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第2話:性別は置いてきた

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 上手くフレイアの手から逃れられたようだ。

 俺は今、体という実態を無くし、として空間を漂っている。

 そう。俺は人間に転生したわけではない。
 生き物ではなく、膨大な魔力エネルギーそのものとしてこの世に存在している。
 転生した俺の魂は、わけあって魔力の源に憑依し、融合してしまった。
 ふだんは人間の姿に扮しているだけだ。

 この世界は普通じゃない。
 剣や魔法、魔王や精霊が存在する。

 人間で魔術を使えるのはほんのひと握りだ。
 魔力は6つの属性(火属性、水属性、風属性、土属性、光属性、闇属性)に分けられる。
 人間が扱えるのは、火か水、風か土。この四つの属性のうち、どれか一つだけである。

 人間でない俺は、全ての属性を扱うことができる。
 天使や神獣のみに許された光属性と、魔族や悪鬼に宿る闇属性、そんな相反する二つの属性まで扱うことができる。

 フレイアはそんな俺のことを天文時計アストラリウム――魔術兵器と呼ぶ。
 どうして俺が兵器呼ばわりされているのかは、分からない。
 俺は14年間ずっと城で引きこもってたんだ、そんな物騒な名前で呼ばれる謂れはない。
 おそらく、兵器と揶揄されるほど危険人物ということだろう。

 だが安心してほしい。
 俺はこれから森の中でひきこもって、モフモフ動物と一緒にスローライフを送る予定だ。
 俺が本当に兵器なら、学校なんて行かず、人里離れた場所で静かに暮らす方が平和のためだ。

『そろそろ良い感じの所まで逃げおおせたはずだ』

 実態のない姿では、刹那に何十キロも移動できる。そのかわりすごい疲れるから、一日一回しか使用できない。
 今回に限っては、フレイアに焼かれる寸前だったので、ただ生き延びることだけを考えた。
 そのせいで、明確な目的地を設定できないままに飛んでしまった。
 俺自身、今どの辺にいるのか判然としない。
 南の温かい、まだ行ったことがない場所だとは思う。

 フレイアの手の届かないところならどこでも良い。

 ようやく、俺のまったり隠居生活が始まるのだ!

 意気揚々と人間に実体化した。
 瞼を持ち上げ、目の前の視覚情報を取得する。

 俺は小高い丘に佇んでいる。
 眼下には、大きな都市があった。
 白を基調とした街並み。中央には天を衝く塔が鎮座していて、そこから毛細血管が伸びるように、民家や通路が広がっている。
 都市全体をぐるりと立派な壁が取り囲んでいて、外界と遮断されていた。

「要塞都市だな……ここどこなんだろ」

 とりあえず……のぞいてみるか。
 これから森の奥で隠居生活を送るにしても、今の俺は丸腰だ。ある程度、食い扶ちを稼いで、生活必需品をそろえておきたい。

 要塞都市の入り口へ向かう。門番は甲冑を着た二人の兵士。その奥で、真っ白い服を着たおっさんが、街へ入ろうとする人間をチェックしていた。都市に入るには通行手形がいるらしい。

「所持していないものは入ることを許さん。出て行け」

 おっさんはその一点張りで、俺を通してくれなかった。

「まあ仕方ないよな……」

 諦めることにした。俺は生き物じゃないから食わなくても存在できるし、寝る場所や明かりも、森にある道具でリノベすれば良いだけだ。

「お騒がせしました」

 そう言って引き返そうとした瞬間

「ちょっと待ったあ!」

 壁の上から焦った声が降ってきた。見た目は二十代前半の青年。金髪の美形だ。背中に大きな2枚の翼が生えている――天使に間違いない。
 俺もお目にかかるのは始めてだった。天使は基本的に、天界から降りてこないから。
 そんなレアキャラは白いスーツを着て、白い鞄を持っていた。
 クタクタに疲れた営業サラリーマンを白く染めあげたような印象だ。

「き、きみ……ほのかに光のエネルギーを感じるんだけど、何者だい?」

「えーと……」

 俺には6つの属性、全ての魔力が宿っている。魔力の強い人間には、それが匂いのように感じ取れてしまうらしい。
 魔族の証である闇属性を垂れ流すわけにはいかないので、俺はいつも、光の力を少しだけ強めに放出し、闇の力と相殺している。
 この天使は、相殺され損ねた光の力を俺から感じ取っているようだ。

「ボクたち天使族にも見えるけど……それなら羽はどうしたんだい?」

「羽はもとからついてませんし、俺はそもそも天使じゃ――」

「もしかして! 人間にむしり取られたのかい!? 酷すぎる! すぐに傷跡を見せてくれ!」

 はやとちり天使はふわりと地面に舞い降り、呆然としているおっさんをスルーして俺を都市の中へ招き入れた。

「ちょ、ちょっと待ってください! 勝手に入っちゃだめなんでしょ?」

「いいんだよ、天使なら! ここは天使と、信心深い清らかな人間のための街だからね」

 天使は悠々と歩き、俺の腕をぐいぐいと引っ張る。

「俺をどこに連れて行くつもりですか!」

「大天使さまのところさ! 大天使さまは人界支店の部長だよ!」

「部長……」

 ビール腹のハゲ親父が脳裏にちらついた。

「大天使さまはいつもここで仕事してるんだ! ほら入って入って!」

 はやとちりで陽気な天使は、民家のような建物の中に俺を押し込んだ。

「大天使さま! 天使っぽい子つれてきたよ!」

「なんだいシュリエル……うっさいねえ」

 大天使様は、床に敷かれた茣蓙の上で寝そべっていた。
 ビール腹のハゲ親父……ではなく。
 グラマラスなお姉さんだった。
 バスタオルみたいな白い布を体に巻きつけ、豊満な胸の主張が激しい。
 流れるような金髪の髪を高く結い上げ、首筋が色っぽい。
 ただし、綺麗な顔は真っ赤で、目が半開きだった。

「大天使さま、何してたんですか?」

「うい? 栄養摂取さぁ」

 そう言って、ウイスキーの瓶を掲げた。酒乱天使だった。

「――魔族が怪しい動きをしているからねえ、戦争になりそうらしい……栄養摂取うぉして、思考回路うぉ、まわさらいとお」 

 思考回路の前にろれつ回せよ。

「この子、羽をとられたみたいなんだ、可哀想だから何とかしてあげてよ~!」

「ふぉーん?」

 酒乱天使は視点の定まらない目で俺を見た。

「ふーん……あんた、人間でも天使でもないろ」

「な、なんでそれを……」

 視点定まってないくせに、見る目は節穴じゃなさそうだ。

 酒乱天使は際どい姿のまま、上半身を起こし、あぐらをかいた。
 だらしない格好だが、美人がやるとさまになる。

「あんたからは星のエネルギーを感じる。星は時間を跳躍し、時空を飛び越えるからねえ……一体、どっからきたんだい?」

 星、時間――

 このワードを言い当てられ、俺は狼狽える。
 酔っぱらいの妄言なんかじゃない。彼女はすでに、俺の正体の核心を突いているようだ。

 酒乱天使は据わった瞳で俺を見ていた。全て見抜いているぞ、と言わんばかりの色をして。

「まあいーや。とりあえずぅ、あんた、脱いでよ」

「はい?」

「天使っちゅーんなら、羽のあとでもあるらろ? それ、みせろよ」

「いやいや、俺は天使じゃないですし! 見せるもんなんて何にもないですよ!」

「つべこべ言うんじゃない、ほらお前たちぃ……やれ」

「「「はいでございますわ!」」」

 と、後ろから可愛い三人の女の子たちが出てきた。背中に小さな羽がはえている。
 彼女らは縄や目隠しという物騒なもんを手に、目をキラーンと光らせている。

「「「逃しませんわ!」」」

「や、やめろぉー!」

 女の子相手に手荒なことはしたくない。俺は無残に身ぐるみをはがされた。

「おーう、これはこれは」

 酒乱天使はニヤリと笑い、俺の体を見下ろす。

「なーんにもついてないねぇ、上も下も。一見すると幼児の体みたいだ」

「だから言っただろ、見せるもんは何もねえって」

 俺はため息まじりに告げた。
 そう。
 俺は人間じゃないし、性別もないのだ。

 前世で「浮気だ!」「痴漢だ!」「性差別だ!」と、さんざん嫌なものを目にし、面倒な思いをしてきたせいか……

 今の俺は、それらとは無縁の存在になれたわけだ。

 だから前世のような言いようもないリビドーを感じることもなくなったし、男だから何だという、面倒事に巻き込まる必要もなくなったのだ。
 厄介事は前世に置いてきた!

「さて。これからどうするつもりなんだい?」

 酒乱天使は俺を裸にしたままそう問いかけてきた。

「俺を脱がしたくせに反応がお粗末すぎやしませんか?」

「だって飽きちゃったもん」

 ウイスキーをあおり、悪びれもなく笑った。

「――まあ、無性は天使にゃ珍しくないしい、ここで天使のフリして生活するも問題ないよ」

「いいのかよ、俺みたいな訳のわからん怪しいやつを招き入れて……」

「シュリエルが認めたんらから、あんたは悪いやつじゃあない――」

 そう言って大天使はシュリエルを見た。シュリエルは呑気に「可愛い顔した男の娘だと思ってたよー!」と笑っていた。

「――まあ、闇の力は上手く隠し続けなよ? いくらあんたが良いやつでも、誤解されたら面倒だからね」

 大天使は落ち着いた調子でそう言った。俺に闇の力も宿っていることまでお見通しらしい。
 大天使という名も伊達じゃないってことだろう。

「……大天使。ここは一体なんなんだ?」

「ここかい? ここはねえ、楽園さあ。信心深い人間と、聖なる者が集まった集落……その名も、教会都市」

「教会都市……?」

「教会が管理している都市さね。シュリエル、教会まで案内してやんな」

「了解です! 司教さんたちに会わせるんですね! さあ、行きましょう!」

「「「いってらっしゃーい!」」」

「ウイスキーの追加よこせって言っとけよ~!」

 俺はシュリエルに手を惹かれ、街の中心にそびえる塔――教会に向かうことになった。
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