4 / 18
縛
縛話 2
しおりを挟む
少年は語り始める。
「僕はナオ。この先の海多中学校の二年生なんだ」
「…………」
カナはナオと名乗った少年と年齢は同じだが、当然中学校になど通ってはいない。
カナにとって必要なのは一般的な常識や知識ではなく、一般とは大きくかけ離れた非常識だからだ。
「でね、もうすぐ夏休みだからさ、裏山に秘密基地を作って色々とやろうと思ってるんだ。だから今は夏休み前の下見、ロケハンってやつの帰りなんだよね」
なるほど、と思う。
全身の泥、大きめのダッフルバッグ、頭についた青葉、全てに説明がつく。
ナオと名乗るこの少年は、ついさっきまでロケハンと称して山の中を徘徊していたのだろう。
カナ自身も山の中を歩き回った事があるが、あれはあくまで訓練のために歩いたので辛い事はあっても、楽しい思い出はなに一つない。
なにより、秘密基地?
秘密なのに他人に言ってしまっては意味がないのではないか? 自分はその秘密を知ってしまった事で誰かから命を狙われるのではないか?
そうなると、自分にとっての敵がまた増えてしまった。奴等だけでも持て余しているのに、この少年はなんて事をしてくれるのだろうとカナは思った。
でも、
それも別にどうでもいい事だ。
どれだけ敵が増えようと、いつか自分が殺されるのは変わらない。
Aに殺されようが、Zに殺されようが結果は同じだからだ。
だからもういっそのこと。今、この瞬間に殺してくれても構わないと思う。
ナオはそんな事を考えているカナの事など気にも止めずに、
「でね! その秘密基地で何やるかって言うとね。まずはクワガタのコンプリート、裏山には三種類いるらしいからオス、メス合わせて六匹だね。あ、僕カブトはあんまり好きじゃないんだ。なんだか丸くてカッコよくないかなって。後は……天体観測とUFO観察。僕はUFO信じてる派だから、死ぬ前に一度は見てみたいんだ」
うつむいたままだったカナの視線が一度ナオを捉えて、また元の位置に戻った。
「夏ってワクワクするよね! ねえ、君もそう思わない⁈」
「…………」
夏に対してワクワクはしないが。
ナオの話には、心が微かに揺れ動いた。
自分の心に芽生えた感情が、ナオの言うワクワクなのかは分からない。
だから、
戸惑いながらもカナは小さく頷いた。
そんなカナの反応を見て気を良くしたのかナオは、にいっと笑って、
「にししし! やっぱり夏は最高だよね。どこまでも澄み切った青空に、真っ白でふわふわの雲、情け容赦ない太陽……は、ちょっとゴメンだけどね」
自分にとっての空は戦場であるのに対し、ナオにとっての空は何か最高なもののようだ。
どこまでも自分とは違う、自分もナオと同じ世界で生きられたらどれだけいいだろう。
今も黙って基地から抜け出してきたが当然、追っ手がいるし監視もされている事だろう。
自分には自由に生きる権利がない。そんな事は分かっている。
だから想像はしてみても、望みはしない。
ナオは何かを思い出したようにダッフルバッグの中に手を突っ込んでかき回し、そしてバッグの中からグシャグシャの二枚のチケットを取り出して、震える手でカナの顔の前に差し出して見せた。
「あ……あのさ、明日なんだけど一緒に遊園地行かない?」
「…………」
カナは思う。ゆうえんちとは何だろう?
基地の中で生まれ育ったカナは外出など一切しないため、基地外の事はほとんど知らない。
「母さんが遊園地の無料招待券を商店街の福引で当てたんだけど、行かないからって貰ったんだ」
むりょうしょうたいけん……しょうてんがい……ふくびき……知らない言葉ばかりが耳に飛び込んでくる。
「子供達に大人気の海多遊園地。子供達の夢の世界だね。どう? 一緒に行ってくれる? やっぱり……ダメ?」
「…………」
やはりカナはうつむいたまま何も答えない。だが、夢の世界という言葉がなぜかカナの心を捕らえて離さない。
空に縛られた自分の知らない世界。
自分のいる世界とは全く別の、もう一つの世界。ナオのいる世界へ行けるという事だろうか。
考えるよりも先に、
カナはナオを見上げて無言で大きく頷いた。
「僕はナオ。この先の海多中学校の二年生なんだ」
「…………」
カナはナオと名乗った少年と年齢は同じだが、当然中学校になど通ってはいない。
カナにとって必要なのは一般的な常識や知識ではなく、一般とは大きくかけ離れた非常識だからだ。
「でね、もうすぐ夏休みだからさ、裏山に秘密基地を作って色々とやろうと思ってるんだ。だから今は夏休み前の下見、ロケハンってやつの帰りなんだよね」
なるほど、と思う。
全身の泥、大きめのダッフルバッグ、頭についた青葉、全てに説明がつく。
ナオと名乗るこの少年は、ついさっきまでロケハンと称して山の中を徘徊していたのだろう。
カナ自身も山の中を歩き回った事があるが、あれはあくまで訓練のために歩いたので辛い事はあっても、楽しい思い出はなに一つない。
なにより、秘密基地?
秘密なのに他人に言ってしまっては意味がないのではないか? 自分はその秘密を知ってしまった事で誰かから命を狙われるのではないか?
そうなると、自分にとっての敵がまた増えてしまった。奴等だけでも持て余しているのに、この少年はなんて事をしてくれるのだろうとカナは思った。
でも、
それも別にどうでもいい事だ。
どれだけ敵が増えようと、いつか自分が殺されるのは変わらない。
Aに殺されようが、Zに殺されようが結果は同じだからだ。
だからもういっそのこと。今、この瞬間に殺してくれても構わないと思う。
ナオはそんな事を考えているカナの事など気にも止めずに、
「でね! その秘密基地で何やるかって言うとね。まずはクワガタのコンプリート、裏山には三種類いるらしいからオス、メス合わせて六匹だね。あ、僕カブトはあんまり好きじゃないんだ。なんだか丸くてカッコよくないかなって。後は……天体観測とUFO観察。僕はUFO信じてる派だから、死ぬ前に一度は見てみたいんだ」
うつむいたままだったカナの視線が一度ナオを捉えて、また元の位置に戻った。
「夏ってワクワクするよね! ねえ、君もそう思わない⁈」
「…………」
夏に対してワクワクはしないが。
ナオの話には、心が微かに揺れ動いた。
自分の心に芽生えた感情が、ナオの言うワクワクなのかは分からない。
だから、
戸惑いながらもカナは小さく頷いた。
そんなカナの反応を見て気を良くしたのかナオは、にいっと笑って、
「にししし! やっぱり夏は最高だよね。どこまでも澄み切った青空に、真っ白でふわふわの雲、情け容赦ない太陽……は、ちょっとゴメンだけどね」
自分にとっての空は戦場であるのに対し、ナオにとっての空は何か最高なもののようだ。
どこまでも自分とは違う、自分もナオと同じ世界で生きられたらどれだけいいだろう。
今も黙って基地から抜け出してきたが当然、追っ手がいるし監視もされている事だろう。
自分には自由に生きる権利がない。そんな事は分かっている。
だから想像はしてみても、望みはしない。
ナオは何かを思い出したようにダッフルバッグの中に手を突っ込んでかき回し、そしてバッグの中からグシャグシャの二枚のチケットを取り出して、震える手でカナの顔の前に差し出して見せた。
「あ……あのさ、明日なんだけど一緒に遊園地行かない?」
「…………」
カナは思う。ゆうえんちとは何だろう?
基地の中で生まれ育ったカナは外出など一切しないため、基地外の事はほとんど知らない。
「母さんが遊園地の無料招待券を商店街の福引で当てたんだけど、行かないからって貰ったんだ」
むりょうしょうたいけん……しょうてんがい……ふくびき……知らない言葉ばかりが耳に飛び込んでくる。
「子供達に大人気の海多遊園地。子供達の夢の世界だね。どう? 一緒に行ってくれる? やっぱり……ダメ?」
「…………」
やはりカナはうつむいたまま何も答えない。だが、夢の世界という言葉がなぜかカナの心を捕らえて離さない。
空に縛られた自分の知らない世界。
自分のいる世界とは全く別の、もう一つの世界。ナオのいる世界へ行けるという事だろうか。
考えるよりも先に、
カナはナオを見上げて無言で大きく頷いた。
0
あなたにおすすめの小説
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
雪の日に
藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。
親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。
大学卒業を控えた冬。
私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ――
※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる