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エピソード・オブ・お嬢ちゃん

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 あれから数十分が経った。
 
 大樹の中にある素敵で幻想的なアリシアの家では、その雰囲気を台無しにするように誰彼かまわず喋りまくる事態に陥っていたし、主人公たる俺も何とかツッコミを間に合わせようと必死だった。だけども、感情がピーキーで掴みどころのないワイルドなお父さんや、心を震わすワードに我を忘れて暴走する少年や、多感な年頃特有の悩みを抱え更に父親との確執に悶え苦しみながらも父親譲りのワイルドさで暴れ回るお嬢ちゃんや、がーでぃあんを生業にする感情が豊かで謎すぎる子猫の謎チャレンジに翻弄されて敢え無く両手を挙げて降参した。

 だが、大抵の物事は時間が解決してくれるもので、俺がどうにもこうにも打開できなかったこの現状も時の流れがなし崩し的に解決してくれたらしく、部屋中に響き渡っていたさっきまでの喧騒は嘘のように今は静まり返っていた。

「みなさん……落ち着きました?」

 みんなは俺の目を見てコクリとうなずいた。

 テーブルの隅には相変わらず小さな両前足がちょこんと見えていて『にゃ……あ……にゃ……』と、わずかに聞こえている。

 頑張れ、じろう。

 俺はテーブルの正面に座るアリシアのお父さんにお辞儀してから言う。

「えー。まず、僕の事ですが先ほども言いましたが、名前はタケルと言って勇者として魔王を倒すために冒険しています。で、隣にいるこの子の名前はパティ君。将来立派な騎士になるために僕に弟子入り、というか僕の仲間になりました。それでこの森で修行している際、偶然にも賊に襲われているお嬢さん、アリシアさんと出会いアリシアさんのご厚意で今現在、厚かましくもお宅にお邪魔しているという訳です」

「なるほどな……ワイルドじゃねぇか。そして俺の名前はドイルってんだ」

 ドイルと名乗ったお父さんはやや口角を上げて言う。

 今の話のどこにワイルドさを感じたのかは知らないけれど、ここは黙っておこう。また会話が盛り上がりでもしたら大変だ。

「うん。僕達が駆けつけてすぐ、賊はお姉ちゃんの鞭にやられて逃げだしちゃったから実際のところ僕達は何も手助けしていないんだ。なのにお姉ちゃんはお礼がしたいって言って家に呼んでくれたんだよ」

「なるほど、なら尚の事ワイルドだ」

 確かに、賊を追い払ったあの鞭さばきはワイルドだったが……。

「お父さん。私、もうフード外すよ? いいでしょ?」

「あ?」

 言って、ドイルさんはじろりと俺の顔を見てから、

「ダメだ。こっちのボウズならともかく、こっちの兄ちゃんはダメだ」

 右手を顔の前でぶんぶんと振ってフードを外すのを咎める。

「なんでよ、もうっ!」

「だからそりゃ、お前がエルフの血を引いてるから……」

「エルフの血を引いてたら何なのよ⁉︎ 私が人前でフードを外しちゃいけない理由と何の関係があるの⁉︎」

 ーーーーエルフ⁉︎

 今、サラッとした感じでもの凄いワードが飛び出してきたぞ。

 俺も今回で100回目となる勇者人生を送ってはいるがその実、一度もその存在を見た事がない。

 とある町や村に古くから伝わる言い伝えや伝説として語られる神様クラスに尊い存在。

 ごく稀に『ーーみたいな奴を見かけた』や『雲の切れ間から降りてきた』や『目があった瞬間に消えた』などの目撃談はあるものの今ひとつ真実味に欠けていて、更にエルフの容姿についての証言は身体全体が半透明、大男のような筋骨隆々、魚のようなヒレ、赤い蛇のような髪、5メートル級の身長、目玉が両手にもあった、自分と全く同じ姿だった。など、皆の語るエルフの容姿は見事なほどにバラバラでありその殆どが夢まぼろしとして世間では認識されている。

 ある種の神様であり、妖精であり、未知であり、夢まぼろしであり、人々のロマンであるエルフの存在。

 俺も何度もこの世界に転生しているのだから一度くらいはエルフの存在を見てみたくて、何度か本気で古い文献を読み漁ったり、森や洞窟や山を駆けずり回って探したものだが何の手掛かりも掴めないままに断念した。

 そんな皆の憧れであり、夢であり、ロマンの象徴とも言うべきエルフが今、目の前に?

 いやいや……冗談だろう。この世界の全人間ーーーーいや。全生命体が永きに渡って探しに探した伝説のエルフだぞ? そんな超貴重な瞬間がこんな平凡な日常の中にサラッと現れるなんて。

 世界が破滅するまさにその瞬間、世界は想像を絶する光に包まれ、人々が次に目を開いた時には空を神々しく飛ぶエルフの姿がそこにはあったーーーーとかの方が俄然しっくりくる。

 というか、そうあって欲しい。

 様々な思いが胸を駆け巡るなか、ドイルさんは自身の右手で頭を抑えて、

「あ……やっべ……これ言っちゃダメなんだった……」

 静まりかえった室内には、じろうが床に落ちる音だけが響いた。



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