ねえ、側にいて?

名無(ナム)

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第1章

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【3日目】

 いつもみたいに早起きして昨日とは違うお弁当を作って、それを包む。今日も上出来だとほくそ笑み支度をして家を出た。バス停に向かい薄暗い中バスを待つ。最初は違和感しか無かった、早く行ってもやる事は無い。でも今は相澤くん、…いや豪希くんに会うという目的が出来た。今は毎日が凄く楽しくて仕方ない。

 バスが到着し乗り込むと空いている席に座った。今日はいつもよりだいぶ早い。窓にもたれ掛かり寝ようとした時、信号で止まったバスの中、席を立ち僕の横に移動してくる人が居た。僕はその瞬間香る匂いで誰か分かった。

「豪希くんッ……わあ、会えるなんて夢見たい」

「早いな」

「うん、早く起きちゃって。やることもないからバスに乗ったんだけど…いつもこの時間なの?」

「ああ。いつもこの時間のバスに乗っている」

「そっか……僕も少し早起きして豪希くんとバスの中でも会えるようにしようかな」

 そう言って隣を見ると、微笑んでいる豪希くんがいた。僕の頭をよしよしと撫でてくれて…照れてしまう。

「無理はしなくていい。学校ではいつも一番に会いに来るじゃないか」

「……そうだけど、もっと…一緒にいたいから。豪希くんともっともっと話したい。ダメかな?」

「いや? ダメではないが…授業中眠くなるのはお前だぞ? 授業を寝るぐらいならしっかり家で休め」

「う……ッ、そ、そうだね」

 そう言うと豪希くんは口元に甲を寄せくすくすと笑っていた。彼の笑う顔は本当にかっこいい。見惚れる。

「陽菜、俺は人に好かれた事がない。だから正直お前が本当に俺を好きなのかまだ半信半疑なんだ」

「…豪希くん。僕の気持ちは本物だよ?」

「ああ、見ていれば分かる。だが…もっと切り込んで欲しいという願望があってな…これ以上は言わないが、俺をもっと夢中にさせてくれ」

「もっと……」

「そうだ。お前なら出来るはずだ、その素質があると見ている。因みにだが……俺とてモテない訳ではないからな」

 そう言われ鞄から出された手紙に釘付けになる。女の子の字だ。それも……住所?

「家のポストに入っているんだ。毎朝な……俺はこの子が誰なのかを知らない。正直、…少し気になっている」

「ッ……そんな…」

「だがお前の事もな? だから俺をもっと本気にさせてみろ。陽菜。期待しているからな?」

 そう言うと彼は再び席を離れ、元いた場所に座った。僕にライバル、顔は知らないけど女の子…。豪希くんを取られるかもしれない……。

「そんなの、嫌だ……」

 僕は胸がザワつくのを必死に押さえ込み、彼を落とす術を本気で見つけなくてはと思い始めた。今までみたいなやり方じゃダメなんだ。

 僕はふと、豪希くんが他の女の子と仲良く歩いたりキスしたりしているのを想像した。想像して……気持ち悪いと思った。女の子にあの顔を見せる豪希くんが、嫌だと思った。あの顔を他に見た人は居るんだろうか? 居たとしたら一体誰だろう。いや想像したくない、気持ち悪い。

「……もっと……」

 僕は彼の事を知りたい。知りたくて堪らない。手紙の主が誰なのかも知りたいし、豪希くんの事がもっともっと知りたくて堪らない。何だろう、急に湧き上がってくるこの気持ち…。取られたくない。渡したくない。この気持ちは、まさか…嫉妬?

 僕は彼の家を知らない。なのにあの手紙の主は豪希くんの家を知っている。それがとてつもなく許せない事のように思えた。僕だって知りたい。どうやって知ったんだろうか、彼女は豪希くんの何を知っている?

「あー…ダメだ、考えたら…イライラしてくる…」

 少しも落ち着かない気持ちのままバスを降りる。豪希くんと並んで歩きながら少し寄り添った。だけど自然に交わされて一定の距離を保っている形になる。

「ねえ…僕の事避けてる?」

「何故だ?」

「……だって、近くによると避けられるから」

「そりゃあ避けるだろ」

「ッ…なんで? 噂になるのが嫌だから?」

「それが嫌ならお前にもっと本気を見せろなんて言わない。陽菜はまだ分かってないんだよ」

 僕がまだ理解出来ていない事、それが何なのか凄く気になる。隣を歩きながら僕は小さく溜息を零した。

「……陽菜が辛いと思うなら無理する事は無い。別に止めたっていいんだぞ? ただ友達になると言うことも付き合うという条件もなくなるだけだ」

「そ、それは嫌だよ…僕は平気…」

「そうか。少しヒントをやろうか」

 その言葉に僕は彼を見上げる。信号待ちで止まり隣同士に並び、彼は赤信号を見つめながらこう言った。

「お前は、狂った事があるか?」

「く、狂った事? えっと、ない…と思う」

「欲しいものが目の前にある、それがどうしても欲しい。だが手に入りそうで手に入らない、それはいつも目の前でするりと逃げていく。欲しくて欲しくて堪らない、その飢えが積み重なった時、限界まで達した時、人は初めて狂い始める」

 信号が変わり歩き出した豪希くんと並び歩きながら彼の言葉に耳を傾ける。

「お前には飢えが足りない。それはまだ本気ではないという事だ。俺という人間を心から欲してみろ。渇望してみろ、今のお前はそこら辺にいる奴らと変わりはしない。そんな人間と付き合う気は俺には最初からないんだ」

「飢え……豪希くんを僕のものにしたいって言う強い願望がないって、こと?」

「ああ、俺には全然そう見えない。本当に俺が好きなのかと疑問が湧く」

 僕は彼の言葉に俯いてしまう。

「陽菜、俺はこの一週間でお前と心の底から付き合いたいという気持ちが産まれなかったら、この手紙の女と付き合うつもりだ」

「…えっ!」

「見た事はないが毎朝手紙が入っている、五枚の便箋に俺への気持ちが綴られている。この女と付き合ったらキスもするしもちろん体だって重ねるぞ?」

「っ……豪希、くん…」

「そして、結婚もする。毎日体を重ね、俺の欲を女の体内にぶち込み喘がせ昇天させ、快楽を覚えさせる。それはもう止めてくれと泣き叫ぶまでだ」

 嫌だ……僕は耳を塞ぎたくなるような豪希くんの言葉にただ手が震えた。心がぐちゃぐちゃに乱される。見た事もない女の子と、付き合う? 嫌だ、嫌だ…。

「……最近性欲が強くてな、早くしないと…女を捕まえて暴れるかもしれないぞ? 派手にな? 自慢じゃないが俺のモノはかなりデカくて──」

「やめてよっ!! もういいよ…聞きたくないよ…」

 僕は驚くぐらい力強く彼の脇腹に拳を入れていた。僅かに顔を歪めてもなお、彼は楽しそうだ。

ああ、何だろう……頭がぐちゃぐちゃだ。心もぐちゃぐちゃで……。

「……後4日だ。その間にお前という存在をもっと爆発させろ。今よりもっとな? それが出来ないなら俺と付き合うことは一生ない」

 そう言い残して彼は少し早歩きで学校の門を潜り校舎の中に消えていった。

 豪希くんが他の女の子と仲良くする? キスする? 体を重ねるだって? それを想像するだけで心の奥にある何かが痛む。怒りが込み上げてくる。彼を僕のものにしたい。他の誰でもなくて、僕のものにしたい……。

「……僕の気持ちを思うままに伝えたらいいのかな…嫌われる覚悟で…もう全部吐き出しちゃおうか…」

 そんな事を呟きながら僕も校舎の中へ向かうのだった。
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