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4 アゼル・トワイライト
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セシリア・ホーリーズ。
《奇跡の聖女》の末裔にして、現在このハイランド王国を守護する現役の聖女。
人類の母たる女神の化身であり、そしてーーーー愛する私の婚約者。
それが私にとってのセシリア・ホーリーズという人物その全てだ。
彼女と初めて会ったのは私がちょうど十歳の誕生日を迎えた次の日のことだった。
その日は心を奪われるほどによく澄んだ青空模様でいて、何かしら良い事が起こるのではないかと小さな胸を高鳴らせた事は今でも鮮明に覚えている。
そんな中、町中ではずいぶんと慌ただしい空気が漂っていた。
町を忙しなく行き交う大人達が話しているのを盗み聞きしてみると、どうやら聖女様のお子様が今日でめでたく十歳の誕生日を迎えるとの事だった。
だから今日はお子様のお披露目も兼ねて、盛大なお祝いのパーティーを開くらしい。
だから町の人々はこれほどまでに慌ただしいのだ。
先日、自分が十歳の誕生日を迎えた時にはこれほど町中は騒がしくなかったのに、この違いはいったい何だろう? と子供ながらに不思議に思った。
そのまま私は両親に手を引かれ、二人の妹と共に聖女様の暮らす屋敷の庭園へと向かった。
庭園は多くの人々でごった返していて、幾重にも重なった人の壁がうねっているのを見て少し怖くなった。
私達はなるべく庭園の隅の方へと移動して、家族五人身を小さくして聖女様が姿を現すのをただひたすらに待った。
それからしばらくすると私達から遠く離れた人々が何やら騒ぎだした。ちょうど聖女様の暮らす屋敷のすぐ近くにいる人々だ。
その騒ぎはまるで連鎖するように庭園全体へと一気に広まっていき、すぐに私達家族もその騒ぎの中へと巻き込まれる形となった。
「ーーーーあれが聖女アグネス様のお子様、セシリア様か。なんとお美しいお姿だ……」
そんな声が辺り一面から聞こえ始め、私もその姿を一目見ようと父親に抱えられ人混みの中からようやく頭ひとつ抜け出したその瞬間ーー私は奇跡を目の当たりにした。
そこには本当にいたのだ。女神様が。
女神様の姿をこの目でとらえた瞬間から、どうやら私は今ある世界の中から放り出されてしまったようだった。
辺り一面の喧騒が次第に音をなくし、両手を掲げ拍手を送る人々の風景が歪みを生み、当たり前にあった筈の時間の流れに追いつけなくなった。私の周りを取り巻いていた現実が何かしらの理由でその法則が破壊されてしまったようだ。
全てが、ゆっくりと、消え失せてーーいくようだった。
否。
消えていくというのはあくまでも私の周辺の景色や人々であって、厳密には私と彼女だけが残っていた。その世界には。
何もかもが歪み混ざり合い消えていく世界で私と彼女だけがどうにか個体としてのその本来の形を保ったままだった。
そんな中にありながら、私と彼女の視線はなぜだか確かに繋がっていた。
時間にしてわずか数秒、私が迷い込んでしまったそんな奇妙な世界もどうやら終焉を迎えたようで、周りの全てがもとの形を取り戻し始めた。
ゆっくりとゆっくりと時間をかけて、それまで忘れてしまっていた自分の本来の姿を取り戻すように。
次に瞬きをした時には世界は依然となんら変わらない形を取り戻していた。歓喜の声。盛大な拍手。全てーー。
呼吸する事を忘れていた私は肺一杯に酸素を吸い込み、遠くに見える美しい彼女の姿をまぶたの裏にーーまたは眼球の奥底へと焼き付けた。
それから数年が経って、幸運にも親交を深める事が出来た私達は交際を始め、互いの両親にも祝福され婚約するに至った。
私達は一歩一歩近付いてくる幸せの足音に耳を澄まして、いずれ訪れる私達の明るい未来について多くを語り合った。
手を繋ぎ、何があってもこの手は離さないと誓いあった。
今思えば、そんな幸せな日々に酔いしれ周りが全く見えていなかったのかもしれない。
一歩一歩ゆっくりと歩み寄ってくる、私達の幸せな未来の足音。そのすぐ背後には、私達を引き裂かんとする残酷な運命が迫っていたのだから。
《奇跡の聖女》の末裔にして、現在このハイランド王国を守護する現役の聖女。
人類の母たる女神の化身であり、そしてーーーー愛する私の婚約者。
それが私にとってのセシリア・ホーリーズという人物その全てだ。
彼女と初めて会ったのは私がちょうど十歳の誕生日を迎えた次の日のことだった。
その日は心を奪われるほどによく澄んだ青空模様でいて、何かしら良い事が起こるのではないかと小さな胸を高鳴らせた事は今でも鮮明に覚えている。
そんな中、町中ではずいぶんと慌ただしい空気が漂っていた。
町を忙しなく行き交う大人達が話しているのを盗み聞きしてみると、どうやら聖女様のお子様が今日でめでたく十歳の誕生日を迎えるとの事だった。
だから今日はお子様のお披露目も兼ねて、盛大なお祝いのパーティーを開くらしい。
だから町の人々はこれほどまでに慌ただしいのだ。
先日、自分が十歳の誕生日を迎えた時にはこれほど町中は騒がしくなかったのに、この違いはいったい何だろう? と子供ながらに不思議に思った。
そのまま私は両親に手を引かれ、二人の妹と共に聖女様の暮らす屋敷の庭園へと向かった。
庭園は多くの人々でごった返していて、幾重にも重なった人の壁がうねっているのを見て少し怖くなった。
私達はなるべく庭園の隅の方へと移動して、家族五人身を小さくして聖女様が姿を現すのをただひたすらに待った。
それからしばらくすると私達から遠く離れた人々が何やら騒ぎだした。ちょうど聖女様の暮らす屋敷のすぐ近くにいる人々だ。
その騒ぎはまるで連鎖するように庭園全体へと一気に広まっていき、すぐに私達家族もその騒ぎの中へと巻き込まれる形となった。
「ーーーーあれが聖女アグネス様のお子様、セシリア様か。なんとお美しいお姿だ……」
そんな声が辺り一面から聞こえ始め、私もその姿を一目見ようと父親に抱えられ人混みの中からようやく頭ひとつ抜け出したその瞬間ーー私は奇跡を目の当たりにした。
そこには本当にいたのだ。女神様が。
女神様の姿をこの目でとらえた瞬間から、どうやら私は今ある世界の中から放り出されてしまったようだった。
辺り一面の喧騒が次第に音をなくし、両手を掲げ拍手を送る人々の風景が歪みを生み、当たり前にあった筈の時間の流れに追いつけなくなった。私の周りを取り巻いていた現実が何かしらの理由でその法則が破壊されてしまったようだ。
全てが、ゆっくりと、消え失せてーーいくようだった。
否。
消えていくというのはあくまでも私の周辺の景色や人々であって、厳密には私と彼女だけが残っていた。その世界には。
何もかもが歪み混ざり合い消えていく世界で私と彼女だけがどうにか個体としてのその本来の形を保ったままだった。
そんな中にありながら、私と彼女の視線はなぜだか確かに繋がっていた。
時間にしてわずか数秒、私が迷い込んでしまったそんな奇妙な世界もどうやら終焉を迎えたようで、周りの全てがもとの形を取り戻し始めた。
ゆっくりとゆっくりと時間をかけて、それまで忘れてしまっていた自分の本来の姿を取り戻すように。
次に瞬きをした時には世界は依然となんら変わらない形を取り戻していた。歓喜の声。盛大な拍手。全てーー。
呼吸する事を忘れていた私は肺一杯に酸素を吸い込み、遠くに見える美しい彼女の姿をまぶたの裏にーーまたは眼球の奥底へと焼き付けた。
それから数年が経って、幸運にも親交を深める事が出来た私達は交際を始め、互いの両親にも祝福され婚約するに至った。
私達は一歩一歩近付いてくる幸せの足音に耳を澄まして、いずれ訪れる私達の明るい未来について多くを語り合った。
手を繋ぎ、何があってもこの手は離さないと誓いあった。
今思えば、そんな幸せな日々に酔いしれ周りが全く見えていなかったのかもしれない。
一歩一歩ゆっくりと歩み寄ってくる、私達の幸せな未来の足音。そのすぐ背後には、私達を引き裂かんとする残酷な運命が迫っていたのだから。
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