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第3章
128 俺は、どれだけお前を《前編》
しおりを挟む「……僕はさぁ」
ため息を吐いた桃星が、目をつむって切り出した。
「!! うっうん」
俺は太ももの間から椅子の座面に手をつき、前のめりになって耳を集中させた。
教えてもらえる言葉は、聞き逃さないようにしなくては。今度はちゃんと忘れないように。
「僕は、しゅーかのことをとても尊敬しているし……大好きな友達なの」
「……! うん」
「……そのしゅーかが、一番にグループに誘った子だよ? 僕は誘われなかったのに。じゃあ、さぞかし素敵な子なんだろうなって思うじゃない? だから僕は、アオに会うのを本当に楽しみにしていたし、期待でワクワクしていたんだよ」
「……!!」
(うっ……。な、なんか、すごいハードルが…………)
「それで、顔合わせの当日を迎えたら──」
桃星は目を開け、昔を思い出すような顔で俺を見つめた。
「……実際来たのが……これだよ…………」
「ッッ……す、すいません……!!!!」
「モッサいし、ダサいし、清潔感ゼロだし、挙動不審だし……色々びっくりしちゃったけど、まあ、しゅーかの見た目で人を判断しないところも好きだから。納得したんだよね。外側はともかく、きっと中身が凄く良い子なんだろうなぁ……って」
「…………!!」
(うわっっ!! や、やめてくれ……! またハードルが……っっ)
「そしたらさ。二人きりになって、第一声アオが僕になんて言ってきたと思う?」
「へ…………?」
(……やばい。覚えてない…………)
「『お前、なんでフリフリな服ばっか着てんの? 男だよな?』」
「……!!?」
「『男なのに、女の子みたいな格好して、変なの』……って。そう言ったわけ。もう……唖然だよね。あぁ……素敵な子だからじゃなくて、ヤバいやつだからしゅーかは放っておけなかったのかな? それか、弱みを握られてるのかな? って思ったのはその時だよ。正直、これからこんなのと同じグループでやっていかなきゃいけないの? 最悪……って絶望したけど、アオはしゅーかの幼馴染だし、我慢するしかなくて……」
「──ごッ………………ごごごごめん……!!!」
桃星の言葉に、血の気が引いていくのを感じた。
言われて思い出した。
確かに、『男なのに、女の子みたいな格好して、変なの』とは言った。確実に言ってしまった。
単純に疑問だったし、悪いことと思ってなくて、つい言ってしまったのだ。
今まで、俺の周りにそういう人はいなかった。桃星みたいに中性的な格好をしてる同性の男を見るのは初めてで、驚いたから……。
そしてあの時、桃星はたしかこう返してきた。
──『可愛いからだよ。……文句ある?』
文句なんてないから、俺は高速で首を横に振って
──『いやいやいや! ただ、純粋に気になっただけ……! そっか、モモはカワイイのが好きなん?』
──『そうだけど』
──『なるほど……!?』
というような会話をしたと思う。
その後、桃星がムッとした表情になって言ったのは──。
「……あの時僕が、『男とか女とか関係ないでしょ。僕は好きな服を着る。そういう失礼なこと言うのはやめた方がいいよ』って、忠告したよね」
そうだ。そう言われた。
「そしたらアオは……きょとんとした顔してた」
「……!!」
──『し、失礼なこと……? ……!!! あっ、ご、ごめん。そんなつもりじゃ……っ。俺、空気読めないって、良く言われる……!!』
「…………」
(そうだ……)
それも思い出した。慌てて弁解して謝ったんだった。あの時の俺。
「わざとじゃないのは分かったよ。わざと煽ってんじゃなくて、無意識に嫌味っぽいだけだって。アオはそういう人なんだなって。それに、謝ってくれたし、反省はしてるみたいだし……まあいいかってその場では許した。でも……許しても、その後、何度も何度も同じようなことがあったじゃん。今までずっと」
「あ…………」
「いっそ悪気があった方が分かりやすくていいのに、無いんだもん。人を傷つけてる自覚……無いんだもん。自分は悪くないですって顔で、言ってきて、指摘したらきょとんとするの。それ、ほんっっとイライラする……」
「…………っ」
桃星は目を伏せ、自分の着ているパジャマのフリルを見つめながら呟いた。
「僕はね……その時も言ったけど、単純に可愛いものが好きだから可愛い格好をしてるだけだよ? 僕自身も、可愛いし、こういう服が正直一番似合うし。理由は本当にそれだけなんだけど……、こんな見た目なもんだから、女子扱いしたら喜ぶんだろって勘違いされて男に襲われそうになったり、お前ゲイなんだろって揶揄われることが昔から多かったの」
「…………」
(そんな、ことが……)
桃星の深く傷ついた表情から、俺は目を離せないでいた。
「だから……男とか女とかに、すごくこだわってるアオと僕は、そもそもの相性が悪いのかもね。アオの偏った価値観を無遠慮にぶつけられたような気がして、かなり不快だったんだよね……」
「…………!!」
──『みんな、アンタと出会う前にそれぞれの人生があって、それぞれの思考がある』
桃星の声と同時に、珀斗に言われた言葉が頭の中に響いて、俺は目を見開いた。
──『全部が全部アンタの理解できる範疇にあるわけじゃない。相手のことをなんも知らないくせに、勝手に想像して、勝手な価値観を押し付けんのをとりあえずやめろ』
こういうことだったのかと。今、身にしみて分かった。
そして前にも、似たことを誰かに言われた気がする。
(……、そうだ……)
前、グループチャットでティックトッカの話題が出て俺がリア充を貶した時──。
──{オクラ沼:エッ……ウェーブくん偏見すごくね?}
あの時、オクラ沼さんにも引かれてしまっていた。
ということは、きっと誰から見ても、俺は価値観の押し付けが酷いんだ。
桃星に関しても、桃星の事情を知らないのに、人それぞれなことなのに、自分の価値観を押し付けてしまった。男だからってそんな格好おかしいって。普通じゃないって。桃星の事情とか、苦労とか、想像もしなかった。
桃星は……凄い美形だし、音楽の才能もデザインの才能もあって、コミュ力があって、自分に自信があって、人気者で、秋風の側にいつもいて。羨ましい妬ましいとしか、思えていなかった。
でも……もし。
もしも、海依斗が女の子の格好をするのが好きな性質の人だったら。海乃莉が男の格好をするのが好きな性質の人だったら。
そうしたら俺は、手のひらを返して真剣に考えたのだろう。理解しようとして、必死に寄り添おうとしたのだろう。
二人の性質を、他人からおかしいって馬鹿にされたら──怒り狂ったのだろう。
なのになんで、他人事に思って軽く発言してしまっていたのだろう。
俺が貶した性質の人のことを、大切に思う誰かがいたとしたら。その人からしたら、俺は絶対に許せない存在のはずだ。
──『天然とか、不思議ちゃんとか、可愛くオブラートに包むこともできるけど……。要するに、人の気持ち考えられないってことだよ』
──『アンタは結局、自分が一番可愛くて、自分のことしか考えてない』
──『だから、関わりたくないわけ。アンタみたいな人間とは。こっちがいくら真剣に接したって、背中向けて人と向き合おうとしてない奴、話したって時間の無駄じゃん?』
桃星と珀斗の言葉を思い出して、視界がぐらぐら揺れた。
俺は、自分と自分の家族を守るのに精一杯で、誰ともちゃんと関わろうとしていなかった。
みんなの言う通り、俺は自分の半径一メートルの、狭い世界に引きこもって生きている。
「俺……」
「……? ん?」
「俺……モモに……酷いことした…………」
頭の中の考えが、思わず声になって出ていく。桃星がゆっくりと大きく瞬きするのが見えた。
「俺……自分は空気読めないから仕方ないんだって、いっつも開き直ってた。自分がそんなつもりじゃなくても、他の人にそんなつもりに聞こえてたら、そんなつもりじゃないはただの、言い訳……なのに……、っ……」
言葉の途中で、勝手に涙が出てきた。
上手く喋れない。声がひっくり返る。自分に腹が立つ。
(頼むから、ちゃんと……喋ってくれ)
俺はしゃくりあげそうになるのをこらえ、唾を飲み込み、再び口を開いた。
「自分と……、自分の身近な人のことしか、考えられなくて。友達とか彼女とか欲しいって言ってたけど、できないの当たり前……っ、だよな。本当は、内心、他の人のこと、どうでも良いって思ってた。俺と、俺の好きな人たち……家族が幸せならそれで良い、周りはどうでもいい、って、そんなふうに、思って、たのかも…………」
誰と仲良くなっても、最終的にみんな俺のことを嫌いになって、俺に呆れて、離れていってしまう。
じゃあ最初から、誰とも関わらなければ……傷つかずに済む。
人に見放される瞬間が辛いから、もう見たくないから、無意識に人をシャットアウトしていたかもしれない。
だから、その人がどんな人なのかを、いつも考えられずにいたのかもしれない。
「ごめ、なさい……っっ」
頭を下げたら、太ももの上に握った拳に、ぼたぼたと涙が落ちてきた。
「…………」
沈黙していた桃星が、聞き取るのが難しいくらい、小さな乾いた声で囁いた。
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