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富を根こそぎ失った男
第一話
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この世は悪で満ち満ちている。
それはあまりにも当たり前の事なのだが、今ここでこうして改めて口にしなければいけない程、悪は何の変哲もない日常の一部と化してしまっている。
昨日、今日、明日。それらのどの一部分を切り取って覗いたとしても、悪は必ずそこにあり悪事を働いている。
悪は巧妙に姿を変え善人に取り入っては悪事を働いている。
見えぬ悪ーーーー見えざる敵。
この世にはそういった悪が蔓延っている。
日々を懸命に生きる善人が泣き、日々を怠惰に生きる悪人が笑う。
何十年もの歳月をかけて創り上げた善人の努力の結晶が、悪人の悪巧みにより瞬く間に全てが水泡に帰する。
全てを失った善人は力無くその場に膝をつき、生きる気力をも失う。
反面、その全てを手に入れた悪人は軽快な足取りで自らの欲求を満たす。
世界は善人が泣き、悪人が笑うように仕組まれている。
そんな世界の片隅で、例に漏れず絶望する一人の男性がいた。
「もう……死のう」
王都バルザックの郊外、そのとある一角でそんな事を口にする一人の男がいた。
その男は誰が見ても明らかに普通ではなく、あまりにも異常であった。
なぜ誰が見ても異常だと分かるのかと言えば、それは彼があまりにも常軌を逸した存在であったからだ。
あまりにも異常で、独特で、異質で、普通ではなく、調和の遥か彼方を現在位置とし、周囲から奇異の眼差しを一身に受けているからに他ならない。
とはいえ、そんな異常の塊ではある彼だが、それは何も彼の肉体的造形や彼が身に纏う衣類が明らかな異常だという事では無い。
今現在、確かに彼は無精髭を蓄えてずいぶんとくたびれたコートを羽織ってはいるが、それらはあくまでも常識の範囲内の事であり、街を行く人々と大差はない。間違っても浮浪者のような印象は全く受けない。
それに彼自身、そこそこに整った顔立ちでいてキリッとした男らしい好印象を受ける。
ではなぜそんな彼から他とは違う明らかな異常さを感じられるのかと言えば、それはもちろん彼が放つ異様なまでの空気感に他ならないだろう。
彼が放つ空気感は明らかな黒一色であり、何にも増して重厚だ。
それは容易に死を連想させる。一縷の光さえも無い。
彼が放つその空気感に触れようものなら、あまりの居心地の悪さに皆立ち所に駆け足で逃げ出してしまう事だろう。
縁起というモノを重要視する人からすれば、彼はまさに天敵であり、不倶戴天の存在と言えるのかもしれない。
そんな不吉極まりない、死が服を着て死を振り撒いているような彼が今現在、自身の死を望み自身の破滅を宣言した。
そんな彼の見つめる先、虚ろな視線が捉えたものは街で人気のカフェであった。
多くの人々が集い談笑する憩いの場所。
そうーー彼の長年の夢であったカフェだ。
あいつさえいなければ、念願の自分の店を……。
彼は自身のカフェを始めるために今まで様々な努力をして、必死にその資金を貯めてきた。
だが、とある男に騙されその大事な資金を全て持ち逃げされてしまったのだ。
あの男さえいなければ。あの男さえ信用していなければ。
こんな未来を回避する事などいくらでも出来た筈なのに、それらのチャンスをことごとく取り逃してしまった自分に腹が立つ、情けなくて仕方がない、呪い尽くしても呪い足りない。
そもそもなぜ自分がやる事なす事、全て裏目に出るのか? 幼馴染のあいつは全てが順風満帆に事が進んでいるではないか。なぜ、なぜ自分だけ、こんな目に……。
悪意を持って仕組まれたような我が人生を気持ちが悪いと心底思う。
全てーー全てはあの男さえいなければ。
怒りと後悔の念が渦巻く中、彼は自身の死に場所を求めて再び歩き出そうとした。
そして、切望し続けたカフェから視線を外そうとしたまさにその瞬間、彼の視線はとある異様な光景を捉えた。
それはテラス席の一画であった。そこには優雅にティータイムを楽しんでいる一人の美しい淑女の姿があった。そんな彼女がこちらに向かって手招きをしているのだ。
誰だ? 彼は当たり前にそう思った。
自身の知り合いを頭の中で次々と思い浮かべるが、誰とも合致しない。
上品で、明らかに高位な家柄の御令嬢と思しき彼女を彼は知らない。
そもそも知り合いになれる筈もない。
それくらいに彼とは生きる世界が、次元が違っていた。
接点などある筈がないのに、なぜ?
彼は戸惑いながらも素直に彼女の手招きに応じ、テーブルへと近いていく。
一歩一歩二人の距離が近づいていき、今まではっきりとは見えなかった彼女の容姿を確認できるまでの距離に至ったが、これほど間近で見てもやはり彼女が誰であるかは分からない。
「ーーーーっ⁉︎」
彼女と向き合った瞬間、あれほど騒がしがった周囲の喧騒は嘘のようにやみ、時の流れが明らかに遅くなったように彼は感じた。
「ーーーーいらっしゃい。さあ、座って?」
謎の淑女は右手を差し出し席に着くように促す。
彼女の右手が示す先、そこには香り立つ紅茶の入ったカップがいつの間にか置かれていた。
それはあまりにも当たり前の事なのだが、今ここでこうして改めて口にしなければいけない程、悪は何の変哲もない日常の一部と化してしまっている。
昨日、今日、明日。それらのどの一部分を切り取って覗いたとしても、悪は必ずそこにあり悪事を働いている。
悪は巧妙に姿を変え善人に取り入っては悪事を働いている。
見えぬ悪ーーーー見えざる敵。
この世にはそういった悪が蔓延っている。
日々を懸命に生きる善人が泣き、日々を怠惰に生きる悪人が笑う。
何十年もの歳月をかけて創り上げた善人の努力の結晶が、悪人の悪巧みにより瞬く間に全てが水泡に帰する。
全てを失った善人は力無くその場に膝をつき、生きる気力をも失う。
反面、その全てを手に入れた悪人は軽快な足取りで自らの欲求を満たす。
世界は善人が泣き、悪人が笑うように仕組まれている。
そんな世界の片隅で、例に漏れず絶望する一人の男性がいた。
「もう……死のう」
王都バルザックの郊外、そのとある一角でそんな事を口にする一人の男がいた。
その男は誰が見ても明らかに普通ではなく、あまりにも異常であった。
なぜ誰が見ても異常だと分かるのかと言えば、それは彼があまりにも常軌を逸した存在であったからだ。
あまりにも異常で、独特で、異質で、普通ではなく、調和の遥か彼方を現在位置とし、周囲から奇異の眼差しを一身に受けているからに他ならない。
とはいえ、そんな異常の塊ではある彼だが、それは何も彼の肉体的造形や彼が身に纏う衣類が明らかな異常だという事では無い。
今現在、確かに彼は無精髭を蓄えてずいぶんとくたびれたコートを羽織ってはいるが、それらはあくまでも常識の範囲内の事であり、街を行く人々と大差はない。間違っても浮浪者のような印象は全く受けない。
それに彼自身、そこそこに整った顔立ちでいてキリッとした男らしい好印象を受ける。
ではなぜそんな彼から他とは違う明らかな異常さを感じられるのかと言えば、それはもちろん彼が放つ異様なまでの空気感に他ならないだろう。
彼が放つ空気感は明らかな黒一色であり、何にも増して重厚だ。
それは容易に死を連想させる。一縷の光さえも無い。
彼が放つその空気感に触れようものなら、あまりの居心地の悪さに皆立ち所に駆け足で逃げ出してしまう事だろう。
縁起というモノを重要視する人からすれば、彼はまさに天敵であり、不倶戴天の存在と言えるのかもしれない。
そんな不吉極まりない、死が服を着て死を振り撒いているような彼が今現在、自身の死を望み自身の破滅を宣言した。
そんな彼の見つめる先、虚ろな視線が捉えたものは街で人気のカフェであった。
多くの人々が集い談笑する憩いの場所。
そうーー彼の長年の夢であったカフェだ。
あいつさえいなければ、念願の自分の店を……。
彼は自身のカフェを始めるために今まで様々な努力をして、必死にその資金を貯めてきた。
だが、とある男に騙されその大事な資金を全て持ち逃げされてしまったのだ。
あの男さえいなければ。あの男さえ信用していなければ。
こんな未来を回避する事などいくらでも出来た筈なのに、それらのチャンスをことごとく取り逃してしまった自分に腹が立つ、情けなくて仕方がない、呪い尽くしても呪い足りない。
そもそもなぜ自分がやる事なす事、全て裏目に出るのか? 幼馴染のあいつは全てが順風満帆に事が進んでいるではないか。なぜ、なぜ自分だけ、こんな目に……。
悪意を持って仕組まれたような我が人生を気持ちが悪いと心底思う。
全てーー全てはあの男さえいなければ。
怒りと後悔の念が渦巻く中、彼は自身の死に場所を求めて再び歩き出そうとした。
そして、切望し続けたカフェから視線を外そうとしたまさにその瞬間、彼の視線はとある異様な光景を捉えた。
それはテラス席の一画であった。そこには優雅にティータイムを楽しんでいる一人の美しい淑女の姿があった。そんな彼女がこちらに向かって手招きをしているのだ。
誰だ? 彼は当たり前にそう思った。
自身の知り合いを頭の中で次々と思い浮かべるが、誰とも合致しない。
上品で、明らかに高位な家柄の御令嬢と思しき彼女を彼は知らない。
そもそも知り合いになれる筈もない。
それくらいに彼とは生きる世界が、次元が違っていた。
接点などある筈がないのに、なぜ?
彼は戸惑いながらも素直に彼女の手招きに応じ、テーブルへと近いていく。
一歩一歩二人の距離が近づいていき、今まではっきりとは見えなかった彼女の容姿を確認できるまでの距離に至ったが、これほど間近で見てもやはり彼女が誰であるかは分からない。
「ーーーーっ⁉︎」
彼女と向き合った瞬間、あれほど騒がしがった周囲の喧騒は嘘のようにやみ、時の流れが明らかに遅くなったように彼は感じた。
「ーーーーいらっしゃい。さあ、座って?」
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彼女の右手が示す先、そこには香り立つ紅茶の入ったカップがいつの間にか置かれていた。
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