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第2章
【閑話】私の推し/フユ④
しおりを挟む「……は……????」
最後まで見終えた私は、脱力してへなへなとベンチにへたり込んだ。
ごちゃまぜが手を振りながら舞台袖にはけていく。愛しのモモたんにファンサを貰うチャンスだ。
なのに……全然力が出てこない。
(……な、なにこれ? 今日、ほんとなに……???)
あり得なすぎる。
最後に、ずっと楽しみにしていたアキモモデュエットが始まって。
二人の曲だから、二人が主役に決まっている。
こんな、ステージに近い神席で、生で特大アキモモを浴びて、私は幸せな気持ちで家に帰るはずだった。
実際、二曲目までは良い感じだった。私も「キャーーーー!!!」「ギャァァアアーーー!!!」とかしきりに叫びながら、舞い上がりまくっていた。
モモたんの高くて可愛い声にアキの甘い声が合わさって耳が溶けてしぬかと思った。
モモたんがアキに寄りかかりながら歌った時の身長差なんて仰げば尊しで、そんな小さいモモたんを見下ろすアキもデレッデレの顔をした彼氏で、本当に二人の世界って感じだった。これは腐ィルターがかかってるわけじゃない。絶対絶対絶対にそう。正真正銘の事実。
なのに……最後の曲。
最後の曲で、アオカスが全部ぶち壊しやがった。
(なにあいつ!!! 突然、アキに抱きついて……!! モモたんの真似でもしてんの!? あり得ないから!!!!)
なんとそのまま、歌まで奪って歌い出した。とんでもなく音痴だった。
抱きつかれてムカついたのか、アキも、鬱陶しそうにアオの体を押して自分から引き剥がしていた。モモたんにはあんな乱暴なことしたことないし、いつも受け入れてるから、やっぱり『アキモモ』は相思相愛で『アキアオ』なんてものは存在しない。リアルじゃない。
だけど隣のクソ腐女子たちは目が狂っていやがるから、「アキアオ……」「リアルアキアオ……」「アキアオは現実だったんだ…………」「アオに向かって歌ッッ……うぅっ……」「……もうだめ……」とかいちいち実況しながら、号泣&号泣で、この上なく鬱陶しいったらなかった。
いつまで泣いてんだろ、このロングとショートカットのアキアオオタクたち。まじでウザすぎる。
アキアオの特大供給だとか思ってんのかな? あんな、最後のやつなんて、たまたま隣にいるのがアオだったからアキがアオの方を向いて歌っただけじゃん。誰が隣でもそうしたよ、アキは。その前の振り払ったのは見てないの? どんだけお花畑なの? ほんと、都合のいい頭と都合のいい目してるなアキアオオタクさんは……。
「ふ、冬実ちゃん……?」
イライラと靴で地面を叩いてたら、アキアオオタクとは逆の隣から声がかかった。
(……あ。そういえば、今日は同行いたんだった……)
ムカつきすぎて、すっかり雫ちゃんのことを忘れてしまっていた。
(良かった。共有できる相手がいて! いつもネットでやってるみたいに、アオの愚痴言って憂さ晴らししよ……)
私はホッとし、雫ちゃんに同意を求めた。
「ねぇ、雫、さっきの見た!? アオ、ワンフレーズでも超超超下手くそだったね! あんな無理やり割り込んでド下手くそな歌聴かせるとか勘弁してほしいんだけど!! こっちはアキモモの歌を聴きたくてチケ代払ってるんだからさ~!!」
「……! …………」
雫ちゃんは何も言わない。
(あっ……)
やばい。また、引かれたかも……。
私は一瞬にして血の気が引いて、慌てて言い訳をした。
「い、いや、ごめん! ちょっと今、イライラしてて……! だって今日って、モモたんのクリアカードは一枚も引けないのに、アオだけはいっぱい出て、本っ当朝から最悪だったから……! それで……っっ」
「……、あの~……」
(……え!?)
私の言葉の後、急に隣の人に肩をポンポンされた。
(!! うわっ……アキアオオタクが話しかけてきた!!?)
一体、何の用だろう。
私のことを見ているのは、アキと同じ髪色をしたロングの女の子の方だ。
「突然すみません! お姉さん、モモたん推しさんなんですか~? わたし、今日モモたんのクリアカード三枚出たんですけど……」
「え……」
「お姉さんが、アオいっぱい引いたって言ってるの聞こえてきて、ついつい話しかけちゃいましたっ! 良かったらわたしとグッズ交換しませんかっ!?」
「ええ……!!?」
なんて提案だ。
モモたんのクリアカードをフリマアプリに出せば、高く売れて、そのお金でアオカスのカードなんて何枚も買えるだろうに。
まさか、売らずに交換してくれるなんて。
(……神……???)
アキアオオタクは嫌いだけど、この子は超良い子。女神なのかもしれない。
「はっはい! ぜひぜひ、お願いします!! 三対三でいいですか!?」
私は二つ返事で、食い気味に了承した。
「はーいっ、ありがとうございます! それで大丈夫ですよ~!! じゃあ、モモたんをどうぞ!!」
「わーーー!! 嬉しい……!! これ、私が引いたアオです!!」
「はい。確かに受け取りました! 交換完了っ」
ほんと、ありがたすぎる。
ロングの女の子からもらったモモたんのクリアカードを抱きしめると、じわじわ胸があったかくなった。
私は感動したまま、女の子に笑顔を向けた。
「本当にありがとうっ!」
「……」
女の子はニコリと笑顔を返してきて、首を横に振った。
「いーえっ! こちらこそ、アオのカードと交換してくれてありがとうございます! わたし達からしたら、アオの良いところは『特になし』じゃないので、とーっても嬉しいで~すっ!!」
「………………えっ?」
「……はぁ……」
ショートカットの女の子の方が、ため息をついてロングの子を注意した。
「こーら。だる絡みすんな。子供みたい」
「ちぇっ。だって~。ムカついたんだもん~~!」
「ヤバい人には話しかけちゃだめでしょ? 行くよ」
「あっ! 待ってよ、沼っち~~~!!」
先に立ち上がって去っていくショートカットの子を、ロングの子がパタパタと追いかけて消えていく。
私はそんな二人をポカンと見つめていたけど、遅れてじわじわと怒りが湧いてきた。
(え? な……なにあれ……? 今の、私に嫌味言った? 『ヤバい人』って……私のこと???)
「ちょ……あの子たち、失礼すぎない?? やばくない……??」
私は震える声で、雫ちゃんに同意を求めた。
すると、雫ちゃんはそっと目を伏せ、「さっきの子たちが怒るのも無理ないと思うよ」と言ってきた。
「へ?」
「今日の冬実ちゃんの言動、私もどうかと思ってた……。ネットでアオくんがなんて言われてるか、私は見ないから知らないけど……。ここはリアルだから……そういうの、持ち込んで欲しくなかったよ。アオくん本人に聞こえる声で、『特になし』とか言うなんて……」
「……!」
「私は箱推しだし……そういうの……本当に嫌だった」
「……あ…………」
「……」
雫ちゃんは悲しそうに唇を引き結んでから、静かに続けた。
「私が、高校の時、冬実ちゃんのことを大好きだったのは……。憧れてたのは。冬実ちゃんが、人を傷つけない人だったからだよ」
「……!」
「いつもみんなに優しくって、気を配ってくれて、私なんかにも明るく話しかけてくれて……ひだまりみたいで、本当に、私は冬実ちゃんにずっとずっと憧れてた。…………だけど……」
ねえ……。ちょっと待って。
だけどって。
え?
聞きたくない。
だって、その先は──。
「……冬実ちゃん……変わっちゃったね……」
「………………」
私は、何も言えなかった。
(『変わっちゃったね』……?)
え? なに、それ……。
そりゃ……変わるよ。
私だって前は……こんなクソみたいな性格じゃなかった。
高校の時は、パパもママもいて。
私、もっと、明るかったし、笑えたし、情緒も安定してたよ。
今の私、私だって嫌い。
あんたに何が分かるの?
私と同じ経験した人じゃないと絶対、分かんないよ。全部全部全部真っ黒だし音もないよ。
絶対絶対……分かりっこないんだよ……。
*
その先の記憶はない。
ただ私は、フラフラと会場から出て、駅に向かった。
雫ちゃんとは、行きの和やかさが嘘のように、冷たい空気が流れていた。
「……」
私は、電車の中で一人、モモたんの配信の古いアーカイブをつけた。
何度も何度も励まされてきた、モモたんの配信。
アンチをあっけらかんと笑い飛ばしてくれた、モモたんの配信を……。
すると、イヤホンをつけた耳に、モモたんの声が流れてきた。
『え? アンチコメ~? アンチなんてさ、どうせろくでもない人生送ってる人たちなんだから気にするだけ損だよ。だって、満たされてる人は何かに攻撃しようと思わないもん!』
「………………」
『ろくでもない人生』
『満たされてないから攻撃する』
あ。
これ……。
私のことだ。
今頃気がついて。
私はただただ呆然と、電車に揺られていた。
「…………」
このどうしようもない苦しさを晴らすために、いつものように裏垢にログインして、アオのアンチコメを書こうと思った。
だけど、直前で手が止まった。
──『うちのメンバーを、いじめないでね』
──『わたし達からしたら、アオの良いところは『特になし』じゃないので、とーっても嬉しいで~すっ!!』
──『ヤバい人には話しかけちゃだめでしょ。行くよ』
──『……冬実ちゃん……変わっちゃったね……』
今日見たいろんな光景が、言葉が、頭の中をリフレインした。
「……は、はは………………」
ぽたぽたと、画面に水滴が落ちていく。
「っ……」
私は泣きじゃくりながら、裏垢とアンチサイトのブックマークを削除した。
「も、もうやめよう……」
(このままずっと、ここにいたら……)
悪口を言い合うだけの繋がりの人たちを、『仲間』と呼んでいたら。
どこまでも堕ちていくだけだ。
抜け出さないと……。
今日見た、あれが普通の反応なんだ。
雫ちゃんみたいな人たちが、普通の人なんだ。
私は、いつの間にか、SNSやインターネットの世界に毒されていた。
表に立つ仕事をしている人相手になら、何を言っても良いって思いこんでしまっていた。
相手は、私と同じ人間なのに。傷ついたり、パパとママみたいに死ぬこともある、普通の人間なのに……。
「……」
【今日はごめんね。雫。本音を言ってくれてありがとう。私、推し活に依存しすぎて……おかしくなってたんだと思う。せっかく楽しい日なのに、私がぶち壊しちゃったよね】
私は震える手でメッセージアプリを開き、雫ちゃんにメッセージを送った。
すぐに、返信が返ってきた。
【こっちこそ、変わったなんて酷いことを言ってごめんね。大好きで、憧れの冬実ちゃんだからこそ、心配になったんだよ。本当だよ。何か、悩み事があるなら教えてください。私でよければ、何でも聞くから】
「……っっっ」
私はスマホを握りしめながら、顔を伏せて、ずっとずっと泣いていた。
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