遊牧の花嫁

瀬尾 碧

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1巻

1-3

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「ああっ、あッ、もぉ、お願っ……! とめ、てぇ――っ! ああっんっ!!」
「良い声だ――。聞かせてやるのが、少し……惜しいな」

 硬くなった胸の先端を口に含まれ、時折、気ままに花芯かしんを強くはじかれれば、理性も思考も最早もはや欠片かけらも残らない。甘い痙攣けいれんを抑え切れなくなり、無意識にアーディルの背に回した腕が、服越しにうっすらと彼の汗を感じ取って……それが何故だか嬉しくて。
 彼が何を言っているかもわからないまま、チカチカと視界が点滅し、意識が遠のき始める。

「ほら。――もう一度」
「きゃうっ、――ッ! ああっ、やっ、んんっ……!」

 いきなり速められた動きに、さらに悦楽が深くなり、高まりと共に光のうずが押し寄せる。
 高く抱え上げられたままのつま先がきゅっと強く丸まり、ふるふると震え出せばもう――……っ! 

「あっあ、ぁああ――っ!!」

 迫り来る絶頂の予感に、胎内がきゅううっと彼を締め付ける。
 最後、唐突に増やされた三本の指が、一気に最奥さいおうの弱い所を押し上げて、ついに私の意識は光の彼方かなたへと飛んだ。
 そうしてその後も、夜が白み始めるまで何度も攻め立てられて、幾度も気を失った。
 結局、彼の繊細せんさいで力強い指先と唇は、余す所なく私の身体を知ったけれど、約束通り私が『彼』を知ることはなかった。


 程なくして、私達は周りに正式に『夫婦』であると認められた。
 胸元に散る無数の赤い花と、数日間使い物にならなかった足腰と、何よりもあの声によって。

「二人が夫婦になってないの、皆気がついてたよ? 大体ね、こ~~んな華奢きゃしゃなリィナが、アーディルを受け入れた翌日に歩けるわけないって!」

 一番仲のいいレイリに、「当然よ」とあでやかに微笑まれて、私は異世界の常識に撃沈げきちんする。
 こうして偽装夫婦であり、定期的なにせいとなみすらある私達の――後戻りできない、不器用な関係が、始まってしまった。



   第2章 薬草採取


「リィナー。見つけたよ~~、これでしょ?」
「「でしょー?」」
「ずるいよ、レイリ! あたし達がリィナに見つけてあげたかったのにー!」

 ぜいぜいと荒い息の合間に、頭上の岩山から数々の声が降ってくる。

「右足、こっち! 左手は、そこの木を持って!」

 そこの木って、どこの木!? 
 アドバイス通りに、へろへろの腕を伸ばしても、草ばっかりで届く木なんてありゃしない。
 足元の小石ですべりつつも、ちょっとひらけた岩棚の上に、何とか腰を下ろす。

「ほんっとごめん。もう無理だ~~」

 するとその声に誘われるように、岩山の上からぴょこぴょこと様々な年齢の少女達が顔を出した。

「リィナ。大丈夫ー?」
「ここが一番、登りやすいのに『ね~~~~』」

 一部の声が重なって聞こえるのは、疲れによる幻聴――ではなくて、双子のマタルとラタルの声。
 人の語尾を真似るのが大好きなお年頃の、可愛い幼少組だ。
 その横で、長い髪が美しいスィンが、はらはらしたような顔で此方こちらのぞき込んでいる。

『自分達ができることは、年長者も皆できるはず!』

 そう無邪気に思っている双子と違って、私が如何いかに何もできないかを知っているスィンは、これ以上登ってこないようにと必死に声を掛けてくれるけど――、大丈夫! 
 登れって言われても、もう無理! 
 汗をぬぐった首筋に、そよりと吹きつける風が気持ちよくて、胸元のボタンも外す。
 あーー。気持ちいい。

「……で、どう? 上にはたくさん生えてる?」

 その姿のまま声をかけると、それを見ていたスィンが、ちょっと恥ずかしそうにうなずいた。
 今私達がいるのは、集落から程近くにある岩山。
 ひょいひょいと無造作に小石を置いたように、いくつもの岩山が並んでいる中で、私が果敢に登っているのは四階建てくらいの高さの小さな山だ。
 見た目、そんなにひどい絶壁でもない。
 ジャングルジムでも登る要領でチビっ子達が駆け上がったのを見て、私も途中まで着いて来たんだけど……山頂へのルートを仰ぎ見て、早々に諦めた。
 これ以上は駄目だ。無理しない方がいい。
 自分で採取に行ったら、帰りは最悪、私が怪我人という名のお荷物になってしまうだろう。

「ここしばらくは雨が続いてたし、珍しい薬草があったらラッキーだと思ったんだけどなぁ……」

 涼しい風に吹かれながら、思わず独りごちる。
 在庫が少ない薬草が、この岩山の上に群生してると聞いたから、折角のチャンスだったのに。
 どうやら今回は……、いや、今回も。自分で見に行くのは諦めた方が良いみたい。
 毎度のことながら、ちょっとへこむ。
 エリエの街にいる時はほとんど館から出ない女達も、一旦、遊牧に出れば幕屋の中にこもりっぱなしというわけにはいかない。
 水場での洗濯はもちろんのこと、水をんだり、木の実をりに行ったり。時にはヒツジやヤギみたいな小さい動物の放牧までも担当する。
 だから遊牧に同行できる女達は、ジャラフィード一族の中でも優秀な人ばかりなんだよね。
 幼少組の子達ですら、自分達だけで朝の水みや家畜の乳搾ちちしぼり、羊毛を洗ったりする紡績ぼうせきのお手伝いができるのよ。
 そんなお手伝いもろくにできない私は、ずっと幕屋の中で薬草と格闘しているんだけど、毎日だとさすがに飽きる。ていうか、煮詰まる。
 スケジュール帳のほとんどのページが、もう生薬しょうやくのことでいっぱいだし、そろそろ現物と見比べないと、違いが分からなくなってきたものも多い。
 だから最近は、なるべくレイリ達に付き合って自生している状態の薬草や樹皮・塊根かいこんを自分で採取するように心がけていたんだけど……
 ちびっ子達でも行ける場所にすら行けないんだもんなぁ。さすがにへこむよね……
 溜息をついてから、ふと顔を上げて周りを見渡した。すると視界に入ってきた景色に目を見張る。
 それは、ずっと平地にいた私が見ていた景色とは違う、色鮮やかな世界で。
 濃淡のついた緑の草原と、遠くに見える赤茶の荒野。
 揺れる草木はきらきらと波打ち、水をたたえた湖は、地上に落ちた月のよう。
 岩山のそばには、しなやかな四足の黒い影が小さな群れを作り、孤を描く大地をどこまでも澄み切った美しい青空が優しく包む。
 神の箱庭のような美しい景色に、一瞬落ち込みかけた気分が、あっさりと浮上する。

「すごい……」

 雄大な景色を見るために登ってきた。今日はそれで良いじゃないか。うん、そう思おう。
 うじうじ悩んでいても、仕方ない! 
 そう勝手に自己満足にひたっていると、小鹿のようにしなやかな身体つきのレイリが、薬草を背負った状態で軽々と、私のもとまで下りてきた。

「ほら、だから無理せず下で待っててって言ったのよ」
「ごめん。でもさ。ほら、マタルもラタルも登れてたし、最近、筋肉ついてきたから私も登れるかもって思っちゃったんだよ」
「も~~~。頑張るのは良いことだけど、怪我でもされたら、私アーディルに殺されちゃうわ。『薬師やくし』は本来男の仕事なんだから、無理しないでよ?」

 そう言って、レイリは採取した草木を私の目の前に広げてくれる。
 赤い実、とがった枝、とげのついた小さな花。こっちの木の実は何だろう。

「どう? リィナ。使えそうなの、ある?」
「うん、ドリスの実の在庫が少なくなってたから助かる。それからカムンの枝も。それから――」

 私にできる仕事は多くない。
 女の仕事の中でも、力の要らない作業を重点的に、何度もなんっども、練習した。けれど、比較的簡単だと言われた機織はたおりの仕事ですらまっとうできなかったのは、記憶に新しい。
 横糸はこんがらがり、縦糸は何故か切れたし、糸をつむげばでき上がったのは通常の三倍の太さ。
 最後はひどい肩こりによる頭痛勃発ぼっぱつ。その後半日寝込んで、いろんな意味で最悪だった。
 でも……情けないとはわかっているけど、こうして目的の植物をんできてもらった後は私の出番。

「こっちの果皮はまだ少し青いかな。生薬しょうやくにするにはあと二日くらい待たないと成分が薄いかも。それからこの樹皮は白い方が使える。茶色はもういたんでて駄目。あと……」

 二人に簡単に説明しながら、生薬しょうやくになるものとならないものを、慎重に地面に分別していく。
 集落の女性が一家の母となった時に扱う『薬』は香辛料までだから、料理として口にしない生薬しょうやくは、彼女達は全くもって分からない。
 異世界人だからということで大目に見てもらってても、やはり『妻』となれば、それなりに立場や役割がある。
 アーディルや周りの皆が優しくても、街の人間から「ただの役立たずの嫁なんて王宮へ連れて行け!」と言われる危険性は今後も付いて回るんだよね。
 だから必死にアーディルの手伝いをして、ようやっと今、街の人間にも何とか『見習い薬師やくし』と認めてもらえる程度にはなってきた。
 こちらの世界に、女性の薬師やくしは本来いないけど、アーディルがいない時に、風邪薬なんかをすぐに調合できるようになれば、私もただのお荷物ではなくなる。
 男の人には話しにくくて、症状を悪化させやすい婦人科の薬は、特に意識して覚えたりとかね。
 ――ここに残るために、やれることは全部やっておかないと。
 男女の仕事が明確に分けられているこの国で、本当の薬師やくしになれるかは分からない。でも。
 橋田梨奈。二十四歳、元OL。
 異世界で偽装結婚して、現在、薬師やくしの猛勉強中です。


   ***


「とうちゃーーーく!」

 選別した草木を持って、何とか岩山を降りる。すると、背の低い木の足元からひっそりと私を見つめる小さな影が、うるうるとした目で待っていた。

「おまたせ、ハニー。寂しかった?」

 顔を両手で持って目を見てから、その小さな身体をうぎゅーと抱きしめる。
 ん~~。可愛い! 
 私の可愛い『ハニー』の正体。それは馬に乗れない私に貸してもらった、こげ茶色のロバ! 
 身体が小さくて役に立たないと、名前さえもらえなかった仔だけど、私の大事な大事な相棒だ。
 馬で走るのを見るのは、とても好き。
 こちらの世界に来て初めて、馬がこんなに大きく、そして綺麗なものだと知ったよ。
 とはいえ一人で馬に乗るどころか、ブラシをかけることすらできない私としましては、皆の遊牧に徒歩でついて行くわけにも行かない。
 相乗りはレイリなんかと時々させてもらうけど、いきなり走り出されたりすると、ほんっとに怖い。
 人間の頭ひとつ分くらいの高さを、簡単に上下するんだよ!? 
 しかも、もんのすごい筋肉痛があとから襲ってくる。
 結果、ちーーさな子供達が、練習で乗るロバを借りているんだ。
 持ってきた薬草を二つに分けて、ハニーの横にしっかりとくくりつける。
 馬と違ってそんなに速くは走れないけど、とてとてとした小走りぐらいが私にはちょうど良いし、何より力持ちだから、私が使う程度の荷物ならしっかり運んでくれる。
 スリムで力強い馬の横を、小さな身体の割に大きな顔の、幼児体系のロバがチマチマ歩いているのは、本当に可愛いよ。
 そんな可愛いハニーに、岩山の途中で取ってきた未熟成の小さな果実をご褒美ほうびでいくつかあげていると、レイリが「それ、どうするの?」と、聞いてきた。

「どうするって?」
「その実、完熟するの明日か明後日くらいだよね。またりに来るなら、他の準備もしておくよ?」

 言いながら、レイリは馬の荷袋から兎取り用の小さな罠を取り出した。
 もし近日中に再訪するなら、兎や砂穴熊を狙って仕掛けるつもりみたいだ。

「あ~~…」

 どうしようかな。

「うん。確かに欲しいんだけどさ。完全に色付いた果実の大半は、鳥にとっても食べ頃だし、次に来る時はきっともうなくなってるよね?」

 本来もっと高い岩山の上に生えてるはずの実が、ここに群生していたのは、鳥達のおかげ。
 他所で食べた果実の種が、鳥のふんなどを経由して運ばれたからなわけだけど、逆を言えば、鳥達の縄張りであるこの山にりに来た時には、もう全部なくなってましたってことも、ありえるのよね。

「じゃあ、リィナのスカーフ薄いから、これを上にかけておいたら? それなら鳥も食べないだろうし、完熟したのを見計らって、私がってあげる。完全に赤くなれば良いのね?」

 そのまま、首からスカーフを外される。
 確かにこのスカーフはかなり薄い生地だし、色もにごった茶色で鮮やかじゃないから、鳥達に狙われにくいかも。そう思案していると、

「リィナは来ないでしょう? 当日は無理せず、集落で待っててね」

 当たり前のように優しく笑うレイリ達。……んん? 

「なんで? 私ももちろん一緒に行くよ?」

 すると、スカーフを持ってもう一度岩山に駆け上ろうとしていたレイリとスィンの二人が、顔を見合わせた。で、さらりと爆弾を投下。

「だってリィナ。今夜アーディルと仲良しでしょ?」
「そうだよ。無理しないで、リィナ」

 ちょ、ちょっとまって!! 
 何で『そのこと』を知ってるのかと軽くパニックになる私に、二人がきょとんと小首をかしげる。

「え。だって間隔的に、そろそろでしょう?」
「――っ……!?」

 パフォーマンスのための行為は、いまだに続いている。
 だからアーディルと、その……いたしていると、知られてることはおかしくない。
 でも何で、二人でこっそり決めた周期までばれてるの! 
 赤くなって、口をパクパクする私に、二人はできの悪い子供をさとす顔になった。

「翌朝のリィナは大抵動けないし、その日は一日ぼうっとしてるでしょう? すぐ分かるよ」
「それにこの間はリィナ、月のものでアーディルと仲良しできなかったし、旦那様にそこまでの我慢をさせてはいけないわ」

 可憐かれんなスィンまでがふるふると首を横に振るのを見て、あえなく撃沈げきちん
 思わず顔を赤くして、ハニーの横にしゃがみ込む。
 確かに集落の一日は、男も女もしっかりとスケジュールが決まっているから、そこから外れがちなアーディルと私の動きはすごく目立つ。
 例えば朝は、日の出とともに起き出して、女が集落全員分の朝食の支度をしながら、家畜のミルクを絞るところから始まる。朝食後には、男達が家畜を牧草地へ連れて行き、合間に狩りをしながら、必要があれば市場に買い出しに行く。
 その間に女達は乳製品や保存食を作ったり、紡績ぼうせき機織はたおり、木の実の採取。水場が遠い時は、子供と一緒に水みに出かけることもある。
 日暮れ前には男達が戻るから、それまでに夕飯準備が始まって、最後に一同そろって夕食を取りながら報告会が行われ一日が終了する。
 ――ハイ。そうです。
 急患や薬草採取に朝から出かけるアーディルはともかく、こんな生活の中で、昼近くまで動けない私が目立たないわけがない。

「リィナが来る前のアーディルは、遠方の薬草採取や診察で何日も帰ってこないことも珍しくなかったのに、今は絶対早く帰ってくるでしょ? 仲良しする日は、特に早く帰ってくるから、リィナも頑張らなきゃ」

 そう言って、慈愛じあいの笑みを浮かべる二人。
 さすがにこれは、いたたまれない。慌てて弁解をこころみる。
 すると双子の妹達の相手をしていた、おしゃまでお転婆てんば娘のお姉ちゃん・クィッタまでもが、

「あたしも薬草取りのお手伝いするから、リィナはアーディルのお世話しなきゃ駄~目!」

 と、口を挟んできた。
 いやいやいや! ちょっとこれは子供に聞かせて良い話じゃないよ!? 

「大人の話だからね! あっちで、ラタルとマタルと遊んでてね」

 慌ててクィッタの背中を押してごまかそうとする。

「わかってるよ! リィナはアーディルと赤ちゃん作らなきゃいけないんでしょ?」

 頼む。ちょっと待ってくれ。
 特大の爆弾におたおたする私に、クィッタは腰に手を当てたおしゃまな格好であごを上げる。

「リィナ。あたしもう十歳のお姉さんよ? 子ども扱いしないで!」
「えと、あのね……。うん、確かに私は、アーディルのお世話してるよ? 大丈夫。大丈夫」

 多分『お世話』の意味するところが分かってないのだろう。
 赤ちゃんイコールコウノトリくらいの発想のはずの年齢のクィッタに、冷や汗をかきながら必死の弁明。でも――

「もしかしてリィナは異世界人だから、動物のと一緒じゃないの? 馬や羊の交尾と何か違うの?」

 年端としはも行かない子供から直接的な発言が出て、もう言葉もない。
 ぶすぶすと煙を上げる頭を抱え込む。

「さ。クィッタ。帰る支度をするから、マタルとラタルと一緒に馬にお水をあげて頂戴?」

 私の様子を見かねたスィンが苦笑いし、子供達の背を押して向こうに連れて行ってくれる。
 助かったけど、それにしても――

「ありえないでしょ……ぉ」

 出てきたのは我ながら疲れ切った声だった。

「まぁまぁ。クィッタはリィナのことが大好きなのよ。だから、あの子なりに心配してるの」

 心配? なんで? 
 すると、レイリはいつもの明るい華やかな表情を、ちょっと困ったものに変えて言う。

「子供ができなかったら、リィナが一族から出て行っちゃうんじゃないかって」
「あぁ……」

 確かに子供ができなければ、結婚生活は三年で解消される。
 私達の場合、子どもなんてできるわけないから、クィッタの読みは正しい。
 子どもにしか見えない何かって、やっぱりあるのかもしれないな。
 思わず黙り込む私に、レイリが取り成すように明るく笑う。

「大丈夫だって! 寒くなれば家に閉じこもる日が多くなるし。アーディルだってきっともっと可愛がってくれるよ。確かにあの子が心配するくらい、回数少ないでしょう?」
「あはははは……」

 えっと。そうですか。一週間に一~二回のペースって、少ないですか。
 しかも、この頻度ひんどで必ず明け方近くまでですよ? 
 男だけじゃない。おしとやかで男の後ろから決して出ないような女達も、また体力魔人のこの世界。セックスレス大国の日本人がかなうわけがない。
 でも、これ以上増やしたら、私。
 虹の雨を見る前に、三途の川でも見れそうです。


   ***


「ふぁ、ぅ……っ」

 あふれた吐息が、ひっそりと夜の空気を震わせる。
 ひくひくと震える背中をゆっくりとで上げる、無骨なアーディルの手。
 き出しになった首筋に感じる、少し熱い吐息。
 首筋に顔をうずめていた彼の髪に、そっと両手を差し込むと、アーディルがちりりと首に刻印をきざんでから顔を上げる。
 これが『お前のキスを強請ねだる仕草』だと指摘されたのは、どれくらい前の夜だろう。

「んっ……う」

 言葉にする必要もなく、キスで柔らかくなった私の唇を、熱い舌先がこじ開けるように進入し、力の抜けた私の舌を柔らかく絡め取る。
 先ほど達したばかりの甘い余韻よいんひたる身体には、キスが一番気持ち良い。

「ふっ……んんぅ」

 幕屋に響く、濡れた音。
 絡み合うほどに、力が抜けてくたりとなった口腔こうこうから、飲み込めなかった唾液があふれる。
 私は上体を起こしたアーディルの上に向き合って座ったまま、幾度も口づけを繰り返す。
 壁のタペストリーにはそんな二人の姿が、チラチラと揺れる炎に照らされて、淡く大きく映し出されていた。

「リィナ」
「ん――……」

 キスの合間に名を呼ばれ、柔らかくゆっくりと乳房ちぶさまれる。性急な快楽で私を追い上げる時と、のようなゆるやかな愛撫あいぶほどこす時の緩急かんきゅうが、アーディルは本当に上手い。
 やっぱり人を「みる」のが仕事だからかな……
 後頭部に回された手にくったりと身体を預けて、ゆっくりとキスを堪能たんのうする。
 唾液に甘さなんてないはずなのに、何故だかアーディルとのキスは、本当に甘い感じがするから不思議だ。
 甘くて、熱くて、優しくて。
 普段のアーディルからは、全然想像ができないよ。
 そんな彼の熱さを受け止めながらも――、ざらりとした感触に、ふいに小さく眉が寄る。
 ごわごわと感じる彼の毛織物の服の感覚は、嫌いだ。
 なんだかとろけ切った身体に、冷たい隙間風を差し込まれたような気持ちになる。
 それを振り払うように、彼の首にしっかりと両腕を回すと、さらにざらりとした感触が肌の上をすべって、面白くない。
 ――ああ、もう! 
 モヤモヤした気持ちを忘れたくて、もっともっととキスを強請ねだる。
 すると、腕の中からぼそりと一言。アーディルがつぶやいた。

「お前……、本当にキスが好きだな」

 指摘されたことが面白くなくて、今度は自分から舌を絡ませる。
 そんな私の貪欲どんよくさにちょっと呆れたように、アーディルが喉の奥で小さく笑う。

「ふ、はぁ……っ」

 強請ねだった以上の執拗しつようなキスから解放され、思わず甘い溜息がれる。
 キスだけで、こんなにくらくらするなんて。
 心地よい酩酊感めいていかんの合間に、すべるように肩口に唇を落とされれば、再びチリリとしたあかい華の痛み。肩口から首筋に上がって、そのまま胸元にまで――
 まるで「今日もノルマを達成しました」と言わんばかりに、周りに知らしめるためにつけるキスマークを邪魔するわけにはいかない。
 それでも、いつつ、むっつと増えるキスマークに、くすぐったさもついに限界。
 もう良いだろうと、彼の耳元で小さく声をかけた。

「ね。今日は、もうそろそろ終わろ。アーディル」

 まだ、いつもよりずっと早い時間。普段と変わらない様子のアーディルが、視線で問いかける。

「……終わっていいのか?」
「うん」

 今日は岩山に登ったから疲れているんだ。
 そう説明しようとして、今日は遠方へ行ったこと、アーディルも知っているかと思い直す。
 クイッタ達が、西の岩山にもリィナ登れなかったんだよ~! と騒いでいたのは記憶に新しい。

「今夜は言い訳が立つから……、無理して朝まで演じる必要、ないよ?」

 彼の肩口にぽてりとあごを乗せたまま説明する。
 だって、いつだって気持ち良いのは私だけ。
 キス以上を求めないアーディルは、このいつわりの日課にメリットなんてない。
 だから気をつかってそう言ったのに――

「本当に?」
「ひゃっ!」

 ふいにアーディルの長い指が胎内に浅くもぐり込み、赤く色づいたままの胸の先も軽くつままれる。

「まだ中では一度しか達していない。ここでやめて良いのか?」

 ちょっ、やっ! いきなり過ぎるよっ! 
 抗議の声を上げる間もなく。わざと濡れた音を立てるように、くちゃりと中をかき混ぜられる。
 突然に動かされた指先に、みだらな身体は貪欲どんよくに反応を返し、ふるふると浅ましく快楽を求めて太股ふとももが震え出す。

「アーディっ――あっあっ、あんっ……ゃああっ!」

 まだ足りないだろう? 
 そう言わんばかりに、いい所をこすられ、指を二本に増やされる。


 足を閉じようとしても、アーディルの上にまたがるようなこの体勢じゃ、彼の行動を制限できない。
 ずんっと甘く切ない感覚に、目の前がちかちかして、急速に理性のたがが外れ始める。
 そのままなし崩しに快楽にとらわれる――、その瞬間。
 突然アーディルがぴたりと手を止めた。

「ぇ、あ……?」

 きゅうっっと締め上げる胎内と、強請ねだるようにあふれ出す蜜。
 彼の肩口に顔をうずめていた私は、どうして良いか分からなくて顔を上げる。

「なぁ……。本当にやめていいのか?」

 緻密ちみつに性急に、人を快楽の高みへと押し上げるくせに、アーディルはいつもの涼しい顔のままだ。

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