超絶寵愛王妃 ~後宮の華~

冰響カイチ

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第11話 茶はにがし 菓子からし

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陛下、息災であられますか?
紫輝では梅雨は明けましたでしょうか。
憬麟は身も凍えるように寒うございます。
妾は晒し者にさらされ、憬麟の者は一様に気の毒そうに眉を潜めております。
紫輝が懐かしゅうございます。
陛下の膝下のもとにおれば、安息にただ身をゆだねておりました。

もし許されるのなら、あの頃に今一度戻りとうございます。

                                      紫輝春華国公主    麗凜


                           §


白い料紙が捧げられるようにして押し戴かれる。

「麗凜からの書簡?  見るまでもない。破棄せよ」

目縁を歪めながら一瞥した緋嗣は、すぐに手元をうつした。

静寂なる執務室は、するりするりと筆をおどらせる音がやけに響く。

「し、主上!?」

宰相、陸青元りくせいがんは信じられないと言わんばかりに目のくり玉をこれでもかとひん剥く。
その目はデメキンか、はたまたこの国で最も忌々しいカタツムリか。眼球がポロリとこぼれ落ちそうだ。
恐ろしく血走って赤い毛細血管がいく筋も浮き出している。

ここ連日の激務による寝不足もあるだろうが、彼のたぐい稀なる才と辣腕ぶりで粗方をやっとこさ片付け、昨日、憬麟からもんどりをうって帰国したばかりの公帛周から麗凜公主の書簡を託され、今にいたるのだった。

あまりにも遅すぎる対応だ。
傲岸不遜であると嘲られようとも、非難は甘んじて受けよう。
だが、一国の公主の書簡がこうも国王から軽んじられていいはずがない。

「主上。それはあまりにも酷では?  せめて一目たりとも目を通してさしあげるのが筋というものでは?」

壮年だったあの日、神算鬼謀の軍師として有名を馳せた剛の者。愚人どもを手玉にとるなど造作もなかった。
ーーそれが。
いかな正論たりとも、まかり通らぬのが紫輝国王、緋嗣だ。

ふと、目線を上げ、青元を見咎めた緋嗣は、やれやれと首を振る。

「フン。泣き言などききとうない。悔しかったら憬麟王をろうらくしてみせよ、それでも紫輝の皇女か!!」

紫輝の前国王の寵愛をほしいままに国政を牛耳り、その妖艶なる美貌をもって数多の男を虜にしてみせた前王妃。

その娘がこうも気弱で己の武器の強大さに少しも気づきもしないでいる。それこそが問題であった。

己の価値を知らぬ者に誰が価値を見いだせるものか。

「余は何も難しいことを言うつもりはない。出来ぬ者に無茶を押し付けるつもりは毛頭ないゆえな」

「というと?」

すると筆を硯の上におき、指をくぃと上下させ「近こう」と青元を招く。

青元は老齢らしからぬ、しゃんしゃんとした身のこなしで腰を折って耳をかたむける。

「ここで世に紫輝の存在価値、存在する由縁を刻みつけたいのだ。この千年以上、世の均衡を保ち平和に暮らせてこれたのは、一体だれのおかげかとな」

「!?」

大国がひしめき合い、それでも戦などの大規模な争いに発展することは一度としてなかった。

古来よりの約定に基づく誓願が今も脈々と受け継がれているからにほかならない。

「聞くところによると憬麟のなかでも、菊花の君を化け物とのたまうものがいるそうだな」

すると気まずそうに青元の白く淀んだ眸が右から左へ泳ぐ。

「……はぁ、まぁ」

語尾を曖昧に濁らせた青元をいすくめるようにして緋嗣は直視する。

「父といい先の王妃様といい。ったく、無知にもほどがある。紫輝春華国、建国の逸話にふかく携わった仙女を、だ。そのおかげで今の平和があるとも知らずに」

はぁ、と首を振りつつ嘆息をもらした緋嗣は「なんと嘆かわしいことだ」と吐き捨てる。

それというのも正史編纂が大幅に遅れていることにも起因する。

緋嗣は、ここいらで紫輝の周辺諸国に対し紫輝の立ち位置というのをわからせたいのだ。
天地開闢いらい、諸国を席巻し、先導してきた国はいずれかと。
その見せしめとして、手始めに憬麟を選んだ。

まさに紫輝の公主、菊花の君を得んもの世界を征するの真の意味を解させるために。

「プッ、なるほど、それで。わかりましたぞ」

ふむふむと青元はうなずいた。
銀髭を撫で付けながら細く笑む。

「陛下は馬の目の前に人参でもぶら下げるつもりでいらっしゃる」

「ほぅ。それも悪くない」

うそぶいた緋嗣はニッと細く笑み、次いで、バン、と玉璽を押す。

「さて、世界を征するのは誰ぞ?」




                     §



その人と出くわしたのは全くの偶然ではない。必然的にここで落ち合う形になった、といった方が正しい。

「すっかり元気になったようだな」

殷禿はほがらかに目を細める。

「ぇぇ。おかげさまで!  私を助け、室まで運んでくださり、その上お見舞いのお花まで。重ね重ねありがとうございました」

一礼すると殷禿の頬にほんのりと紅色がさす。もしや照れている。

「そうか。よいよい。一時はどうなることかと案じられたが」

「昔から何とかは風邪をひかないと申しますし、頑丈さが取り柄なんです」

真実無比の愚者は己をばか呼ばわりはしない。だが謙遜している風でもなく、卑下するでなし、おおらかそのもの。
たおやかにして弱竹のごとし。いかようにも形を変える柔軟性がある。ある意味、麗凜なりの処世術といえよう。

「それを自分で言い切れるそなたがうらやましいぞ。……のぅ、そなたもそう思わぬか?」

唐突に話をふられ、彼は大いに戸惑いつつも、いつもの柔らかい柔和な微笑は崩さない。

「ーーはて。陛下がなぜこちらに?  お二人そろって何の御用でしょう」

取り繕ったうわべとは裏腹に手にした羽扇はへし折られんばかりに湾曲している。

「よんどころない用事だ。少しつきあえ」

が、殷禿は気にとめるでなし、まるで胸の内に秘めた想いを口にする妙齢の女性のようにモゾモゾと前髪を掻き、気恥ずかしげに口先を尖らせて言う。

「その……昨日の非礼をわびたいと思ってな。すまなんだ、水に流してくれるとありがたい。どうだ?」

いつもの四阿は今や微妙な気が駄々漏れている。
様々に交錯する思惑、腹の内の探りあいなど、駆け引きが繰り広げられているとは知らず。
麗凜はいたってほのぼのと、侍女らしく隅に寄って傍観していた。

「な、何をおっしゃられます。これしきのこと、陛下のいうにはあたりますまい。むしろ過去を遡って掘り起こせばもっと」

「むむ。もっと…………?」

おとがいを撫でつけながら、殷禿は煌禿との幼少期をふりかえる。
煌禿の言わんとする意味を解すと、自然と微苦笑が刻まれる。

「うむ。確かに言われてみればそうだな。今さらだな」

「ですよ」

ククッと喉の奥を鳴らしあう。
昨日のアレを上回る奇想天外な史実が二人にはきっとある。
麗凜とて兄の緋嗣とも同様だ。ともに暮らした十数年間分の積み重ねた思い出があって当然だ。

良かった。いきなり拳と拳の心中の語らい。殴りあいがはじまらないで。
男とは拳で語らう、と昔読んだ書物にあった。血を見ないことには語れないらしいと、子供心に恐怖したこともあったから。

麗凜が憂慮するまでもなく二人は立派な大人で、自らの力を誇負こふしあうまでもない。

「息災であったか?  すまぬ。そなたを一人にして」

「…………」

返す言葉もなく、コクリと頷く。

どうやらこの二人なりの和解が成立したようだ。
しかしながら、久方ぶりに会ったような口調。
一人にして?   といい、疑問符が浮かぶものの、麗凜はただ見守る。

「何やらよい匂いがする」

安堵して腹の虫がうずいたのか、殷禿は、くん、とひと嗅ぎする。

「ぁぁ、これは試作させたもので、よかったらどうぞ、陛下も召し上がってみてください」

君も、と小さく付け加えられ、麗凜も席につこうとすると殷禿は「すまぬ」と言って首をふる。

「そうしたいのは山々であるが、このあと西域よりの使者との謁見がある」

名残惜しそうに蒸かしたて饅頭の山をチラと見、その端に麗凜をうつす。

「また誘ってくれ」

そう言って踵をかえす。

まさに歩きだそうとした殷禿の背を煌禿が呼び止める。

「兄上」

「!?」

ピタリと静止する。

殷禿はゆっくりと振り返った。
その表情は気恥ずかしげだ。
い弟から兄上と久々に呼ばれたからだろうが、嬉々として破顔を浮かべたいのに、人目を気にしてか崩せずにいて、それが何とも表現しがたい微妙な表情。
きっと嘘がつけない正直者だ。

「約束をお忘れに?」

煌禿の切実そうな物言いに殷禿は今度こそ少年のような破顔を浮かべる。

「忘れるわけないだろ? 」

じゃ、と言って颯爽と歩きだした。

今度は振り返らない。もう誰の兄でもない。殷禿すらでもない。ただの王として。威風堂々、誰にもその頭をたれもせず、ひざまずくこともない。

彼は憬麟国王、殷禿なのだ。





「男兄弟ってあっさりしたものですね」

「血みどろにでもなると思ってた?」

「いいぇ。いっそ清々しいとさえ思いました」

女同士ではこうはいかないだろう。年の近い姉妹はいないが、きっとドロドロとしておぞましいに決まっている。

「どうぞ、かけて」

いつもの好男子なまでに丁寧に席を勧めてくれる。
麗凜は誘わいざなれるまま腰をおろす。

「…………」

だが、忙しいなか、殷禿は律儀に麗凜との約束を果たしてくれた。なぜだかそれが少しだけこそばゆい。
そう想うと口の端に微笑が上書きされた。

「嬉しそうだね」

「ぇ?」

対面に座した煌禿が頬杖をついて胡乱げな視線を放つ。

「僕としては実に面白くない」

そう言って妖艶なる甘い眼差しで見据えられる。
いつになく煌禿の表情が清婉さに磨きがかりすごみがました。
怒っている?    それとも疑っている?   でも何を?

気づかぬうちに何かしでかしでもしたのか。

「あの皇子様?」

「陛下とはいつ知り合ったの」

穏やかで優しい口調なのに、何故か訊問を受けているかのような錯覚におちいるのは何故だろう。

あの短いやりとりだけで何かを疑っている。

何から話せばよいのやら…………無論、ナレソメからだ。やましいことなど何一つないのだから。

麗凜は毅然と、はっきりとした口調で語りだした。

「憬麟についてしばらくして。俯庫でたまたまお会いして、それから眠れない夜などにも」

「俯庫で?  たまたま?」

「私は重度の活字中毒なんです。本を読んでいないと落ち着かないというか、寝る前の読書は日課で、昼夜逆転するほどの重度の引きこもりで。だからっ」

って、自分で言っていていいわけがましい事この上もない。けど、これが嘘いつわりのない真実だ。

「そぅ。なら問題は解決だ。後でいいところに案内しよう。まずはお茶にしようか」

「はい!」

皇子とのお茶会はなんだかんだ言って楽しみだ。
珍しい異国の菓子から珍品中の珍品である高価なお茶をごちそうしてくれる。

「私がやります!」

「いゃ、君は座っていて。どうか僕に淹れさせてくれないだろうか」

「……はぁ」

今日も皇子がお茶を淹れてくれた。

素焼きの茶器に茶葉と湯を淹れ、すぐに湯を捨てる。
二度目にそそいだ湯はゆっくりと茶器の中で蒸らす。
茶葉がひろがり馥いくたる薫りがたちこめると二つの茶杯に一滴のこさずそそぐ。

本日の茶杯が白っぽいためか、その黒さが鮮明に介せる。

「今日は 福建省産の最高級茶葉、二十年ものの烏龍茶にしてみた。これぐらい熟成されると渋みが旨味に変わって薫りといい申し分ない。さぁ、どうぞ召し上がれ」

「まぁ、福建省の!?」

耳にはしたことはあれど、口にしたことはない幻のお茶。

これを残しでもしたらバチがあたる。この一杯で米俵一俵が買える代物だ。紫輝ではとんと市場に出回ることのない珍品である。
なんて贅沢なーーーー

「これが福建省の」

一口目は口に含む程度。薫りを堪能。次にゴクリと飲み込む。

「どうかな?  僕のお姫様のお口にあいましたか?」

「ぉ、ぉ、美味しい!!  こんなお茶は初めてよ!」

薫りも、後味も、余韻までもが比類なし。ちょっとした渋みまで上品である。

「お菓子もどうぞ」

そう勧められ、山積みの黄色い一塊を凝視。どこから手をつけたらいいかもわからないほど積み上げられている。

「お饅頭が黄色い?  それに何やら嗅いだことのないいい匂いだわ」

くん、と嗅ぐ。食欲をそそるような、なんともいえない香り。遠い異国の香辛料だろう。

「食べてからのお楽しみだよ。さぁ」

巨大なそれを一つ手に取り、勢いよく、はむ、とひとかじりする。
ドロリとした茶色っぽいものが口一杯にひろがる。

「辛いわ」

「これはカレーというものだよ。パンのようなものとも相性がいいから、お饅頭の餡にいれてみたんだ」

「なるほど。辛いから辛え?」

「惜しい。当たらずとも遠からず」

クスクスと慈しむように眦をさげる。

「確かに辛いけど、何より皮の香ばしさは絶妙で、辛くもなく甘すぎず、烏龍茶とも相性抜群でとても美味しいわ」

「皮にもカレーを混ぜてあるから」

「ということは、カレーまんね?」

妙案でも閃いたかのように嬉々として告げると煌禿はクスリと微笑する。

「そうなるね。僕のお姫様におかれましては、お気に召していただけましたか?」

「大満足です!  肉まんの次に大好きだわ」

「ぅーん。やはり肉まんを越えられなかったか」

残念無念そうに目縁を歪めて微苦笑をうかべる。

「でも、一・二を争うぐらい大好き」

ーーーー大好き、か。

すると皇子はか細い声で言いさす。

「僕も……………そぅ……………もら………………ぃ……」

「ぇ?  なんて?   よく聞こえませんでした」

「コホン。いゃ、何でもない」

「そぅ?  なら、二ついただいても?」

「どうぞ。いま包んであげよう」

すると女官が懐紙に包み、麗凜はそれを受け取るや、後ろをむき、いそいそとしまいだした。

振り向きざま、「再見!  妖艶」とあで姿を披露する。

ぷ、と煌禿はふきだした。

「やはりそうくるのか!  君って子はーーーー」

ククッと喉の奥で嗤いを噛み殺す。バンバンと卓上を叩く。

「いいですよ、前みたいに嗤い転げてくださって。その方がいっそ楽ですから」

すると遠慮会釈ない下世話な嗤い声をあげる。ついには腹を抱えて可可大笑した。

「ヒーッ。喉が渇れて…………」

煌禿の目はもはや涙目だ。相対する麗凜は冷静だ。

「お茶をどうぞ」

煌禿の茶杯に注いでやる。
それを手に取るや、煌禿は一気にあおる。

「…………」

「何ですか」

大笑いしていたはずの煌禿は急に真顔になった。

「どうしたら手に入れられるかと思って」

「はぃ?」

「どれだけおぼめかしてみせても一向になびく様子もない」

はぁと重苦しい嘆息を吐いた煌禿は「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」と、しみじみと言い、彼の食指が動く。


ーー欲しい。彼女の心も身体も。



「な、なんですか、急に」

麗凜が手を伸ばした先の茶杯がカタカタと震える。

すると煌禿はふっと眦をさげた。

「いゃ、何でもない。それよりもう一服、珍しい黒いお茶はどう?」

目的のものを手にいれるためには、急がずにその周囲の者を手なずけてから、おもむろに目的に向かうが上策であるということ。

すなわち兵法における基本中の基本である。

「黒いお茶?」

「そぅ。苦いけど癖になる深い味わいのお茶。コーヒーって言うそうだよ」

「!?」

ゴクリ、と嚥下する。麗凜の未知への探求がうずく。

まるで戦に挑む将のように麗凜は神妙な面持ちで煌禿を見据える。

「是非、いただこうかしら」





    
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