神霊さんの不協和音な三兄妹、それと周りの人たち

砂樹

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第一章

26 服と塩の買い出し

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 本日は兄の休養のためにお休みだ。
 ついこの間もそんな理由で休んだ気はするが、深くは考えないでおく。

 兄によると、一日布団で休んでいたいがそうもいかないそうで、足りなくなりそうな食料や調味料や日用品や衣類を買いに出かけることになった。

「お祭り期間終わったら仮装できないのは分かりますけど、今日の買い出しではシシャルちゃんの服や下着も買う予定なのですし、連れてきた方がよかったのでは?」

 玄関で見送ってくれたシシャルが家の中に戻る程度には離れたところで、カユシィーは納得できないことを兄にぶつけた。

 カユシィーの方が背が高かった頃はお下がりを着せることでまかなえていたが、今はシシャルの方が背が高い。
 今はまだ使い回せているが、いずれできなくなる。

 あの子の成長が早いのではなく、カユシィーの身長が伸び悩んでいるためだ。
 去年の今頃より伸びてはいるが、誤差と言われたら否定できない。

「シシャルちゃんがあんまり外に出たがらないのに無理強いはできませんけど、でも」

 金銭問題や身分問題と別のところで、着たい服を選ぶ自由がない。
 それはとても可哀想なことだと思ってしまうのは、カユシィーが可愛い服に目がないからなのだろうか。

「無理を言うな。たとえ上手く変装できたとしても、あの子が乗り気だったとしても、防壁系の遠隔魔術の有効範囲は広くない。遠隔維持が得意という者でも五十リュームが限界だ。それだけ距離があれば近所の散歩くらいはなんとかなるだろうが、買い物は難しい」

 兄の言葉に、カユシィーはむくれるが反論はできない。

 借家をこれ以上壊されないようにする。
 それが今一番優先されることだ。

 金を稼げたってそれ以上の出費が出たら意味ないし、この借家から追い出されたらもう他に借りられる家がないだろうし、安宿も借りられないだろう。

 最悪、この町を出て行くしかないかもしれない。

 ここはシシャルが闇属性だと広く知られていて、闇属性相手にならどんなひどいことも許されると考える人ばかりの町だが、シシャル自身が離れたがらない。

 五年近く経ってなお、『おじさん』が戻ってきてくれることを信じて待っているわけではない。
 だが、その人との思い出は離れがたく感じさせる一因になっているらしい。

 絶対に、闇属性であることを隠して新天地に移る方がいろんな意味で楽なのに。
 今のシシャルなら、闇属性であることを隠す技術をいくつも持っているはずなのに。

 しばらく無言で、人通りも少なければ整備もされていない無味乾燥な道を歩いていく。

 町の中心部より道のゴミは少なく側溝とか共同トイレとかもきれいなのだが、これはたまに憂さ晴らしと称してシシャルが掃除していたためである。
 掃除の中では金属磨きが一番好きだそうで、その派生なのかなんなのか刃物や剣を研ぐのも好きなのだとか。

「……ん?」

 ふいに、兄がわき道の方を見た。
 いるのはぼろ布をまとった小柄な人影だけだ。

 その人影がとことこ歩いていった先に、なぜか勇者パーティの姫が現れ、話し始めた。

 姫はお忍び用の私服のようで、森で会った時よりだいぶ地味だが、それでもなお見た目の落差がひどすぎる。

 会話内容は分からないが、姫はどうも人影から依頼を受けた形らしい。
 指さされた方向に歩いていく。

「シシャル。何やってる?」

 姫の姿が完全に見えなくなったところで、兄は思いきりいぶかしげに声をかけた。

「……副隊長にも認識阻害効かないのか」

 人影は顔を見せないままだが、声はたしかにシシャルだった。
 背格好も同じくらいだ。

 なのにいまだにカユシィーだけ彼女をシシャルと認識できないのは、認識阻害の効果なのか。
 目の前にいても、なんとなく似ている誰かとしか思えない。

「姫様にちょっと依頼してただけだよ。闇属性でも平穏に暮らしていくためには、不穏の芽はできるかぎり摘んでいかないと」

 言ってることはおかしくない、はずだ。なのに何か引っかかる。

「何を依頼したんだ?」

「治療魔術だけど、誰とかどんな病気とかは秘密で。いろいろと事情があるからね」

 誰なのか秘密なのはともかく、どうやって病気を知ったのかは気になるところだが、聞いても教えてくれない気がした。

「そうか。家の防犯魔術はどうした?」

「ちゃんと維持してるよ。このくらいの距離なら問題ないし。じゃ、帰るね」

「あ、ああ……」

 とことこ歩いていくシシャルを、二人は呆然と見送っていた。



「まずはカユとシシャルの私服と仕事着を買わないとな。シシャルの服はカユのより大きめにしないとダメになってきたし、大きめで選んでやってくれ。あと肌着も二枚ずつな」

「はーい。可愛いの選んでいいですか?」

「私服は予算範囲内であればかまわん。仕事用は性能だけで選べ」

 すっぱり切り捨てられた。
 にべもない。
 兄は服への執着がなさすぎる。

 カユシィーの実家にいた頃は執事の制服と寝間着の二種類しか見たことがなかった。
 寝間着は頭からかぶるだけのものすごく簡素な物だった。

「ドレの服は?」

「今は必要ない。俺はあまり動かないから消耗も遅いし、これ以上背も伸びないからな」

 兄、カユシィーが物心つく頃にはすでに今とさほど変わらない見た目だった。
 本人はもう少し身長が欲しかったらしいが、今でも男性平均くらいはある。

「あ、あの、ドレ。生地を買ってくるのはどうでしょうか。専門の人に頼まず自分たちで縫えれば少しは安上がりに――」

「お前な。生地で買うということは、新品を作るということだ。俺たちが着る服の品質を考えると、どんな安い布を選ぼうと中古の服を買うより高くつく。そもそも生地を売っている場所自体が少ないし、ある程度以上の金持ち向けだ」

「そ、そうなのですか? そうなのですか……」

 カユシィーは、可愛い服はあきらめて少しでも節約しようと決めた。





 服屋は町の中に何件かあるが、カユシィーとシシャルの服を買うのは中古女性服専門店だ。
 近隣の町と提携していて、品ぞろえがちょくちょく変わるのを売りにしている。

 店内は所狭しと服が積まれていて、使用場面や価格帯ごとに場所が分かれていた。

 私服向けで子供向けの山だけでも、百枚近くあるのではあるまいか。

 とはいえ、辺境の町の人は凝った作りの服を着ないから、頭からかぶって足首まで隠れる寸胴形が一番多い。
 これは大人も子供も一緒だ。
 生地の高価さもあって、廃棄を少しでも減らすために縦横の裁断だけで作られているから、どれもこれも紐やベルトで見栄えを工夫する必要がある。

 カユシィーが実家で着ていたような、それぞれの体格に合わせて裁断し動きやすさも見栄えも素晴らしい服なんて、まずお目にかかれない。

 ひらひらと布を贅沢に使った品なら稀に見るが、刺繍は見たことがない。
 目印代わりに模様を縫いつける程度ならなくもないが、裾の端に丸とか三角とか簡素な記号が大半だ。
 名前の縫いつけや染めつけもないのは、売る際に買い叩かれるのを防ぐためという。

 姫が華やかで細やかな作りの私服を着ているのを見た時は、お飾りだろうとなんだろうと王家は違うと愕然とさせられたものだ。

(少しでも可愛い服……、少しでもかわいくてお安い服ぅっ)

 気に入る服は何枚か見かけたが、一枚だけで予算の大半を使ってしまうようではとてもじゃないが買えない。
 可愛くて使用感も少ない服は貧乏人には手出しできないのだ。

(シシャルちゃんも可愛い服に興味ないからって雑にするとかわいそうですし。はぁ、ドレってばもうちょっと予算回してくれればいいのに)

 新品の肌着を計四枚だけで予算の四分の一使ってしまうのだ。
 肌を傷つけない程度に柔らかさのある布地の新品というだけで、かわいげの欠片もないのにお高いのだ。

(なんで新品のあんな小さいの一枚と、頭からかぶって足首まで隠れるこのださ……ではなく簡素な作りの服が同じ値段なのでしょうね)

 色鮮やかならまだ見栄えもするだろうに、一色で染めただけの物が大半だ。
 しかも使い古しが多いため、まだらに色あせていたりかすれていたりする。
 シミがあったりもする。

 染料は藍や紅や紫といった特殊なものでない限り、庶民にも身近だ。
 けれど、いろんな色で染めた布を縫い合わせるには手間も技術も必要だから、あまり広まっていない。
 部分的に染めるのも同様だ。

 何枚か服を買ってばらして切って縫い合わせて自分だけの可愛い服を作る人もいるにはいるが、時間も技術もある人の特権だ。

(お金に余裕ができたらお裁縫習いたいです)

 結局、橙がかった赤を薄くしたような一色染めの服と、灰色がかった薄い緑の一色染めの服と、生成に汚れ防止の灰染めをした地味でかわいげゼロの冒険者服二種類と新品肌着四枚を購入し、買い物用の大きめ布袋に詰め込むと店を後にした。





 買った服の袋は兄が背負い、他の買い物をする。

「えーっと、塩が足りなくなってきたのですよね」

 ここは沿岸部の国のため、海から遠い辺境であっても塩はそこまで高価じゃない。
 輸送費の関係で、同じ品質でも聖都よりこっちの方が高くなっているが。

 ちなみに、この国で調味料というと塩か酢か魚醤だ。
 しかし酢と魚醤は高価なので、我が家では塩だけだ。
 味の変化は食材選びや出汁選びでつける。
 香辛料はそこら辺で採れる香草でもない限り、ほとんど使わない。

 二人は塩専門の小さな店に入り、商品を眺め始めた。

 色も粒の大きさも様々な見本が説明付きで棚に並んでいる。
 塩はそこそこ高価なものだからなのか、客が手に取れる場所に商品そのものは置いてない。

「藻塩高い……っ。守護竜岩塩なんて一番少ないので金貨一枚もするんですか」

「その辺は完全に金持ちの嗜好品だ。買うのはいつも通り塩田塩だ」

 塩にもいろいろあって、この辺りでは塩田塩が一番安い。
 一口に塩田塩といっても品質はピンキリで、我が家では下から数えて二番目の品質の品を使っている。

「塩田塩の低級品を中袋で一つ頼む」

「はいよ。悪いねー、カユシィーちゃんには良い物使ってもらいたいんだけど、闇属性と仲良くしてる人にまともな対応すると暮らしてけなくされちゃうからねぇ」

 ドレがおばさん店主に小銀貨一枚と中銅貨六枚を渡し、塩田塩一袋を買う。
 人頭大の麻袋は持ち込みで、その場で必要量計りながら入れてもらう方式だ。

 普段の料理の味付けはさほど濃くないが、携帯用に作る食料は保存性向上のため濃いめにするし、食材を塩漬けして保存しておくことも多いため消費は多い。

「はい、またおいで」

 闇属性云々には釈然としないが、それがこの町の人々の処世術だと理解してはいる。

 それでも、シシャルと一緒に暮らしているせいで低品質品を高品質価格で売ってるんだと遠回しに言われると、噛みつきたくなるのは仕方がないわけで。

(シシャルちゃんが、この町の人たちに何をしたというんですか……っ)

 カユシィーは拳を握りしめながら店を後にした。
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