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終章 私達の物語

17 プライド

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「ーーうるさぁぁぁい!」

 突如、ジェシカ様は頭を抱え大声でそんな事を口にしたのです。

 再び様子が急変したジェシカ様に皆さんの視線が集中します。

「ーーうるさいうるさいうるさいうるさい! どこへ行ってもローレライ、何をしててもローレライ、いつだってどこだってローレライローレライローレライ! みんなして……みんなしてバカみたいに口を揃えてローレライ! ローレライが……ローレライがいったい何だって言うのよ! ローレライなんかただの下層貴族の娘じゃないっ! 私の方が高位な貴族なのにっ! 私の方が綺麗なのにっ! 私の方がみんなに愛されているのにっ! 私は未来の王妃様なのにっ! 私の方が……私の方が……私の方がっーーーー!」

「ーーもういい、やめなさいジェシカ」

「殿下っ! 殿下もローレライの方が良いとおっしゃるんですかっ⁉︎ 婚約者である私より、ローレライの方をお選びになるんですかっ⁉︎」

「やめないかジェシカッ! 見苦しいぞっ!」

「殿……下……」

「ーー少し頭を冷やしなさい。いったいどうしてしまったんだ、君らしくない」

「だって……だってみんなが……」

「ーージェシカ様。皆さんは……この国に住む人々なら誰だって知っています。この国でジェシカ様が一番綺麗で美しいって……。そんなの当たり前なんです。だって、あのジェシカ・ユリアン様なんですから」

「…………」

「今、この瞬間だけは確かに私の事が少し話題になっているようです。でもそれはほんの一瞬の間だけのものなんです。あと数分、数秒もすれば皆さんの意識は別のものへと向いて私の名前なんて二度と聞こえてこないでしょう。でも、それぞれの家に帰り食卓を囲めばジェシカ様の名前は当たり前のように食卓に、屋敷中に飛び交うんです。今日も美しいお姿だった。国の誇りだ。まさに女神様だって……」

「…………」

「私も当然ジェシカ様の事が大好きで、ジェシカ様みたいに綺麗になりたいってずっと思っていました。毎日毎日ジェシカ様のお姿を思い浮かべては胸を高鳴らせていましたし、まるで友人のように振る舞ってくださる事がとってもとっても嬉しくて、恥ずかしくて……私の中でジェシカ様に対する気持ちがどんどんどんどん大きくなっていって……私、いつからかジェシカ様に恋をしていたんだって……ずっと、そう思っていたんです」

「…………」

「私の一番の友人から言われたんです。お嬢様は私の憧れの存在だって……。その友人は私なんかより全然可愛くって素敵なのに、私にそんな事を言ってくれて……私に恋をしていた、とも言ってくれました」

「…………」

「私に対する強い執着心が自身の心を惑わせ、私に恋をしているとーーそう錯覚させた、と」

「…………」

「そして、それはきっと私も同じなんです。同じ年齢の女の子としてジェシカ様みたいに可愛く、綺麗に、可憐に、上品になりたかっただけなんです。永遠に届かない目標であり、終着点であり、憧れーーそのものだったんです!」

「…………」

「ーーけれど、ジェシカ様が私の事を嫌いなのは……分かりました。とても悲しいですけど……仕方ありませんよね……」

「…………」

「…………」

「…………」

「あの……私が……私が変われば……少しだけでも好きになってもらえませんか……? 仲良くなれませんか? 私達……」

「…………」

「だめ……でしょうか……?」

「ーージェシカ。どうなんだい?」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「私はーーーー私一人でいい。半分は嫌。全部じゃなきゃだめ。この国の一番は私だけ。ローレライ、あなたの居場所はここには無い……」

「ーーはぁっ……。まったく今日はいったい何がどうなっているんだ……ジェシカ、君の言った事が本当なら僕達の結婚について、もう一度よく考えなおす必要があるようだね……」

 キングス殿下は肩を竦めてそう言うと、踵を返しジェシカ様の側から離れていきます。

 私はそんなキングス殿下の背中を一目見てから、小さく深呼吸をし決心をします。

 私も殿下と同じように、

 大好きだった、憧れだった、最愛のジェシカ様と決別しなくてはーー。

「……今まで……ありがとうございました……」

 そう呟いて、私も踵を返しジェシカ様の側から離れます。

 一歩、また一歩と歩くたびにジェシカ様と過ごしたほんの僅かな記憶が私の脳裏にゆっくりと浮かんでは消えていきます。

 ずっとーーずっと遠くから眺めていた憧れの存在。

 ジェシカ様みたいになりたくて、いつも鏡の前でため息をついていましたっけ……。

 仲良くなれて、嬉しかったな。

 もっと仲良くなりたかったな。

 もっと、ずっと側に居たかったな……。

 なんで……嫌われちゃったのかな……。

 考えれば考えるほど次第に感情が高ぶり、涙が込み上げます。

 思い返せば私っていつも泣いてばかりですね。アシュトレイ様から婚約を破棄されたあの時から今日まで、いったい何度泣いた事でしょう。

 もっと言えば、その前からでしょうか。

 いい加減、すぐ泣くのも止めなくてはいけませんね。

 私も、もう大人なんですから。

 そう思い、込み上げる涙を拭い空を見上げると西の森から飛んできたのであろうシンクロバードの群れが真っ直ぐこちらに向かって飛んできている事に気付きました。

 すごい数です。群れのリーダーのわずか後方には数百羽ほどのシンクロバードが翼を広げ空を滑空しています。

 これほどの大きな群れは珍しく、私も見るのは初めてです。

 シンクロバードに気付いた他の方々が空を見上げ、次々と驚きの歓声をあげます。

 私も空を飛べたら、あの自由な空を飛び回れたらどれほど……。









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