人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉

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10章 待ち惚け王子

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あの日は夜だったのでよくわからなかったが、お店は「トランケ」という名前らしい。
年季の入った看板に書いてあった。

マリーやジュディが率先して飾り付けをしたパルフェと違い、たくましい感じのする店構え。
ドアは開け放してあって、中からは賑やかな声が聞こえてくる。

そもそも、普通のお店にも入ること自体がない私が、一人でこの賑やかなところに行くには少し勇気が必要だった。
こっそりとドアに張り付いて中を覗く。

カウンターに座っている男の人は、一人しかおらず、黒髪をしていた。
ドアに背を向けているので、顔はわからない。
あとは、テーブル席に2組のお客さんがいるけれど、昼間なのにお酒が入っているようで、なかなかに盛り上がっている。
カウンターの前にはロジャーさんがいて、黒髪のお客さんと話をしていた。

「あの~。ほんっとに毎日来ていただいて、ほんっっとに邪魔なんですけど…」
「なんだ。うるさい。客がくるのはいいことじゃないか」
「普通のお客さんなら、ですよ。ライは朝早くから来て、ここでウジウジして帰るだけなんですから」
「ウジウジとはなんだ」
「ウジウジでしょう。まったく。かのお友達を見習って、女の口説き方くらい覚えておかないから、いざという時に逃げられちゃうんですよ」
「あいつみたいな節操無しになりたくない」

入口から覗いていたのではわからないが、ロジャーさん、ライって言ったと思う。
よし!入ってみよう!
もし、あのお客さんがライではなかったら、ロジャーさんにさっきパルフェでもらった試食のパンをお裾分けして、ライを引き取ってもらったお礼を言って帰ろう。

そろーっと店内に入ると、ロジャーさんが「いらっしゃい!」と声をかけてくれた。
そして、私の顔を見る。
「おい、ライ。来たぞ」
「何が来たんだ…よ」
黒髪のお客さんが振り返る。
その人はやっぱりライだった。

ライは目を見開いて私を見たが、次の瞬間破顔した。すごく、嬉しそうな笑顔だった。
立ち上がって、入口の方まで私を迎えにきて、すぐに腕を取ってカウンターの自分の隣の席に座らせた。

「ロッテ、待ってたんだ。ずっと。ちゃんとお礼を言いたくて」
「いえ、あの。お礼はちゃんと言ってもらっていたので、大丈夫です。それより、体はもう大丈夫なのですか?」
足は太もも全体に渡って切られていたはずだし、腕もちょっと触ると激痛が走るようだったし。
なにしろ熱が高かった。

「おかげさまで体はかなり回復したよ。2日は動かないでここの二階でお世話になって、その後は結構動けるようになった」
私に向かってニコニコと話すライ。
ロジャーさんは、私にオレンジジュースを入れて出してくれた。
「何が2日で動けるようになった、ですか。その後もじっとしていなきゃいけなかったのに、トランケに来て。でも、オレからも礼を言うよ。ほんとにありがとう。あのライを見た時は、心臓止まるかと思ったよ」

あんまり熱心にお礼を言ってくれるので恥ずかしくなる。
「そんな、私は何も出来なかったです。怪我の手当をしたのはアーサーだし、食事を作ってくれたのは食堂の人だし…」
「それでも」
ライは私の目を覗き込む。
「オレを見つけてくれたのはキミだよ」
私を見て、あんまりにも嬉しそうに笑うので、私も嬉しくなって微笑んだ。

ライはポッと赤くなり、手にしていたグラスで中身を煽った。
「ライ、あんまり飲むなよ。ライはお酒は強くないんだから」
「うるさい、ロジャー。エールくらいなら酔わない」
「酔うでしょう。まだ治ったばかりなんだし、せっかくお嬢さんと会えたんだから、その辺にしときなさい」
ロジャーさんはライのグラスを取り上げてお水を渡した。

そうね。あんなに赤くなるのなら、きっとお酒は強くないんでしょうね。
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