65 / 132
第2章 精霊条約書
魔道竜(第2章、14)
しおりを挟む「………ぅ………ッ」
手首と足首に激しい痛みがはしった。
薄ぼんやりと形をなしていく現実は想像を絶するものだった。
セイラは目を疑う。
「…………ぇ?」
我が身におこった異変に一瞬言葉をうしなった。
縛りあげられているのだ。それも木に巻き付いたかのように。
がんじがらめ、首はおろか指先を動かすことすらままならない。
しかも眼下には溶岩の大河が流れている。
赤々としてまばゆい光に目がくらんだ。
凄まじい熱気にあてられ、額といわず頬、首筋をつたい、したたり落ちゆく玉の汗。ぬぐおうにも両腕の自由はうばわれそれもかなわない。僧衣のなかは湿気がこもり、ぐっしょりと濡れた肌に下着が張りついて不快だ。
セイラは不快感から顔を歪め、目にしたばかりの状況を総合してみる。
洞窟らしき地底、溶岩の大河、木に巻き付いたように縄で縛られ拘束。
どれもあばら屋の女主人から聞いた状況そのものではないか。
そして、はた、と気づく。
彼女を守りきれたのだろうか?
どうか無事であってほしい。
だがこうしてセイラの方が捕らえられているこの状況からして、彼女は無事でいる可能性は高い。
朝陽が昇るまでの辛抱だ。そう自身に言い聞かせる。
夜明けはまだか。月も星もなくて時間を推し測るためのすべはない。だが感覚的に夜が明けてないことだけはわかる。
おそらくここはデスマウンテンの最下層にあるという伝説の洞窟。
そこへ向かったはずのティアヌやセルティガ。
きっとこの洞窟内のどこかにいるはずだ。
そう思うだけでも心強い。
実際ティアヌは強い。まさしく彼女は現代の禁断の魔道士。後にも先にもティアヌ以上の使い手は現れないのではないか。
今この世で邪蛇に対抗できる魔道士はティアヌをおいて他にはいないだろう。
だからこれから我が身に襲うだろう恐怖も、すこしは和らげることができた。
「…………」
そういえば刺客は、他の誰かの娘を差し出さないと自分の娘がニエにされる……とか何とか、言っていなかったか?
我が娘を守るためなら、親はどんな犠牲をも厭わない。
なんて愚かしい愛情なのだろう。それが愛情なのだと何の疑問すらも抱かずに。この世に無償の愛など存在しないというのに。
……そう少し前のセイラなら、偽善としか感じなかった。
ティアヌたちと出会うまでは。
誰かの身代わりに? まぁそれも悪くない。誰かの役に立てることは、思っていたより悪くなかったから。
頼られ、誰かを助け。また誰かに頼り、助けられる。
それは互いに信用しあえるだけの関係性を構築できていなければ出来ないことだから。
とはいえ、身代わりとされるセイラはたまったものではない。
情状酌量の余地ならくみとるが。
「…………」
遠いあの日、セイラにも慈しんでくれた家族がいた。
しかし今となれば天涯孤独の身の上、人生の転換期というものがアレならば、間違いなくあの時だったのかもしれない。
セイラは自嘲し、ふっと顔をゆがめる。
「お笑い草ね。捨てた過去を今さら懐かしく思い出すなんて」
そんなセイラを現実に引き戻す男の声が響きわたる。
「どうやら気付いたようです。娘の代わりのニエを連れてきました。これで娘をニエとして差し出さなくてもよろしい……ですよね?」
「さぁ?」
うそぶく女の声。それに態とらしいぐらい動揺する男の声。どちらも聞き覚えがある。
「さぁ……って、約束と違います! 他の女を代わりにしてもよい、そうおっしゃったではありませんか」
「約束?」
そう問い返したその声は、数時間前までよく耳にしていた。
ちょっ……この声……って、まさか!?
セイラは自ずと真相を受け入れはじめた。
ツッと顔をあげる。
「どうやら私たちは、まんまと一杯食わされていたようね」
ついに真の黒幕がセイラの前に現れた。
セイラは苦笑を浮かべずにはいられなかった。
ティアヌが決して黒幕について口にしたがらなかった理由。
すでにあの時にはとっくに目星がついていただろうに。
「確かに言えないわよねぇ。言えるわけないもの」
ククッとこみあげる薄ら笑いをセイラはとめようともしなかった。
「そう。あなただったのね、真の首謀者は」
0
あなたにおすすめの小説
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた
黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。
そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。
「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」
前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。
二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。
辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。
【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています
空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。
『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。
「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」
「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」
そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。
◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える
ハーフのクロエ
ファンタジー
夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。
主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。
アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。
ふとした事でスキルが発動。
使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。
⭐︎注意⭐︎
女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる