魔道竜 ーマドウドラゴンー

冰響カイチ

文字の大きさ
84 / 132
第2章 精霊条約書

魔道竜(第2章、33)

しおりを挟む


ティアヌは壁に両手を押しつけられたまま、ジタバタともがくも岩のようにビクともしない。



見掛け倒しか、と思われた筋肉は、鍛練に鍛練をつみかさね、鋼のように強固、毎日かかさず剣をふるうだけあって、だてではないようだ。



決して心底嫌いな相手ではない。



嫌いではないが、無理矢理に唇を奪うなど、漢気を連呼する男子たるものが、そこのところはいかがなものか。



こうなれば非力な乙女には如何ともしがたい。



ティアヌは現実逃避するかのように瞳をかたく閉じる。



しかし、それがかえって妙な想像をかきたてる結果につながった。



なんだか…イラッとするわね……、セルティガのくせに。この私をこんなにも悩ませるなんて。



何様のつもりかしら。



俺様、とか言ったら即ハリたおしてやる。



抗議の罵声でもあびせてやろうかと口を開いた瞬間、



唇と唇が触れるか触れないかといった絶妙な間合いで、セルティガはカクンと膝をおる。



「ちょっ!?」



危うく壁に後頭部を激突させる寸でのところで、セルティガの胸ぐらをつかむ。



「ど、ど、ど、どうしちゃったわけ!?」



グェ…と聞いたような気もするが、あえて聞かなかったことにして、かまわず胸ぐらをしめあげる。



「返事ぐらいしなさい!」



胸ぐらをしめあげられ、返事をしようにもできないとは頭の片隅にもよぎらなかった。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



※本編の進行とはまったく関係のないバレンタインのお話しがつづきます。




★…★…★…★…★……★…★…★…★…★



この日は何ヵ月ぶりかの定期便の届く日だった。



長い航海ともなると食料などの物資がとだえるだけでダイレクトに死へ結びつく。



そんなわけで、個人宛の小包とともに、追跡魔法によって船が到着するや、海上にて積み荷がばらされたわけだ。



甲板は大量に積み荷がなだれこんだことで物資の山が築かれた。



「いや…今年も大量☆大量!」



なんともご満悦なセルティガは、これまで一度もみせたことがないような、満面の笑みをうかべている。



そのしまりのない顔のまま、色とりどりのラッピングに目をとめ、十文字で結ばれたリボンの一つをつまみあげた。



「一~つ、二~つ、三~つ………」



と声にだして数をよみあげる様は、いかにもといった感じで気色が悪いことこの上もない。



「おや…??今年はやや小ブリか。ドでかいチョコは、アレはアレで見るからに気持ちが重そうで、わずらわしかったりもする。
でもまぁ、小ブリとはいえ、わざわざ船にまで送りつけてくれるその真心にめんじるとしよう」



一体何様のつもり?


と、聞くとなしに聞こえた聞き捨てならないセリフに毒づきたいところである。



「船長?どうかされましたか??」



ティアヌはセルティガとは少し離れた場所でオーバンと今後の航路を綿密につめるため、積み荷をよせあつめた会議の席についていた。



セルティガはそんなティアヌに見せつけるかのように、甲板にてチョコをひろげたのだ。



「な、なんでもないわ。それで?」



「俺的にはこの地点じゃないかとにらんでいるのですが」



「そうね……。これだけ手掛かりもとぼしいとなると、めぼしい地点を洗いざらい片っ端からあたるっきゃないわよね」



「次、ここに行ってみますか」



「そうね、そうしてちょうだい」



「了解」



その時だった。



「三十二個!?   俺ってばすげぇ!去年より一個記録更新じゃねぇか」



ホクホクと紙袋をかかえるセルティガは、チョコを一通り数え終わると、少しもの足りなさそげにティアヌをみつめる。



「出せ」



それを聞くや、セルティガの目線とハタリと交差した。



「は?何を??  いつもながらヤブから棒ね」



「出せと言ったら決まっているだろうが」



「アンタの中だけではね」



「チョコだチョコ。その巾着に隠してあるんだろ?
  俺にはわかる。これだけもらったたくさんのチョコの一つにされるのはイヤッ、だろ?」



「鏡をみてからものを言いなさい。よくも恥ずかしげもなく、自らチョコを請求したもんだわ。
もうすぐ二十歳になろうっていう人が、チョコを請求するってどういうこと?
あぁ…イヤだ、アンタの顔が請求書用紙にみえてきたわ」



頭が痛い、そうこぼすとティアヌはオーバンに最後の指示をのこし、船室へ引き返そうとした。



「おい!ちょっとまて。俺の誇りは別のところにある。それに男子たるもの、チョコの数で漢気もあがるってもんだ」



チラリとふりかえり、



「あのね~、そんなにバレンタインだと騒ぐのはセルティガ、アンタだけかもしれないわ。
もしかしたらこの世から、バレンタインそのものを廃止したい人がいるかもしれないじゃない」



「俺にとってバレンタインは生きていくための糧、
チョコは人生をより楽しむための、いっぱいのビールだ」



「何をわけのわからないことを。そんなもので漢気が上がったり下がったりするなんて、株じゃあるまいし、ずいぶんお手軽な漢気ね」



「廃止なんかされてたまるものか!」



「セルティガ、アンタはチョコの重みをまったく理解していないわ。女の子の真心をなんだと思っているの!
女はね、愛するより愛された方が幸せなのよ。
男と女はもちろん根本から別物、だからこそ想いは言葉であわらし、言葉で足りない分は愛でおぎなう…としたもんじゃない?  それがバレンタインってものでしょう」



「お!?   ティアヌの口から思わぬ名言がとびだしたぞ」



「ホント失礼よね。言っておくけど、女心を理解しない奴にチョコのなんたるかを語る資格はないわ。
もちろん数を競ったり、値段が高いか安いか、サイズが大きいか小さいか…なんて考える愚かな奴も同罪よ」



「…………」



「一番大切なのは゛愛゛よ。そこに重みがあるかないか、一つ一つ噛みしめ、心してありがたくいただきなさい」



するとセルティガは、しおしおとしおれた。



「言われてみれば……そう…だな……」



仕方がないわね、そう呟くとティアヌは巾着の紐をとく。



「はい、これ」



「???」



「見ればわかるでしょ。三十三個目のチョコよ」



「い、いいのか?」



「ありがたく食べなさい」



「お、おぅ!」



セルティガは頬を朱にそめ、ティアヌから目線をそらす。



その時、オーバンがかけよってきた。



「船長!言い忘れてました」



「航路のこと?」



「いいえ。コレ、ありがとうございました」



オーバンがさしだした、コレ、をセルティガが確認した瞬間、何かが音をたてて崩れた。



「あら、誰かさんとは大違い。いいえ、どういたしまして」



オーバンを見送ると、セルティガは恐る恐るティアヌをチラ見する。



「まさか、船員全員にチョコを?」



「当たり前じゃない。言っておくけど、義理チョコじゃないわよ。感謝チョコ」



「か…感謝…チョコ?」



それを聞いて密かに思った。



来年は感謝チョコより愛のこもった想いをよせる相手から、本命チョコをゲットしてやる!!



「それはそうと。チョコを食べたらちゃんと歯をみがきなさいよ?」



俺はガキじゃねぇ、吐き捨てると、



「……たりめぇだ!」



来年のバレンタインを切実に待望される。



世の中、たくさんの愛が今この瞬間にも生まれ育っている。



それなのに二人のあいだには愛が生まれそこなった。



たかがチョコ。されどチョコにこめられた想いに気付けたとき、愛が生まれるのかもしれない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。

もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。 異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。 ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。 残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、 同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、 追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、 清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

処理中です...