3 / 17
1巻
1-3
しおりを挟む「ああっ、あッ、もぉ、お願っ……! とめ、てぇ――っ! ああっんっ!!」
「良い声だ――。聞かせてやるのが、少し……惜しいな」
硬くなった胸の先端を口に含まれ、時折、気ままに花芯を強く弾かれれば、理性も思考も最早欠片も残らない。甘い痙攣を抑え切れなくなり、無意識にアーディルの背に回した腕が、服越しに薄らと彼の汗を感じ取って……それが何故だか嬉しくて。
彼が何を言っているかもわからないまま、チカチカと視界が点滅し、意識が遠のき始める。
「ほら。――もう一度」
「きゃうっ、――ッ! ああっ、やっ、んんっ……!」
いきなり速められた動きに、さらに悦楽が深くなり、高まりと共に光の渦が押し寄せる。
高く抱え上げられたままのつま先がきゅっと強く丸まり、ふるふると震え出せばもう――……っ!
「あっあ、ぁああ――っ!!」
迫り来る絶頂の予感に、胎内がきゅううっと彼を締め付ける。
最後、唐突に増やされた三本の指が、一気に最奥の弱い所を押し上げて、ついに私の意識は光の彼方へと飛んだ。
そうしてその後も、夜が白み始めるまで何度も攻め立てられて、幾度も気を失った。
結局、彼の繊細で力強い指先と唇は、余す所なく私の身体を知ったけれど、約束通り私が『彼』を知ることはなかった。
程なくして、私達は周りに正式に『夫婦』であると認められた。
胸元に散る無数の赤い花と、数日間使い物にならなかった足腰と、何よりもあの声によって。
「二人が夫婦になってないの、皆気がついてたよ? 大体ね、こ~~んな華奢なリィナが、アーディルを受け入れた翌日に歩けるわけないって!」
一番仲のいいレイリに、「当然よ」と艶やかに微笑まれて、私は異世界の常識に撃沈する。
こうして偽装夫婦であり、定期的な偽の営みすらある私達の――後戻りできない、不器用な関係が、始まってしまった。
第2章 薬草採取
「リィナー。見つけたよ~~、これでしょ?」
「「でしょー?」」
「ずるいよ、レイリ! あたし達がリィナに見つけてあげたかったのにー!」
ぜいぜいと荒い息の合間に、頭上の岩山から数々の声が降ってくる。
「右足、こっち! 左手は、そこの木を持って!」
そこの木って、どこの木!?
アドバイス通りに、へろへろの腕を伸ばしても、草ばっかりで届く木なんてありゃしない。
足元の小石で滑りつつも、ちょっと開けた岩棚の上に、何とか腰を下ろす。
「ほんっとごめん。もう無理だ~~」
するとその声に誘われるように、岩山の上からぴょこぴょこと様々な年齢の少女達が顔を出した。
「リィナ。大丈夫ー?」
「ここが一番、登りやすいのに『ね~~~~』」
一部の声が重なって聞こえるのは、疲れによる幻聴――ではなくて、双子のマタルとラタルの声。
人の語尾を真似るのが大好きなお年頃の、可愛い幼少組だ。
その横で、長い髪が美しいスィンが、はらはらしたような顔で此方を覗き込んでいる。
『自分達ができることは、年長者も皆できるはず!』
そう無邪気に思っている双子と違って、私が如何に何もできないかを知っているスィンは、これ以上登ってこないようにと必死に声を掛けてくれるけど――、大丈夫!
登れって言われても、もう無理!
汗を拭った首筋に、そよりと吹きつける風が気持ちよくて、胸元のボタンも外す。
あーー。気持ちいい。
「……で、どう? 上にはたくさん生えてる?」
その姿のまま声をかけると、それを見ていたスィンが、ちょっと恥ずかしそうに頷いた。
今私達がいるのは、集落から程近くにある岩山。
ひょいひょいと無造作に小石を置いたように、いくつもの岩山が並んでいる中で、私が果敢に登っているのは四階建てくらいの高さの小さな山だ。
見た目、そんなに酷い絶壁でもない。
ジャングルジムでも登る要領でチビっ子達が駆け上がったのを見て、私も途中まで着いて来たんだけど……山頂へのルートを仰ぎ見て、早々に諦めた。
これ以上は駄目だ。無理しない方がいい。
自分で採取に行ったら、帰りは最悪、私が怪我人という名のお荷物になってしまうだろう。
「ここしばらくは雨が続いてたし、珍しい薬草があったらラッキーだと思ったんだけどなぁ……」
涼しい風に吹かれながら、思わず独りごちる。
在庫が少ない薬草が、この岩山の上に群生してると聞いたから、折角のチャンスだったのに。
どうやら今回は……、いや、今回も。自分で見に行くのは諦めた方が良いみたい。
毎度のことながら、ちょっとへこむ。
エリエの街にいる時はほとんど館から出ない女達も、一旦、遊牧に出れば幕屋の中に篭りっぱなしというわけにはいかない。
水場での洗濯はもちろんのこと、水を汲んだり、木の実を採りに行ったり。時にはヒツジやヤギみたいな小さい動物の放牧までも担当する。
だから遊牧に同行できる女達は、ジャラフィード一族の中でも優秀な人ばかりなんだよね。
幼少組の子達ですら、自分達だけで朝の水汲みや家畜の乳搾り、羊毛を洗ったりする紡績のお手伝いができるのよ。
そんなお手伝いもろくにできない私は、ずっと幕屋の中で薬草と格闘しているんだけど、毎日だとさすがに飽きる。ていうか、煮詰まる。
スケジュール帳のほとんどのページが、もう生薬のことでいっぱいだし、そろそろ現物と見比べないと、違いが分からなくなってきたものも多い。
だから最近は、なるべくレイリ達に付き合って自生している状態の薬草や樹皮・塊根を自分で採取するように心がけていたんだけど……
ちびっ子達でも行ける場所にすら行けないんだもんなぁ。さすがにへこむよね……
溜息をついてから、ふと顔を上げて周りを見渡した。すると視界に入ってきた景色に目を見張る。
それは、ずっと平地にいた私が見ていた景色とは違う、色鮮やかな世界で。
濃淡のついた緑の草原と、遠くに見える赤茶の荒野。
揺れる草木はきらきらと波打ち、水を湛えた湖は、地上に落ちた月のよう。
岩山の傍には、しなやかな四足の黒い影が小さな群れを作り、孤を描く大地をどこまでも澄み切った美しい青空が優しく包む。
神の箱庭のような美しい景色に、一瞬落ち込みかけた気分が、あっさりと浮上する。
「すごい……」
雄大な景色を見るために登ってきた。今日はそれで良いじゃないか。うん、そう思おう。
うじうじ悩んでいても、仕方ない!
そう勝手に自己満足に浸っていると、小鹿のようにしなやかな身体つきのレイリが、薬草を背負った状態で軽々と、私のもとまで下りてきた。
「ほら、だから無理せず下で待っててって言ったのよ」
「ごめん。でもさ。ほら、マタルもラタルも登れてたし、最近、筋肉ついてきたから私も登れるかもって思っちゃったんだよ」
「も~~~。頑張るのは良いことだけど、怪我でもされたら、私アーディルに殺されちゃうわ。『薬師』は本来男の仕事なんだから、無理しないでよ?」
そう言って、レイリは採取した草木を私の目の前に広げてくれる。
赤い実、とがった枝、棘のついた小さな花。こっちの木の実は何だろう。
「どう? リィナ。使えそうなの、ある?」
「うん、ドリスの実の在庫が少なくなってたから助かる。それからカムンの枝も。それから――」
私にできる仕事は多くない。
女の仕事の中でも、力の要らない作業を重点的に、何度もなんっども、練習した。けれど、比較的簡単だと言われた機織りの仕事ですら全うできなかったのは、記憶に新しい。
横糸はこんがらがり、縦糸は何故か切れたし、糸を紡げばでき上がったのは通常の三倍の太さ。
最後は酷い肩こりによる頭痛勃発。その後半日寝込んで、いろんな意味で最悪だった。
でも……情けないとはわかっているけど、こうして目的の植物を摘んできてもらった後は私の出番。
「こっちの果皮はまだ少し青いかな。生薬にするにはあと二日くらい待たないと成分が薄いかも。それからこの樹皮は白い方が使える。茶色はもう傷んでて駄目。あと……」
二人に簡単に説明しながら、生薬になるものとならないものを、慎重に地面に分別していく。
集落の女性が一家の母となった時に扱う『薬』は香辛料までだから、料理として口にしない生薬は、彼女達は全くもって分からない。
異世界人だからということで大目に見てもらってても、やはり『妻』となれば、それなりに立場や役割がある。
アーディルや周りの皆が優しくても、街の人間から「ただの役立たずの嫁なんて王宮へ連れて行け!」と言われる危険性は今後も付いて回るんだよね。
だから必死にアーディルの手伝いをして、ようやっと今、街の人間にも何とか『見習い薬師』と認めてもらえる程度にはなってきた。
こちらの世界に、女性の薬師は本来いないけど、アーディルがいない時に、風邪薬なんかをすぐに調合できるようになれば、私もただのお荷物ではなくなる。
男の人には話しにくくて、症状を悪化させやすい婦人科の薬は、特に意識して覚えたりとかね。
――ここに残るために、やれることは全部やっておかないと。
男女の仕事が明確に分けられているこの国で、本当の薬師になれるかは分からない。でも。
橋田梨奈。二十四歳、元OL。
異世界で偽装結婚して、現在、薬師の猛勉強中です。
***
「とうちゃーーーく!」
選別した草木を持って、何とか岩山を降りる。すると、背の低い木の足元からひっそりと私を見つめる小さな影が、うるうるとした目で待っていた。
「おまたせ、ハニー。寂しかった?」
顔を両手で持って目を見てから、その小さな身体をうぎゅーと抱きしめる。
ん~~。可愛い!
私の可愛い『ハニー』の正体。それは馬に乗れない私に貸してもらった、こげ茶色のロバ!
身体が小さくて役に立たないと、名前さえもらえなかった仔だけど、私の大事な大事な相棒だ。
馬で走るのを見るのは、とても好き。
こちらの世界に来て初めて、馬がこんなに大きく、そして綺麗なものだと知ったよ。
とはいえ一人で馬に乗るどころか、ブラシをかけることすらできない私としましては、皆の遊牧に徒歩でついて行くわけにも行かない。
相乗りはレイリなんかと時々させてもらうけど、いきなり走り出されたりすると、ほんっとに怖い。
人間の頭ひとつ分くらいの高さを、簡単に上下するんだよ!?
しかも、もんのすごい筋肉痛があとから襲ってくる。
結果、ちーーさな子供達が、練習で乗るロバを借りているんだ。
持ってきた薬草を二つに分けて、ハニーの横にしっかりとくくりつける。
馬と違ってそんなに速くは走れないけど、とてとてとした小走りぐらいが私にはちょうど良いし、何より力持ちだから、私が使う程度の荷物ならしっかり運んでくれる。
スリムで力強い馬の横を、小さな身体の割に大きな顔の、幼児体系のロバがチマチマ歩いているのは、本当に可愛いよ。
そんな可愛いハニーに、岩山の途中で取ってきた未熟成の小さな果実をご褒美でいくつかあげていると、レイリが「それ、どうするの?」と、聞いてきた。
「どうするって?」
「その実、完熟するの明日か明後日くらいだよね。また採りに来るなら、他の準備もしておくよ?」
言いながら、レイリは馬の荷袋から兎取り用の小さな罠を取り出した。
もし近日中に再訪するなら、兎や砂穴熊を狙って仕掛けるつもりみたいだ。
「あ~~…」
どうしようかな。
「うん。確かに欲しいんだけどさ。完全に色付いた果実の大半は、鳥にとっても食べ頃だし、次に来る時はきっともうなくなってるよね?」
本来もっと高い岩山の上に生えてるはずの実が、ここに群生していたのは、鳥達のおかげ。
他所で食べた果実の種が、鳥の糞などを経由して運ばれたからなわけだけど、逆を言えば、鳥達の縄張りであるこの山に採りに来た時には、もう全部なくなってましたってことも、ありえるのよね。
「じゃあ、リィナのスカーフ薄いから、これを上にかけておいたら? それなら鳥も食べないだろうし、完熟したのを見計らって、私が採ってあげる。完全に赤くなれば良いのね?」
そのまま、首からスカーフを外される。
確かにこのスカーフはかなり薄い生地だし、色も濁った茶色で鮮やかじゃないから、鳥達に狙われにくいかも。そう思案していると、
「リィナは来ないでしょう? 当日は無理せず、集落で待っててね」
当たり前のように優しく笑うレイリ達。……んん?
「なんで? 私ももちろん一緒に行くよ?」
すると、スカーフを持ってもう一度岩山に駆け上ろうとしていたレイリとスィンの二人が、顔を見合わせた。で、さらりと爆弾を投下。
「だってリィナ。今夜アーディルと仲良しでしょ?」
「そうだよ。無理しないで、リィナ」
ちょ、ちょっとまって!!
何で『そのこと』を知ってるのかと軽くパニックになる私に、二人がきょとんと小首を傾げる。
「え。だって間隔的に、そろそろでしょう?」
「――っ……!?」
パフォーマンスのための行為は、いまだに続いている。
だからアーディルと、その……いたしていると、知られてることはおかしくない。
でも何で、二人でこっそり決めた周期までばれてるの!
赤くなって、口をパクパクする私に、二人はできの悪い子供を諭す顔になった。
「翌朝のリィナは大抵動けないし、その日は一日ぼうっとしてるでしょう? すぐ分かるよ」
「それにこの間はリィナ、月のものでアーディルと仲良しできなかったし、旦那様にそこまでの我慢をさせてはいけないわ」
可憐なスィンまでがふるふると首を横に振るのを見て、あえなく撃沈。
思わず顔を赤くして、ハニーの横にしゃがみ込む。
確かに集落の一日は、男も女もしっかりとスケジュールが決まっているから、そこから外れがちなアーディルと私の動きはすごく目立つ。
例えば朝は、日の出とともに起き出して、女が集落全員分の朝食の支度をしながら、家畜のミルクを絞るところから始まる。朝食後には、男達が家畜を牧草地へ連れて行き、合間に狩りをしながら、必要があれば市場に買い出しに行く。
その間に女達は乳製品や保存食を作ったり、紡績、機織り、木の実の採取。水場が遠い時は、子供と一緒に水汲みに出かけることもある。
日暮れ前には男達が戻るから、それまでに夕飯準備が始まって、最後に一同揃って夕食を取りながら報告会が行われ一日が終了する。
――ハイ。そうです。
急患や薬草採取に朝から出かけるアーディルはともかく、こんな生活の中で、昼近くまで動けない私が目立たないわけがない。
「リィナが来る前のアーディルは、遠方の薬草採取や診察で何日も帰ってこないことも珍しくなかったのに、今は絶対早く帰ってくるでしょ? 仲良しする日は、特に早く帰ってくるから、リィナも頑張らなきゃ」
そう言って、慈愛の笑みを浮かべる二人。
さすがにこれは、いたたまれない。慌てて弁解を試みる。
すると双子の妹達の相手をしていた、おしゃまでお転婆娘のお姉ちゃん・クィッタまでもが、
「あたしも薬草取りのお手伝いするから、リィナはアーディルのお世話しなきゃ駄~目!」
と、口を挟んできた。
いやいやいや! ちょっとこれは子供に聞かせて良い話じゃないよ!?
「大人の話だからね! あっちで、ラタルとマタルと遊んでてね」
慌ててクィッタの背中を押してごまかそうとする。
「わかってるよ! リィナはアーディルと赤ちゃん作らなきゃいけないんでしょ?」
頼む。ちょっと待ってくれ。
特大の爆弾におたおたする私に、クィッタは腰に手を当てたおしゃまな格好で顎を上げる。
「リィナ。あたしもう十歳のお姉さんよ? 子ども扱いしないで!」
「えと、あのね……。うん、確かに私は、アーディルのお世話してるよ? 大丈夫。大丈夫」
多分『お世話』の意味するところが分かってないのだろう。
赤ちゃん=コウノトリくらいの発想のはずの年齢のクィッタに、冷や汗をかきながら必死の弁明。でも――
「もしかしてリィナは異世界人だから、動物のと一緒じゃないの? 馬や羊の交尾と何か違うの?」
年端も行かない子供から直接的な発言が出て、もう言葉もない。
ぶすぶすと煙を上げる頭を抱え込む。
「さ。クィッタ。帰る支度をするから、マタルとラタルと一緒に馬にお水をあげて頂戴?」
私の様子を見かねたスィンが苦笑いし、子供達の背を押して向こうに連れて行ってくれる。
助かったけど、それにしても――
「ありえないでしょ……ぉ」
出てきたのは我ながら疲れ切った声だった。
「まぁまぁ。クィッタはリィナのことが大好きなのよ。だから、あの子なりに心配してるの」
心配? なんで?
すると、レイリはいつもの明るい華やかな表情を、ちょっと困ったものに変えて言う。
「子供ができなかったら、リィナが一族から出て行っちゃうんじゃないかって」
「あぁ……」
確かに子供ができなければ、結婚生活は三年で解消される。
私達の場合、子どもなんてできるわけないから、クィッタの読みは正しい。
子どもにしか見えない何かって、やっぱりあるのかもしれないな。
思わず黙り込む私に、レイリが取り成すように明るく笑う。
「大丈夫だって! 寒くなれば家に閉じ篭る日が多くなるし。アーディルだってきっともっと可愛がってくれるよ。確かにあの子が心配するくらい、回数少ないでしょう?」
「あはははは……」
えっと。そうですか。一週間に一~二回のペースって、少ないですか。
しかも、この頻度で必ず明け方近くまでですよ?
男だけじゃない。お淑やかで男の後ろから決して出ないような女達も、また体力魔人のこの世界。セックスレス大国の日本人が敵うわけがない。
でも、これ以上増やしたら、私。
虹の雨を見る前に、三途の川でも見れそうです。
***
「ふぁ、ぅ……っ」
溢れた吐息が、ひっそりと夜の空気を震わせる。
ひくひくと震える背中をゆっくりと撫で上げる、無骨なアーディルの手。
剥き出しになった首筋に感じる、少し熱い吐息。
首筋に顔をうずめていた彼の髪に、そっと両手を差し込むと、アーディルがちりりと首に刻印をきざんでから顔を上げる。
これが『お前のキスを強請る仕草』だと指摘されたのは、どれくらい前の夜だろう。
「んっ……う」
言葉にする必要もなく、キスで柔らかくなった私の唇を、熱い舌先がこじ開けるように進入し、力の抜けた私の舌を柔らかく絡め取る。
先ほど達したばかりの甘い余韻に浸る身体には、キスが一番気持ち良い。
「ふっ……んんぅ」
幕屋に響く、濡れた音。
絡み合うほどに、力が抜けてくたりとなった口腔から、飲み込めなかった唾液が溢れる。
私は上体を起こしたアーディルの上に向き合って座ったまま、幾度も口づけを繰り返す。
壁のタペストリーにはそんな二人の姿が、チラチラと揺れる炎に照らされて、淡く大きく映し出されていた。
「リィナ」
「ん――……」
キスの合間に名を呼ばれ、柔らかくゆっくりと乳房を揉まれる。性急な快楽で私を追い上げる時と、熾き火のような緩やかな愛撫を施す時の緩急が、アーディルは本当に上手い。
やっぱり人を「みる」のが仕事だからかな……
後頭部に回された手にくったりと身体を預けて、ゆっくりとキスを堪能する。
唾液に甘さなんてないはずなのに、何故だかアーディルとのキスは、本当に甘い感じがするから不思議だ。
甘くて、熱くて、優しくて。
普段のアーディルからは、全然想像ができないよ。
そんな彼の熱さを受け止めながらも――、ざらりとした感触に、ふいに小さく眉が寄る。
ごわごわと感じる彼の毛織物の服の感覚は、嫌いだ。
なんだか蕩け切った身体に、冷たい隙間風を差し込まれたような気持ちになる。
それを振り払うように、彼の首にしっかりと両腕を回すと、さらにざらりとした感触が肌の上を滑って、面白くない。
――ああ、もう!
モヤモヤした気持ちを忘れたくて、もっともっととキスを強請る。
すると、腕の中からぼそりと一言。アーディルが呟いた。
「お前……、本当にキスが好きだな」
指摘されたことが面白くなくて、今度は自分から舌を絡ませる。
そんな私の貪欲さにちょっと呆れたように、アーディルが喉の奥で小さく笑う。
「ふ、はぁ……っ」
強請った以上の執拗なキスから解放され、思わず甘い溜息が漏れる。
キスだけで、こんなにくらくらするなんて。
心地よい酩酊感の合間に、滑るように肩口に唇を落とされれば、再びチリリとした紅い華の痛み。肩口から首筋に上がって、そのまま胸元にまで――
まるで「今日もノルマを達成しました」と言わんばかりに、周りに知らしめるためにつけるキスマークを邪魔するわけにはいかない。
それでも、いつつ、むっつと増えるキスマークに、くすぐったさもついに限界。
もう良いだろうと、彼の耳元で小さく声をかけた。
「ね。今日は、もうそろそろ終わろ。アーディル」
まだ、いつもよりずっと早い時間。普段と変わらない様子のアーディルが、視線で問いかける。
「……終わっていいのか?」
「うん」
今日は岩山に登ったから疲れているんだ。
そう説明しようとして、今日は遠方へ行ったこと、アーディルも知っているかと思い直す。
クイッタ達が、西の岩山にもリィナ登れなかったんだよ~! と騒いでいたのは記憶に新しい。
「今夜は言い訳が立つから……、無理して朝まで演じる必要、ないよ?」
彼の肩口にぽてりと顎を乗せたまま説明する。
だって、いつだって気持ち良いのは私だけ。
キス以上を求めないアーディルは、この偽りの日課にメリットなんてない。
だから気を遣ってそう言ったのに――
「本当に?」
「ひゃっ!」
ふいにアーディルの長い指が胎内に浅く潜り込み、赤く色づいたままの胸の先も軽く摘まれる。
「まだ中では一度しか達していない。ここでやめて良いのか?」
ちょっ、やっ! いきなり過ぎるよっ!
抗議の声を上げる間もなく。わざと濡れた音を立てるように、くちゃりと中をかき混ぜられる。
突然に動かされた指先に、淫らな身体は貪欲に反応を返し、ふるふると浅ましく快楽を求めて太股が震え出す。
「アーディっ――あっあっ、あんっ……ゃああっ!」
まだ足りないだろう?
そう言わんばかりに、いい所を擦られ、指を二本に増やされる。
足を閉じようとしても、アーディルの上に跨るようなこの体勢じゃ、彼の行動を制限できない。
ずんっと甘く切ない感覚に、目の前がちかちかして、急速に理性の箍が外れ始める。
そのままなし崩しに快楽に囚われる――、その瞬間。
突然アーディルがぴたりと手を止めた。
「ぇ、あ……?」
きゅうっっと締め上げる胎内と、強請るように溢れ出す蜜。
彼の肩口に顔をうずめていた私は、どうして良いか分からなくて顔を上げる。
「なぁ……。本当にやめていいのか?」
緻密に性急に、人を快楽の高みへと押し上げるくせに、アーディルはいつもの涼しい顔のままだ。
0
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
