神霊さんの不協和音な三兄妹、それと周りの人たち

砂樹

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第一章

30 木の枝で魔物を斬るトンデモ技 その1

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「マスター、眠そうだね」

「真夜中にすさまじい警報聞こえたらそりゃね……。なんだったんだろあれ」

 シシャルはあくびをかみ殺しながら桶に水を張って顔を洗い、ごわごわしてはいるが清潔な布で顔を拭う。

「警報ってなに?」

「私が理不尽な言いがかりで攻撃されないで済むように、魔物が森を出たら気付けるように網張ってるの。闇属性がいるから暗黒の森から魔物出てきて被害が出たなんてことになったらほんと磔にされて火炙りにされてもおかしくないから」

「まさか、魔物が森から出てきたの?」

「出てきたけどすぐに消えた。なんだったんだろほんと。まさか森から出ると消滅するような存在なのかな、魔物って」

 布を洗濯かごに放り込み、寝間着とさほど代わり映えのない私服に着替える。
 頭からかぶるだけの簡素なもので、今日用意されていたのは薄緑色だった。
 この間隊長と副隊長が買ってきたものだ。

「マスターさ、そろそろ恥じらいを覚えようか?」

「はじらい? なにそれ。新しい魔術? どんな効果?」

「違う。でもごめん、説明はあきらめる。僕が勝手に気を使うことにするからマスターは自由に行動してていいよ」

 ニクスの態度に内心首を傾げつつ、手で髪を雑に梳かす。
 櫛なんて上等なものは持っていないのもあるが、シシャルの髪は肩にかかるかどうかの長さだからこの程度でも間に合うのもある。
 櫛買おうかと隊長からも副隊長からも何度も提案されているが、一本で大銀貨一枚もするものなんかいらない。
 そんな金あるなら鶏肉揚げたの食べたい。

 隊長は「ちゃんと可愛くすればみんなシシャルちゃんの良さわかりますよ」と理解できないことを毎度口走っていたが、まともに反応しても無駄なので聞き流している。

「寒い……。厚着すると動きにくいけど寒い」

 四角くて長い布に紐を縫いつけた代物をぐるぐると腰に巻きつけ、しばる。
 長さは違うがやはり四角い布を肩からかけて前でしばる。
 それを何枚か繰り返す。

 あからさまなくらい着ぶくれしているし動きづらいが、寒いのだから仕方ない。
 魔術でも冷気遮断はできるが面倒だから、朝から使う気にはなれない。

「外、雨降ってたりしないよね?」

「ないね。たぶん夜の間思い切り晴れてて、今はくもってるから寒いんじゃないかな」

 何がどうなってそうなるのかシシャルには分からなかったが、「そっかー」と返事をして朝食の準備を始めた。



「ニクスは前世で魔物のこと詳しかった?」

 朝食を終え、掃除も終え、洗濯物は洗剤液につけおき中で手が空いたところで、シシャルはそう口にした。

 前に見たのとは違う物作り本を読んでいたニクスは、軽く首を傾げている。

「どうだろ。魔物は僕らをまったく襲わなかったし、かといって話が通じるわけでも護ってくれるわけでもなかったから、無害だけど話の通じない隣人って感じだったんだ。僕らも知らない部分が多いね」

「襲うのは人間限定ってほんとなんだ」

「厳密には、人間の血を一定以上引く存在だと思う」

 副隊長も攻撃されていたから、純粋な人間限定じゃないのは納得だ。

「あれ……? 私、攻撃された記憶がないんだけど、副隊長さんが護ってくれてたからだよね? 私、人間だよね?」

「マスターは……どうなんだろ。試してみないと分からないね」

 ニクスから人外認定されている気がしたのは、被害妄想だろうか。

「なんで試さないと分かんないのよ。イノシシモドキの生息範囲なら遠隔魔術やってても入れるから試そうと思えばできるけど」

「え。攻撃されたらどうす――、いやマスターなら大丈夫か。イノシシモドキ程度でマスターの防御を突破できるはずなかった」

 すごいと言ってくれているはずなのに、あきれられている気がするのはなぜだろう。

「問題は、こっちからの攻撃手段もないことだね。マスター、分かってるとは思うけど、料理に使う道具を持ち出すのは禁止だから」

「いくら魔物が魔力の塊だからって、戦闘には使わないよ。相手が魔物であるならば木の枝でも切り裂けるっていうし」

「え? ちょっと待って、それ誰の教え?」

「ディールクおじさんが言ってた」





 それは、借りていた掃除用具が初めて壊された後のこと。

 魔物討伐で稼いでいいのは十歳以上に限る規定はあるが、抜け道はあるもので、実際に倒すのが誰であろうと換金するのが十歳以上であれば拒否されない。

 だから、もしも魔物を倒せたらディールクおじさんに換金を頼もうと考えて、ある日の清掃開始前に相談したのだ。

「君は武器を持っているのか? まさか素手で魔物を倒せるとは思っていないな?」

 当時のシシャルは、そう言われるまで何も分かっていなかった。

 魔物を倒せばすごいお金が手に入る程度の考えで、具体的にどうやって倒すのかなんて想像もしていなかったのだ。
 当然、魔物の形も大きさも、必要な装備も知らなかった。

 魔導師に「君には精霊術師の才能があるから精霊を相棒にしに行かないか」と誘われて暗黒の森を何日も歩いたことがあったのに、魔物に遭遇したことさえなかったのだ。

「まものって、どうやってたおすの?」

「剣を使う人が一番多い。次いで槍だな。イノシシモドキやキャロクモドキは防御力がないから、攻撃が当たりさえすれば傷を与えられる」

 傷という言葉に、びくりとした。

「でぃ、ディールクおじさん。まものも、いたいって、おもう?」

「思わないと言われている。魔物は魔力で形作られた動く物だ。生物ではない。傷がついても血は出ないし、悲鳴を上げることもないし、痛いと叫ぶこともない。痛いのは嫌だと逃げ出すこともない。どんな傷を負おうと、倒れるまで攻撃をしてくるんだ」

 不安がるシシャルの頭を大きな手でなでながら、おじさんは説明する。

「魔物を倒せばたくさんのお金が入るのは本当だが、すごく危険なんだ。今の君は自分で自分の身を守る力もない。怪我をしたらお金もかかる。死んでしまったら誰も治せない」

「でも、そうじどうぐのおかね、ほしいの」

 代わりの物を貸してもらえはしたが、壊されたものは買い取り扱いになってしまった。
 払えるお金がないならと、これから稼ぐ金を購入費用に充てることとなった。

 一日がんばって稼げるのは中銅貨三枚だったのに、ゼロになった。

 ホウキとシャベルと大型チリトリと小型チリトリで小銀貨八枚もするそうだ。
 その上、壊したのはシシャルじゃないのに、道具を粗末にした罰金と称してさらに小銀貨四枚取られてしまう。
 小銀貨一枚は中銅貨十枚だから、中銅貨だと百二十枚も必要になる。

 また壊されたら、同じ額がかかる。

「四十日はたらくまで、ごはんたべられないの、いやなの」

 四十日間ではない。
 四十日分の労働だ。

「ふわふわさまかじるのいやだぁ」

 おじさんにわがまま言ってもどうにもならないし迷惑をかけるだけ。
 分からないわけじゃないが、清掃作業をしているだけではどうにもならないのは事実だった。

「そう言われてもなぁ」

 おじさんは困った顔をしながらも、「帰る時までに考えとく」と掃除を始めた。

 シシャルは、泣き出しそうな顔のままシャベルを握りしめて側溝に足を踏み入れた。



 おじさんからの一つ目の提案は、昼食休憩中のこと。

 掃除用具がもう壊されないように防犯を強化したらどうか、というものだった。

 シシャルだけでは妙案なんて浮かばないのでふわふわ様に相談し、なんとかなった。

 問題は、すでに壊された掃除用具関連の費用だ。

「魔物を倒すための装備を調えるのにだって金がかかる。俺はもう剣も盾も持っていないから、貸してやることもできない」

 剣は貸し出しをしていないし、仮にそういう制度があったとしても対象は十歳以上に限っただろう。
 盾もその他の防具も同様だ。

 掃除に行く時と同じ服装ではいけない。
 それさえもシシャルは知らなかった。

「魔物相手だったらいざとなれば木の枝でも倒せはするんだが、さすがにあれはなぁ」

「きのえだ? それでまものたおせるのっ?」

「いや、技術的にできるのと、実用できるのは別でな。特殊な技術が必要だから。常人にできるものじゃないし、俺だってやらない」

「でも……。おかねかけないでまものたおさないと」

 シシャルにはふわふわ様がいるから、飢えはしても死にはしない。
 だからといって、耐えながら働けるかといったら否だ。

「あー……、仕方ないな。やり方だけは教えてやるが……」

 おじさんは根負けしたかのようにそう言うと、シシャルにパンを差し出した。

「とにかく、今は飯だ。出世払いの貸しにしてやるから食え」

 ちなみに、その日のパンは旬の木の実を練り込んでいて、もっちりとした生地と木の実のうまみと油分が良い具合に混ざり合ってとてもおいしかった。
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