神霊さんの不協和音な三兄妹、それと周りの人たち

砂樹

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第一章

1 年末年始と魔族と使い魔 その1

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 シシャルが自称半神霊の兄とその妹に出会って、そろそろ五年になろうとしている。



 聖都からはるか南の辺境の町近く、暗黒の森の魔物密集生息地帯にて。

「鐘が鳴り終わっちゃいました……。年越しまでに帰れなかったです」

「鐘の音が聞こえる範囲内にいられただけマシではないか?」

「それはそうですけど」

 魔物討伐帰りで疲れ切った兄妹が疲れ切った声で会話しながら獣道を歩いていく後ろを、荷物持ち担当のシシャルは縮こまりながら歩いていた。

 自分だけまったく疲労していないのが、ものすごく申し訳ない。

 背負う荷物はシシャルの身長の半分以上あるが、筋力強化と重量軽減の魔術を併用することでほぼ負担ゼロを実現できている。
 なので、でかくてかさばるだけ。
 苦労なんて、獣道が狭すぎるせいで荷物を木の枝にひっかけては外すのに手間取ることくらいだった。

「今回こそは町で年越しの鐘の音を聞きながら穏やかに年越ししたかったです」

 聖都では年越しは盛大なお祭りとなっていて、鐘の音に旋律がつくという。

 辺境地域でも年越しの鐘は鳴らされるが、旋律はついていないし音程も変わらない。
 年に一度しか使わない鐘を複数設置する予算などないため、時告げ鐘の使い回しだ。

 それでもやはり年越しの鐘は特別らしい。

「新年のお祭りも最初から最後まで参加したかったですっ。今回の開会式では勇者様が聖剣で剣舞をするっていうからほんと楽しみにしてたんですよっ」

 兄妹の妹、三人の中で一番小柄でかわいらしい顔立ちで、長くつややかな杏色の髪が特徴的な少女が思い切りむくれている。

 いろんな意味で一番子供っぽいが、隊長は彼女――カユシィーだ。

 討伐地点への移動中や戦闘中は動きやすさ重視のため髪はまとめているが、今は帰るところなのでほどいてあり、長い三つ編みが背中で揺れていた。

 丈夫さと可動性重視で色も形も地味な服と、立派な長剣を三本も帯剣している姿を度外視すれば、儚げで可憐なお嬢様。所作の端々から育ちの良さがにじんでいる。

 しかし、こう見えて、このパーティの最大戦力。
 だから隊長になっている。

「あー、もーっ。なんで年末に器物損壊事件なんて起こす不届き者がいるんでしょうね。年末年始くらいおとなしくしてほしいものですよ。あぁ、犯人しばき倒したいです」

 そして、睡眠不足になればなるほど不機嫌になり攻撃的になるというやっかいな性質も持っている。
 いや、そういう傾向は誰にでもあるが、彼女は特に激しいのだ。

 本日、予定外の動きとなってしまったのもあり、十八時間くらい寝ていない。
 短時間であっても睡眠がとれれば回復するのに、そんな余裕は一切無かった。

「帰ったら仮眠を取って、それから祭りに行く方が良さそうだな」

 兄妹の兄、一番長身で金髪で青紫の瞳の青年が困ったように微笑む。

 副隊長な彼――ドレは、妹が生後間もない頃から専属執事をしていたという。

 二人は異父兄妹とか生まれ育った家が違うとか聞いたことがあるが、そもそも家庭自体知らない身にはピンと来ない。

 ちなみに、神霊なのは父親の方なので、兄は半神霊だが妹はただの人間なのだそうだ。

「仮眠取ったらお祭り楽しめる時間減っちゃうじゃないですかっ。新年最初の日が一番盛り上がるのにっ」

「今のささくれたカユを町中で遊ばせたら問題起こす。だから仮眠は絶対取れ」

 副隊長は元執事だが冒険者としても優秀で、どの依頼を受けるか決めるのも討伐計画を立てるのも道を選ぶのも索敵するのも、倒した魔物の処理をするのも彼の担当だ。

 戦闘中は隊長が前線に立つため、彼は後方から全体を俯瞰しつつ遠距離魔術や弓矢を使って援護したり周囲の状況を伝えたりしている。
 その上、治癒魔術も解毒魔術も扱える。

 正直言って、この兄妹だけで立派なパーティが成立する。



「あーっ。ほんとなんなんですかっ。なんでわたしたちがこんな目にっ?」

 木の枝が服に引っかかったことをきっかけに、隊長さんが睡眠不足すぎてキレた。
 キレていても育ちの良いお嬢様感が消えないのがすごい。

「あ、あの、隊長さん、副隊長さん。ごめんなさい、私のせいで借金作っちゃって……。荷物持ちしかできないのにほんとにごめんなさい」

 身長は真ん中だが一番年下で十歳なシシャルは、いたたまれなくなって頭を下げた。
 目深にかぶった灰色フードをさらに下げ、縮こまる。

 今回の予定外の魔物討伐は、徹頭徹尾、シシャルのせいである。

 闇属性というだけで周囲の目が厳しくなるのに、なんの役にも立てていない。
 なのに面倒ごとばかり引き寄せてしまう。
 非常に肩身が狭い。

「あ、いえ、そういうつもりでは。悪いのは器物損壊犯どもですし」

 慌てた様子で隊長がとりつくろうも、シシャルには響かなかった。

「でも、ああなった原因は私が闇属性だから。それだけなんだよ」

 建物の壁に落書きされ、窓を割られた。ネズミの死骸や汚物も投げ込まれた。

 借家だからきれいに清掃して修理しなければならないのに、費用はすべて借り主持ち。

 犯人は捕まったが、その日のうちに軽い注意だけで釈放された。
 弁償も慰謝料も何も要求できなかった。
 だから、こうして年末年始に魔物討伐なんかする羽目になったのだ。

「ですが、どう考えても悪いのはあいつらですよ」

「けど! 闇属性のくせに親切にされてまともな家に暮らすなんて不条理だ厚顔無恥だ罰当たりだ絶対おかしいって、天罰落ちないなら代わりに罰してやるって、そんな動機でやられたんだよっ?」

 仮に弁償を要求できたとしても払える見込みのない貧しい人たちだったが、だからってあの言い草はないだろう。



 ――彼らには、神にさえ見放された闇属性よりも貧しい暮らしを強いられてきた心の傷という、絶大なる同情の余地があり、情状酌量しなければ正義にもとる。よって罪には問わず、弁償義務を免除する。

 したり顔でそう言い放った行政官と、見届け役の神殿関係者のあざ笑うような目。

 ――我らの決定に従わず、彼らに弁償を迫る、あるいは危害を加えるようならば、容赦はしない。規定以上の罰を与えるので、肝に銘じておくように。

 そんな言葉まで付け加えられたから、余計に理不尽だった。



 被害者は隊長と副隊長と大家さんも含まれるのに、行政官たちは顧みなかった。

 それどころか、闇属性なんかと親しくするからお前らも理不尽な目に遭うのだと、こういう目に遭うのが嫌ならば縁を切れと、馬鹿にされて見下されていた。

 その後の、大家さんから向けられた忌々しげな視線も忘れられなかった。

 絶対に迷惑かけないからと無理を言って住まわせてもらっていたことを、副隊長が通常より多くの家賃を払っていたことを、シシャルは知っている。

 あの場で即座に出て行けとまでは言われなかったが、追い出されるまで時間の問題だ。

 そして、一度追い出されたら、あの町の中ではもう暮らせない。

「私、荷物持ちしかできないのに、なんの貢献もできないのに、なのに、これからも、私が闇属性なせいで嫌なことがいっぱいあって、出費ばかりかさむんだよ」

 こつこつと三人で貯めていたお金はあっという間に空になり、それだけでは足りなかったせいで冒険者組合に借金した。

 そして、さっさと借金を返せば余計に金を取られることもないんだからと、年末年始なのに出されていた厄介な討伐依頼を押しつけられた。

「住める家だってなくなっちゃうんだよ。もう、わたしなんかかばうのはやめてよ」

 シシャルは二人にとって赤の他人だ。

 なんとなく利害が一致したから一緒にいるようになったが、最近は一緒にいることの害の方が目立っている。

 借家が傷つけられたのは今回が初めてだが、ひそひそとあらぬ噂を流されたり罵声を浴びせられたり石を投げられたりは、もう数え切れないほど繰り返されてきた。

 隊長も副隊長も物理的に強いから実害が出ていなかっただけだ。

「二人まで――」

「嫌です。ぜったいに、嫌ですからね」

 おじさんみたいに殺されちゃったら嫌だ、と、続ける前に、さえぎられる。

 隊長、小走りで駆け寄って肩をつかんできた。ものすごく真剣な顔だった。

「シシャルちゃんがひどい目に遭うのもわたしたちがとばっちりを受けるのも、この国のあり方が悪いと、神殿の光神聖複合属性偏重と闇属性差別がいけないんだと、ふわふわ様だってお母様だって言ってたじゃないですか。そうですよね副隊長?」

「あ、ああ。その通りだ。諸悪の根源はあの権力欲の権化どもが腐敗させた神殿だ」

 この国は聖王国と呼ばれていて、聖王と呼ばれる存在が頂点に立っているが、何百年も前から神殿との力関係が逆転し始め、今では王も王家も完全なお飾りと化している。

 そのせいもあってか、憎しみの対象は王や王家ではなく神殿なのである。……らしい。

「今に見ていろ。俺の計画が成就した暁には奴らを公衆の面前で土下座させてやる。俺が誰の息子か、うちのシシャルがどれだけすごいか、世に知らしめてやる」

 副隊長、いつもすまし顔の美形だが、実は意外と粘着質だ。今のところ大きな動きをしていないのは、単純に資金不足だからに他ならない。

「ですです。わたしからシシャルちゃんを引きはがそうなんて、それはわたしに睡眠不足で死ねと言っているようなもの。絶対に許しません」

 一見冷静だが、不平不満の度合いはこの人たちの方がよほど強いのではあるまいか。

 シシャルはあくまでも自分のせいで周りに迷惑がかかる部分が申し訳ないのと、自分のせいで親切な人たちが不遇になったり理不尽な目に遭ったりするのが許せないだけで、自身がいろんなことで傷つけられるのは日常茶飯事すぎて何も感じていないわけで。

「はやく一流の冒険者になってぎゃふんと言わせてやりましょう。孤高の冒険者『偽銀の疾風』は冒険者になってからたった十年で聖都に豪邸建てられるほどの大金を稼ぎ出したそうなのですよ! だから勇者相手に啖呵切って決闘もできたのですよっ。わたしたちも金貨の詰まった大袋で思いっきりぶん殴って、町も神殿も乗っ取っちゃいましょうっ」

「え、えっと。別にそこまでしなくても……」

 自分より怒りに震えている人がいると、反比例するように冷静になる。

 このままだと二人が危ないと、一緒にドブさらいしていたおじさんみたいに「闇属性と仲良くしているから」なんて理由で殺されて遺体をどこかに隠されて失踪扱いにされかねないと、懸念と恐怖に支配されていたのに。

 自称半神霊で多才な兄と、見た目の可愛さに反して恐ろしく強い妹。
 そんな二人を殺せるほどの実力者なんているんだろうかと思えてくる。

 いや、二人とも冒険者としての実力は中くらいだから、まだまだ上はいるわけだが。それとこれとは話が別なのだ。

「シシャル。君は負い目を感じず健やかに成長してくれ。それがカユのためになる。カユが伸び伸びできれば俺の負担も減る。俺たちは運命共同体なんだ」

「さあ、早く帰って、お祭りでおいしいもの買いあさりましょうねっ」

 もはや、あんなに迷惑かけちゃったから、これからも迷惑かけるのは申し訳ないから、今度こそパーティやめて家からも出ていく――なんて言い出せる雰囲気じゃなかった。
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