幼馴染のリスナーに媚びて人気者になりたい

久羽しん

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第3章

127 モモの家《後編》

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「──でっっっけ~~~……!!」

 翌日。

 俺は、メッセージアプリで送られてきていた住所を頼りに、桃星の家の前に訪れた。

 桃星は俺と一緒で一人暮らしをしていないから、ここは実家のはずだ。

 さすが、都内屈指の高級住宅街。どこを見ても格式高い豪邸が並んでいる。

 でも……その中でも一際でかい家があって。
 なんとそれが、桃星の実家だった。

 (と、都内でこんな広い敷地……いくらすんだ……?)

 本当生きる世界が違うなと思い知らされるし、頬が引き攣ってしまう。

 桃星……知ってはいたけど、まさにお坊ちゃんだ。

「……アッ……こっ、ここに伺うように、モモ……あ、や、ととと桃星……から、言われたんですが……っっ」

 門柱に設置されたインターホンを恐る恐る鳴らして喋ると、落ち着いた壮年の男の声が返ってきた。

「ようこそお越しくださいました。どなた様でしょうか?」
「ミ゛ッ! みなせにゃおっですッ。モモの、同じグループのメンバーのっ。アオっていう、その……ははっ! 知名度ないんで俺! アオとか言われても分からないですよね、色の青? みたいな……! まじ、何って感じっすよねーいやーハハハッ……」

 緊張しすぎて噛みすぎた。やばい。しかもとんでもなくよく分からない自己紹介。キモすぎ。俺。

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
「あ、はい……」

 なんとか伝わりはしたようだ。さすが桃星の家の人。

 (良かった……)

 待っている間手持ち無沙汰だし、観察してみようと、俺は桃星の家を見上げた。

 長方形が重なったデザインの、馬鹿でかい邸宅。黒を基調としたモダンな外観だ。

 ガレージすご……。塀でよく見えないけど、庭も広そうな……。

 (ほおおお……)

「──お待たせいたしました。水無瀬様」
「わあっっ!」

 ほうほうとながめていたところに急に門が開き、思わずジャンプしてしまった。

 (誰……!? ……!! しっ執事か……!?)

 黒髪を後ろに撫でつけた、スーツ姿の男が出迎えてくれている。
 桃星のお父さんはこんなに若くないだろうし、お兄さんも今は結婚して家にいないと言っていた。となれば多分……執事だろう。

 (いやでも、アニメで見るみたいな執事服じゃなくて普通のスーツだよな。執事では……ないのか? 秘書……? みたいな?? わ、分からん…………)

 どっちにしろ、家に使用人というか、家族以外の人がいるところが凄すぎる。

 (ひえぇぇ……)

 やっぱり俺、場違いすぎだな……と恐縮していると、暫定執事の人が薄く微笑んだ。

「桃星様がお待ちでございます。ご案内いたしますので、こちらへどうぞ」
「あっっっは、はいっ……」

 俺は急いで、暫定執事の人の背中を追いかけた。

 門扉をくぐりアプローチを通りながら、庭をチラ見してみれば、まさかの滝まで流れているではないか。

 (い、家に滝って……。どういうこと!??)

 追いつかない。頭の処理が。
 ポカンと口を開けて綺麗な庭に感心しているうちに、無事家の中にたどり着いていた。

「お足元にお気をつけくださいませ」
「あっ!! ど、どうも……!」

 桃星の部屋は二階にあるのだろう。

 玄関ホールからオシャレな蔦のような螺旋階段を登り、上に上がっていくようだ。

「……桃星様。水無瀬様がいらっしゃいました」

 二階に着いたら、一つの部屋の前で執事の人が止まった。
 そして、うやうやしくドアをノックしている。

「──通して」

 部屋の向こうから小さな声が返ってくる。多分、桃星の声だ。

「どうぞお入りくださいませ」

 執事の人が頭を下げ、俺を促してくる。

「はっハイ……。ありがとうございます」

 俺はそうっとステンドグラスが施されたドアを開けた。

 すると──お姫様みたいな部屋が出てきた。

 アイボリーを基調としたラグジュアリーな家具たち。

 シャンデリアの光がキラキラときらめき、壁には手書きのデザイン画がいくつも飾られている。

 (お、おぉ……)

「お邪魔します……っ!」

 勢いよく部屋に入ってみれば、ふわっとバニラのような甘い香りに包まれた。

 (うわぁ……良い匂い……)

 桃星の執務室? なのだろうか。デスクが二つあって、片方にスケッチブックやカラーパレットや布のサンプル、ミシンなどが置かれている。

 もう一つの方には、PCとマイク、シンセサイザーにオーディオインターフェース、ミキサーも……。

「──ハッ……」

 いかん。まずいまずい。人の部屋なのに、興味深くてついつい勝手にジロジロ見てしまった。

 そんなことより、部屋の主に声をかけないと。

「……? って……あれ……? ん……? モモ、どこだ!??」

 キョロキョロ見渡してみるが、部屋のどこにも桃星の姿がない。さっき、声はしたはずなのに。

「モモ~!?!」
「うっさい。こっちだよ」
「……!!!」

 肩を跳ねさせ声のする方を見たら、部屋の一番奥にアーチ型の空洞があった。

 どうやら、アーチ壁に区切られていて、向こうの空間に行けるようだ。

「あっ……! そっちか!!」

 急いで向かい、くぐってみる。

 曲線が柔らかく視界を包みこんで、まるで別の世界への入り口のような雰囲気だった。

「アオ、いらっしゃい。今日は来てくれてありがとね」

 アーチを抜けると、たどり着いたのは桃色のクロスが貼られた寝室だった。

 桃星が、天蓋付きのベッドの上に上半身を起こして座っている。
 相変わらずフリルの多い可愛らしいパジャマを着ていて、一瞬女の子かと思ってしまった。

「……!! あっ、あぁ……!!」

 俺はドギマギしながら、気まずさを和らげるために辺りを見渡した。

 窓辺にはウェディングドレスみたいなレースカーテンが揺れ、純白の花が飾られている。

 角にある大理石のドレッサーには、香水やジュエリーボックスが優雅に並んでいて──。

 (や、やっぱ女子力高いな……!)

 俺、女の子のお部屋にお邪魔したことなんて生まれてこの方一度もない。なんだかソワソワして落ち着かないな……。

 (……いや、桃星は女子じゃないんだけども……)

 視覚的には女子でしかないから、すごくややこしい。

「わざわざ来てもらったのに、こんな体勢でごめんね~。迎えにも行けなかったし」

 そう言った桃星がベッドからふわふわのラグに足を下ろして立とうとしているので、俺はあっと我に返った。

「いやいやいや!! 良いよ! 全然! どんな体勢でも!!」
「え?」
「寝てろよ……! お前、体調悪いんだろ!?」

 慌ててそばに寄って肩を押したら、桃星は大人しくベッドに仰向けに横たわった。

「……、あ……そう……? じゃあ、お言葉に甘えて」

 枕に後頭部を預けた桃星が、ふうと息をつく。

「……」

 おでこの上には冷却シートが貼られているし、頬は真っ赤っかだ。どう見ても体調が悪そう……。

「モモ……夕陽さんから、熱出たって聞いたけど……大丈夫なのか?」
「あぁ、うん……。そうなんだよね。ちょっと……急に、ストレスがさぁ。誰かさんのせいで…………」
「っっう……!」

 (絶対俺だ……っっ)

 状況からして、俺でしかないはず。俺が秋風を泣かせてしまったから、桃星に心理的負荷がかかったんだ。
 でも、秋風を泣かせてごめんって桃星に謝るのもなんだか変だし。俺、何? 偉そうにどういう立場? って感じだし。どうしたら……。

「……あ、う…………!!」
「ぷっ……! 何あばばばばってなってんの。そんなビクビクしなくても、これは移るものじゃないから安心して。風邪じゃないし」
「やっ、その心配はしてないけど……!! たっ、ただ……」
「ただ?」
「えっと……、……うん……」
「はぁ?」
「……そ、そもそも、こんな熱出てる時に、話なんてして平気なのか……っていう……。人と会わないで、安静に寝ていた方がいいんじゃ……」
「はぁ。大丈夫大丈夫。余計なお世話だよ。良いから、そこ座りな」
「あ、はい……」

 桃星が指差した先には、ベルベットのスツールがある。俺はそれをベッドのそばまで持ってきて、腰掛けた。

 そうして一息ついたところで、桃星が俺から目を逸らしながら言った。

「……しゅーかに聞いたよ」
「え……?」
「しゅーか……アオのことが、好きなんだって」
「……──!!!」

 ドキッと心臓が跳ねた。

 (まさか。え……なんで…………)

 秋風が誰かに話しているとは思わず、頭が真っ白になってしまった。俺は、隠さなきゃとばかり思っていたのに。人に言って良いことだったのか。この話題は。

 そういえば昨日、夕陽さんが──。

 ──『実はね、昨日の夜……せいちゃんを宥めてごちゃハウスで一緒にご飯を食べてたら、電話がかかってきたんだ』

 ──『電話……?』

 ──『しゅーちゃんからだって言ってた。その電話に出て、少し話した後……せいちゃんが急に動かなくなっちゃって。魂が抜けた状態というか…………』

 (まさか、あれか……?)

 俺は唾を飲み込み、なんとか心を落ち着けて桃星に質問した。

「え、っと……それ……電話で聞いたのか?」
「……うん。そうだよ。一昨日、本人の口から」
「…………」

 (……なるほど……)

 だから俺は、今こうして呼び出しを受けているのか。納得だ。
 そんなとんでもないことを聞いた桃星が、俺を尋問しないはずがない。

「しゅーかはそういう冗談言う人じゃないから。きっと、本気……なんだろうね」
「……」
「……すっごくショックだったけどさ、二晩寝てちょっと落ち着いてきたよ」

 そう静かに呟いた桃星が、皮肉げに肩をすくめた。

「しゅーかは、全てにおいて完璧だから。一つくらい欠けている部分がないとおかしいもん……」

 桃星は俺を見上げながら、苦笑した。

「趣味がとんでもなく悪いくらいのハンデはないと……、ね……」
「…………」

 (いや、ほんと……)

 その通りだ。俺のことを好きだというのが本当だとしたら、秋風はかなり趣味が悪いと思う。自分で言うのもなんだけど……。

「ま、ハンデにしたって、本当信じられない好みだけどさ」
「……お、俺もそう思う……。あいつ、たぶんどうかしてる…………」
「……」

 俺の言葉を聞き、桃星は片眉を上げた。

「ふーん……。なにその口ぶり。ちっとも嬉しそうじゃないね」
「……!!!」

 思わず俺は、ぎくっと肩を跳ねさせてしまった。

「困ってるんだ? しゅーかに告白されて」
「……っ…………」
「アオのくせに、生意気。しゅーかみたいな人に、好かれるなんて……どれだけの人間がそのポジションを望んでいるか。ありがたいと思いなよ」

 冷たくすがめられた桃星の瞳に怖気付き、俺は自分の手を自分で握った。

「ご、ごめん……っ!! や、あの、嬉しくないわけじゃないっ! けど……まだ、あんまり追いついてないっていうか、その……げ、現実味がない……正直……。秋風はずっと、友達だと思ってたから…………。恋愛……対象じゃなかったし。全然。なのに、きゅ、急に、その……なんかっ…………」

 かなりしどろもどろになってしまった。

 でも、桃星は理解してくれたのか、目を見開いたかと思ったら、ばつが悪そうな顔で下を向いた。

「……まあ、そうか…………」

 桃星はどことなく弱々しい仕草で、掛け布団を手繰り寄せている。

「……ごめん、ありがたいと思えは違うね。うん……。僕だって、分かるもん……。分かるよ、その気持ちは」
「……??」

 どうしたんだろうと思っていたら、桃星が暗い表情で言葉を続けた。

「……僕も、全然現実味はないや。いや……ずっと思ってはいたんだよ? アオに対してだけ、しゅーかはすっごく過保護だなって。思ってはいたけど……まさかそれが、恋愛的な感情だとは全く思わなかった」
「……う、うん……」
「……僕はずっとさ。アオがあまりにもダメダメだから、優しいしゅーかは放って置けないんだろうなって。自分が面倒見てあげなきゃっていう責任感があるんだろうなぁって。そんなふうに捉えていたんだよ」
「!! 俺も……」
「グループに誘ってあげたのも、アオに何か弱みを握られてるか、幼馴染としての情があるから仕方なくなのかなぁって。だって……二人ずっとよそよそしかったでしょ? 仲良しだから誘ったんなら、もっと普通に話すはずだもん」
「……」

 (た、確かに……)

 ぐうの音も出ない。

「しゅーかはアオとの距離感に困っているように見えたし、配信外では関わろうとしないし……やっぱりアオのこと人として好きじゃないけど、しゅーかは優しいからごちゃまぜに誘ってあげたんだって思った。僕が怒ってたらいつも、『アオは良い子だよ』ってわざわざ弁明してくるし。いくら幼馴染だからって、こんな子にすごい気を遣ってあげて本当優しいなしゅーかはって思ってたよ。なのにアオは、そんなしゅーかの優しさをいっつも無碍にして、自分の人気上げのために利用しようとしてるのバレバレだし……」
「……っ!!」
「だから、しゅーかがアオにこれ以上搾取されないように、言えないしゅーかの代わりに僕が色々言ってあげなきゃって思ったんだよ。僕がしゅーかを守ろうって。……だけど……」

 桃星は瞳を潤ませ、自嘲的に頬を持ち上げた。

「違うんだね? 全部全部、アオのことが特別だったからなんだね。僕はしゅーかの気持ち……全然分かってあげられてなかったな。親友と言いながら……滑稽すぎて」
「……!! ……お、俺だって秋風のこと全く分かってなかったから……!! モモだけじゃない……。だ、だから、……っっ。……えっと……そんな顔は…………」

 言いたいことはたくさんあるのに、上手く言葉にならないのがもどかしい。なんで俺はこんなに語彙量が無いんだ。

「…………変なフォロー」

 くすりと、桃星にも笑われてしまった。

「……」

 静かに微笑んだきり、桃星は黙ってしまった。いつもは元気なのに……。

「……」
「……」
「…………」
「…………」

 俺はちょっと迷ってから、沈黙を破ることにした。

「……あの……。今日、モモに聞きたいことが色々あって……いいか?」
「……? うん……。なに?」
「まず……えっと、俺……初対面の時。モモになんか失礼なことしてない?」
「……、はぁ。なんで?」
「あっ、その……昨日、ごちゃハウスでハクに会って……!」
「へぇ。クソガキに」
「そうっ。その時、教えてもらったんだけど……! ハクに初対面の時酷いこと言っちゃったみたいだから、他の人にもしてないか心配になって。俺、忘れっぽいから基本覚えてなくて……」
「…………」

 すると、桃星が苦虫を噛み潰したような顔で、のけぞった。完全に、俺に引いている。特に、覚えてないと言った瞬間表情が険しくなった気がする。

「……!!」

 (こ、これは──……)

 完全にやっている、俺。やってんな。

 桃星にも何かやらかしているの、確定だ。

 そしてそれを……、見事に忘れてしまっている…………。

「……ご、ごめんなさい……!! 教えてほしい……です……!」
「…………はぁ……」

 頭を下げて頼み込めば、桃星がうんざりした顔で口を開いてくれた。
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