魔道竜 ーマドウドラゴンー

冰響カイチ

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第1章 禁断の魔道士

魔道竜(第1章、44)

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夕闇せまる赤黒くそまる小さな街なみ。


茜色の雲海。


観光でもしにきたのであれば申し分のない絶景。誰はばかることなく、セルティガの前でさえ思わず感涙により瞳をうるませていたのかもしれない。



海抜八千八百四十三メートル。世界最高峰の高山デスマウンテンは文字通り死の山。



死の世界の象徴であると同時に古くから人々の拠り所として崇められてきた。



その証しにこの神聖なる山に無暗やたらと訪れる旅人、島民すらいないとか。



ざっと見渡せば、降り積もった万年雪が厚い氷の層となって氷河がつらなる。


天高く黒煙を噴き上げる活火山。



山の表側は氷雪で雪化粧のほどこされた美しい大雪山系を目にできる。


しかし裏から見れば、途絶えることのない噴煙ふきあれる雄大な山、それがデスマウンテンたる由縁だ。



「ここが火口のようね」



「そのようだな」



巨大なクレーター状の噴火口にたどりついた。



死の山とよばれるだけあって地獄絵図のように煮えたぎるマグマの凄さときたら目がくらむ。


活発に火の粉を散らす赤々としたゼリー状のマグマは時に激しく煥発させ、腐敗した卵の硫黄臭が鼻を衝く。



「まさか……セルティガ……やっちゃった?」



じっとりと見据える。



「俺じゃねぇ!ガスはガスでもガス違いだ!」



「嘘よ嘘」



有毒ガスを発生させてはいないものの、念のために万年雪でしめらせた布きれで鼻と口をおおう。


それでもこれほどの異臭は布きれ一枚では排除しきれるものではなかった。



「それにしても臭い、セルティガ…臭さすぎるわ」



「だから俺じゃねぇって!」



そんな軽口をたたきつつ目をこらし様子をさぐる。



辺り一面地割れをおこし、そこかしこからおびただしいマグマが活発に脈動し、白煙と黒煙がいりまじった赤い大地は文字通り火の海だった。



刻々とせまる闇、朱にそまる夕影は小さな翳りをおとす。


辺りを照らしだすのはマグマの熱気と灼熱の大地の輝きのみとなろうとしていた。



「暗くなってきたな」



「急がなくちゃ!」



「なんでそんなに焦って探す必要があるんだ?」



なんとしても闇にとざされる前に洞窟の入口を探しあてねばならない。



「なぜって、闇が濃くなればなるほど邪蛇の力が増すと同時に黄泉の扉が開かれやすくなるからよ」



「黄泉の扉? 黄泉って死後のアレか?」



「そのアレよ。死ななくても行くだけなら可能よ。帰る方法さえ知っていれば黄泉とは恐れるにはおよばない。ようは死ななきゃいいだけのことだしね」



しかしその方法を知る者はこの世におそらく二人だけ、大神官とティアヌのみだろう。



時を自在にあやつる大神官には死すら訪れることがないという。


もはや人にあらず、精霊にもあらず、それらを超越した不老不死、大自然の一部にもひとしき生ける神なのだ。



「黄泉って死後の世界であると同時に色界(マントラ)、つまり私たちが現在いる世界の一番下に位置する世界…とするのが今のところ一般的な通説よね」



「世界の成り立ち……か」



「色界(マントラ)・欲界(ホルト)・無色界(シンドラ)からなる三つの三界。人とは輪廻転生をくりかえし、今私たちがいる世界も色界の一つだと言われているわ」



「ほぉ……っ」



ほぉ…って、世界の常識を知らないって……。


ま、相手がセルティガだけにこれもやむなし。



「ちなみに魔道の教えのなかでも色界の最下層には八大地獄があるとされているわ」



「八大地獄?」



「針の山とか血の池とか、魂は苦行のなかで数々の試練を与えられるそうよ。
それはそうと、なぜ急ぐのかきいたわよね?」



「あぁ」



「まさに黄泉と現世の仕切りって紙一重なの。とくにこの一件には邪蛇もからんでくるし。その紙一重な仕切りが交差したとしらどうなると思う?」



「考えるだに恐ろしい。現世と地獄の境界線がなくなるってことだろう?」



「そういうこと。さっきも言ったわよね、死ななくても黄泉に行くことは可能だって。黄泉を行き来するのに、一度死んで蘇る、という工程をふまなくてもその方法さえ知っていればどうにでもなるってこと。言いかえればそれさえ踏まえていれば死者も蘇みがえらせられるってことよ」



「……ん?」



「セルティガの理解レベルまでさげるわね。質問の仕方をかえましょうか。
もしも、その仕切りがとっぱらわれたとして、黄泉の扉が無理に開かれたとしたらどうなる?」



「死者(ゾンビ)であふれかえる、ってことか?」



「そう。自我をもたない死者はゾンビのまま。適切な手順をふまなければ死者は蘇ることはできないから。手っ取り早い話が、ゾンビのお人形さんが、わらわらと無限に扉から出てくる」



それも殺戮を繰り返す不死のお人形だ。



これは厄介だ。一度死んでいるため人のように簡単には倒せないうえに、残虐非道の限りをつくしても自我がないので心を痛めることもない。



とはいえ、倒せない相手ではない。問題はその量。全世界を席巻し恐怖で震撼つくし、そんなごてごて対応ではらちがあかない、ということにつきる。


一瞬で滅却できるティアヌほどの魔動士がもとめられるだろう。


「それに邪蛇は黄泉をつかさどる邪悪の化身。その邪蛇がからんできてることからして、無理に洞窟の入口を開こうとした時点で黄泉の扉も同時に開かれるおそれがあるってわけよ、質問の答えになったかしら?」



「……なった。門をあけなければいいってことだろう?明るいうちなら門のリスクはへる」



「危険性を理解したところで急ぎましょう。この山より大量のゾンビに襲われたくなかったらね」



「お、おぅ……」



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