人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉

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1章 いらないお姫様

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敗戦の知らせを受け、即刻舞踏会は中止となった。

休憩室に連れ込まれなくて済んだことに、私はホッとしていたが、我が国が負けたということはどうなるのだろうかと、新たな不安が襲う。
とにかく、今日は自室へ帰るように指示があり、私は急いで塔の上に帰った。

ジュディは私が心配だったのと、アーサーが戦場いるので敗戦の知らせを聞いたことで、顔を真っ青にして今にも倒れそうだった。
「大丈夫よ、ジュディ。部屋に戻れば、きっとマリーがアーサーは無事という知らせを持って待っててくれるわ」
ジュディを励ましながら塔の上の部屋まで戻ると、ソファーの隅に腰掛けて、マリーが険しい顔で私たちを待っていた。
ジュディの肩を抱き、マリーの隣に座らせる。
「マリー、今日は報告会と聞いていたけれど、アーサーは無事なのよね?」
ふくよかなマリーは、いつも笑顔で私を守ってくれて、頼りになる存在だ。
でも、今のマリーは、顔色も悪く、とてもではないが、良い知らせを聞いてきたとは思えなかった。
でも、それでも、聞かずにはいられない。

マリーは、顔を上げずに話し始める。
「アーサーは、生きています。ただ、捕虜としてランバラルドに拘束されているそうです」
「なんてこと!」
ジュディはたまらずマリーの胸に顔を埋めて泣き出した。
「マリー、でも、生きているということは、いずれはボナールに帰ってこられるのでしょう?」
私はマリーの側に膝をつき、硬く握り締められているマリーの両手を自分の手で覆った。
「わかりません。帰ってこられるのか、そのままランバラルドで処刑されるのか、まだ、まったくわからないそうです。アーサーも生きていることはわかっていますが、怪我をしているのかいないのか、それすらもわかりません」
気丈に涙を堪えているマリーは、それでも声を震わせて私に話してくれた。

マリーの旦那さんは、ジュディが小さい頃に戦争で亡くなっている。
その時は、海の向こうの国と戦っていたが、勝利し、その国の港を所持する一部分が我が国の領土となった。
シングルマザーとなったマリーは、アーサーとジュディを育てながら王宮で侍女として働き、そして私の乳母として私も育ててくれたのだ。
頼るべき夫のいないマリーを、アーサーは長男としてよく支えていた。
ジュディをよく可愛がり、私のことも妹のように大事にしてくれて。
そんなアーサーが、捕虜として拘束されているなんて、私もショックでソファの下にペタンと座り込んでしまった。

「…もうすでに、ランバラルドの使者はこの国に向かっているようです。明日、国王と話し合いの場が持たれるでしょう」
マリーは、自身は涙を堪えながら、泣き崩れるジュディと私を抱きしめた。


もう夜も遅いため、マリーとジュディには自分達の家に帰るように促した。
普段はどちらかが塔の下の侍女部屋に泊まり、私のために待機していてくれるのだが、今日は二人とも疲れているだろうし、戦後処理のために城内も慌ただしく人の出入りがある。
何かあった場合は、誰かしらが駆けつけてくれるだろう。
衛兵はより強固に守りを固めているし、外部からの侵入はできないはず。
そう説得して二人を帰した。

私も疲れた体を引きずって、湯あみの用意をしようと浴室へと行ったが、動く気になれず、清拭だけで今日は寝ることにした。
アクセサリーは返さなきゃいけないから、ひとつずつ丁寧に外してケースに入れる。
そうして、夜着に着替えてベッドに潜り込むと、程なく私の意識は遠のいて行った。



「姫様、朝です。起きてください」
ぐっすりと寝入っていた私は、ジュディの声で目を覚ました。
「姫様、昨夜は申し訳ございませんでした。取り乱してしまい…。今日からまた、気を引き締めて参りますので、どうかお許しを」
そう言って頭を下げるジュディの頬は、夕べ泣きはらしたのがわかるくらい、赤く腫れていた。
「ジュディ…」
私は何も言えずに、ジュディを抱きしめた。

「姫様、大変お疲れのところ申し訳ありませんが、国王と宰相様がお呼びです。お支度をお願いします」
「宰相が…?私になんの用なのでしょうか?」
私をベッドから下ろしながら、ジュディも首を傾げる。
「昨日の無茶振りもありますからね。あまりいい予感はしません」
ジュディがいつものワンピースではなく、簡易なドレスを私に着せているうちに、マリーが朝食を持ってやってきた。
「姫様、おはようございます。昨日はお心遣いありがとうございました。朝食を持ってきました。しっかり食べて、何を言われても負けないように力をつけましょう」
マリーの方はさすがと言うか、昨日のことは顔に出さず、知らない人がみたらいつもと変わり無いように思うだろう。
でも、長年一緒にいる私には、無理をしているのがわかる。
「マリー、私に出来ることがあれば、なんでも言ってくださいね」
マリーは朝食をテーブルに置くと、私をギュッと抱きしめた。
「ありがとうございます。でも、姫様は私たちのことは気にせず、何があってもご自分の幸せを考えてください」
「マリー…」
私も、マリーをギュッと抱きしめた。


支度を終えてお父様のところに行くと、謁見室ではなく、応接室へと案内された。
いつもなら、扉の内側に侍女は待機しているが、今回は部屋の中に入れるのは王族と宰相だけと言われ、ジュディは別の仕事へと戻された。

応接室の中には、宰相と私たち王族4人だけになった。
お父様とお母様が正面のソファに二人で座り、お姉様と私が向かいのソファに座る。
宰相はその間に立って、ゆっくりと私たちの顔を見た。
「両陛下、第一王女殿下、第二王女殿下。この度はなんと言えばいいか…」
憔悴しきった表情の宰相が話し始めた。

「この後、ランバラルドの王太子が戦後処理の為に我が国を訪問予定です。おそらく、賠償金の話になるかと思います。我が国は農作物や海産物などが豊富にとれるため、豊かな国であります。ですが、この三年間の戦争よせいで、我が国の財産は目減りしています。お金で解決できるならばそのようにしたいところですが、支払い能力がありません。現実問題として、我が国に出来ることといえば、10年前に戦争で増やした領地を差し出すことくらいでしょう。それ以上のことは、ランバラルドとの交渉如何によるかと」

みんなの視線がお父様に集まる。
「…仕方あるまい。ディデアの港町はランバラルドにくれてやろう。ディデアの鉱山がボヌールに残るのであれば鉄をせいぞうし、また仕掛けることもできよう」
ふぅ。と宰相のため息。
「陛下。ディデアの領地は鉱山も残せません。国外にある領地は全て差し出さなければならないでしょう」
「そこは交渉次第ではないか。宰相の腕がなるであろう」
「…陛下。その辺りは交渉の余地はありません。今回、戦争を仕掛けたのは我が国です。国として、痛手を被らない賠償でランバラルドが納得するとは思えません」
「しかし鉱山を手放せば、我が国に残るのは農地と海だけじゃ。鉄を輸入するにも外貨がいる。ディデアを手放せば外貨も入って来なくなる」
「そんなものより、今ランバラルドに侵略されない為にはどうしたらいいかを考えるべきです。属国になって搾取されたいですか?」

お父様と宰相は一歩も譲らず、平行線を辿って半刻ほど過ぎた頃。
まだ意見がまとまらないうちに、ランバラルドの王太子が到着したと知らせが入った。
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