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旧天の筺
欠けたオルゴール
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彼が書庫管理人になってから、書庫を訪れる回数が増えたように思う。次に派遣される地の情報収集だとか、交戦記録を見るためだとか、いろいろな理由をつけて。あれを見てしまってから、さらに。他の職員は私の職務に対する真面目な姿勢を評価した。だが小隊の面々、とりわけ“月海の氾濫”以前から在籍しているエージェントたちは、書庫に入り浸る理由が“職務に対する真面目な姿勢”なぞではないことに勘づいているらしかった。
「また調べものかい?」
「はい、十一号塔跡の調査記録を探しに」
「ああ、そろそろ定期調査か」
レベル二指定の交戦記録があったはずだけど持ってこようか?とルィエンが言う。私は少し迷ったが、お願いします、と言って手元の調査記録の閲覧に戻った。ふとこの前のことがよぎる。糸が切れたように倒れる彼の姿が。だがお願いしますと言った手前、信じて待つほかない。あれにはできるだけ触れてくれるなという空気を感じた。ならば、変に意識するべきではないだろう。それに、どこへ行くにも付き添おうとするのは、まるで過保護な親のようではないか。彼の自尊心を傷つけやしないか。
「君たちの小隊が定期調査に派遣されるとは、今回は交戦前提ということか」
「おっしゃるとおりです。これまでは調査を目的に最小限の戦力で行っていましたが、今回は内部の掃討が主目的だそうで」
「なるほど。上は情報はもう十分に取ったと判断したか」
戻ってきた彼から比較的薄いファイルを受け取りつつ話す。
「こんなに熱心に書庫に来なくても、さすがに上も資料くらい用意してくれるだろう?」
彼が苦笑する。もしかして邪魔だっただろうかと思ったが、それはきく前に否定された。
「いつもありがとう。ここにはあまり人が来ないから、話し相手がいなくてね。静かな場所にずっといると、過去のことばっかり思い出されて……」
ルィエンが俯く。
そうだった、ここには多くの作戦記録が置かれている。彼の携わったものも数知れない。整頓のたびにそれを目にしては、かつての景色を思い起こしているのだろうか。
「君は三重冠にはならないのかい」
三重冠、彼と同じ階級。
「私には資格がありません」
頭上の輪を展開する。二重の光輪が煌々と輝く。
「いや、あるよ。僕は見たからね。君にないのは覚悟だけだ。なにを気にしてそこで足踏みしているんだろうね、君は」
輪を消す。書庫はまた薄暗くなる。
「見た、とは?」
その時。けたたましい警報音とともに、緊急事態を示す赤のランプが点灯した。
——緊急事態、緊急事態、敵襲だ。コード:901。αからγまでの各小隊は体制を整え指示を待て。他各職員は指示のあるまでその場で待機せよ。繰り返す——
「901?正体不明だって……?」
「こんなこと、今まで一度も」
「ひとまずその場で待機だ。変わりなければ……君はΔ-2小隊だろう」
異様な空気が漂っていた。ぴりぴりとした妙な緊張感が、場を支配している。何か感じ取ったのか、ルィエンが輪を展開し光槍を具現化させる。かつてほどではないが、その三重の輪は光を失っていない。私も具現化させた剣の柄を緩く握った。
ぐわんと耳鳴りのような音がする。私よりもルィエンの反応のほうが早かった。線としか見えない一閃を、彼の槍が的確に弾く。
「何者だ」
侵入者は姿を現した。
「っ、あれは」
同族かに見えた。しかしその髪は全き白であり、負う輪は黄金で刺々しく、まとう衣服も異なっている。
ルィエンの槍が侵入者の仮面を割っていた。欠けた部分から見えるその目は、澄んだ青をしていた。
「旧天の民にしてはなかなか力のあるようですね。主神は勿体ないことをなさる」
黄金の光からなる武器。形状はハルバードに近い。
「天吏がなぜここに……」
私は追加で三本の剣を作り出すと、その刃先をすべてこの侵入者に向けた。
新天、主神がこの地を捨て、そのさらに上に作り上げた場所。かつての我々の職務はすべて新天の彼ら天吏が受け継ぎ、我々は地上の雑物を処理をする者からされる者へと立場が変わった。かつて主神の手足であった我々は、今やかの神にとっての障害に他ならず、我々は生存のため其の下す剣への抵抗を余儀なくされている。
天吏はハルバードを光に戻し霧散させると、私の方を向いた。
「お前が件の子か」
件の、というのが何のことか私にはさっぱりわからなかった。
「はあ、あの音始庭の馬鹿のせいでなんで私が……」
独り言が大きい。
「武器を下ろせ、私は戦闘要員ではない。今回は話をしに来ただけだ」
天吏の目は私の方を向いたままだ。
「セファリナの子、お前には権利がある。考えておけ、この地を離れ、天に戻ることをな」
天吏が言い終わるか言い終わらないかというタイミングで、仮翼までもを装備したαの某小隊が書庫に突入してきた。あたりは一気に騒がしくなり、天吏を視認した小隊員が声を上げ、そちらに得物の先が向く。
「チッ、まだ天にすがりつこうと偽の翼まで持っているのですね。主神はなぜ輪まで奪わなかったのか」
では。そう言うと天吏はその騒ぎの渦中から忽然と姿を消した。
喧騒を遠くに、私は混乱していた。ゆえに、ルィエンになにかを求めた。助言でも、慰めでも、なんでもいい、なにか言ってはくれないかと。
しかし彼は黙ったまま、空間の一点を凝視していた。それは彼が隊長の時からの、なにか深く考えているときの癖だった。
「また調べものかい?」
「はい、十一号塔跡の調査記録を探しに」
「ああ、そろそろ定期調査か」
レベル二指定の交戦記録があったはずだけど持ってこようか?とルィエンが言う。私は少し迷ったが、お願いします、と言って手元の調査記録の閲覧に戻った。ふとこの前のことがよぎる。糸が切れたように倒れる彼の姿が。だがお願いしますと言った手前、信じて待つほかない。あれにはできるだけ触れてくれるなという空気を感じた。ならば、変に意識するべきではないだろう。それに、どこへ行くにも付き添おうとするのは、まるで過保護な親のようではないか。彼の自尊心を傷つけやしないか。
「君たちの小隊が定期調査に派遣されるとは、今回は交戦前提ということか」
「おっしゃるとおりです。これまでは調査を目的に最小限の戦力で行っていましたが、今回は内部の掃討が主目的だそうで」
「なるほど。上は情報はもう十分に取ったと判断したか」
戻ってきた彼から比較的薄いファイルを受け取りつつ話す。
「こんなに熱心に書庫に来なくても、さすがに上も資料くらい用意してくれるだろう?」
彼が苦笑する。もしかして邪魔だっただろうかと思ったが、それはきく前に否定された。
「いつもありがとう。ここにはあまり人が来ないから、話し相手がいなくてね。静かな場所にずっといると、過去のことばっかり思い出されて……」
ルィエンが俯く。
そうだった、ここには多くの作戦記録が置かれている。彼の携わったものも数知れない。整頓のたびにそれを目にしては、かつての景色を思い起こしているのだろうか。
「君は三重冠にはならないのかい」
三重冠、彼と同じ階級。
「私には資格がありません」
頭上の輪を展開する。二重の光輪が煌々と輝く。
「いや、あるよ。僕は見たからね。君にないのは覚悟だけだ。なにを気にしてそこで足踏みしているんだろうね、君は」
輪を消す。書庫はまた薄暗くなる。
「見た、とは?」
その時。けたたましい警報音とともに、緊急事態を示す赤のランプが点灯した。
——緊急事態、緊急事態、敵襲だ。コード:901。αからγまでの各小隊は体制を整え指示を待て。他各職員は指示のあるまでその場で待機せよ。繰り返す——
「901?正体不明だって……?」
「こんなこと、今まで一度も」
「ひとまずその場で待機だ。変わりなければ……君はΔ-2小隊だろう」
異様な空気が漂っていた。ぴりぴりとした妙な緊張感が、場を支配している。何か感じ取ったのか、ルィエンが輪を展開し光槍を具現化させる。かつてほどではないが、その三重の輪は光を失っていない。私も具現化させた剣の柄を緩く握った。
ぐわんと耳鳴りのような音がする。私よりもルィエンの反応のほうが早かった。線としか見えない一閃を、彼の槍が的確に弾く。
「何者だ」
侵入者は姿を現した。
「っ、あれは」
同族かに見えた。しかしその髪は全き白であり、負う輪は黄金で刺々しく、まとう衣服も異なっている。
ルィエンの槍が侵入者の仮面を割っていた。欠けた部分から見えるその目は、澄んだ青をしていた。
「旧天の民にしてはなかなか力のあるようですね。主神は勿体ないことをなさる」
黄金の光からなる武器。形状はハルバードに近い。
「天吏がなぜここに……」
私は追加で三本の剣を作り出すと、その刃先をすべてこの侵入者に向けた。
新天、主神がこの地を捨て、そのさらに上に作り上げた場所。かつての我々の職務はすべて新天の彼ら天吏が受け継ぎ、我々は地上の雑物を処理をする者からされる者へと立場が変わった。かつて主神の手足であった我々は、今やかの神にとっての障害に他ならず、我々は生存のため其の下す剣への抵抗を余儀なくされている。
天吏はハルバードを光に戻し霧散させると、私の方を向いた。
「お前が件の子か」
件の、というのが何のことか私にはさっぱりわからなかった。
「はあ、あの音始庭の馬鹿のせいでなんで私が……」
独り言が大きい。
「武器を下ろせ、私は戦闘要員ではない。今回は話をしに来ただけだ」
天吏の目は私の方を向いたままだ。
「セファリナの子、お前には権利がある。考えておけ、この地を離れ、天に戻ることをな」
天吏が言い終わるか言い終わらないかというタイミングで、仮翼までもを装備したαの某小隊が書庫に突入してきた。あたりは一気に騒がしくなり、天吏を視認した小隊員が声を上げ、そちらに得物の先が向く。
「チッ、まだ天にすがりつこうと偽の翼まで持っているのですね。主神はなぜ輪まで奪わなかったのか」
では。そう言うと天吏はその騒ぎの渦中から忽然と姿を消した。
喧騒を遠くに、私は混乱していた。ゆえに、ルィエンになにかを求めた。助言でも、慰めでも、なんでもいい、なにか言ってはくれないかと。
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