空、縛、空、解、

清水花

文字の大きさ
3 / 18

縛話 1

しおりを挟む
 カナは夕暮れの中、子供達がほとんど居なくなった公園の片隅にある、錆が所々に目立ちだしたブランコに乗って揺れていた。

 一人である。

 夕陽が沈む西の方角から子供達の笑い声が響いた、スクーターのエンジン音が近付いてきて、また遠ざかっていった。

 夕暮れといえど、まだまだ明るい7月の空、そんな公園で一人佇んで足元に転がる小石をじいっと見つめている。

 基地から逃げ出したのはいいものの、行くあても無く。居場所も無い。

 だから逃げ出しはしたものの、逃げ続けようとも、隠れようとも思わない。

 うつむくそんなカナの横顔を暑く湿った風が撫でた。

 まとわりつくような嫌な風だった。

 その時、さっきまでは無表情で無気力だったカナの顔に明らかな怒気さえ見てとれる表情が浮かび、風を払いのけるように首を横に振った。

 すぐに風は止んでカナはまたうつむいたまま公園の一部と化した。

 誰もいない公園で時間だけが過ぎていく。

 本当はこの公園には最初から誰もいなかったのかもしれない。

 カナはそう思った。

 本当は自分という存在はどこにもなく。

 自分はあくまで自然現象の一部なのだと。

 そう思った。
 
 そうありたかった。

 藍く、朱く染まる空を見上げて、今は亡き仲間達を想う。

 意識を空に集中しすぎたのか、急な物音に危うくブランコから転げ落ちそうになる。

 物音に次いで、声。

「隣、いい?」

 いつの間にやってきたのか、隣にはカナと同い年くらいの少年がいた。

 中途半端に伸びた黒髪、痩せっぽちな体つき、幼さが抜けきれない泥だらけの顔、手に持ったダッフルバッグからは衣類の袖が片方だけ垂れ出ている。

 知らない子。近所の少年だろうか? 

 自分とは全く違う、生き生きとした表情で笑う。

 そこでふと、少年の問いかけを思い出したがカナは答えようとは思わない。

「…………」

 ただ、なんとなく悪い気がしたので頷いておいた。

「ありがとう」

 そう言って少年は、カナの隣の空いていたブランコに腰かけた。

 少年の重みで鎖がギリリと軋んだ。

「…………」

「…………」

「何してたの?」

「…………」

 少年の問い掛けにやはりカナは答えない。

「じゃあ僕の話を聞いてくれる?」

「…………」

「……うん、返事はしなくていい。ただ聞いてくれればそれでいい」

 突如現れた少年に戸惑いながらも、カナは不思議と少年の話を聞いてみたくなった。

 この少年はいつ、どこから来たのか。さっきの風が運んで来たのか。ならばこの少年も自分と同じ自然現象の一種なのだろうか。自分と同じようで全く違うこの少年は、いったい何を語るというのか。

 知りたかった。

 いつぶりなのか忘れてしまったけれど、興味が湧いた。

 カナは相変わらずうつむいたまま、小さく頷いた。

 気付けば7月の公園は無人ではなくなっていた。



 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...