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秋風視点 過去編
60 まずい/秋風《後編》
しおりを挟む「華、あなたが生まれてくれて本当に良かった! お誕生日おめでとう……!」
妹の華の誕生日パーティーが始まった。
母が嬉しそうに、幸せそうに華を抱きしめ、義父がそんな二人の頭を撫でている。
周りからは盛大な拍手が起こる。
俺はそんな家族の姿を見ながら、水の中をぼうっとたゆたっていた。
蓮見秋風が俺の代わりに、ニコニコと笑顔で拍手に参加してくれた。
(……華は、生まれてきて良かったと言ってもらえるんだ)
── 『あなたなんて生むんじゃなかった』
(俺は……母さんに、真逆のことを言われたのに)
華は、愛した男と初めてできた子供だからだろうか。
俺みたいに、望まれていない、要らない子供じゃないからだろうか。
「はいこれ、ママとパパからの誕生日プレゼントよ!」
「わぁ~! これぜんぶはなの!? ありがとーー」
ふかふかの絨毯の上に、プレゼントの箱が山積みになっている。
「ぷいきゅあのドレスかなー! わんわんのおうちかなー! おけしょうのつくえ!? 新しいゲームかも!! 絵本はいやー! いっぱいあるから、もういらなーい!!」
「……ふふ。なんてかわいいの。華ちゃんったら……」
母は頬を緩めながらスマホを向け、夢中でリボンを解き出す華の姿を動画に撮っている。
「……」
俺は、母にこんな表情を向けてもらえたことがあっただろうか。
オモチャを貰ったこと、絵本を読み聞かせてもらったこと、家族に誕生日を祝ってもらったこと。
ない。全部、一度も……。
(──まあ、そんなこと、どうだってよくない?)
心の中で声がした。
たしかにね……と、俺も思った。
そんなことは、どうでもいい。
母が幸せそうにしている。
それが全てだ。
余計なことは言う必要がない。空気の読めないことを考えるのは良くない。感情は要らない。
「──秋風」
母が突然、動画撮影を中断して俺を振り返った。
俺のことを見た。
「……っ」
俺は何を言われるのかとドキドキして、全身が固くなった。
もしかして、ついでに俺のプレゼントも買ってくれたのだろうか。華のおかげで、初めてもらえるのだろうか。
なんだって良い。物が欲しいわけじゃない。
義姉のお下がりだって、捨てようとしている物だって、なんでも構わないから。
ただ、母に俺のことを見て欲しいだけ。一つでも、俺への『プレゼント』というものを、両手に受け取ってみたいだけ。
「……なんですか?」
ほんの少しの期待に、掠れた声。
こんなんじゃダメだ。ちゃんと喋りなさい、みっともないと言われてしまう。
「……」
しかし、母は機嫌がいいのか、俺を叱らなかった。
眉を上げて、少し笑って言った。
「あなたも。ぼうっとしてないで、早く華にプレゼントを渡しなさい。たった一人の妹なのよ?」
(……あ……)
なんだ。
(なんだ…………)
期待するから、落胆する。期待なんて、最初からしない方がいい。
分かっていたのに。ずっと分かっているはずなのに。何度も繰り返して。どうして俺はこんなに、愚かなんだろう。
「……華、誕生日おめでとう。大好きだよ」
俺は息を飲み込み、華に近づき、そして笑いかけた。
大事な娘の頭や体に触れたら義父が激昂するだろうから、あくまで一定の距離を保った。
「ほら、見なさい。この子、すっごく『かわいい』でしょ? このお洋服、とても似合ってるわ。髪の毛も、母さんが今日のために編み込んだの。まあ、華ちゃんはお目目がくっきりしてて、元がいいんだけど──」
母は華の両肩に手を置き見せびらかすと、俺に鼻高々に語った。
「……」
(母さんは、華のことが大好きで……俺に、この子のことを『かわいい』と言って欲しいんだな)
俺はそう読み取った。賛同しなければ、母は悲しむだろう。
悲しませたくないから、心にもないことを言った。
「はい。とてもかわいいです。母さんにそっくりの顔立ちです。華は、大人になったら、きっと美人になりますね。アイドルや、女優さんにだって負けないかも」
「ふふふ。そうでしょう?」
俺の言葉に満足げに口を押さえる母。
……良かった。合っていたみたいだ。
(この子が……『かわいい』)
正直かわいいって気持ちが、俺にはどういうものかよくわからない。
俺のことをかわいいと家族に言われたことは一度もないし、逆に俺自身が誰かのことをかわいいと思ったこともない。
かわいいってどんな感情なのか……知らない。
だけど俺は、自分に言い聞かせた。
かわいい、かわいい、かわいい……。
かわいいと思うことを望まれるなら、心から、そう思うべきだ。華のことが、かわいいのだと。
「それで? どれが華ちゃんへのプレゼント?」
「あ……これです。絵を描きました。華の姿を」
俺は丸めて持っていた画用紙を広げた。
色とりどりの花畑の中、お姫様のようにきらびやかなドレスを着た華が笑っている姿だ。
華は欲しいものは全部母さん達に買って貰っているから、俺からは何をあげたらいいか分からなかった。そもそも俺の持っているお金じゃ華の欲しそうなオモチャや服なんてどうやっても買えない。
だから、数日かけて丁寧に描いた一枚の絵をプレゼントすることにした。
先生からは、蓮見くんの描く絵は写実的ですごい、子供とは思えない、美術の才能がある、とよく言われる。今まで絵画コンクールにも何度か入賞している。だからきっと、大丈夫なはず。たぶん……人に渡せるレベルではあると思う。
蓮見秋風に才能があろうがなかろうが、俺にはどうだっていいけど……。
でも、こんな時に役に立ってくれるのなら、ないよりはある方がいいのかもしれない。
「背景にお花をたくさん描きました。かわいい華の未来が幸せに溢れ、華々しいものになりますようにと願いを込めて──」
俺の言葉の途中でバッと紙は奪われた。
「え……」
紙を奪ったのは、つまらなそうな顔をした母だった。
母は俺の絵を静かに眺めてから、適当に華に渡した。
「はい。コレ。秋風からよ、華ちゃん」
「……えー?」
華はきょとんとした顔で受け取っている。
「……」
それから面白そうに笑って、華が紙をビリビリに破いた。
「なぁーに、このへんな絵!! はなちゃん、こんなのいらなーい」
「……!」
床に破り捨てられていく紙切れ。絨毯の上にひらひら積もって、あっという間にゴミの集合体になった。
「もっといいものが欲しい! おにーちゃん、なにかもってない??」
「……、ごめん。これしか、俺は用意してなくて……」
「ええーー!? ひどい!! はな、おたんじょうびなのにー!? ケチ!!! おにいちゃん、バカ!!!」
「ご、ごめ……」
絶叫して迫ってくる鬼のような形相の華を見つめていたら、ぐにゃぐにゃした、変な気持ちが浮かびそうになってしまった。
「……っ」
俺は慌てて感情を塗りつぶした。
急いで心の中でつぶやく。
(かわいい)
かわいい、かわいい、かわいい。
かわいいと、思わなきゃ。
この子が、かわいい。
かわいいんだ。
そうじゃないと、余計なことを考えてしまいそうになる。
「ふふ。そうよねぇ。こんな下手くそな絵なんて要らないわよね。まったく。秋風は空気が読めないから……」
かわいい。
「せっかくかわいい華ちゃんのお誕生日なのに、ほんとうに秋風はダメな子ね」
かわいい。
「あははっおにいちゃん、だめーーーっ」
かわいい。
「あははは。さすが、会長のお嬢様。このご年齢で素晴らしい審美眼をお持ちなのですね」
「ええ。そうなんですよ。それに比べて愚息の方は、容貌しか取り柄もなく、思慮の浅い子で……」
「はははははは」
母も、義父も、招待客も、家政婦さん達もみんな笑っている。
「……あははは」
だから俺も、合わせて笑った。
*
賑やかな誕生日パーティーが終わると、やっと自室で一人になれた。
自室は、離れにある。俺と母がこの家に越してきてから、母は義父の部屋に一番近い部屋を、俺は離れの物置として使われていた部屋を与えられた。
ここは静かで居心地がいい。建物が分かれているおかげで、生活していて義父と普段全く顔を合わせずに済んでいる。
義父も俺の顔を見たくないからそうしたのだろう。
「……!」
勉強をしようと机に向かったら、机の上に置いていたもの──今日買ったりんごジュースが視界に入った。
ジュースを見た瞬間、ふっとミナセナオの顔が頭に浮かんでくる。
──『なにあれ。めちゃくちゃ不味かったんだけど! 爺ちゃんも買って損したって言ってたし。二度と飲まん!!』
「……」
あまりにも遠慮のない、ハッキリとした言葉。
ミナセナオだったら、お世辞で『かわいい』なんて、きっと口が裂けても言わないんだろう。
ミナセナオがもし、あの場にいたら……。
──『え? かわいい? そうか……?』
こう言うかな。
それとも、
──『かわいくねーよ!! どこがだよ!!!』
(こう言うかも)
思わず妄想してしまった。
頭の中のミナセナオが、俺の家族の言葉をバッサリと切っている姿を。
「ふ……」
つい、笑いそうになって、そして目が熱くなった。
俺はそれを誤魔化すように、ジュースのキャップを開け、一口飲んでみた。
「……」
(……俺もミナセみたいに本音が言えたら……)
そんなあり得ないことを考えながら、液体を嚥下する。
ごくんと、飲み込んでみて分かった。
──ああ、確かにこれは。
「…………まず……」
俺は誰もいない部屋で、ぼそっと小さく呟いた。
本音を声に出したら……ほんの少しだけ、胸が軽くなったような。
そんな気がした。
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