散文箱【SS集】

継津 互

文字の大きさ
8 / 9
旧天の筺

欠けたオルゴール

しおりを挟む
 彼が書庫管理人になってから、書庫を訪れる回数が増えたように思う。次に派遣される地の情報収集だとか、交戦記録を見るためだとか、いろいろな理由をつけて。あれを見てしまってから、さらに。他の職員は私の職務に対する真面目な姿勢を評価した。だが小隊の面々、とりわけ“月海の氾濫”以前から在籍しているエージェントたちは、書庫に入り浸る理由が“職務に対する真面目な姿勢”なぞではないことに勘づいているらしかった。

「また調べものかい?」
「はい、十一号塔跡の調査記録を探しに」
「ああ、そろそろ定期調査か」

 レベル二指定の交戦記録があったはずだけど持ってこようか?とルィエンが言う。私は少し迷ったが、お願いします、と言って手元の調査記録の閲覧に戻った。ふとこの前のことがよぎる。糸が切れたように倒れる彼の姿が。だがお願いしますと言った手前、信じて待つほかない。あれにはできるだけ触れてくれるなという空気を感じた。ならば、変に意識するべきではないだろう。それに、どこへ行くにも付き添おうとするのは、まるで過保護な親のようではないか。彼の自尊心を傷つけやしないか。

「君たちの小隊が定期調査に派遣されるとは、今回は交戦前提ということか」
「おっしゃるとおりです。これまでは調査を目的に最小限の戦力で行っていましたが、今回は内部の掃討が主目的だそうで」
「なるほど。上は情報はもう十分に取ったと判断したか」

 戻ってきた彼から比較的薄いファイルを受け取りつつ話す。 

「こんなに熱心に書庫に来なくても、さすがに上も資料くらい用意してくれるだろう?」

 彼が苦笑する。もしかして邪魔だっただろうかと思ったが、それはきく前に否定された。

「いつもありがとう。ここにはあまり人が来ないから、話し相手がいなくてね。静かな場所にずっといると、過去のことばっかり思い出されて……」

 ルィエンが俯く。
 そうだった、ここには多くの作戦記録が置かれている。彼の携わったものも数知れない。整頓のたびにそれを目にしては、かつての景色を思い起こしているのだろうか。

「君は三重冠にはならないのかい」

 三重冠、彼と同じ階級。

「私には資格がありません」

 頭上の輪を展開する。二重の光輪が煌々と輝く。

「いや、あるよ。僕は見たからね。君にないのは覚悟だけだ。なにを気にしてそこで足踏みしているんだろうね、君は」

 輪を消す。書庫はまた薄暗くなる。

「見た、とは?」

 その時。けたたましい警報音とともに、緊急事態を示す赤のランプが点灯した。

——緊急事態、緊急事態、敵襲だ。コード:901。αアルファからγガンマまでの各小隊は体制を整え指示を待て。他各職員は指示のあるまでその場で待機せよ。繰り返す——

「901?正体不明だって……?」
「こんなこと、今まで一度も」
「ひとまずその場で待機だ。変わりなければ……君はΔ-2小隊だろう」

 異様な空気が漂っていた。ぴりぴりとした妙な緊張感が、場を支配している。何か感じ取ったのか、ルィエンが輪を展開し光槍を具現化させる。かつてほどではないが、その三重の輪は光を失っていない。私も具現化させた剣の柄を緩く握った。

 ぐわんと耳鳴りのような音がする。私よりもルィエンの反応のほうが早かった。線としか見えない一閃を、彼の槍が的確に弾く。

「何者だ」

 侵入者は姿を現した。

「っ、あれは」

 同族かに見えた。しかしその髪は全き白であり、負う輪は黄金で刺々しく、まとう衣服も異なっている。
 ルィエンの槍が侵入者の仮面を割っていた。欠けた部分から見えるその目は、澄んだ青をしていた。

「旧天の民にしてはなかなか力のあるようですね。主神は勿体ないことをなさる」

 黄金の光からなる武器。形状はハルバードに近い。

「天吏がなぜここに……」

 私は追加で三本の剣を作り出すと、その刃先をすべてこの侵入者に向けた。
 新天、主神がこの地を捨て、そのさらに上に作り上げた場所。かつての我々の職務はすべて新天の彼ら天吏が受け継ぎ、我々は地上の雑物を処理をする者からされる者へと立場が変わった。かつて主神の手足であった我々は、今やかの神にとっての障害に他ならず、我々は生存のため其の下す剣への抵抗を余儀なくされている。
 天吏はハルバードを光に戻し霧散させると、私の方を向いた。

「お前が件の子か」

 件の、というのが何のことか私にはさっぱりわからなかった。

「はあ、あの音始庭おんしていの馬鹿のせいでなんで私が……」

 独り言が大きい。

「武器を下ろせ、私は戦闘要員ではない。今回は話をしに来ただけだ」

 天吏の目は私の方を向いたままだ。

「セファリナの子、お前には権利がある。考えておけ、この地を離れ、ことをな」

 天吏が言い終わるか言い終わらないかというタイミングで、仮翼までもを装備したαの某小隊が書庫に突入してきた。あたりは一気に騒がしくなり、天吏を視認した小隊員が声を上げ、そちらに得物の先が向く。

「チッ、まだ天にすがりつこうと偽の翼まで持っているのですね。主神はなぜ輪まで奪わなかったのか」

 では。そう言うと天吏はその騒ぎの渦中から忽然と姿を消した。
 喧騒を遠くに、私は混乱していた。ゆえに、ルィエンになにかを求めた。助言でも、慰めでも、なんでもいい、なにか言ってはくれないかと。

 しかし彼は黙ったまま、空間の一点を凝視していた。それは彼が隊長の時からの、なにか深く考えているときの癖だった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

タトゥーの甘い檻

マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代) どのお話も単体でお楽しみいただけます。 ​「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」 ​真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。 ​それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。 「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。 アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。 ​ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。 愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。 ​「……お前のわがままには、最後まで付き合う」 ​針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。 執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

今度こそ、どんな診療が俺を 待っているのか

相馬昴
BL
強靭な肉体を持つ男・相馬昴は、診療台の上で運命に翻弄されていく。 相手は、年下の執着攻め——そして、彼一人では終わらない。 ガチムチ受け×年下×複数攻めという禁断の関係が、徐々に相馬の本能を暴いていく。 雄の香りと快楽に塗れながら、男たちの欲望の的となる彼の身体。 その結末は、甘美な支配か、それとも—— 背徳的な医師×患者、欲と心理が交錯する濃密BL長編! https://ci-en.dlsite.com/creator/30033/article/1422322

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

美しき父親の誘惑に、今宵も息子は抗えない

すいかちゃん
BL
大学生の数馬には、人には言えない秘密があった。それは、実の父親から身体の関係を強いられている事だ。次第に心まで父親に取り込まれそうになった数馬は、彼女を作り父親との関係にピリオドを打とうとする。だが、父の誘惑は止まる事はなかった。 実の親子による禁断の関係です。

有能課長のあり得ない秘密

みなみ ゆうき
BL
地方の支社から本社の有能課長のプロジェクトチームに配属された男は、ある日ミーティングルームで課長のとんでもない姿を目撃してしまう。 しかもそれを見てしまったことが課長にバレて、何故か男のほうが弱味を握られたかのようにいいなりになるはめに……。

処理中です...