞こえて、思わず反射的に聞き返してしまう。ヨウがこの世界に疎いことを思い出したのか、ティアは一瞬声を漏らすと、
「えっとね、この世界には神様を信仰してて、宗教っていうのがあるんだけど」
「あ、宗教ならあったぞ」
「じゃあ説明は不要かな。その宗教なんだけど、普通は特定の神を信仰しているでしょう? けど、種全体を信仰しているところもあるの」
「種全体?」
「そう。神人族っていう人間族より優れている存在全体を信仰しているの。しかも、世界中で人数がすごく多いから、街中ですれ違った人の中にも数十人はいたんじゃないかな?」
つまり、神人族を信仰している神人教がいて、教徒の前で神を侮辱する様な事を言うと大変なことになるよ、という事だ。よくよく考えれば思いつく事である。髪を信仰している宗教など、異世界物では定石。
生物全体が昔は神という種族だった。それを考えれば宗教の大きさは計り知れないほどのはずだ。死記神を初め、他の神、下手したらヴァリアントレリオンの宗教さえも存在しているかもしれない……龍神教、と言うのはあるのだろうか。
「じゃあ、これからは街中でそういうことを言わない様にしよう。バレたらティアを助けられなくなるからな」
宗教の力というのは時に国を超える。神人族の中でも最高神の位置づけにある死記神への信仰の規模は最大級だ。
犯罪を犯す前に『私は今から犯罪を犯します!』と公表する犯人はいない。それと同じ様なもので、神を信仰している者の前で神を殺すと言う龍神はいないのである。
ヨウは飲み物を出していなかったことに気づき、部屋の端にあらかじめ置いてあった氷の魔石がそこに埋め込んである水筒を取る。ちなみに、この様に魔石が使われている道具に特別な名称は無い。ただ『水筒』などと呼ばれているだけだ。
「お茶いるよな?」
「あ、うん。お願い」
部屋に置いてあった湯飲みにお茶を注いでいく。夜なので温かい方がいいかと思ったが、この国は基本的に気温が高く湿気が無い。夜冷たい物を飲むには相応しい気候なのだ。
ヨウがティアの方へ湯呑を置けば、彼女は本を机の上に上げていた。持ってきていたのは知っていたが、
みえないところにおいてあった様だ。
「ヨウ君、今日はもう寝ちゃうかな?」
「いや、まだ寝ないとおもう。調べてきたことか?」
「うん。報告、っていったら大袈裟だけど、伝えさせてもらおうかと思って。この三年間、私たちがずっと洞窟に居て、外の世界の何が変わったのかを」
ヨウはティアの湯飲みを確認し、空に成っていることを確認すれば再度注ぐ。これから話をするのだから、喉も乾くだろう、と言う気づかいだ。
それを悟って少し照れ臭くなったのか、ティアは『ありがとう』と笑った。そして机の上の本のうち、一つを取り出せば、厚いページをパラパラと捲る。
「最初は魔法具から。魔法具とは、人代暦1640年に魔学者センシヴァルが───って、こんな仰々しい説明はいらなかったね」
「ん、そうだな。あんま難しくても理解できる気がしないから、ちょいちょい省いて頼む」
分からなくは無いが、夜で、しかも疲れている時に難しい話しは遠慮したい。龍神や死記神に関連する情報ならいざ知らず、飽くまでこれは人間の常識。知っていて損は無いが、歴史の授業じゃあるまいし、知らなくてもそこまで損は無いだろう。覚えるのが面倒、という本音はあるが。
「じゃあ、『魔法具とは今から三年前に発見された、神にしか作れない神製道具の中、劣化種でも製造可能な道具。今までの神製道具は、特殊な神の魔力だとか、技術が必要だったんだけど、魔法具はその道の専門家がいれば作れるんだ」
「神の技術を再現できたってことか?」
「少し違うかな。神製道具はまさに神の御業。けど、魔法具はそれと同じ現象を起こせる道具。言い方はなんだけど、真似事に過ぎないかな」
神製道具という神しか道具を、人間達が再現したのが魔法具ということだ。それは神の技術へ追いついたというよりは、魔力の研究が進み、その性質が分かったことによる発展だという。
「なんにせよ、便利ってことだな。魔法具の作り方とかは分からないのか?」
「んーと、ちょっと待ってね……基本的に明かされてないみたい。最近発見されたばかりでまだ希少性が高いのと、神人教が公表に待ったをかけたみたいだね」
「おいおい、一体何があったっていうんだ?」
何故技術の公表に宗教が待ったをかけるというのだろうか。勢力が強く、待ったを掛けれるのはその強さ故だろうが、止める理由は無いはずだ。禁句にでも触れたのだろうか。
「さあ……? 世に広まったら神人教にとっては不都合だったんじゃない? 本には神が人を支配する上で気づいてはいけない秘密が~、なんて書かれてるけど、本当かどうかは分からないね」
ティアはそう言って本を閉じた。
魔法具に関してはまだまだ謎が多い感じだ。ヨウと言う存在が本当かどうかも証明できないこの世界、なにが分からなくても不思議ではない。この世界は仕組まれていて、魔法具は神へと繋がる鍵、何て事があるのかもしれないのだから。
《それにしても……》
眠い。
正直今日はとても疲れた。
洞窟から出て、緑獣族との戦闘から始まり、町へ入り、人類同盟へ登録し、築波と銀の森へ赴き、石化鳥から逃げ、アリサがそれを瞬殺し、妖精の止まり木へ行き、風呂でどんちゃん騒ぎし、そして今ここに居る。
とんでもないスケジュールである。龍神の肉体は物理的耐久度は上げても精神まで鋼にするわけではない。だが、そんな濃い一日も、洞窟で絶望した時に比べれば全然マシである。
《……忘れるなよ》
ヨウがこうして、定期的に洞窟のことを思い出しているのは、当然だが、それを戒めとしているからだ────絶対に忘れてはいけない、記憶として。カルムの死があったから、フィリアの死があったから、今のヨウがいる。
二度と、あんなことを繰り返さないために、ヨウはそれを忘れてはいけない。悲劇を忘れることはカルム達が完全に死ぬことを意味し、フィリアとの思い出を完全に否定することを意味し、ティアとの関係を完全に否定することを意味する。
だからこそ、忘れない。
忘れたくない
「そうだ、ヨウ君。神様の話が出たし、明日試験が終わったら教会に行ってみない?」
「あれ、ティアってどっか宗教入ってるのか?」
本を仕舞い、一息ついたところで、ティアがそう提案した。今まで誰がどこどこの~、なんて話は聞いてこなかった。だが、先ほども言った通り神が多く、実在していた世界。宗教観が違う以上、ティアやカルム達がどこかの宗教に入っていた可能性は否定できない。
「もしかして……神から加護を貰える可能性とか……!?」
「あ、そういうのはないね」
「夢を折られた気分だ」
ステータスなんて物がない以上、もとより期待はしていなかったが。それでも少し期待してしまう異世界へのアコガレ。
「別に私たちが教徒とか、そういうんじゃないよ。ヨウ君の世界では神様にお願いする文化とかなかったの?」
「あぁ、願掛けってやつか」
「そうそう。結構そういうの多いからさ。ほら、ヨウ君結構ダメなところ多いでしょ?」
『はい、きました』と、内心突っ込んでしまった。ティアは忘れた頃の毒舌がある。普段優しく、そして可愛いせいで、突然の天然悪口が心に突き刺さるのだ。一々刺さった『矢』を胸から抜くのにも手間が掛かる。
と言うか最近可視化されてきた。
「よい、っしょ《矢を抜く》。そうだな、運も悪いし」
「あ、でも、ヨウ君神から嫌われてるから駄目かも……」
ザクッ
「おっ、今日は大量だなぁ《すぽっ」
「ヨウ君、言葉のキャッチボールはしっかりしないと」
「剛速球と消える魔球しか投げられないやつが何言ってんだ」
さらっと悪口を言うのがティアクオリティ。ヨウはいったん落ち着くためにお茶を一口飲み、姿勢を変える。ティアはそれを待ってから、
「違う違う、そうじゃなくて、ヨウ君はお飾りだけど龍神でしょ?」
ブシュ
「……《すぽっ》……うん」
「元々神人族は龍神族を滅ぼすために戦っていた。つまり、必然的に嫌っているわけ。ヨウ君が死記神以外を嫌ってなくても、逆もまた然りであるわけではないんじゃない? という事」
筋は通っている。ヨウは死記神が嫌いだし、殺そうと思って居る。だが、別にそれ以外の神を嫌っているわけではないのだ。例えばヴァリアントレリオン。あの先代龍神は、最終試練の手伝いだとかでティアの腹を裂いた。
もしかしたら、怒りを抱かないのは異常なのかもしれないが、正直そこまで怒りは無い。いや、正確には、無いのかもしれない、だ。
というのも、それほどまでに死記神へ向けている感情は大きい。
たとえ話をするとすれば、恋人の腹をナイフで刺した犯人と、恋人の心臓を刺して殺した殺人鬼、どっちが憎いかといえば後者だ。死記神は呪いをかけただけでまだ殺していないかもしれないが、思い込みという物がある。
人の厄介な面だ。
思い込み、一度そうだと己の中で決めてしまったの物は、決定的に否定されない限りはそのまま続く。知恵を持ちすぎた生物だからこそ起こる人間進化の一部。同じ神人族に否定でもされない限りは、ヨウの認識が覆ることは無い。
「……そうだな、明日行ってみるか」
一先ず今は─────おやすみなさい。
~~~~~~~~~~~~~~
────意識は深い闇の中に有った。
深く、深く、深く。どこまでも沈んでいく感覚が確かにあった。起きる時、深海から這い出て来る様だと思う事はあったが、正にそれを逆行している気分だ。
《なんだっけこれ……白昼夢? 現状夢?》
何かを考えるが、それは霧のように消えていく。
だというのに、もっと深いところに沈んでいく。理解できる。このまま行くと、どこか別の所にたどり着くと。
そして、それを感じているのが怖い。何を考えているのかも、今どうなっているのかもわからないのに、まるで自分の体がそこにあって、意識だけがどこか違うところから体を観察している、そんな感じがする。
何もかもあやふやな中にただ一つだけわかっていることがある、そういう状態だ。
恐ろしい。
体の使い方を忘れてしまった。
希望さえ、将来さえ、誰かを救うという願いさえ、離れていく。
離れているのか?
もしかしたら元からないんじゃないか?
そもそも願とはなんだ? 俺は今どんなことを発している? 俺とはなんだ? なんだとはなんだ? なんだ? なんd? なnda? あjぁょ? ねb4ぱjx8? E1ンnⅮ1?
E1J3Ⅾ1?
『助”け”てッ!』
声が聞こえた。一瞬意識が戻ってきた。
『いやだ……まだ、やり残したことが……』
体が沈んでいく深海の中に、泡が現れた。其処から音が聞こえてきて、中には様々な光景が映っている。どれもこれも、いい景色ではない。むしろ、それは全て死を連想させる場面だ。
人が串刺しに成って死ぬ光景、翼の生えた人型の生物が砲弾に撃たれる光景、巨躯の獣が崩れた建物に潰される光景、隠れていた親子が回転する弓矢に脳天を撃ち抜かれる光景、一対一で戦っていた剣士の片方が心臓を一突きされ、もう片方がその心臓を喰う光景、逃げ惑う人々に岩石が直撃し、肉が地面に飛び散る光景。
その間にも、体が沈んでいく。周りが濃くなってきた。どうやら終着点らしい。
泡が体を包み込む。全身が死の光景で埋め尽くされ、やがて総てが終わろうとした時、
『お願い……ユースティティア……貴方だけでも!!!』
その光景に、手を伸ばした。
~~~~~~~~~~~~~~~
「ッ!」
気が付けば、知らないところに居て、涙を流していた。
濁流の様に流れる水は、深海とは違い、酷く温かい。けど、脳裏を支配するのは『死』と言う単語だけ。自分ではない自分が同居している。ヨウには、それが酷く悲しく思えた。
「……どこだ?」
涙を拭い、辺りを見渡す。わずかでも鮮明になった頭で考えれば、最後はベッドで寝たはずだ。けど、今いるのは外。建物の気配はなく、感じられるのは辺りに散らばる木片と金属、そして崩壊寸前の古びた教会のみ。
「……セル、ビス?」
────覚えはあった、その光景に。
だが、記憶にある街並みとは大きくかけ離れている。セルビスはもっと、活気にあふれて人が潤った町だったはずだ。こんな風に終わった町ではない。
大きく変わっても、一度脳裏に焼き付いた光景は嫌でも覚えている。なにせ異世界初の町だ。忘れたくても忘れられない。たとえ変わっていても、もう少し自信をもって『セルビスかもしれない』と思えただろう。
この町は終わり過ぎている。
何もかも終わっている。
人は潰され、建物は全壊し、地平線の彷徨まで見ている。アニメで終わった未来の世界を見たことはあるが、それに勝るとも劣らない。
しかし、そんな世界の中で空だけは美しかった。赤、青、紫、そして雲。そらを形容する上でこれ以上に綺麗だと言えるものをヨウは知らない。そしてこれからも無いと断言できる。
終わっている世界と神秘的な空。言葉にするのだとしたら、その光景は文字通り『世界の終わり』だ。町だけではなく、世界と言う概念そのものが今まさに終わろうとしている。
「───H3A3,『I2rH2A3L2J3』───アァ、そういえば『これ』だけは言語理解をすり抜けるんだったな」
不意に響き、終わるはずだった世界がこの一瞬だけ繋ぎ止められる。
圧倒的、ヨウが最初に抱いた言葉だ。転生の神、そしてオーク。それらを前にした時の感覚に酷く似ている。無意識に胸を締め付け、気を抜けば諦めてしまいそうな─────存在が、直ぐ近くに居るのを確かに感じた。
「おっす龍神。ご機嫌はどうだ? どうしてそんな不意を突かれた様な顔をしている。お前がここに居る意味はねえし、俺がここに居る意味なんてねえ。俺達は劣化種に拒絶された存在だ。だけど、お前はそれを拒んだよな。はぁ、やれやれ……」
様々な色が混同していて、今にも見失いそうな儚さを持った少年だった。
耳にかかる程の長さの髪は絵の具を塗りたくった様で、黒と赤金色が一房ごとに変化している。全身を包み込む様な紫の装束は頭を覆い隠していて、まるで死神の様な不気味さを感じる。それでいて、肌は日本人っぽく、親近感を覚える。時々覗かせる瞳は酷く気だるげで、黒瞳は諦めた様に死んでいた。それに、目が悪いのだろうか。眼鏡を付けているが、それすらも彼を知的に見せる文字通りアクセサリだ。
左手に持っている道具は何だろうか。槍の様で、その反対の端には三つ爪の────フックショット? が付いている。更に、連結されているのだろう。端と端を繋ぐ様に漂っているのは紐だ。何にせよ、これだって理解不能である。
複数色の混同体。
それでいて、全てを凌駕する存在感。
ハッキリ言って、
「化け物……」
そう呟いたヨウに対し、目の前の人物は一瞬戸惑うような素振りを見せたが、直ぐに合点が言った様にため息を付いた。普通、ため息なんかで相手が理解したのだな、とは思わないだろう。だが、目の前の人物その行動が、理解した時の合図だと無意識に理解できた。
自分ではない自分が知っていた。
「めんどくさい。いちいち化け物と罵られる身にもなってみろよ。こっちは『死休返上』で出向いてやってるのによ」
と、手に持つ槍の様な武器の先端をヨウに突き付ける。
今もなお戦慄を続けるヨウに対し、彼は武器で肩をトントン、と叩き、さらに溜息を付きながら言い放った。
「─────素性も知らないんだからこれも当然か。龍神ならこれぐらい動じないでほしいけどな……俺の名前は継輝神。神人族の次点神、『生命と自由の神』にして」
一度切り、
「最高神死記神の弟だ」
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