上 下
94 / 132
第2章 精霊条約書

魔道竜(第2章、43)

しおりを挟む


ニヤリ…と笑むと口の奥から細く、長いニョロニョロとした舌をちらつかせた。

すでにこの女性は人ですらない。
長々と憑依されているうち、もはや人ですらなくなってしまったのだろう。
邪蛇が肉体を手放したとしても、時すでに遅く助けられる状態にはないようだ。

やがてある種の呪文なのだろうか、邪蛇は口の内にて言の葉を転がす。

聞き取れる範囲の単語のパーツをひろい集め、頭のなかで文字を羅列していくと……、
拘束するための呪文やら、いくつかの呪文で構成されていることがわかる。

いずれもティアヌとて理解不能な呪文だ。
かろうじて呪文の意味だけは理解できた。

時を超えて耳慣れぬ古代の呪術のその凄さの一端にふれ、
じかに体感できるこんな機会にめぐまれたことは、皮肉なことに魔道士として貴重な経験ともいえる。

ティアヌは格の違いをみせつけられ、やってくれるわね、そうこぼしたが、セルティガは聞こえなかった風をよそおった。

それは、いち魔道士としてティアヌが思わず邪蛇を賛辞したようにもとれそうな発言だった。

「ぉ…おぃ…」

「わかってる」

邪蛇の力が増すごとに静電気さながら、衣服にまとわりつく電子が放電し、ビリビリと肌に小さな痛みがはしる。

この痛みの意味するもの、すなわち呪術による呪縛を次々にといた、といったところか。凄まじい怨念のこもった呪縛だ。

「!?……セイラ!」

やがてセイラの瞳に異変がみられる。ピクリと瞼をふるわせ、ゆっくりと開いていく。

邪蛇は開口一番、セイラに言い放った。

「お目覚めのご気分はいかが?
これからパーティーの余興がはじまるわよ」

余興??の文字を脳裏にえがき、セイラはキリキリと痛む頭部に意識をかたむける。

「…ッ……!?」

なぜこんなにも頭部が痛いのか、霞みがかかって状況がのみこめないのか。これまでを順をおってたどってみる。

「そうよ、ふふふっ…ヨ・キ・ョ・ウ★(余興)」

「―――な…っ………?」

と呟いてからセイラはハッとする。

「アレをご覧なさい」

そう言って指をさした。

「………ア…レ……って…??」

その指先をたどれば、虚ろな眼に二つの人影がうつる。よく見知ったものだ。

ティアヌ―――とセルティ……ガ?

覚醒へといたる。

「……なッ??」

動揺を隠せないセイラ。大きく頭(かぶり)を振るう。燃えるような赤い髪を振り乱した。

なぜこんなところに、そう言わんばかりの瞳には困惑の色がにじむ。

セイラには珍しい取り乱し方。髪を振るうさまは、まるで紅蓮の炎をまとった手負いの獅子。

「あなたの真実の姿を二人に披露しましょうよ」

「や、やめて!」

セイラは救いを求めるかのように邪蛇にすがる。

悪神に救いを求めなければならないほど追いつめられ、いまだかつて誰にも見せたことのない切実な表情から、セイラが窮地へと追い込まれたことがうかがえた。

「やめて! お願い!!」

それほどセイラには知られたくない秘密があるようだ。

そんなセイラをあざ笑うかのように細く笑む。

「そういう目線って好きよ。でもあなたの秘密を暴露する快感は誰にもゆずれないわ」

「お願い! この二人には言わないで」

「だ~メっ☆! この女の正体……実は―――」

チラリと邪蛇がセイラの顔色をうかがい気をゆるめた瞬間。

「セルティガ!!」

「おぅ!」

セルティガは剣を抜き放ち、電光石火、猛進にかけだす。
邪蛇の脇をかすめ、老木へと疾走。

「うぉぉぉぉぉぉぉ―――――――ッ!!」


しおりを挟む

処理中です...