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第2章 精霊条約書
魔道竜(第2章、6)
しおりを挟む「敵がゴキブリなら、私には手も足もだせないわ!」
そう告げ、そっと手をふる。
「どこか…遠い空の下から応援しているわ。
あなたの勇姿を、私はけっして忘れない」
「おぃ、ちょっと待て!」
ティアヌの物憂げな瞳が愁いにぬれる。
セルティガを見つめ、そのまま一歩、後ろへ後退すれば、自然と二歩…三歩とつづく。
早くもゴキブリを目にしただけで撤退の構えをみせる。
「何を血迷ったことを。お前のことを今後゛ゴキブリ女゛と呼ぶぞ!」
「何よそれ…」
「苦学生がいいか、それともゴキブリ女がいいか。
どちらでも好きな方を選べ、ニックネームぐらい本人に選ばせてやる」
どちらもイヤなんですけど。ネーミングのセンスからして。
「選べって…」
それは無理。
どちらか一方しか選べない究極の二者択一。
「私にはニックネームなんて必要ないわ。遠慮なく、ティアヌ大先生と呼んでくれてかまわないわ」
「あのな~。たまには俺の言う通りにしてみろよ。だからお子ちゃまは嫌いなんだ。
駄々をこねていないで、いさぎよくさっさと時空魔法を使え!」
「おっ…お子ちゃま?
私はお子ちゃまじゃないわ」
「少なくとも大人だって言いはりたいなら、それらしく振る舞うもんだ!」
「わかったわよ! やりゃあいいんでしょ、やれば」
ゴキブリ女と呼ばれた日には、正直…かなりヘコむこと相違ない。
だが、セルティガの口車にただのかってやるのは面白くない。しゃくにさわる。
チッ…と、心のなかで舌打ちをした。
ゴキブリ女だけはイヤ!
ティアヌは呪文を唱える。
「ランタウム! (来たれ、時をつむぐものよ)」
時空をさかのぼり、過去へ時をもどす逆転魔法の呪文。
すると、すぐに異変があらわれた。
滑車がまわるようなカラカラと乾いた音と、歪む空間。
術の発動とともに、巨大なゴキブリの上空に時計の針が出現した。
その時計の文字盤のかわりに魔法陣がひかれ、
その時計のなかに白銀に輝く短めな秒針と長い針、そして一向に動く気配すらみられない不動の針が三本。
やがてそれらが刻々と時をきざみはじめた。
不動の針が指し示す時刻は、六時三十八分。
左まわりの時計。
チックタックと後退する忙しない秒針。
おそらく、このゴキブリが魔族に憑依された時刻と推測される。
二人がデスマウンテンに到着した時間とほぼ同時刻。
やはりこの一件の裏には、魔族を召喚できるほどの力をもった人物がひそんでいる。
実際に二体の魔族を目にしたあとともなると、今までのあらゆる想定が否定されたようなきがした。
何かを見落としている?
当初は、邪蛇をまつる神像を破壊すれば、すべての事は終わる、そう踏んでいた。
だが事態は思っていたよりも、複雑怪奇。その早急なる糾明(きゅうめい)が待たれる。
なんとしても、糸口だけでも。
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