幼馴染のリスナーに媚びて人気者になりたい

久羽しん

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秋風視点 過去編

66 なんか/秋風《後編》

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 こっちの顔を見ようと頭を動かすから、水無瀬の髪の毛が俺の頬に何度も当たった。

「蓮見……?」
「ごめん。俺のせいだよね。その顔も、雨に濡れたことも」
「えっ!? なんでそうなる……!?」
「だって、水無瀬が逃げて走っていったの、俺のことを気にしてでしょ?」
「……! そ、だけど、いや……」
「あと、俺、口下手だから、何からどう話せばいいかわかんないんだけど……今日みたいなことが二度とないように、色々ちゃんと言わなきゃって思ってる。だから、聞いてほしい」

 俺は水無瀬の肩に顎を乗せ、小さな声で言った。顔を見て話す自信がまるきりなかった。

「……ん? は? 口下手? お前が……??」

 水無瀬の声から、それは嘘だろ、という疑いの色がありありと伝わってくる。

「ほんとだよ」
「……えぇ……?」
「水無瀬と話してると、特に、変になるもん。だから、上手く説明できないかもしれないんだけど……」
「……う、うん」
「俺は……人からどう思われても、別に良いんだ。水無瀬といることで、たとえ誰かに何か言われたとしても、俺は絶対に傷つかない」

 密着しているところから、水無瀬の体が固くなったのが伝わってきた。びっくりしたのだろうか。
 俺は唾を飲み込んで続けた。

「それより、水無瀬に避けられたり、逃げられたりしたら、そっちのほうが傷つく。だからもう、俺から逃げないで。前にも言ったように、俺は水無瀬と仲良くしたいと思ってるから」
「……。ほんとにお前、俺と仲良くしたいのか?」
「うん。本当だよ」
「な、なんで……?」

 (……う)

 やっぱり来た。その質問。

 でも、俺は良い回答が全然思いつかなかった。

 蓮見秋風ならば、適切なことを言ってくれるのに。

「……」

 頑張って頑張って考え、自分の気持ちを整理する。

 そしてようやく、口から返事が出てくれた。

「えっと……水無瀬といると、楽しい。他の子といる時よりも。仲良くしたいのは、そういう理由」
「……そんなことある?」
「あるよ」
「……」

 水無瀬は全然信じていなそうだった。

 心の中ではやっぱり俺が優しいからだと思っていそうだ。そうじゃないのに。

 きっと、自分に自信がないからだろう。
 それなら、いくら他人が言葉で否定しても無駄なのかもしれない。水無瀬自身の根本的な考え方が変わらない限りは──。

「うーん……よくわかんねーけど……俺も、お前といると、楽しい。色んなこと教えてくれるし、たくさん話してくれるし。俺、いつもな、少し仲良くなれたと思っても、すぐに嫌われちゃうから。だから、毎日話してても離れていかないの、お前が初めてだった」

 水無瀬はお返しのように打ち明けてくれた。

「でも……今日、俺、変なこと言って、とうとう心広い蓮見のことまで怒らせちゃっただろ? 俺、やばすぎる……。どうしよ、お前にまで嫌われたらどうしよって、思ったら、すっごく悲しくて。つい、泣いたりして。あの時はごめん。俺のこと、泣き虫でうざい奴って思ったよな……」
「!! 思ってない!」

 俺は慌てて水無瀬の肩から顔を上げ、体を離した。

 顔を覗き込んで、目を見て言った。

「あの時は、ほんとに俺、怒ってたわけじゃなくて。意味わからないことばかりまくしたてて、混乱させちゃったよね。俺の方こそごめん」
「……」

 水無瀬は力なく首を横に振り否定した。

「違う。俺が悪いんだよ。お前がそんなに王子って呼ばれるの嫌なの、知らなかったから……」
「え……」

 そうじゃないんだけど。

 水無瀬は勘違いしているみたいだ。

「もうあだ名で呼んだりしないから……。……俺のこと嫌わないで……」

 純粋に仲良くしたい気持ちを優しさだと思われたのが悔しかったんだと、説明しなきゃいけないのに、水無瀬が潤んだ瞳で上目遣いに見つめてくるから、思わず思考が全部頭から吹っ飛んでいた。

「き、嫌うわけない……」
「でも……」
「……っ」

 どうしよう。かわいい。

 俺は水無瀬から目を逸らし、早口で言った。

「というか、あだ名はどうだっていいんだよ。嬉しくもないし、嫌でもないし、」
「そうなのか? でも、一応あだ名は呼ばないでおくわ。ちゃんと、蓮見って呼ぶ……嫌われたくないし」
「……」
「……蓮見?」
「水無瀬にだから、正直言うけど」
「? うん」
「名字で呼ばれるのは……本当は、ちょっと嫌だなって思う。ちょっとだけだけど……」
「ええっ!?」

 俺が蓮見秋風になったのは七歳の時だ。
 それまでは、違う自分として生きていたし、急に変わったのだから、俺は蓮見秋風のことを自分とは思っていない。
 それに、家に置いてもらっているだけで、俺は蓮見家の一員じゃない。
 蓮見を名乗る義父や義姉とは血が繋がっておらず、向こうも俺のことを家族だなんて微塵も思っていないのだ。

 だから正直自分の今の名字はずっと好きではなかった。

「ま、まじ!? どうしよ、クラスの子にいっぱい呼ばれてね!?」

 水無瀬が驚くのは無理もない。俺のことを名字で呼ぶ友達は結構多いからだ。「これみんなに教えた方がいいんじゃ……」と慌て出した水無瀬の言葉を、俺は否定した。

「他の子が俺のことを蓮見くんって呼ぶのは合っていると思うよ。だって、みんなが話しているのは蓮見秋風なんだから」
「???」

 水無瀬は分かっていないようだ。俺も、俺が何を言っているか分かっていない。自分の中の感覚的なことをちゃんと言葉にするのは、どうにも難しかった。

「えーっと……、その、みんなは良いんだけど、水無瀬にはそう呼ばれたくないっていうだけ……」
「……そ、そうなんか」

 水無瀬は首をひねりながらも、一応は納得してくれた。

 それから、ぱっと顔を明るくさせて提案してきた。

「あ! それじゃあさ……! 今日から俺、お前のこと秋風って呼んでいい?」
「……!」

 俺は息を詰めた。水無瀬に名前で呼ばれると、心臓の音が急に早くなった。

「どう? 仲良くしたいって言ってくれたから、調子に乗ってみた」
「……い、いいよ。嬉しい」
「! へへ。そっか! なら、これからは秋風って呼ぶなっ。名前で呼ぶと、急に仲良しって感じして楽しい!」
「……うん…………」
「そしたら、秋風も俺のこと、下の名前で呼べよ」
「えっっっ」

 呆気に取られている俺に、水無瀬はおねだりするように顔を近づけてきた。

「俺だけ変えるの、寂しいだろ?」

 どうしてこうも、いちいち可愛らしいのか。これで狙ってやってないんだから、恐ろしい。

「……っ」
「……ん? まさか俺の名前、忘れた?」

 水無瀬はシーンとしている俺を前にして不安そうだ。
 俺は慌てて首を横に振り、「忘れるわけない」と返した。

「でも、言わないじゃん」
「っ……言うよ、言える」
「じゃあ、どぞ」
「……っ、な、…………水無瀬」
「おーーーい!!!」

 水無瀬は俺の肩を掴みがくがくと揺さぶった。

 情けない。分かってる。名前で呼ぶくらいなんだ。

 こんなんじゃ水無瀬に度胸のない男だと思われてしまう。

「…………っ……波青なお!」

 俺は揺さぶられながら、ヤケクソになって叫んだ。

 言った瞬間、耳がかっと熱くなった。

   ──『名前呼び、緊張するもん!』

 前にクラスメイトが言ってた言葉を、俺は初めて理解した。

 ああみんなはこういう事を言っていたんだと。今更になって身に染みた。

 この世界は、自分で体験してみなければ分からないことが多いらしい。

 俺は、水無瀬の言う『ロボット』から、ちょっとだけ人間に近づけたような感じがした。


 *


 それから俺たちはトンネルの中でたくさんの話をした。

 波青はやっぱり、さっき陰口を耳にしたことがすごくショックだったみたいで、「秋風、庇ってくれてありがとな」って言ってきた。

「ううん。庇ったとかじゃなくて、俺は思った事を言っただけだよ。波青は普通で、悪口を言ってた子たちの方がおかしいんだよ」
「…………」

 波青は俺の言葉に悲しそうに笑った。全然腑に落ちていないみたいだった。

「いや、そうじゃないと思う。みんなが普通で、俺が悪いんだよ。俺のこと嫌いなみんなの気持ち、正直分かるから」

 なんでそんな悲しい事を言うんだろう。俺が顔をしかめたら、波青は微笑んだまま呟いた。

「俺ね、何考えてるかわからないって、昔からよく言われんだ」

 低学年の頃は引っ込み思案で何も喋られない子供だったのだと、波青は教えてくれた。
 考えすぎるあまり言葉が出なくなってしまうタイプだったという。

「そんで、俺が無口で、人見知りすぎるから。母さんすげー、俺のこと心配してて……」

 波青は言葉の途中で瞬きし、気まずそうに付け加えた。

「あ。母さんは、双子の出産で、もう……その、いなくなっちゃったんだけどさ」

 片親だというのは、噂で知っていた。
 でも、出産時に亡くなったというのは知らなかったから、俺はなんて言ったら良いかわからず、ただ「うん……」と頷くことしかできなかった。

「母さんが、最後の会話で……教えてくれたんだ。『思ったことは何でも言えるようになりなさい』って。あなたはそのくらいでちょうど良いからって。……俺、母さんのこと心配させたくないから。母さんには、もう俺のことも、家族のことも、心配しないでゆっくりしてほしいから。だから……頭に浮かんだこと、全部口から出せるように、頑張ってたんだ」

 波青は首をかきながらボソボソ続けた。

「そうしたら、やりすぎて、癖になって、次第に言わなくていいことも言っちゃうようになって……、上手くいかないんだよなぁ……」
「……」

 波青は体育座りした足元をじっと見つめていたけれど、やがて視線を上げ、俺に下手くそな笑顔を向けて来た。

「なはは……、なんか苦手の『なんか』って、むずくねっ!!?」
「…………」

 ── 『私もー。無理無理。去年も同じクラスだったけど、あの子なんか苦手~』

 波青はあの瞬間、話したこともないようなクラスメイトのどうでもいい言葉を一言一句記憶してしまったんだろう。言われた言葉は、確実に波青の心に刺さっている。
 なのに、みんなのことを責めたりせず、自分が悪いんだって思って悲しさに蓋をして。俺に気を遣わせないよう、偽物の笑顔を作って、冗談に変えて……。

「…………っ」

 俺はたまらない気持ちになって、言葉が出てこなくなった。

 かわいい。いじらしい。そんなふうに笑わないでほしい。こんなに一生懸命で純粋な子を、誰にも傷つけさせたくない。
 どこか誰もいない安全な場所に連れ帰って、大事に大事に保護して、ずっと見つめていたい。

 喉元まで駆け上がる、熱くて苦しいもの。

 なんなんだ。この感情。

 これが、『なんか』?

「っおれは、波青のこと、なんか……」

 気づいてたら、口にしていた。

「なんか、すき」

 涙を抑えるのに、精一杯だった。

「……『なんか』?」

 俺の言葉に、波青は吹き出した。

 嬉しそうに、シャボン玉が弾けたみたいに、笑った。

「……ありがとう、秋風」

 その瞬間、俺の胸はギュッと掴まれて、苦しくなった。

 波青を取り囲む全てがぼやけている。

 ぼやけた世界の中心で──波青だけにピントが合っているみたいに。

 キラキラ、光っていた。
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