幼馴染のリスナーに媚びて人気者になりたい

久羽しん

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秋風視点 過去編

60 まずい/秋風《前編》

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「ありがとうございます」
「ありがとうございました~」

 こぢんまりとしたケーキ屋さんから一歩出る。俺はホールケーキの箱が入った紙袋を片手に、崩れないようゆっくりと歩いた。

 今日は妹の蓮見華の三歳の誕生日だ。

 華は、俺の母と義理の父が結婚してすぐに生まれた。
 母と家政婦さん達が大事に育てている。よく笑い、よくぐずる、健康的な子だと思う。

 華の誕生日会は義父が帰宅次第始まる。
 親族や仕事関係の客人も招くらしいので、かなり大規模な人数のパーティになるだろう。

 母と家政婦さんたちは部屋の飾り付けと豪勢な食事を用意するのに忙しそうにしていた。出張シェフも何人か呼ぶらしいけど、母たちの家庭料理もないと義父が満足しない為頑張っている。

 皆が忙しそうにしている中、夏休みでやることのない俺は、予約していたケーキを受け取りに行くことを申し出た。
 母が『気が効くじゃない』と喜んでいたので正解だった。小学生の俺にできることといったらこれくらいだ。ケーキは複数店舗で予約していて、俺が今受け取りに行った場所以外はあとで家政婦さんたちが車で向かうらしいから、俺は実際ほんの少ししか役には立てていないのだろうけれど。

 (暑いな……)

 それしても、この季節の外は体もケーキも溶け出しそうなほどの暑さだ。

 ジリジリと日差しが照りつけている。
 俺は日差しよけに持ってきたキャップを目深に被り、顎に伝う汗を拭った。

 今年の夏休みは、ここ数年で一番の猛暑かもしれない。

 (……夏休みか……)

「……」

 俺はとぼとぼ歩きながら、アスファルトを見つめた。

 そう──夏休み。

 夏休みになった。

 いや、夏休みに……、なってしまった。

 ……結局あれから一度もミナセナオに話しかけられていないまま、長期休みに突入してしまったのだ。

 我ながら、なんて情けないんだろう。

 次はどんな言葉をかけられるのだろうかと思ったら、怖くなってしまった。

 自分でもこんなことは初めてだ。失敗はすぐ取り返す。そうやって生きてきたのに。

 ミナセナオに対しては、いくら考えても成功のビジョンが浮かばない。

 どんな言葉を重ねても、どんな表情を取り繕っても、『お前、ロボットみたい』とまた言われてしまう気がする。
 彼には薄っぺらい俺の何もかもをみすかされそうだ。

 一度しか話したことがないのに、ビビりすぎだろう。そう思うけど。

 でも……熱い手が、俺を水の底から引き摺り出したこと。真っ黒な吊り目が、こちらをじっと射抜いていたこと。

 ──『気持ちわりぃ』

 ── 『お前……冷たい! 体温、ねぇもん……』

 あの日の光景は、俺にとって衝撃すぎて。いまだ勇気が出せないでいる。

「……」

「──あっちぃなー。干からびる。なー? ミナセ~」

 (……──ミナセ?)

 ふと、俺は足を止めた。

 今しがた考えていた名前そのものが、聞こえたような。幻聴だろうか……?

「おー。熱いな。夏だから、そりゃそうだろ? 嫌なら外に出なきゃいいんじゃねっ?」
「……つまんねーな、お前」
「なにがだよ」

 いや、幻聴じゃなかった。少年二人が会話をしている。見れば、小さな公園があった。

 砂場で山を作っているその姿は、ミナセナオその人だ。

「……!!」

 俺は慌てて、木の裏に隠れた。何も悪いことはしていないのに、見つかりたくなくて。

 (こんなとこにミナセ? というか、ここに公園なんてあったんだ。知らなかった……)

 俺が今住んでいる義父の家は、大きな邸宅が並ぶ高級住宅街にある。
 対して、このあたりは小さな戸建てやアパートが多い。駅から随分離れているので普段このあたりには来ることはなかった。
 それこそ、さっきケーキを購入した店が隠れた名店で口コミが素晴らしいらしい、と母が言って予約をしなければ絶対に足を運ぶことはなかった。

 公園も、学校近くに大きなアスレチックやたくさんの遊具を揃えた所があるから、生徒らはみんなそこで遊ぶ。
 この小さな公園の存在はほとんど知られていないと思う。見た感じ、ブランコもシーソーも滑り台もなんにもない。
 ただ真ん中にトンネルと砂場、端っこに鉄棒があるだけの寂しい公園だ。

 (……ミナセの家はこのあたりなのかな?)

 同じ小学校だから同じ地域だということはわかっていたけど。
 まさか駅を挟んで真逆のところに住んでいるとは思わなかった。今まで放課後に全然遭遇しなかったわけだ。

「てかミナセ、お前こないだ出たやつ、知ってる? 新発売のりんごのジュース! 飲んだ!?」
「ん? あの……すりおろしのやつ? 期間限定の……」
「そうそう~」

 俺が考えなら盗み聞きしている間に、二人の会話は進んでいた。

「……」

 俺はミナセじゃない方の少年の顔を見た。

 知らない顔だ……。ミナセの友達だろうか。

 (……ワクワクした表情をしているな。感想を語りたい感じ。この子はもうそのジュースを飲んだみたいだ)

 癖でつい、推察してしまう。

 いつも表情から、答えを読み取っている。相手は俺になんと言って欲しいのか。

 (この場合は……)

『飲んだ飲んだ! すごく美味しかった。期間限定じゃなくてずっと売っていて欲しいよ』

 美味しくても不味くても俺ならそう答える。とりあえずの同調をしておけば、失敗はない。

 もしくは、

『飲んでない! どんな味だったの? すごい気になる!!』

 こんな感じにするかな。

 しかし……俺の思考とちょうど同時に、ミナセナオは答えた。

「──飲んだわ~! なにあれ。めちゃくちゃ不味かったんだけど! 爺ちゃんも買って損したって言ってたし。二度と飲まん!!」
「……え?」

 (な……!)

 予想外の答えに、俺は思わず木の影から頭を出してしまった。
 ミナセはうげっと舌を見せ、顔をしかめている。

 (いや……っ)

 それはだめだろう。相手の子はあからさまに明るい表情をしていたじゃないか。まずかったの話がしたいならあんな表情はしない。

 つまり少年は、友達とあのジュースが美味しかったという話で盛り上がりたかったのだ。
 まずかったとか、そんなこと正直に言う必要はない。相手の気分を害するだけ。
 ほんの少しの嘘で良い空気が作れるなら、そっちの方が絶対にいいのに……。

 人は気を使う生き物だろ、ミナセ。

 みんな、空気を読んで、大なり小なり嘘をつきながら生きているんだよ。

「……まじか……。買って損したって、そんなに? 俺は美味かったわ……」

 (あぁぁ……。ほら、微妙な顔してるじゃん)

 気分が高揚していた相手は、水を刺されてすっかり消沈してしまっている。
 なのにミナセは、相手の反応に気が付かず、さらに追撃した。

「はぁー? あれが美味い!? お前の口、おかしいんじゃねっ! なはははっ……!!」
「……」

 (おいおいおいおい……!!)

 なんてことを言うんだ。

 いっそ俺が代わりたい。でも、今駆け寄ったら、こいつ何って思われる。それこそ空気が読めていない行動だ。
 俺は二人の間に割って入りたくなるのを、グッとこらえた。

「そんなことより、早くお城を完成させようぜ! 俺水汲んでくるわ!」
「……おー……」

 ミナセは黙ってしまった少年を置いて、ジョウロ片手に公園の蛇口に向かっていった。

 少年は気を取り直してせっせと山に穴を掘っている。

「おっ……!」

 機嫌良く戻ってきたミナセは、少年の掘った穴を見るなり、元気よく水を注いだ。

「ここだな~! よーし、開通~~~っ」と言いながら。

「──えっ……、おい!!? ミナセ、お前、何勝手にやってんだよ!?」
「え??」

 砂山の真ん中下に空いた穴に水が通って、川ができる。
 少年が信じられないというような怒った顔でミナセの服を引っ張った。

「なにって……川だけど? 時間ねーから、次は橋をつくろう!」
「俺が開けた穴だろ! なんでミナセが一番面白いとこ取っちゃうんだよっっ」
「……えっ? どっちがやっても変わんなくね?」
「はぁ!?」
「! っそ、そんなに水やりたかったなら、ほら……やっていいぞ」

 ミナセがオロオロとジョウロを渡そうとするものの、少年はばしっと跳ね除けた。

「もうびしゃびしゃだろー! 遅いんだよ!!!」

 そう言った少年は地団駄を踏み、泣きそうになっている。

「……??」

 ミナセには伝わらないのか、あんぐりと大きく口を開け困惑している。

「…………」

 静かに見守っていた俺は、一人顔を押さえて項垂れた。

 ……ミナセナオ、人の気持ちがわからなすぎる……。

 とことん生きづらそうな性格だ。

「俺は水流すとこは、一緒にえいって言って、やりたかったのに! 今まで頑張って時間かけて山作ってたのに!! お前のせいで、一瞬で全部ぐちゃぐちゃだっ……!!」
「……ご、ごめん……」
「だいたい、時間ない時間ないって、それもお前のせいだろ! 妹と弟が気になるからって、いっつも一時間しか遊べねーし……!」
「だ、だって、あいつらにご飯食べさせたり絵本読んだりお昼寝させねぇと……」
「親ごっこか!? 子供のくせに、何言ってんだよ!!」
「……」
「……お前といても、全然面白くない。ハブられてて可哀想と思って、遊んでやってたのに。ミナセなんか、もう俺に話しかけてくんな!」
「あ、あ、……まって……!!」
「……」

 少年は怒り心頭で駆けて行き、ミナセナオは追いかけようとして、べしゃっと転んだ。

「……チッ。どんくせぇんだよっ」

 少年は一瞬振り返ったけど、舌打ちをして、結局いなくなってしまった。

「……」

 ミナセは沈んだまま立ち上がらない。

 俺は木の裏から飛び出て、ミナセのそばに寄った。

「……大丈夫?」

 ケーキの紙袋を左手に持ち替えて、空いた右手を伸ばした。
 倒れたまま動かない姿が心配でしょうがなかったから。

「……? だれ……」

 ミナセがのろのろと顔を上げて、俺を見上げた。

「……っ」

 (どうしよう。どうしようどうしようどうしよう)

 手が伸びてくる。

 俺が差し出した手を、ミナセの小さな手が掴みそう。
 あと、少しで……。

「ッ……ううぅっっ……!!」

 でも、ミナセは寸前のところで拳を作り、ぐしゃぐしゃな赤い顔で立ち上がった。

 俺の手は取られることはなく。

 ジョウロ片手に走って行ってしまった。

「……」

 その後ろ姿を呆然と見送っていると、ミナセがすぐそばの古びた家に入っていくのが見えた。
 あそこに住んでいるのか。

「…………」

 (……また失敗だ……)

 今度は何がダメだったのかわからない。

 真っ赤な顔をしていたから、同世代の子供に自分のずっこけた恥ずかしい姿を見られたくないという気持ちが強かったのだろうか。

 ミナセの自尊心を汲み取って、声をかけるべきじゃなかったんだ。俺がバカだった。

 俺は反省しながら家までの道を歩いた。

 (……あ)

 帰りがけに、自販機があった。
 ミナセと少年が話していた新発売のジュースが、ちょうど売っている。

「……」

 俺は、ズボンのポッケから財布を取り出した。正月の親戚の集まりで貰ったお年玉が入っている。

 少し迷ったけど、お年玉を入れて、ジュースを一本買ってみた。

 どんな味がするか、知りたかった。
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