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第2章 精霊条約書
魔道竜(第2章、32)
しおりを挟む一寸先は闇。
何も目視できるものなき穴を松明のゆらめきとともに、ゆっくりと下降する。
物資運搬が目的の浮遊術では速度は期待できない。
さりとてロープをつたっておりるには深すぎ、垂直に掘り下げられた穴を、ただ急降下する無謀だけはふめない。
そんな無謀をおかすのはセルティガぐらいのものであり、この先にどんな危険が待ちうけているのか今のところ予測不可能。
ゆえにこの微妙な速度は最善の良策ともいえた。
何か見えないものかと目をこらすも、見えるものといえばどこまでも円筒形にくりぬかれ、丸みをおびた壁のみ。
危うく狭まった壁に肩をかすめれば砂と小石が落下。
コン……コロコロ…と弾かれる軽い音を数回聞いたところで、その落下音を最後までたどることはできなかった。
「恐ろしく深いようね」
「そのようだな」
微弱な火力により照らしだされるゴツゴツとした岩肌。
むきだしにされたその壁は、まるで底なしの井戸を連想させ、仄暗い深遠へとすいこまれるかのようだ。
進むにつれ、松明の炎がゆらゆらとかげりをおび、それにあわせ、セルティガの息も肩を大きくゆさぶるほど荒くなった。
ハァ…ハァ…と、ティアヌの耳もとでやられると、微妙な空気もただようというもの。
もしここで野獣をむきだしにされたなら、寄り添った体勢ではもはや逃げ場などない。
一定の速度で円筒形の穴を下降する安心感にくらべ、密着ぎみなこの距離はいかがなものか。
またもやハァハァ…と荒い息づかいがティアヌのうなじをかけぬけた。
その瞬間。
ティアヌの形の良い桃尻を何かがかすめた。
「どこ触ってんのよ! ブッ飛ばすわよ!!」
「あぁ~? 頭をかいた拍子にその貧弱なケツに手が少し当たっただけだろうが、事故だ事故。
そんな貧ケツ、誰も好きこのんで触ったりするものか!
考えてもみろ、犯行におよぶ動機が俺にはなかろう。
安心しろ、金をもらい拝みたおされても絶対に襲わん」
キッパリと言い切るセルティガ。記憶違いでなければ、このセリフを耳にしたのは二度目では?
触られるのは嫌だが、これだけキッパリと言い切られるのも癇にさわる。
お前には触りたい…そう欲情させる魅力がかけている、そう間接的にもティアヌの女子力を真っ向から否定したのだ。
「しっ、失礼な!」
触っておいて、なんて言い草。しかも開き直りかたが痴漢の常習犯なみ。
さっき見直したことを前言撤回。見直したことすら後悔。
もし邪蛇の呪いの矛先を変えられるものなら、この口の悪い男を呪ってやりたい、そう思うことすら禁じえない。
「そんな怖い顔をしていると、ますます醜くみえるぞ」
「余計なお世話よ! 誰のせいでこんな顔をしていると思っているのよ!」
ふと、セルティガは松明の炎に目をとめる。
「炎が弱くなってきたな」
「そりゃあ…これだけ穴を下れば仕方ないんじゃない」
いまだトンネルの終わり、出口らしき光りも兆しすらもみられない。
「それに空気の濃度が薄くなってきているもの。これ以上無駄口をたたかない方がいいわ、タダの剣士」
ちょっとしたティアヌの逆襲。タダで許してやるつもりはもとよりない。
悪気はないようなのでこの場は犬にでも噛まれたと思って寛大な処置をとる。
「……ぉ……ッ」
「…何よ、言いたい事があるのなら、さっさと言いなさいよ、まったく男らしくないわね」
するといつもの気迫はないものの、セルティガは反論に打ってでる。
「俺は魔剣士だッ!!」
「やかましい。耳もとでわめかないで」
セルティガの声はエコーがかかり、狭い穴の中を上下にかけぬける。
さすがにそれは恥ずかしかったとみて、耳朶、頬ともに赤みをおびている。
「わかればいいのよ」
「…だが…聞けって」
ティアヌは口もとに人差し指をあて、セルティガの抗議の言葉をさえぎった。
それ以上言ってかえすことのできないセルティガは、モンモンとした表情でティアヌをみすえる。鬼の形相だ。
ティアヌは目をあわせようともせず、目線の抗議にもおうじてやらない。
重い沈黙がおちる。
やがてセルティガは荒い息差しにつぎ、ガタイのよい腕をティアヌの腰にまわし、高揚しきった目差しで下腹部をおしつけてくる。
「ちょっ……!?」
欲情したようなうつろな目差し、熱い吐息、夜の帝王さながら甘美に微睡む媚情。
ちょっと気が迷えば、もう好きにして、と口が裂けても言いたくないセリフをうっかり口にしそうになる。
ま、魔性の男、恐るべし。
予期せぬセルティガのセクシーな目差しによって心拍数をはねあげ、
その胸の高鳴りがセルティガにも聞こえてやしないかと、激しく鼓動を刻むあたりを押さえた。
するとそんなティアヌの腕を鷲掴み、ふりはらおうと抗うもビクともしない。
セルティガはなおも無駄なあがきをするティアヌの手首に力をこめ、それを封じる。
ちょっと待って!
心の準備ってものが☆!?
戸惑いによって顔をひきつらせるティアヌ。
そんなティアヌに容赦なく頬をよせる。
「待って!」
本気で乙女の唇を奪うつもり?
これで冗談でした、なんてオチは許さないわよ。
その身ひとつで贖えると思ったら大間違いよ、アンタの脳ミソでは考えもおよばないほど、この代償ははかりしれないわ。一生私の下僕よ下僕。
もはやティアヌの頭の中はパニック状態。
セルティガの鼻先が唇へと移動する。
すると鼻といわず唇にセルティガの吐息がかかった。
ひィィィィーーーーッ★!?
声にならない悲鳴が心のなかで絶叫となる。
突然、セルティガの野獣化。セルティガの身に一体なにが?
「はなして!痛ッ…」
ティアヌは寸でのところで腕の自由を奪いかえす。
しかしセルティガはそれを許さない。
ティアヌは唇を死守しようと手の平を唇に押し当てるが、武骨なセルティガの指がティアヌの手首をやんわりと包みこみ、ティアヌの腕ごと壁に押しやった。
コレは一体全体…何ごと???
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