2 / 13
富を根こそぎ失った男
第二話
しおりを挟む
「あの……あなたはいったい……?」
「ーーそんな事より早く席に着いて。せっかくの紅茶が冷めてしまうわ」
戸惑う彼に対し彼女は毅然とした態度で言う。
彼はそんな彼女の醸す空気に気圧され、仕方なく彼女の正面へそろそろと腰をおろした。
ティーカップから立ち昇る芳醇な紅茶の香りが鼻へと届いた。驚くほどに心地よい良い香りだ。
行った覚えの無い茶畑の風景が朧げではあるが浮かび上がってくるようだ。
「ーーさあ、まずは一口召し上がって? とても良い紅茶なのよ」
「は……はぁ……」
飲み慣れない紅茶のカップを手に取り恐る恐る口へと運ぶ。
「ーーーーっ⁉︎」
美味しい。
素直な感想を述べるのなら、その一言で十分だ。
美味しさが口内に流れ込み、一気に膨れ上がる。
これを美味しいと言わずに何と言う?
「ーーーーふふふっ。気に入ってくれたようね。良かったわ」
「あ……ええ、まあ」
あまりの紅茶の美味しさに彼は我を忘れていた。目の前に座る彼女が声をかけていなければ、もうしばらくは波打つ紅茶の表面を無心で眺めていたに違いない。
「それにーーーーずいぶんと色も戻ったわね。安心したわ」
「色……ですか?」
「じゃあ、そろそろあなたのお話、聞かせてもらおうかしら?」
彼はさらに困惑した。それは目の前の彼女が何の脈絡もなく突然に話を聞かせろと言ってきたからだ。
自分の話? 何だそれは? そんなもの知らない。まして見ず知らずの彼女に語って聞かせる話など自分には無い。
あるはずがない。
自分は今から死のうとしているのに。悪意に塗り固められた救いようのない我が人生に終止符を打つつもりなのに。そんな最中に語る話など……。
そもそも今はどういう状況なのだ? 人生に絶望し死に場所を探していたのに、見知らぬ女性に手招きされ、紅茶を飲んで、話を聞かせろ? 全く理解できない。それに、色が戻るとは何だ? 彼女は何を言っているんだ? そもそも、彼女自体いったい何者なのだ? こうして顔を突き合わせ話をしてみても、一向に誰だか分からない。知り合いなどでは決してない。考えてみれば全てが分からないではないか。この状況も、彼女も、彼女の発言の意図さえも。何もかもが分からない。
彼の頭の中ではそんな事がぐるぐると渦巻いていた。
「ーーーーあなたの身にいったい何が起こったの?」
ここでようやく彼女から理解できる内容の言葉が飛び出した。
自分の身にいったい何があったのか?
自分に何が襲いかかったのか?
その事により自分の生活が、これまで必死に積み上げてきた努力の成果が、どれほど凄惨に一変したか。
それを聞きたいと言っているのか? 彼女は。
「…………」
この女、他人の不幸話を収集するタチの悪い変人か? それともあるいはアイツの様な……。
彼の中で猜疑心が強く芽生え、目の前の女に対する異常なまでの警告音が耳の奥でけたたましく鳴り響いた。
この女の話など無視して今すぐこの場を立ち去るべきだーーーー彼は本能的にそう判断し腰を浮かしかけた。
だが、
いや……。この女が何者であれ自分には関係ない。たとえ詐欺師だろうと何だろうと、自分は今から死ぬのだからそんなこと知ったことではない。
まして死神ならば喜んで命を差し出そう。自殺する手間が省けるというものだ。
もはや極限状態であった彼はそう考えた。
俺の話が聞きたい。ふん、いいさ。いいだろう。聞きたいのなら聞かせてやる。気の済むまで語り尽くしてやる。これが、俺が俺の人生で語る正真正銘最後の話だ。
彼は椅子に深く腰を落ち着けると、硬く閉ざしていた口を開いた。
「ーーそんな事より早く席に着いて。せっかくの紅茶が冷めてしまうわ」
戸惑う彼に対し彼女は毅然とした態度で言う。
彼はそんな彼女の醸す空気に気圧され、仕方なく彼女の正面へそろそろと腰をおろした。
ティーカップから立ち昇る芳醇な紅茶の香りが鼻へと届いた。驚くほどに心地よい良い香りだ。
行った覚えの無い茶畑の風景が朧げではあるが浮かび上がってくるようだ。
「ーーさあ、まずは一口召し上がって? とても良い紅茶なのよ」
「は……はぁ……」
飲み慣れない紅茶のカップを手に取り恐る恐る口へと運ぶ。
「ーーーーっ⁉︎」
美味しい。
素直な感想を述べるのなら、その一言で十分だ。
美味しさが口内に流れ込み、一気に膨れ上がる。
これを美味しいと言わずに何と言う?
「ーーーーふふふっ。気に入ってくれたようね。良かったわ」
「あ……ええ、まあ」
あまりの紅茶の美味しさに彼は我を忘れていた。目の前に座る彼女が声をかけていなければ、もうしばらくは波打つ紅茶の表面を無心で眺めていたに違いない。
「それにーーーーずいぶんと色も戻ったわね。安心したわ」
「色……ですか?」
「じゃあ、そろそろあなたのお話、聞かせてもらおうかしら?」
彼はさらに困惑した。それは目の前の彼女が何の脈絡もなく突然に話を聞かせろと言ってきたからだ。
自分の話? 何だそれは? そんなもの知らない。まして見ず知らずの彼女に語って聞かせる話など自分には無い。
あるはずがない。
自分は今から死のうとしているのに。悪意に塗り固められた救いようのない我が人生に終止符を打つつもりなのに。そんな最中に語る話など……。
そもそも今はどういう状況なのだ? 人生に絶望し死に場所を探していたのに、見知らぬ女性に手招きされ、紅茶を飲んで、話を聞かせろ? 全く理解できない。それに、色が戻るとは何だ? 彼女は何を言っているんだ? そもそも、彼女自体いったい何者なのだ? こうして顔を突き合わせ話をしてみても、一向に誰だか分からない。知り合いなどでは決してない。考えてみれば全てが分からないではないか。この状況も、彼女も、彼女の発言の意図さえも。何もかもが分からない。
彼の頭の中ではそんな事がぐるぐると渦巻いていた。
「ーーーーあなたの身にいったい何が起こったの?」
ここでようやく彼女から理解できる内容の言葉が飛び出した。
自分の身にいったい何があったのか?
自分に何が襲いかかったのか?
その事により自分の生活が、これまで必死に積み上げてきた努力の成果が、どれほど凄惨に一変したか。
それを聞きたいと言っているのか? 彼女は。
「…………」
この女、他人の不幸話を収集するタチの悪い変人か? それともあるいはアイツの様な……。
彼の中で猜疑心が強く芽生え、目の前の女に対する異常なまでの警告音が耳の奥でけたたましく鳴り響いた。
この女の話など無視して今すぐこの場を立ち去るべきだーーーー彼は本能的にそう判断し腰を浮かしかけた。
だが、
いや……。この女が何者であれ自分には関係ない。たとえ詐欺師だろうと何だろうと、自分は今から死ぬのだからそんなこと知ったことではない。
まして死神ならば喜んで命を差し出そう。自殺する手間が省けるというものだ。
もはや極限状態であった彼はそう考えた。
俺の話が聞きたい。ふん、いいさ。いいだろう。聞きたいのなら聞かせてやる。気の済むまで語り尽くしてやる。これが、俺が俺の人生で語る正真正銘最後の話だ。
彼は椅子に深く腰を落ち着けると、硬く閉ざしていた口を開いた。
0
あなたにおすすめの小説
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる