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終章 私達の物語
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「ーーローレライ嬢が無理やりに?」
「……はい。さっき……二人で、二人で話している時に、そう言われたんです……。なるべく大声で、みんなに聞こえるように、酷い事を言えって……そして、最後は私の顔を打てって……もちろん私は嫌だって……言ったんですけど、ローレライ嬢が……すごく怖い顔で睨むから……怖くって怖くって……それで私……」
ジェシカ様は澄んだ瞳に涙を湛え、その小さく可憐な身体を微かに震わせながらそう言います。
「ーーそれでさっき、君はあんな事を口にしていたのかい?」
「……はい」
「ーーふむ。なるほど……」
と、事細かに事情を聴き終えたキングス殿下は私の方へ視線を送ると、すぐ側まで歩み寄って来ました。
「…………」
私の脳裏にニルヴァーナ公爵邸の薔薇園で行われた、あの日のお茶会の光景が蘇ります。
自分達の都合の良いように事実を、真実を作り変えた、あの時の光景がーー。
そして今、ジェシカ様はーー
あの時のベアトリック様のようにーー
事実を、真実をねじ曲げようとしているーー。
それによって私はこのまま殿下に問い詰められ、周囲を取り囲む全ての人達から非難され、嘘つき呼ばわりされ、想像もできないような罵詈雑言を浴びせられ、この庭園で一人泣き崩れる事になってしまうのでしょう……。
そう思うだけで心の奥底から恐怖が湧き上がり、パニックになってしまいます。
何とか殿下の誤解を解こうとあれこれ考えますが、パニックを起こしているせいでうまく考えがまとまりません。
そうこうしている内に殿下は私のすぐ目の前へと近寄り、うつむく私の顔を覗き込むようにして静かに語りかけます。
「ーー怪我は大丈夫? まだ痛むかい? ローレライ嬢」
「いっ、いえ……もう、平気です」
「そう……良かった」
まさか、まず最初に私の怪我を心配してくださるとは思ってもいなかったので、私としては何だか肩透かしを食らったような気分でした。
その後、殿下はとても言いづらそうに顔をしかめつつ、慎重に言葉を口にします。
「さっきの事なんだが……ジェシカが言うには、君に無理やりあんな事を言わされたと言っているんだ……顔を打ったのも、その……君からの指示だった、と……本当かい?」
「殿下は……殿下はどうお思いなのですか」
本当なら大粒の涙を流しながら殿下にしがみつき、誤解を解く為、必死に言葉を尽くさなければならない場面であるのにもかかわらず、私ときたら何を思ったのかそんな事を口にしました。
「私は……正直、分からない。あんなジェシカの姿は今まで一度だって見た事がないし、あんな事を口にしているのも当然聞いた事が無かった……。だからさっきの行動や発言がジェシカ自身の意思によるものだとはどうやっても思えないんだよ」
まるで悪い夢でも見ているようだ……と、殿下は小さく首を横に振ります。
そんな殿下のお言葉に私自身も同感です。
私の知るジェシカ様はあんな事を口にする筈がありませんし、顔を打ったりする筈がありませんから。
それに先ほどジェシカ様が見せた、悪い夢から覚めたような表情といい……いったい何がどうなっているのか。
ジェシカ様の行動、発言、表情。分からない事ばかりですが、それでも全てが分からない訳ではありません。
理由はどうあれジェシカ様は今、嘘をついてさっきの騒ぎを私のせいにしようとしているんです。
どう反論すれば良いのでしょう、どうやれば身の潔白を証明出来るでしょうか。
「ーーだが、婚約者である私としてはジェシカの言葉を何があっても信じなくてはいけない」
「殿下……」
婚約者としてジェシカ様の言葉を信じる。そんな殿下の誠意に満ちたお言葉に、私は確信します。
きっとーーきっとこのまま全て私のせいにされ、私はこの庭園に集まった皆さんから耐えがたい罵詈雑言を浴びせられてしまうのでしょう。
私はきっと涙を流し、この庭園を後にする事になるのでしょう。そして私が去った後、ジェシカ様は皆さんから優しい言葉をかけられ、庭園には『偽りの聖母』や『卑しい悪女』などの声で溢れかえるのでしょう。
お父様は大丈夫でしょうか。私の父親というだけで皆さんに非難される事になるかもしれませんね。何事もなく家に帰る事が出来ればいいのですが……。
まったく……私って本当にダメですね……いつも周りの人達に迷惑ばかりかけてしまって……もういっその事、私なんてこの世から消えてしまった方がーーーー
「ーーけれど、ローレライ嬢。私はあなたが嘘をついているとは、どうやっても思えないんだ。ほぼほぼ初対面の身ではあるけれど、不思議とそう思う。なぜだろう? 君は人が傷付くような嘘は絶対に言えないって、そう思うんだ。だから、最後にもう一度だけ聞く。本当に君がジェシカにあんな事を言わせたのかい?」
殿下の言葉を聞き終えた私の目からは、自然と一筋の涙が流れ落ちました。
「ーーって……ま、せん……」
嬉しいのか、悲しいのか、自分でもよく理解できない感情が邪魔をして声がうまく出せません。
「わ……私……そんな事……言って……言ってません。私……そんな事……絶対にしません」
流れ落ちる大量の涙、嗚咽がこみ上げ忙しなく鼓動が胸を打つ中、私は必死に声を絞り出します。
信じて欲しいーーただその一点を願って。
「……はい。さっき……二人で、二人で話している時に、そう言われたんです……。なるべく大声で、みんなに聞こえるように、酷い事を言えって……そして、最後は私の顔を打てって……もちろん私は嫌だって……言ったんですけど、ローレライ嬢が……すごく怖い顔で睨むから……怖くって怖くって……それで私……」
ジェシカ様は澄んだ瞳に涙を湛え、その小さく可憐な身体を微かに震わせながらそう言います。
「ーーそれでさっき、君はあんな事を口にしていたのかい?」
「……はい」
「ーーふむ。なるほど……」
と、事細かに事情を聴き終えたキングス殿下は私の方へ視線を送ると、すぐ側まで歩み寄って来ました。
「…………」
私の脳裏にニルヴァーナ公爵邸の薔薇園で行われた、あの日のお茶会の光景が蘇ります。
自分達の都合の良いように事実を、真実を作り変えた、あの時の光景がーー。
そして今、ジェシカ様はーー
あの時のベアトリック様のようにーー
事実を、真実をねじ曲げようとしているーー。
それによって私はこのまま殿下に問い詰められ、周囲を取り囲む全ての人達から非難され、嘘つき呼ばわりされ、想像もできないような罵詈雑言を浴びせられ、この庭園で一人泣き崩れる事になってしまうのでしょう……。
そう思うだけで心の奥底から恐怖が湧き上がり、パニックになってしまいます。
何とか殿下の誤解を解こうとあれこれ考えますが、パニックを起こしているせいでうまく考えがまとまりません。
そうこうしている内に殿下は私のすぐ目の前へと近寄り、うつむく私の顔を覗き込むようにして静かに語りかけます。
「ーー怪我は大丈夫? まだ痛むかい? ローレライ嬢」
「いっ、いえ……もう、平気です」
「そう……良かった」
まさか、まず最初に私の怪我を心配してくださるとは思ってもいなかったので、私としては何だか肩透かしを食らったような気分でした。
その後、殿下はとても言いづらそうに顔をしかめつつ、慎重に言葉を口にします。
「さっきの事なんだが……ジェシカが言うには、君に無理やりあんな事を言わされたと言っているんだ……顔を打ったのも、その……君からの指示だった、と……本当かい?」
「殿下は……殿下はどうお思いなのですか」
本当なら大粒の涙を流しながら殿下にしがみつき、誤解を解く為、必死に言葉を尽くさなければならない場面であるのにもかかわらず、私ときたら何を思ったのかそんな事を口にしました。
「私は……正直、分からない。あんなジェシカの姿は今まで一度だって見た事がないし、あんな事を口にしているのも当然聞いた事が無かった……。だからさっきの行動や発言がジェシカ自身の意思によるものだとはどうやっても思えないんだよ」
まるで悪い夢でも見ているようだ……と、殿下は小さく首を横に振ります。
そんな殿下のお言葉に私自身も同感です。
私の知るジェシカ様はあんな事を口にする筈がありませんし、顔を打ったりする筈がありませんから。
それに先ほどジェシカ様が見せた、悪い夢から覚めたような表情といい……いったい何がどうなっているのか。
ジェシカ様の行動、発言、表情。分からない事ばかりですが、それでも全てが分からない訳ではありません。
理由はどうあれジェシカ様は今、嘘をついてさっきの騒ぎを私のせいにしようとしているんです。
どう反論すれば良いのでしょう、どうやれば身の潔白を証明出来るでしょうか。
「ーーだが、婚約者である私としてはジェシカの言葉を何があっても信じなくてはいけない」
「殿下……」
婚約者としてジェシカ様の言葉を信じる。そんな殿下の誠意に満ちたお言葉に、私は確信します。
きっとーーきっとこのまま全て私のせいにされ、私はこの庭園に集まった皆さんから耐えがたい罵詈雑言を浴びせられてしまうのでしょう。
私はきっと涙を流し、この庭園を後にする事になるのでしょう。そして私が去った後、ジェシカ様は皆さんから優しい言葉をかけられ、庭園には『偽りの聖母』や『卑しい悪女』などの声で溢れかえるのでしょう。
お父様は大丈夫でしょうか。私の父親というだけで皆さんに非難される事になるかもしれませんね。何事もなく家に帰る事が出来ればいいのですが……。
まったく……私って本当にダメですね……いつも周りの人達に迷惑ばかりかけてしまって……もういっその事、私なんてこの世から消えてしまった方がーーーー
「ーーけれど、ローレライ嬢。私はあなたが嘘をついているとは、どうやっても思えないんだ。ほぼほぼ初対面の身ではあるけれど、不思議とそう思う。なぜだろう? 君は人が傷付くような嘘は絶対に言えないって、そう思うんだ。だから、最後にもう一度だけ聞く。本当に君がジェシカにあんな事を言わせたのかい?」
殿下の言葉を聞き終えた私の目からは、自然と一筋の涙が流れ落ちました。
「ーーって……ま、せん……」
嬉しいのか、悲しいのか、自分でもよく理解できない感情が邪魔をして声がうまく出せません。
「わ……私……そんな事……言って……言ってません。私……そんな事……絶対にしません」
流れ落ちる大量の涙、嗚咽がこみ上げ忙しなく鼓動が胸を打つ中、私は必死に声を絞り出します。
信じて欲しいーーただその一点を願って。
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