猫の生命火

清水花

文字の大きさ
5 / 12
1章 猫アレルギーの父さん

柴丸

しおりを挟む
「ウォフ!」

 裏口へと通じるドアの前に立ったところで中からお声が掛かった。

 入れ、という事なのだろうか?

 僕はドアノブをひねり中へと入った。

「ウォフ!」

 僕らを出迎えてくれた裏口の主人、柴丸は尻尾をゆっくりと大きく揺らしこちらを見つめていた。

 鳴き声からしても珍しく高揚しているようで、今は鼻先をまっすぐとこちらに向け鼻息荒く熱心に匂いを嗅いでいる。

 僕は柴丸のもとへと歩み寄り頭を撫でてやる。

 柴丸は喜ぶ素振りを見せつつも、しきりに竹籠の中を気にしているようだ。

 あまり焦らしても可哀想なので慎重に竹籠を柴丸の前へと差し出す。

 柴丸は三角の耳をピンと立て、身体の動きを止めてから全神経を鼻先へと集中しているようだ。

 竹籠の中に差し込まれた柴丸の鼻先がひくひくとしきりに動いている。

 ちらり、竹籠の中を覗くと仔猫はお腹を見せて固まってしまっている。

 自分の身体くらいの大きさの黒い鼻先が突然天から降ってくれば、誰であれ驚いたって仕方がない。

 しん、とした時間がしばらくの間流れた。

 やがて、

『ウォフ』と、小さく鳴いて柴丸はその場に座り込んだ。 

 お行儀良く座った柴丸の耳は今は寝そべり、舌を出して荒い呼吸を繰り返している。

 いつもの柴丸おじいちゃんだ。

 どうやら仔猫は無事に柴丸に気に入られ、同居の許可を貰うことが出来たようである。

 これからもっと仲良くなれるといいのだが。

「みゃあ、みゃあ、みゃあ」

 目の前の黒い鼻先がなくなり安心したのか仔猫は小さく鳴き始めた。

 僕は指先で仔猫の頭を撫でる。

「よかったね、柴丸もお前のことを気に入ってくれたみたいだよ」

「みゃあ、みゃあ、みゃあ」

 仔猫はお礼を言っているのか何度もそんな風に鳴いた。

「柴丸もありがとう、今日から小さな妹をよろしくね」

 言いながら頭を撫でてやると柴丸はふんっと、大きな鼻息をひとつ漏らしてから、お気に入りのいつものクッションの上でくつろぎ始めた。

 こうして仔猫と柴丸の初対面は無事に終わりを迎えたのである。




 僕は一旦自室に戻り仔猫を部屋においてから、居間へと戻った。

 居間に行くと海未がパジャマ姿で母さんと話し込んでいた。

「あ! お兄ちゃん! あの子飼っていいって言われたんでしょっ⁉︎」

「ああ、うん」

「あれ? あの子は? どこ行ったの?」

 海未は僕の全身を眺めながら仔猫の姿を探している。

「僕の部屋。ここに連れてくる訳にはいかないから」

「なーんでよー! 連れて来たっていいじゃーん!  猫ちゃん可哀想ー!」

 猫アレルギーの父さんの事は頭から抜け落ちてしまっているのか、海未は大声でそんな事を口にする。

 というか、何の配慮もしてもらえない父さんの方がよほど可哀想である。

「海未、父さんはアレルギー持ちだから、ね……」

 母さんがまるで小さな子供に諭すように言って聞かせる。

 すると、ようやく父さんのアレルギーの事を思い出したらしく、海未は『ああ……』と呟いて僕の事を見つめる。

「兄ちゃんの部屋にいるのね? あの子」

「うん、会ってくる?」

「お邪魔します!」

 そう口にして海未は僕の部屋へと向かってずんずん進んでいく。

 そんな海未の足音を聞きながら母さんが口を開く。

「ーーーーそうだ。芝ちゃんはどうだった? やきもち妬いてなかった?」

「うん。熱心に匂いを嗅いで、それからたぶん挨拶を交わして、今は寝てるよ」

「ふふふっ、そう、良かった」

 母さんは安心したように笑う。

 
 


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

包帯妻の素顔は。

サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

Zinnia‘s Miracle 〜25年目の奇跡

弘生
現代文学
なんだか優しいお話が書きたくなって、連載始めました。 保護猫「ジン」が、時間と空間を超えて見守り語り続けた「柊家」の人々。 「ジン」が天に昇ってから何度も季節は巡り、やがて25年目に奇跡が起こる。けれど、これは奇跡というよりも、「ジン」へのご褒美かもしれない。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

処理中です...