グレーな聖女の備忘録〜国や家族の歴史とかって本当に大切なんだからきちんと後世に伝えてよね!

清水花

文字の大きさ
4 / 19

3 騎士団長デイル

しおりを挟む
 今日という日は栄えある我がハイランド王国にとって建国の日、並びに《悪魔の怒り》と呼ばれる国を襲った災厄の訪れ以来の非常に重要な節目の一日となる。
 なぜならそれは、我が騎士団が忠誠を誓う《奇跡の聖女》との決別の日だからである。
 普段であれば一度忠誠を誓ったものに対し、それを取り下げるような行為は絶対にあってはならない。
 まして、その対象が女性ともなれば尚のことである。
 だが、たとえ不本意であれ今日という日に残念ながらそれは実現してしまう。
 そうなってしまった原因は端的に言って《奇跡の聖女》を良しとしないごく僅かな連中が原因だ。
 奴らは聖女を信じる人々を言葉巧みに籠絡しては《奇跡の聖女》に対する疑念や不信感といったものを的確に確実に人々の胸の中で大きく成長させていった。
 それからしばらくすると、街中では『我々はみんな騙されていた』や『国の財産を食い荒らす悪女』や『国を騙し続けた悪魔の一家』などの良くない噂が僅かだが流れ始めた。
 当然そんな噂は誰も信じなかったし相手にもしなかったのだが、中には信じてしまう人もいたようで街中は一時期混乱状態が続いていた。
 中でも当初より《奇跡の聖女》を疑っていた連中の狂気っぷりは側から見ていて正直恐怖を抱くものがあり、今後未曾有の大パニックが発生するのではないかと騎士団一同、肝を冷やす日々が続いた。
 護るべき対象が徒党を組んで国中で暴れ出してしまったのでは、我々騎士団はどうする事も出来ないからな。
 王都内はいつ大混乱になるとも限らないそんな非常に危険な状態であったが、そんな中で下された我が主君の決断と発言は我々の度肝を抜く驚くべきものであった。

『民の声をなによりも尊重し、必要であれば聖女とその一家を国外追放とするーー』

 ハイランド国が永きに渡って心の拠り所としてきた神の化身ともされるホーリーズ家を国外追放にすると、そう言い出したのだ。
 正直私は戸惑った。永きに渡りこの国を護ってきた聖女とその一家を、民が望む事だからといって国外へ放り出すような事をしてしまって本当にいいものかと……。
 私同様、騎士団全員が主君のその判断に困惑したが、あちこちから上がり始めた人々の歓喜の声と勢いに我々騎士団もただ黙っている事しか出来なかった。
 そしてその次の日には国民全てを対象としたアンケート調査が行われ、ほどなくして《奇跡の聖女》の国外追放が正式に決定した。
 それからわずか二日経った先日の事、善は急げとばかりに王太子であらせられるリチャード殿下が《奇跡の聖女》とその一家、ホーリーズ家の住まう屋敷を訪れアンケート調査の結果をもとにハイランド王国とホーリーズ家の今後のあり方について対談の場が設けられた。(対談とは言っても結果だけを通告する一方的なものであった)
 その日、殿下と共にホーリーズ家の住まう屋敷を訪れていた私は開け放たれたドアから聞こえてくる現聖女ーーセシリア・ホーリーズのその毅然とした発言に少なからず心を揺さぶられた。
 突然の殿下のご訪問、並びにホーリーズ家の国外追放というあまりに突飛な申し出に、普通ならもっと驚いたり取り乱したりするのが一般的な反応だと私は思うのだが、セシリア・ホーリーズは妙に落ち着き払っていてまるでこうなる事が最初から分かっていたようだったのだ。
 遥か昔の言い伝えが本当なら、今日に至るまで気の遠くなるほどの歳月をその身を挺してこのハイランド王国を守ってきたという事になる。そんなホーリーズ家の人間からしたら、自分達を国から追い出すというのはあまりにバカげた事であり、飼い犬に手を噛まれるどころの騒ぎではない筈だ。
 恩を仇で返すという言葉でさえ、その言葉に含まれる重量がいささか足りない気がしてしまうくらいだ。
 なのに、なのにだ。
 糾弾される現聖女のセシリア・ホーリーズもさることながら、ホーリーズ家の誰一人反論する事もなくただ静かに殿下の申し出を聞いているだけなのだ。
 怒りを露わにするでもなく、取り乱す訳でもなく、ただ静かに事の成り行きを見守っている。
 悪事が明るみに出て覚悟を決めたからこその落ち着きようなのか、聖女など不要と傲り高ぶった我々を哀れんでいるのか、剣を片手に戦う事しか出来ない私には到底分からない事だ。
 それでも、そんな私にもひとつだけ分かる事がある。
 これから先、このハイランド王国がどのような道を歩もうとも我々騎士団はその命尽きるまで人々を守り続けるという事だけだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

傷物の大聖女は盲目の皇子に見染められ祖国を捨てる~失ったことで滅びに瀕する祖国。今更求められても遅すぎです~

たらふくごん
恋愛
聖女の力に目覚めたフィアリーナ。 彼女には人に言えない過去があった。 淑女としてのデビューを祝うデビュタントの日、そこはまさに断罪の場へと様相を変えてしまう。 実父がいきなり暴露するフィアリーナの過去。 彼女いきなり不幸のどん底へと落とされる。 やがて絶望し命を自ら断つ彼女。 しかし運命の出会いにより彼女は命を取り留めた。 そして出会う盲目の皇子アレリッド。 心を通わせ二人は恋に落ちていく。

処理中です...