特盛お江戸猫家族

杏菜0315

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短編 我輩も猫である

みゅーすとれいらむ 作

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 ~馬琴猫ぼやくの巻~
 

吾輩も猫である。
名前はやっぱり無い。
明治という未来世界の猫の真似をするつもりは毛頭ないが、せっかく物書きのうちに住みついたのだ。
あやつの真似事をしてもバチは当たるまい。

どこで生れたかは、俺もとんと見当がつかぬ。
何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いてた事だけは記憶している。
吾輩はここではじめて人間というものを見た。
しかもあとで聞くと、それは内弟子という、人間の中でかなり獰悪(どうあく)な種族であるらしい。
この内弟子というのは時々我々を捕まえて、川に投げすてるという話である。
しかしその当時は何という考えもなかったから、別段恐ろしいとも思わなかった。
ただ彼のてのひらに載せられて、スーと持ち上げられた時、何だかフワフワした感じがあったばかりである。
てのひらの上で少し落ちついて、内弟子の顔を見たのがいわゆる人間というものの見はじめであろう。
この時妙なものだと思った感じが…

馬琴猫先生。
これでは明治の本家本元と、ほとんど同じじゃないですか。

同じじゃねえよ。
でえいち俺は江戸弁だ!

文章江戸弁になってないじゃないですか。
やだなあ。
滝沢馬琴先生の猫だっていうからもうちょいましなものが上がると思ったのに…

なんてえ言いぐさだ。
わかった金輪際(こんりんざい)、おめえんとこには書かねえ!

ほおお、そうですか。
人間様んとこじゃA社B社と出版社もいろいろあるでしょうが、猫の世界じゃうちだけだ。
そのたった一軒の出版社に背(せな)を向けるってんだからいい度胸だ。
おとといきやがれってんだ!

…ってなわけで、俺ァ一気に職失っちまった。
常磐津のお師匠さんとこの三毛ちゃんに慰めて貰おうと思ったら、三毛のやろう、棒手ふりの権三のとこの黒とイチャついてやがる。
俺に気づいて、
「あらセンセー、おしごとポシャッたってほんとですの?」
と来たもんだ。
しかも続けてこう言いやがる。
「いえね、黒さんたらね、権三さんからのお下がりだってんで、秋刀魚三匹もってきてくれたんですよ。粋よねえ」
うっ。
その言い方は、
あんたは何もくれないじゃない
を含んでんな?
けっ。
いい毛並みだと思ったが、こいつぁとんでもねえアバズレだあ。

なんかすごすごとうちへ帰る。
帰ったらちょうど、内弟子が馬琴先生にど叱られておった。


何で口述ひとつまともに出来ぬ!!
こっそり猫を殺すことくらいしか出来ぬ半端者めっ!

へっ!
その半端者がおらんと、八犬伝の口述筆記は誰がやってくれんです?

おっ、おぬしなどおらんでも何とかなる!
それ!
そこの猫でも出来る!!

先生様よ。
あっしは今日、シゴト一つなくしたんでさ…


この日限りで内弟子が出てって、馬琴先生は不自由におなりだ。
息子の嫁のお路っちゃんが筆記をしてくれるようになるのはまだ先だ。
馬琴先生と俺の日々は、ここからますます苛酷になっていくんでさ。


ぼやくの項
これにて読み切り


滝沢馬琴。
ほとんど原稿料のみで生計を営むことのできた日本で最初の物書き。
別名、曲亭馬琴。
江戸時代後期の読本作家。
本名は滝沢興邦。
後に解(とく)と改む。
代表作はなんといっても「南総里見八犬伝」。
仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌。
八つの玉。
八つのアザ。 
俺もあんなの書きてえな。


俺は猫。
名前はまだねえ。
たぶんこれからもきっとねえ。
「次号っどうなる俺っ」

~お弟子難儀の巻~


まあ内弟子ったってあいつひとりじゃないやね。
ひょろ長えの小せえの、年とったの若えの。
人気作家だから掃いて捨てるほどいんだこりゃ。
なら続きは楽勝だな、ってんで、軒先からだらりん、尻尾垂らしてたらだ、何やら馬琴先生が、のっぽ弟子を怒鳴りつけ始めたんだ。

どうしてここで女郎が出てくるんじゃ!
ここは夜っぴて寝ずの番をする件りなのじゃぞ!?

のっぽは口が重い。

もじょじょ、もじょもじょ、もじょじょじょ。

と答えたイミフの音のいみは、

いろっぺえ場面もなきゃ、面白くありませんぜ。

だと、誰が聞いてもわかる。
のっぽはべらぼうにすけべえなのだ。

八犬伝は色本ではないと、何度言ったらわかるのじゃ!
出てけ!!

また追い出しちまったよおお。
その前が激遅筆のいなかもん。
その前が口ばっか達者な上方出っ歯。
先生俺見て言ったね。

字さえ書けりゃあ、おまえでいいんじゃ。

弟子どもみんな聞いてましたぜそん時。
みんなのむっとした感じも俺てきにはわかったね。
先も見えねえ、教えてももらえねえ、なのに先書きゃ叩かれる。
いくら弟子ったって、ジンケンってもんがあらあ。

にっ。
人間にジンケンがあるんなら…私らにはチュー権ありますよねえ。

こざかしいねずみがチューチュー言いやがる。

ねえよ。

オイラの口にまっさかしま落とすつもりで細い尻尾掴んで上からぶら下げると、鼻っ先に煙(けむ)の匂いが飛び込んでくるじゃねえか!
気ィそれた瞬時に、ねず公チューチェー逃げやがる。
でも俺ァ構いつけねえ、原稿燃える!
馬琴じいさんの労作が!!

声の出る限りニャアニャア鳴いた。
ススを吸った。



幸いボヤですんだものの原稿は巻紙二ツ分燃えた。
火ィ出したのは小せえのだ。
気づかなんだのは年とったのだ。
二人もすぐに叩き出された。
そしたら若えのしかいねえ。
しかもこの若えのは女なんだ。

馬琴先生のー、文体がすきでえー、内弟子なれないかなーって。

聞いたこともねえような抑揚で話しやがる。
幸い二巻分の下書きはあるので、試しに先生清書をさせてみたんだが、途中から話が曲がっていきやがった。


毛野。
おまえは美しい。

そういう信乃こそ心惹かれる。

犬士なんか犬に食われろ!
俺はおまえを放さないぞ!!

信乃!!

……………。

衆道か?

女弟子もその晩のうちに叩き出された。


清書も大事だ。
書き進みも大事だ。
嫁のお路っちゃんに清書頼み、鬼嫁お百が聞き書きするが、さすがお百は一筋縄ではいかない。

待っとくれよ巻四、段十二。
あたしゃもう肩がゲコゲコだよ!

四行しか書いてねえ。

馬琴先生は非常に几帳面で、ほんとにこつこつ書いてなさった。
朝焼けん中起き出して、洗面、仏壇に手ェ合わせ、縁側で斉昭様考案のお体操いそしんでから飯。
客間で茶ァ一服して、書斎に移って日記したため、おもむろに執筆作業にかかるって寸法だ。
戯作者ってのは書いてりゃいいわけじゃねえ、直しもある。
それも、二度も三度もだ。
校正校閲もせにゃならんのだ。
なのにお百はわからない。
つらつら文字書いていいご身分だ、みたく思ってる。
あたしが日常おさんどんから何からやってるから鈍亀馬琴、飯食えるんだってな偉ぶりで、先生様に当たりやがる。
俺はお百がでえ嫌えで、お百も俺がでえ嫌えで。
だから俺は嫁姑揉めるたび、こそっとお路っちゃんの味方して、いけすかねえお百の突っかけ草履にたっぷり粗相してやるのだった。
そういやお路っちゃん……


お路っちゃんは弟子部屋で、写し疲れてうたた寝してた。
髪が落ちて原稿紙汚さねえように、姉さんかぶりまでしてる。
見れば清書はそれこそあと二行のところまできてた。
見上げたもんだ。
ああ寝てろ。
俺は代わりに筆を取った。
作家猫様の面目ここにあり。
『次巻ニ續ク』と書き終えて筆を置く。
新刊は約定の日に十分間に合ったのだった。


お弟子難儀の項
これにて読み切り


滝沢馬琴。
ほとんど原稿料のみで生計を営むことのできた日本で最初の物書き。
別名、曲亭馬琴。
江戸時代後期の読本作家。
本名は滝沢興邦。
後に解(とく)と改む。
代表作はなんといっても「南総里見八犬伝」。
仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌。
八つの玉。
八つのアザ。 
俺もあんなの書きてえな。
俺は猫。
名前はまだねえ。
たぶんこれからもきっとねえ
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