魔道竜 ーマドウドラゴンー

冰響カイチ

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第2章 精霊条約書

魔道竜(第2章、24)

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「……ダイ…ジ…ョウブ……、ょ」



やっとのことで喉からしぼりだしたティアヌの声はかすれていて、セルティガの耳には時折りノイズが入り交じったように、蚊の鳴く音ほどにしか聞こえなかった。



壁づたいに手をかけたティアヌを気遣い、セルティガは闇に慣れはじめた眼(まなこ)をこらし、ティアヌの背中へ指をたどらせ腕をまわす。



「ちょっと待て、背中を押してやるから」



ティアヌの返答はなかった。


それでもかまわずセルティガはティアヌの背中を押し上げる。



「大丈夫か?」



その一言は、岩によじのぼるティアヌの動作に対してのものではない。ティアヌの心の動揺に対し、思いやりによる言葉が口をついて出てきたものだ。



「……大丈夫……」



ティアヌもセルティガの真意をくみとり、理解したうえでつとめて明確にこたえたつもりだ。



「なら、いいんだ」



次期禁断の魔道士とまで噂される天才魔道士。


一人の魔道士である前に心に諸刃の剣をもつ一人の少女にすぎない。



そのくせ女丈夫を気取り、何を考えているのか雲をつかむように難しい気性のように思われる。


それが本心をも偽らせるほどのあだとなり、人には言えない辛い過去がティアヌを苦しめている。



だから苦しいんだろ?




セルティガは自らの経験からティアヌの心をよみとる。



このままではティアヌはつぶれてしまうと。



「お前の背中が、まるで悲鳴をあげているようだ。
俺ではお前の心を軽くしてやれないのか?」



短い時間ではあったが、これまで行動をともにしてきてわかったことがいくつかある。


情の深い、とても心清らかな少女であると。



もはやただの旅仲間ではない。


長い短いなんてことは問題にもならない。付き合いとは、人と人との心の通いあう触れ合いによるものだ。


血の通いあった関係こそ、そこにおのずと絆がうまれるというもの。



「その辛さに一人でたえようとするな。なにより、それに慣れようとするな。お前は一人じゃない。
辛かったら吐きだしてしまえ、俺はいつだってそれに付き合ってやる」



けどな、と言葉をくぎり、言い聞かせるように語る。


「これだけは忘れるな。行動をともにする者にとって、何も告げてくれずただ苦しむ姿を見せつづけるってことは、もっとも残酷な仕打ちだということを。ほんの一握りでいい。その苦しみをともに分かちあえるチャンスを俺にくれないか?」



ティアヌはなおも口を噤んだままだ。いまだセルティガの言葉はティアヌの心を打つにはいたらない。



告げようか告げまいか、明らかにティアヌは迷っている様子。


闇のなかにあってティアヌの形の良い唇がいつになく震え、いつしか噛み締め何かを耐え忍ぶ。



誰かに心の内を聞いて欲しいと思う反面、それを許さない理性。相反する二つの心がティアヌの口をひらかせない。



閉ざされた心と同じく、ティアヌはうつむく。



そんなティアヌの胸中に渦巻く葛藤が、セルティガには似通った連帯感をあたえた。



だからこそ、これまで誰にも語ることのなかった忌々しい過去を口にさせたのかもしれない。



「実はこう見えて、俺は富豪な家の生まれでな。しかも庶民なら飛び付きたくなるような指折りの名門貴族の長男。すげぇだろ?」



「……は?? 何よ、いきなり」



前ぶれもなく唐突に話しを切り出すあたりがセルティガらしい。


とことんシリアスには不向きな性格上、赤裸々に語ることは、セルティガなりの思いやり発言なのかもしれない。



「貴族の子息ともなると、当然のことながらその期待はかなりの重圧だったわけだ。俺は一族の期待を背負い、それにこたえるべく見事魔道士学校に入学にいたる。ところがどっこい……」



「待って。申し訳ないけど、セルティガの身の上話しに付き合うほど、今の私には心に余裕がないんですけど」



「まぁ聞けって。聞いてから笑いとばしてくれてもかまわん。いや、かえって笑いとばしてくれないと、俺の立つ瀬がなくなるぞ?」



「立つ瀬って……」



「でな、そこで俺にとっては一大事件、いやそれで知った真実に打ちのめされたんだ」



知らないままなら幸せだったのにな、そうこぼしたセルティガは、無理に笑おうとして失敗に終わる。



「真実?」



それまで持て余していた自らの過去と向き合うセルティガの姿勢にたいし、それを披瀝することでティアヌにもうながしかける。



『吐きだしてしまえ、それを吐きだすことでお前が救われるのなら。


いっそのこと、お前を苦しめるすべてのものから、お前を守れたらいいのにな』



なるほど……ね。


この時点で、ティアヌに何をさせたいのか、わかった気がした。





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