神霊さんの不協和音な三兄妹、それと周りの人たち

砂樹

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第一章

32 木の枝で魔物を斬るトンデモ技 その3

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 それは、怪しい女が先代勇者に怪しい瓶を渡した数時間後の真夜中のこと。

 魔族のフルトは、隠密用の装束に身を包んで暗黒の森を進んでいた。

 義弟がこっそり集落を出たのが分かったので、もしや家宝を取り戻すために行動を開始したのではと疑い、万一にも人間を下手に刺激して問題が起こらないかの監視のために尾行したわけだ。

 隠密用の装束は魔力の伝導率が高い素材を使っている上に特殊な糸で魔法陣を縫いつけてあるため、魔力を通すだけで何も考えずとも気配を薄くできる優れものだ。
 所定の場所で警備中ならともかく、領域外を移動中であれば気取られる心配は薄い。

(やけに静かだな。魔族は魔物に襲われないが、避けられることもないはずなんだが)

 森の周縁部は弱い魔物しか生息しておらず、弱さを数で補っている。
 彼らは食事しないし縄張り争いもしないが、常に一定の法則に従って動いているはず。
 だから、普段ならばもっと気配がするはずなのだ。

「うわあああああっ?」

 前触れなく、悲鳴というよりは驚愕の声が森の中に響いた。

 小枝を大量に折っていくようなすさまじい音が響き始め、遠ざかっていく。

 夜中も休めない冒険者が魔物に追いかけられているのかとも思ったが、この辺りはイノシシモドキやキャロクモドキしか現れないはずだ。
 キャロクモドキの群れに追いかけられたとしても、それほど激しい音になるとは思えない。

 音の方向を確かめつつ、探知系統の魔術を使う。

 視界前方に森の平面画像が構築され、その上を光の点が動き回る形式だ。

(追いかけられている者が一人、か。しかし……魔物の反応がおかしいな)

 今回用いた魔術は、表示される点の光の強さで魔物の強さも分かるものだ。

 イノシシモドキだろうとキャロクモドキだろうと、微弱な光にしかならないはず。

(クマモドキの生息範囲は出ている。劣化種になったならばこんなに強く反応するはずない。まさか特異種が現れたか?)

 特異種が生まれるための条件を、フルトは知っている。

 人間が直接傷つけた、あるいは人間の盾やおとりにされて傷つけられた魔族の血肉に魔物が触れること。

 魔物は魔族の守護者ではないが、人間にとって都合がいいだけの資金源などでもない。

 特異種は、侵してはならない一線を越えた人間を罰するための機構とされる。

(まさかあいつ、人間に捕まって……?)

 義弟の反応を探る。
 逃げていった誰かとおぼしき点がそれだった。

(え? なぜ? なんで魔族が魔物に追いかけられてるんだ?)

 疑問が頭を埋め尽くす。
 が、手遅れになる前に移動を始める。

 真夜中の森だが、フルトは夜目が利く。
 暗闇でも視界を確保しやすくするための魔導具も持っているから、昼間と変わらず活動できる。

(魔族が魔物を攻撃しても、魔物は避けるか逃げるかするだけで反撃はしない。本来は特異種もそうであるはずだ。何がどうなっている?)

 異常な魔物以外に魔物の気配がないのも不穏さを加速させる。

(身体強化、脚部強化)

 腕輪型の魔術媒介に魔力を通し、魔術を使う。

 自身の肉体に作用させる身体強化系は無詠唱無媒介が基本だが、無意識にできる者も少なくないが、適性の関係でフルトは補助具なしには使えない。

 森の中を音もなく駆ける。
 魔術が示す場所を目指す。
 もうすぐ森の外に出てしまう。

「うわあああああっ。なんで追いかけられてんだよ俺っ? ほんとなんでだよっ? 俺魔族! まぞくだーかーらーぁーっ!」

 逃げながらあれだけ叫べるとは、実は意外と余裕あるんだろうか。

 義弟を追うのはイノシシモドキだったと思われる巨大な血色の魔物。
 発光しているわけでもないのに夜の闇の中でさえ目立つ赤色は不気味で異様だ。

「バレク! 何があった?」

 併走しつつ術の指向性を変え、義弟には存在を認識できるようにする。

「な、なんでここにっ? あ、いや、俺にも分からねえしっ。家宝取り戻しに行く途中で突然ぐわああってっ。俺魔族なのにっ!」

「とにかく森の外まで走れ。普通の魔物なら森の外には出られん」

「普通じゃねえ魔物はどうなんだよっ?」

「出るかもしれないが弱体化はするはずだ。そこを狙って倒す」

「たお、たおすって、どーやってっ?」

 沈黙が下りた。

 草を踏みながら駆ける足音は響いているし、草も低木もかまわず蹴散らしながら追ってくる魔物の音も聞こえているが、二人とも無言で、周りだけ妙に静かだった。

「……義兄さん。武器は? 俺は術媒介の杖だけ」

 魔物は魔術でも倒せるが、走りながら魔術を使うのはなかなか難しい。
 すでに起動してある魔術を操るなら問題ないが、新たには厳しいのだ。
 森を出て足を止めて迎撃するにしても、猶予は十秒あるかないか。
 フルトの実力では無理だし、義弟はもっと無理だ。

 魔族が魔術に長けているのは事実だが、魔術を使えるまでの時間が短いとは限らない。

「仕方ない、我らが神の秘技を使うか。本来は祭儀用なんだが背に腹は代えられない」

 走りながら手頃な木の枝を探し、一本拾い上げる。

 間もなく森が終わり、二人は晴れ渡った夜空の下に身をさらす。

「下がっていろ。出てきたらこれで斬り伏せる」

 魔物は森の終わりを認識できないのか、速度をゆるめることはない。
 いくつかの基本行動が矛盾して困惑に似た動きを取ることもない。

「木の枝で何するってんだよっ? 乱心したかっ?」

「かつて、我らが神をその身に降ろした巫女は儀礼用木剣の一太刀で邪精霊を斬り伏せたという。その秘術は我が家に伝わっている」

 魔物が森から飛び出し、何かに力を奪われるように姿がかすれて見えた瞬間、フルトは木の枝を一閃した。

 魔物は音もなく両断され、黒い魔力となり、霧散していく。

「すげえ……。慈悲の神霊様直伝の御業、半端ねえ」

「感動しているヒマはない。まずはあの魔物に追われるまでの流れを詳しく話してもらえるか。ささいなことでもいいから」

「あ、ああ……そうだな。あんなのが集落のそばに出たら大変だしな」

 魔族二人は神妙な顔で場所を隠れ家に移し、話し合いを始めた。

 結局、なぜあんな魔物が発生したかは明らかにならなかったが、何者かの暗躍が疑われることだけは知ることとなる。

「バレク。こんな状況だし、家宝を取り戻すために動くのは後にしてくれ。あの特異種が魔族による陽動だと思われたら厄介だ。しばらくは人里に近付かずおとなしくすること」

「へーい……」
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