幼馴染のリスナーに媚びて人気者になりたい

久羽しん

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秋風視点 過去編

66 なんか/秋風《前編》

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「蓮見くん!!!」

 俺を追いかけてきたクラスメイトの女の子が続けて廊下に出てきた。

「……え……」

 クラスメイトは水無瀬の姿を視認した瞬間、びっくりして動きを止める。
 水無瀬はそんなクラスメイトの反応を見て、弾かれたように立ち上がり、ばっと駆け出した。

「……! 水無瀬!」

 勢いよく走って行ってしまう水無瀬のあとを俺は慌てて追いかけた。

「蓮見くん!?! 待っ──」

 何やら女の子の声が引き止めようとしてきたけど、無視をする。すれ違う時に一瞬見えたクラスメイトの顔は呆然としていた。

「はぁ、はぁ……っ」

 足の速さは全然違うから、水無瀬との距離はすぐに縮まった。
 水無瀬は大きく両肩を揺らして息をし、昇降口の下駄箱の前で止まっている。

 しかし、今がチャンスだとそばに寄ろうとしたら「来るな!」と大きく叫ばれてしまった。

「こ、こっちに、来んな……っ」
「……!!」

 俺も悪口を言っている仲間だと思われてしまったのだろうか。

 拒絶されたショックで思わず足がすくんだ。

 その隙に水無瀬は靴を履いて、一人昇降口を出て行ってしまった。

「……」

 (どうしよう。よりにもよって、あんなところを見られるなんて……)

 俺は立ち尽くしたまま、水無瀬の消えた外の風景をグラグラ見ていた。

 重たい曇り空は自分の心を映しているようだ。

 その時、灰色の空がぽつぽつと雨粒を落とし始め、アスファルトを濡らしていった。

「あ……」

 雨はやがて、土砂降りに変わった。

 そういえば、今日の天気予報は曇りのち雨だったことを俺は思い出した。

 (水無瀬……傘持ってなかったよな……?)

 手には多分持っていなかった。ランドセルに折りたたみが入っているんじゃと一瞬思ったものの、すぐに、いや手ぶらだったなと思い直した。水無瀬は一度帰った時に家にランドセルを置いてきたのだろう。

 (濡れてるなら、追いかけないと……)

 ──『来るな!』

「……!」

 拒絶の声を思い出してまた足が止まった。

 それを、俺は無理やり動かした。

 相手の気持ちとか、どう思うかとか、空気を読むとか、全部関係ない。
 俺が気になって仕方がないから。俺自身が水無瀬のことを心配でたまらないから、追いかけたい。

 でも、水無瀬は追いかけて来てほしくないんだろうから、この行動はきっと自分勝手だろう。
 空気の読めないことは、しちゃいけない。

 そうだ。良い子の蓮見秋風ならば、こんなことはしなくて──。

 ──『良い子でいるのよ、秋風。これ以上ない自慢の息子になりなさい』

「……っ」

 (……そんなの、)

 ──『いいの……?』

 ──『が、学校で誰かに心配してもらえたの、俺……初めてかも』

 ── 『それで、走ってもう一回学校に来る。そしたら……会える?』

 ── 『っっあ、ありがとな……! 俺と組んでくれて!!』

 (そんなの、知るか……!!)

 俺は自分の傘を引っ掴んで広げると、外の世界に飛び出した。

「はっ……はぁ……!」

 雨の中を一歩一歩走るたび、自分の形が変わっていくような、塗り替えられていくような、未知の感覚がした。

 それはとても不安で、恐ろしくて、だけど、それ以上に高揚した。

 前髪に当たる雨粒は鬱陶しいのに、どんどん視界が開けていくような気がする。

 ──俺は今、自分の意思で行動している。

 誰の為でもなく、自分の為に、走っているんだ。


 *


 (……い、いない……)

 傘を差したまま片膝に手をつき、俺は息を整えた。

 無我夢中で走っていたら、とうとう水無瀬の家の前に着いてしまった。

 夏休みのあの日水無瀬が家の中に入っていくのを見たから、家の場所は知っている。

 だから学校から一直線にそこを目指して追いかけてきたのだ。

 なのに、ここまでの道で、水無瀬の姿はどこにも見当たらなかった。

 (どこかですれ違ったのか? 別の近道があるか……それとも、もうお家に入ったのかも)

 無事に家に帰れているのならそれで良い。

 話はしたかったけど……水無瀬がびしょびしょになって風邪を引くのが一番嫌だから。

 (なら、俺も帰ろう……)

「…………?」

 来た道をやや落ち着いたテンションで引き返し始めた俺は、ふと足を止めた。

 目の前には、水無瀬が友達と喧嘩をしていたあの小さな公園があった。

 雨水にさらされ、地面がぬかるんでいる。その上を靴で踏んだのか、地面にぐちゃぐちゃの跡がついていた。

 (? なんだ……?)

 こんな大雨の中公園で遊んでいる子なんているわけがないのに……。

 ──『まあ……。家の近所の公園で良く、チビたちと遊んでるからかな。結構慣れてるよ。これだけは』

「……」

 (もしかして……)

 そんなわけないと思いつつも、俺は腰くらいの高さのアーチ型の車止めの間を通り、公園の敷地の中に入っていた。

 地面を荒らしている足跡は一つだ。

 はやる気持ちを抑えながらゆっくり足跡を追っていく。

 公園の真ん中の、山のような形をしたトンネルの前で足跡は途絶えた。

 俺は傘を傾け、膝を折り、トンネルを覗き込んでみた。

「あ……」

 すると、体育座りで小さく丸まって、自分の膝に顔を埋めている水無瀬が居た。

 髪の毛からも、服からもポタポタ水滴が垂れ、お尻の下に水たまりができている。

 びしょ濡れだ。

「水無瀬……?」

 俺が名前を呼んだら、水無瀬は弾かれたように顔を上げた。

「──!!! ……~~~~っっ」

 目を見開いた水無瀬は、慌てて逃げようとしたのか、腰を上げて反対側の穴に向かおうとして。そして結局、ゴツン! とトンネルの天井に思い切り頭をぶつけてしまった。

「……」

 痛そうに両手で頭を押さえふるふると震えている。

 自分がトンネルの中にいることを忘れていたのかもしれない。だからって、トンネル内で立ちあがろうとする人間がどこにいるというのか。

 (……バカ?)

 思わず呆れ笑いがこぼれてしまった。

 気まずかったことなど忘れるほど、水無瀬が水無瀬らしいから。おっちょこちょいな姿を見て、つい気が抜けてしまった。

「大丈夫?」
「っ……や、やめろ、来るなっ!」
「え?」
「俺と一緒にいるところを見られたら……お前まで、陰口言われちゃうぞ」
「……!」

 水無瀬の言葉を聞いた俺はすぐに傘を畳み、自分もトンネルの中に入った。

「ひっ……」

 それから、後ずさろうとする水無瀬の腕を掴んで逃げられなくしてから聞いた。

「離せ……!!」
「だから逃げたの?」
「……へ?」

 俺の質問に、水無瀬はぎくりと顔をこわばらせた。

「さっき学校で、こっち来るなって言ったの……そういうこと?」
「……っ」

 水無瀬は俯いて唇を噛む。

 何も言わないのが、図星だと認めているようなものだった。

「…………バカだなぁ……」
「なっっ……!」

 思わず脱力したような声が出てしまった。

 だって、いつもふわふわとあちこちに跳ねている水無瀬の髪の毛は、ぺたんと力をなくしているし。頭の先から踵まで、全身ぐっしょりと濡れている。

 こんな、捨てられた野良猫のような姿になってしまって……。
 そうまでして、俺の名誉を守ろうとしてくれただなんて。俺は、他人からどんな評価を受けたって、どうだって良かったのに。

「ほんと、バカ……」

 俺は水無瀬の腕をぎゅっと掴んだまま、小さく吐き捨てた。

 そんなことを言われて水無瀬は怒るかなって思ったけど、怒らなかった。ただ、不思議そうにきょとんとしていた。

「……えっと……なんでお前がそんな顔するんだ?」
「……」

 なんでもなにも。

「わっ!」

 小さな鼻を摘んでやったら、水無瀬は変な顔で目をつむった。

「なんでって、こんなにびちょびちょで、心配しない方がおかしいでしょ。どうして傘もないのに一人で走って行ったりするんだよ」
「……! ……ご、ごめん……」

 水無瀬は自分の鼻を両手で覆って、俺の表情を涙目でうかがってくる。
 そんな顔をされると、何もかもを一瞬で許したくなるし、甘やかしたくてたまらなくなる。

 ちゃんと叱らなきゃいけないのに……。

 俺はふらつきそうになる気持ちを誤魔化すように、水無瀬の服を強引にめくった。

「脱いで」
「わぁっ」

 とにかく着替えさせることが先決だ。呑気に話をしている場合ではない。

「おい、蓮見……!」

 文句を言っている水無瀬の体から、水分を含んだパーカーとTシャツを容赦なく剥ぎ取った。

「……これ着て」

 代わりに自分の着ていた薄手のニットを頭から被せる。
 水無瀬が腕を入れられずもだもだしているから、手伝って着せた。俺はニットの中にシャツを着ているから、ニットは貸しても大丈夫だった。

「じっとしていてね」

 着替えさせた後は、ハンカチで水無瀬の顔や髪の毛を丁寧に拭いていく。

「よし……。ちょっとは寒くなくなった?」
「……あ、うん。ありがと……」

 水無瀬は気まずそうに顎を引いてお礼を言ってきた。

「ううん、気にしないで」
「……でもさ……俺、やっぱり別のところに行くよ。もし、こんなところを他の奴らに見られたら、お前がなんて思われるか……」

 チラチラと視線を泳がせている水無瀬は、どうも今すぐにでも逃げたいみたいだ。

「別のところって?」
「え……。うーん……他の公園とか」
「……」

 水無瀬の家は目の前なのに。どうして家に帰るという発想はないんだろう。

「というか、どうしてお家に帰らないでこんなところにいたの?」
「それは……こんな姿を家族に見せたら心配かけちゃうからな」
「心配……?」
「うん。特に双子は、心配しいだから。俺はお兄ちゃんだし、あいつらを守る立場だし、あんまり余計な気苦労はかけたくないんだ」
「……風邪を引いた方がもっと心配をかけると思うけど」
「……! うぅ……そ、そうだよな。でも、風邪引かない場合もあるじゃん! 俺はその可能性に賭けたっっ」

 何をドヤ顔で言っているんだ。
 俺が呆れていたら、水無瀬はばつの悪そうな顔をしながら目元をこすった。

「それに、父さんにも、今日は友達と話してから帰るって言っちゃったから、すぐ戻ったら不思議に思われるだろうし……。せめて髪と服が乾いて、顔が普通になってから帰ろうと思って……とりあえずここに隠れてた」
「……」

 雨に打たれながら、きっとまた泣いたんだろう。水無瀬の目は腫れぼったくなってしまっている。

 俺のせいだ。待ち合わせしていたのに、くだらない陰口を聞いてしまったから。いちいち反論なんかしている場合じゃなかった。あんなの無視してすぐ水無瀬との集合場所に向かえば良かったのに。

 俺は唇を強く噛み、水無瀬の小さい体を腕に抱きしめた。
 冷えた体が、ちょっとでもあったまりますようにと願う。水無瀬が風邪を引くくらいなら、俺がそうなった方がいい。

「……!」

 水無瀬の肩がびっくりしたように跳ね上がった。
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