幼馴染のリスナーに媚びて人気者になりたい

久羽しん

文字の大きさ
74 / 264
秋風視点 過去編

60 まずい/秋風《後編》

しおりを挟む

「華、あなたが生まれてくれて本当に良かった! お誕生日おめでとう……!」

 妹の華の誕生日パーティーが始まった。

 母が嬉しそうに、幸せそうに華を抱きしめ、義父がそんな二人の頭を撫でている。

 周りからは盛大な拍手が起こる。

 俺はそんな家族の姿を見ながら、水の中をぼうっとたゆたっていた。

 蓮見秋風が俺の代わりに、ニコニコと笑顔で拍手に参加してくれた。

 (……華は、生まれてきて良かったと言ってもらえるんだ)

 ── 『あなたなんて生むんじゃなかった』

 (俺は……母さんに、真逆のことを言われたのに)

 華は、愛した男と初めてできた子供だからだろうか。
 俺みたいに、望まれていない、要らない子供じゃないからだろうか。

「はいこれ、ママとパパからの誕生日プレゼントよ!」
「わぁ~! これぜんぶはなの!? ありがとーー」

 ふかふかの絨毯の上に、プレゼントの箱が山積みになっている。

「ぷいきゅあのドレスかなー! わんわんのおうちかなー! おけしょうのつくえ!? 新しいゲームかも!! 絵本はいやー! いっぱいあるから、もういらなーい!!」
「……ふふ。なんてかわいいの。華ちゃんったら……」

 母は頬を緩めながらスマホを向け、夢中でリボンを解き出す華の姿を動画に撮っている。

「……」

 俺は、母にこんな表情を向けてもらえたことがあっただろうか。
 オモチャを貰ったこと、絵本を読み聞かせてもらったこと、家族に誕生日を祝ってもらったこと。

 ない。全部、一度も……。

 (──まあ、そんなこと、どうだってよくない?)

 心の中で声がした。

 たしかにね……と、俺も思った。

 そんなことは、どうでもいい。

 母が幸せそうにしている。

 それが全てだ。

 余計なことは言う必要がない。空気の読めないことを考えるのは良くない。感情は要らない。

「──秋風」

 母が突然、動画撮影を中断して俺を振り返った。

 俺のことを見た。

「……っ」

 俺は何を言われるのかとドキドキして、全身が固くなった。

 もしかして、ついでに俺のプレゼントも買ってくれたのだろうか。華のおかげで、初めてもらえるのだろうか。

 なんだって良い。物が欲しいわけじゃない。

 義姉のお下がりだって、捨てようとしている物だって、なんでも構わないから。

 ただ、母に俺のことを見て欲しいだけ。一つでも、俺への『プレゼント』というものを、両手に受け取ってみたいだけ。

「……なんですか?」

 ほんの少しの期待に、掠れた声。

 こんなんじゃダメだ。ちゃんと喋りなさい、みっともないと言われてしまう。

「……」

 しかし、母は機嫌がいいのか、俺を叱らなかった。

 眉を上げて、少し笑って言った。

「あなたも。ぼうっとしてないで、早く華にプレゼントを渡しなさい。たった一人の妹なのよ?」

 (……あ……)

 なんだ。

 (なんだ…………)

 期待するから、落胆する。期待なんて、最初からしない方がいい。

 分かっていたのに。ずっと分かっているはずなのに。何度も繰り返して。どうして俺はこんなに、愚かなんだろう。

「……華、誕生日おめでとう。大好きだよ」 

 俺は息を飲み込み、華に近づき、そして笑いかけた。
 大事な娘の頭や体に触れたら義父が激昂するだろうから、あくまで一定の距離を保った。

「ほら、見なさい。この子、すっごく『かわいい』でしょ? このお洋服、とても似合ってるわ。髪の毛も、母さんが今日のために編み込んだの。まあ、華ちゃんはお目目がくっきりしてて、元がいいんだけど──」

 母は華の両肩に手を置き見せびらかすと、俺に鼻高々に語った。

「……」

 (母さんは、華のことが大好きで……俺に、この子のことを『かわいい』と言って欲しいんだな)

 俺はそう読み取った。賛同しなければ、母は悲しむだろう。
 悲しませたくないから、心にもないことを言った。

「はい。とてもかわいいです。母さんにそっくりの顔立ちです。華は、大人になったら、きっと美人になりますね。アイドルや、女優さんにだって負けないかも」
「ふふふ。そうでしょう?」

 俺の言葉に満足げに口を押さえる母。

 ……良かった。合っていたみたいだ。

 (この子が……『かわいい』)

 正直かわいいって気持ちが、俺にはどういうものかよくわからない。
 俺のことをかわいいと家族に言われたことは一度もないし、逆に俺自身が誰かのことをかわいいと思ったこともない。
 かわいいってどんな感情なのか……知らない。

 だけど俺は、自分に言い聞かせた。

 かわいい、かわいい、かわいい……。

 かわいいと思うことを望まれるなら、心から、そう思うべきだ。華のことが、かわいいのだと。

「それで? どれが華ちゃんへのプレゼント?」
「あ……これです。絵を描きました。華の姿を」

 俺は丸めて持っていた画用紙を広げた。

 色とりどりの花畑の中、お姫様のようにきらびやかなドレスを着た華が笑っている姿だ。

 華は欲しいものは全部母さん達に買って貰っているから、俺からは何をあげたらいいか分からなかった。そもそも俺の持っているお金じゃ華の欲しそうなオモチャや服なんてどうやっても買えない。

 だから、数日かけて丁寧に描いた一枚の絵をプレゼントすることにした。

 先生からは、蓮見くんの描く絵は写実的ですごい、子供とは思えない、美術の才能がある、とよく言われる。今まで絵画コンクールにも何度か入賞している。だからきっと、大丈夫なはず。たぶん……人に渡せるレベルではあると思う。

 蓮見秋風に才能があろうがなかろうが、俺にはどうだっていいけど……。
 でも、こんな時に役に立ってくれるのなら、ないよりはある方がいいのかもしれない。

「背景にお花をたくさん描きました。かわいい華の未来が幸せに溢れ、華々しいものになりますようにと願いを込めて──」

 俺の言葉の途中でバッと紙は奪われた。

「え……」

 紙を奪ったのは、つまらなそうな顔をした母だった。

 母は俺の絵を静かに眺めてから、適当に華に渡した。

「はい。コレ。秋風からよ、華ちゃん」
「……えー?」

 華はきょとんとした顔で受け取っている。

「……」

 それから面白そうに笑って、華が紙をビリビリに破いた。

「なぁーに、このへんな絵!! はなちゃん、こんなのいらなーい」
「……!」

 床に破り捨てられていく紙切れ。絨毯の上にひらひら積もって、あっという間にゴミの集合体になった。

「もっといいものが欲しい! おにーちゃん、なにかもってない??」
「……、ごめん。これしか、俺は用意してなくて……」
「ええーー!? ひどい!! はな、おたんじょうびなのにー!? ケチ!!! おにいちゃん、バカ!!!」
「ご、ごめ……」

 絶叫して迫ってくる鬼のような形相の華を見つめていたら、ぐにゃぐにゃした、変な気持ちが浮かびそうになってしまった。

「……っ」

 俺は慌てて感情を塗りつぶした。

 急いで心の中でつぶやく。

 (かわいい)

 かわいい、かわいい、かわいい。

 かわいいと、思わなきゃ。

 この子が、かわいい。  

 かわいいんだ。

 そうじゃないと、余計なことを考えてしまいそうになる。

「ふふ。そうよねぇ。こんな下手くそな絵なんて要らないわよね。まったく。秋風は空気が読めないから……」

 かわいい。

「せっかくかわいい華ちゃんのお誕生日なのに、ほんとうに秋風はダメな子ね」

 かわいい。

「あははっおにいちゃん、だめーーーっ」

 かわいい。

「あははは。さすが、会長のお嬢様。このご年齢で素晴らしい審美眼をお持ちなのですね」
「ええ。そうなんですよ。それに比べて愚息の方は、容貌しか取り柄もなく、思慮の浅い子で……」
「はははははは」

 母も、義父も、招待客も、家政婦さん達もみんな笑っている。

「……あははは」

 だから俺も、合わせて笑った。


 *


 賑やかな誕生日パーティーが終わると、やっと自室で一人になれた。

 自室は、離れにある。俺と母がこの家に越してきてから、母は義父の部屋に一番近い部屋を、俺は離れの物置として使われていた部屋を与えられた。

 ここは静かで居心地がいい。建物が分かれているおかげで、生活していて義父と普段全く顔を合わせずに済んでいる。
 義父も俺の顔を見たくないからそうしたのだろう。

「……!」

 勉強をしようと机に向かったら、机の上に置いていたもの──今日買ったりんごジュースが視界に入った。

 ジュースを見た瞬間、ふっとミナセナオの顔が頭に浮かんでくる。

 ──『なにあれ。めちゃくちゃ不味かったんだけど! 爺ちゃんも買って損したって言ってたし。二度と飲まん!!』

「……」

 あまりにも遠慮のない、ハッキリとした言葉。

 ミナセナオだったら、お世辞で『かわいい』なんて、きっと口が裂けても言わないんだろう。

 ミナセナオがもし、あの場にいたら……。

 ──『え? かわいい? そうか……?』

 こう言うかな。

 それとも、

 ──『かわいくねーよ!! どこがだよ!!!』

 (こう言うかも)

 思わず妄想してしまった。

 頭の中のミナセナオが、俺の家族の言葉をバッサリと切っている姿を。

「ふ……」

 つい、笑いそうになって、そして目が熱くなった。

 俺はそれを誤魔化すように、ジュースのキャップを開け、一口飲んでみた。

「……」

 (……俺もミナセみたいに本音が言えたら……)

 そんなあり得ないことを考えながら、液体を嚥下する。

 ごくんと、飲み込んでみて分かった。

 ──ああ、確かにこれは。

「…………まず……」

 俺は誰もいない部屋で、ぼそっと小さく呟いた。

 本音を声に出したら……ほんの少しだけ、胸が軽くなったような。

 そんな気がした。
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

【完結】ネクラ実況者、人気配信者に狙われる

ちょんす
BL
自分の居場所がほしくて始めたゲーム実況。けれど、現実は甘くない。再生数は伸びず、コメントもほとんどつかない。いつしか実況は、夢を叶える手段ではなく、自分の無価値さを突きつける“鏡”のようになっていた。 そんなある日、届いた一通のDM。送信者の名前は、俺が心から尊敬している大人気実況者「桐山キリト」。まさかと思いながらも、なりすましだと決めつけて無視しようとした。……でも、その相手は、本物だった。 「一緒にコラボ配信、しない?」 顔も知らない。会ったこともない。でも、画面の向こうから届いた言葉が、少しずつ、俺の心を変えていく。 これは、ネクラ実況者と人気配信者の、すれ違いとまっすぐな好意が交差する、ネット発ラブストーリー。 ※プロットや構成をAIに相談しながら制作しています。執筆・仕上げはすべて自分で行っています。

正義の味方にストーカーされてます。〜俺はただの雑魚モブです〜

ゆず
BL
俺は、敵組織ディヴァイアンに所属する、ただの雑魚モブ。 毎回出撃しては正義の戦隊ゼットレンジャーに吹き飛ばされる、ただのバイト戦闘員。 ……の、はずだった。 「こんにちは。今日もお元気そうで安心しました」 「そのマスク、新しくされましたね。とてもお似合いです」 ……なぜか、ヒーロー側の“グリーン”だけが、俺のことを毎回即座に識別してくる。 どんなマスクをかぶっても。 どんな戦場でも。 俺がいると、あいつは絶対に見つけ出して、にこやかに近づいてくる。 ――なんでわかんの? バイト辞めたい。え、なんで辞めさせてもらえないの? ―――――――――――――――――― 執着溺愛系ヒーロー × モブ ただのバイトでゆるーく働くつもりだったモブがヒーローに執着され敵幹部にも何故か愛されてるお話。

百合豚、男子校に入る。

BL
百合をこよなく愛する男子高校生・眞辺恵。 母の歪んだ価値観により共学への進学を断たれ、彼が入学させられたのは―― 男同士の恋愛が“文化”として成立している、全寮制男子校《私立瑞嶺学園》だった。 この学園では、生徒会長は「抱かれたいランキング」で選ばれ、美貌こそが正義とされる世界。 それでも眞辺は決意する。 生徒会長になり、この学校を“共学”に変え、間近で百合を拝むことを。 立ちはだかるのは、顔面至上主義の学園制度、性に奔放すぎるイケメンな幼馴染、そして彼らに憧れ恋をする生徒たち。 さらに何故か、学園の人気者たちに次々と目をつけられてしまい――。 百合を拝むため男子校を変えようとする異端者が、歪んだ王道学園を改革する物語。

隣の席のイケメンに懐かれた

しょうがやき
BL
隣の席のイケメンに懐かれた平凡男子の話

記憶を無くしたら家族に愛されました

レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない… 家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…

バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる

衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。 男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。 すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。 選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。 二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。 元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。

ブラコンネガティブ弟とポジティブ(?)兄

むすめっすめ
BL
「だーかーらっ!皆お前に魅力があるから周りにいるんだろーがっ!」 兄、四宮陽太はブサイク 「でも!それって本当の僕じゃないし!やっぱみんなこんな僕みたら引いちゃうよねぇ〜 !?」 で弟、四宮日向はイケメン 「やっぱり受け入れてくれるのは兄さんしかいないよぉー!!」 弟は涙目になりながら俺に抱きついてくる。 「いや、泣きたいの俺だから!!」 弟はドのつくブラコンネガティブ野郎だ。 ーーーーーーーーーー 兄弟のコンプレックスの話。 今後どうなるか分からないので一応Rつけてます。 1話そんな生々しく無いですが流血表現ありです(※)

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

処理中です...